第10話 冒険者vs狂戦士

「うおぉぉぉぉぉっ!」


雄叫びを上げながら、右腕を失ったルイードが慣れない左手に剣を持ち替えて仲間を惨殺した男に切り掛る。


「よっ、はっ、ほっ。」


男はそれを軽く躱したり、短剣で弾いたりしながらルイードを観察していた。


「う~ん、根性はあるんだけどなぁ~、やっぱお前ぇ駄目だわ、利き腕ならちったぁ~マシだったのかも知んねぇけどな~。お?」


男の右側からハルバートが物凄い勢いで突き抜けて来る、それを男は紙一重で躱すと。方向転換をしたハルバートが躱した先に居る男を追撃する、数合打ち合った後、ジェフはディテオだったモノの傍に落ちていた盾の裏側に仕込まれている手斧を手に取ると、男に向かって投げ付ける。男は飛んで来た手斧を短剣で弾くと、ジェフがハルバートを使って追撃して来ると予測し、迎撃しようと備えるが、次に来たのはカシオの使っていた斧だった。


「おお!?」


予想と違う攻撃をギリギリで受け止め、思わず声を上げる男。


「やっぱやるなぁ、先に怪我させたのは失敗だったぜ。」




「ルイード、下がるんだ。」


男から距離を置いてジェフはルイードに声を掛ける。


「駄目だっ!ジェフ!彼奴は仲間を殺した、退く訳には行かない!」


既に生き残って居るのはジェフとルイード、そして気絶しているカルラだけであった。-


「気持は解るが、右腕を失っているんだ、止血しないと失血死するぞ!?」




「失血死する前に殺すけどなぁ?」


「!?」


距離を取っていた筈だった男の声が、直ぐ傍から聞こえて来る。


まただ!?何時移動した!?


最初に現れた時もそうだった、動きが早すぎて目で捉える事が出来ない、男の顔が直ぐ傍にあった、男は不適な笑みを浮かべる。


「ルイード!」


危険を察知してルイードの名前を叫ぶジェフ、男の刃がルイードの首に迫る、その時、一本の矢が男の眉間に目掛けて飛んで来た。




「うおっ!?危ねぇっ!?」


男は寸での所で矢を叩き落とす。


「誰だぁ、こんな面白い事を仕出かす奴は?」




三人はほぼ同時に矢の飛んで来た方へ振り返る。


「殺し合いに面白いと云う評価を下してる時点で変態ですね、変態。」


そう言って弓を構えたまま歩いて近づいて来る、長い綺麗な金色の髪を後ろで纏め、青い瞳をした20歳前後の女性が居た。


「君は、エアル?」


ジェフは、見覚えのあるその女性に話し掛ける。


「やあやあ、ジェフさん、御無事で何よりです。ルイードさんは、大分危険状態ですね。」


そう言って周囲を見渡した後、男を睨み付ける。


「随分と好き放題やってくれたみたいですね、変態さん?」


「なぁ、おい、お前、エアルって言ったか?弓を使うのか?弓は駄目だろう?懐に入られたら終わりだ、成す術も無く蹂躙されるだけだ、そんな装備で来られても面白味も何もねぇ、なぁ、弓でどうやって楽しませてくれるんだよ?近接用の武器は持ってんのか?それとも其処の死に損ないの戦士二人に護って貰いながら戦うのか?」


「別に貴方を楽しませるつもり毛頭ありませんし、怪我人を盾にするつもりも当然ありませんよ。近接用の武器なんか持ち合わせては居ませんし、武器は此の弓一本だけですよ。」


「おいおい、話聞いてたかぁ?弓じゃ真面に戦えねぇだろつってんだよ。」


「では試してみますか?」


言うや否やエアルは弓を引き、矢を放つ。


「うぉっ!?」


男は急に放たれた矢を躱す。


「行き成りだナ、おイ。」


短剣を構えて戦闘態勢を取ると、不適な笑みを浮かべて。


「いいぜ、楽しませてみろヨ。」


「楽しませるつもりは一切無いですけどね。」


言いながらもう一発放つ、と同時に距離を取る。


「おいおい、下がっても意味ないぜ?」


男はエアルの取った距離を瞬時に詰めて接近戦に持ち込まれる。


短剣を弓本体で受け止めると。


「あ?」


と、一言呆気に取られた様な声は発して、直ぐに何かを確かめる様に数度、斬撃を繰り出す、エアルはソレを全て弓の本体で防ぎ切ると、至近距離のまま弓を引き、撃った。


が、それも躱される、男は躱した体勢から迎撃して来ようとしたが、もう一本矢が飛んで来た。


「は?」


咄嗟に迎撃しようとしていた短剣でその矢を叩き落とす。


「連射だぁ?何時の間に撃った?あの一瞬で弓を引いたのか?」


考えてる内に更にもう一発、矢が飛んで来る。流石に躱しきれずに矢は男の頬を掠めて行った、その頬から一筋の血が流れる。


「おいおいっ!面白れぇじゃねぇか!」


「いやいや、言ったでしょ?楽しませるつもりなんて無いって。」


4連射、但し放たれたのは矢では無かった、矢の形をしたエネルギー体のようなモノが数十本、まるで一個中隊が一斉に矢を放った様な、矢の雨が男に向かって降り注ぐ。




ドドドドドッ、と轟音を上げながら、土煙が舞上がるのを、ジェフは茫然と突っ立ったまま眺めていた。


「な、何だ?此れは?エアル、貴女はいったい?…いや、やはり貴女は…。」


「油断したら駄目ですよ?ジェフさん、多分あの人まだ、一割も本気を出していませんから。」


「なっ!?ば、馬鹿な。」


本気では無かった事には気付いていた、だがアレだけの実力差があったのに一割の力も出していなかったという事実に驚愕し、思わず声を上げてしまう。


土煙の先に目を向けるジェフ、其処には巨大な鎚を地面に叩きつけた男の姿があった。


「何だあの武器は?いや、そもそもあんな大きなモノを持っていたか?何時の間に?何処から出した?」


ジェフは自身の頭で理解出来ない出来事に軽い混乱状態に陥っていた、しかし無理もない、人の手で作り出されたモノに、何も無い空間から出し入れする事が出来る武器など存在しないからだ。


「今のは危なかった、お前、技術がハンパねぇな、少しだけ見直すぜ、弓でも使い手次第って事か?あの連射、まだまだ余裕があったな?後2~3発は撃てたんじゃねぇのか?其れにその弓、魔装具?いや、霊装か?」


「さぁ?貴方に其れを教える程、私は馬鹿では無いですよ?」


「はっ!それもそうだ!楽しく成って来た、もっとだ!もっとやろうっ!」


興奮する男に対し、エアルは。


「はぁ、楽しませるつもりは無かったんですけど、失敗しましたね。」


溜息を付いて肩を竦める動作をする。




(ジェフさん、ルイードさんと祭壇に居るメルラーナさんを連れて退却してもらっても云いですか?護りながら戦うのは少々骨が折れるもので。)


エアルは小声でジェフに呟き、弓を構える。


(メルラーナさん!?)


男との戦闘の激しさの余り、完全に頭から離れていた事に気付かされた、男に集中しておかないと確実に瞬殺されて居た筈なので、無理も無いだろう。


(大丈夫ですよ、メルラーナさんはあの方が付いて居ますから。)


(あの方?)


ジェフはメルラーナが居た筈の祭壇を見ると、其処にはメルラーナを庇う様に立つ真っ赤な全身鎧に大斧を持った男が居た、ジェフにはその男に見覚えがあった。


「師匠?」


己の師であるジルラードが其処に居た事に驚いたが、それ以上にジルラードに対峙している大剣を持った男に驚いた。


「アレは、誰だ?何時から居た?此奴一人では無かったのか?」


ジェフが呟いた其の時。


「此の状況でコソコソと作戦会議かぁ?えらく余裕をかましてくれてるじゃねぇか?おい?」


男は巨大な鎚を軽々と振り回して来る、通常で有れば大きな武器を使う場合、一振り一振りが大振りに成ったり隙が大きかったり次の攻撃までにタイムラグが有ったりとデメリットが多いいのだが、男の振り回すソレはまるで手足を動かしている様な動きで襲い掛かって来る。




もう一人居た事に全く気付かなかった事に悔しがるジェフで有ったが、冒険者としての経験からだろう、直ぐに気を取り直して。


(そうか、あの子は師匠のご息女だったな、了解した、けどエアル、勝てるのか?あの男に。)


(勝つ、のは難しいでしょうね、でも、負ける事は無いと思いますよ。)


(そうか、ならあそこで気絶している青年も連れて行かないとな、生き残って居る者達だけでも無事に此処から脱出するとしようか。)


傷が痛むだろうに、其れでも生存者の事を優先して考えている辺り、為人が良い事が伺える。


(確か、カルラさん、でしたか?そうですか、生きて居たんですね。)




ジェフは直ぐ様、行動に移す、ルイードの腕を止血し、気絶しているカルラを背負い、入り口に向かって走り出す、が。


「そう簡単に逃がす訳ねぇだろ!」


男がジェフに向かって短剣を投げて来た、カルラを背負っていた為、ハルバートで叩き落とすのは容易では無い、躱すにしても動きが鈍っている。


(殺られる!)


そう思ったジェフの前に一つの影が現れる、ルイードだ、飛んで来た短剣はルイードの胸に深々と突き刺さった。


「ごふっ。」


ルイードの口から大量の血が吐き出され、身体が崩れ落ちる。


「ルイード!」


「ジェフ、行ってくれ、足手まといに成るは御免だ。」


「馬鹿な!置いて行ける訳が…!」


「………。」


「ルイード?おい!ルイード!」




「うおおおおおっ!……くそ、くそ!くそっ!くそっ!!何だ!何なんだ此れは!巫山戯るな!皆!皆死んでしまった!守れなかった!誰一人!」


冒険者という職業は命の危険が伴う仕事だ、命を落とす可能性が有る事は覚悟が出来ている、しかし抑えていた感情が今、爆発する、我慢の限界だった、ジェフは背負って居たカルラを下し、ルイードの遺体が握っていた剣を手に取る。


「え?ジェフさん?ちょっ…。」


ジェフが何をしようとしているのか、理解したエアルは止めようとしたが。




ガキィッ!


ぶつかり合う金属音が響き渡る。


「え?」


一瞬の出来事だった、気が付くとジェフのハルバートが男の持っていた鎚と鍔迫り合いをしていた。


(うそ?私が目で追えなかった?)


驚くエアルを他所に。


「お前は絶対に許さない!」


「へぇ?惜しいな、後数年すりゃあ俺と互角に張り合えたろうに。」


男は巫山戯ていた態度を止めて、真面目な表情をする。


「ギース=ヒューリー、武装組織【レシャーティン邪竜】八鬼将が一人、其の身に刻んどきなぁ。」


「…、戦士ギルド所属、第七次席ハイランダーのジェファード=ストリークだ。」




これは後に宿命の敵同士に成る二人の最初の出会い、なのだが、其れはまた別の話である。




「ジェフ!」


突然聞き覚えのある声で名を呼ばれる。


「…師匠?」


「退け、今はまだ、お前の手に余る。」


「…くっ!」


「それと、此処を脱出するまで、娘を護ってやってくれないか?」


「…わかり、…ました。」




ジルラードに諭され、カルラを担ぎ直してメルラーナを連れ、その場を後にした。




「…な?中々やるだろ?アイツ。」


「まぁ?少しだけなら見直してあげますよ?」


頬を膨らませ、ブスッとした表情で返事をするエアルに、ジルラードは笑っていた。


「そんな事より、彼等が脱出するまでは、此処を死守させて貰いますよ?」


冒険者VS狂戦士の第2ラウンドが始まる、しかし其の激闘は既に冒険者と云う枠を遙かに超えていた両者一歩も譲らない死闘の中、唐突に。


「…お前、ひょっとして俺の後を追ってきた奴か?」


ギースと名乗った男がエアルに問いかける。


「それが何か?」


「チッ、二手に分かれたのは正解だったって訳か。」


「?そういえば何故別行動を?ジル団長を罠に填めるつもりだったのなら二人の方が良かったのでは?」


「ハッ!誰かと一緒に居る可能性が有るって言うから引き放す為に分かれたんだよ!なぁ!エアリアル=ソルフォディア=ジースザーン中佐!」


「あれあれ?気付かれていましたか?」


「其の弓技を見て思ったんだよ、何か弓使いに有名人が居たなぁ、確か、アルテミスのエアルとか何とか、ってな。」


「成程、それで?引き放した割には結局合流しちゃってますけど?」


「う…、煩ぇ!戻って来たら冒険者共が遺跡に入って行っちまったから作戦を大幅に変更せざるを得なかったんだよっ!」


「…は?そんな強襲作戦、何日も掛けてちゃもう其れ完全に失敗でしょ?馬鹿なの?変態に加えて馬鹿なの?」


激しい戦いの最中、二人はそんな会話を交わしていると。




「うああああっ!煩い!煩い!煩い!だから俺はこんな回り諄いやり方、気に食わなかったんだよ!あーだこーだ言いやがって!結局失敗してんじゃねぇか!搦め手なんざ要らねぇ!ストレートに行きゃいんだよ!俺は俺の思い通りに殺る!殺れば、殺る時、殺る、殺れ、殺ろう!其れが俺の殺り方だぁ!欠片なんか食わねぇぞ!」


攻撃の手を止め、逆切れし出した。


「あ、此奴、馬鹿だ。」




ドクンッ


突然、鼓動が高鳴る。




(え?)




ドクンッ




(今、最後の方、何て言った?)


「か、けら?今、欠片って言いましたか?」




「ああ?…ハッ、此れの事か?」


ギースは懐のポケットから透明でガラスの様な1センチ程の何かの欠片を取り出した。




ドクンッ




「ま、まさか、それが。」




「何だ?現物を見るのは初めてか?此れをよぉ、ほんの少しだけ、削って粉にして一匹のゴブリンに飲ませたんだ、効果は絶大だったぜぇ?」




ドガンッ!!


「「!?」」




部屋一面に何かが壊れる様な轟音が響き渡る。




「チッ、やっぱジルラード相手に一人じゃ無理だったか、グレイグの奴、。」




音の元凶に目を向けると、祭壇は粉々に破壊され、其処にはジルラードと、人ではない何かが居た。




「アレは、何?」




「勝負はお預けだ、俺は退かせてもらうぜ。」


「え!ちょ、待ちなさい!」




そう言ってギースは姿を消した。

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