第9話 虐殺

「ん?何だ?」


ディテオが何かの気配に気付いて背中の盾を取り出して構える。


「ディテオさん。」


ジェフも気配に気付いたのだろう、槍斧ハルバートを構えて周りに気を配らせていた。


「気を付けろ、ジェフ、只者じゃねぇぞ、此奴。」


「はい!」




その時、ジェフの頬を風が吹き抜けていき、グシャ、と何かが潰れる様な音が聞こえた。


咄嗟に後ろを振り返る。




「っ!?」




そこには、盾を構えたまま、首から上が無くなっているディテオの姿があった。


「う、嘘だ、ディテオさん?」


周りに頭は落ちてはおらず、代わりに落ちていたのは、粉々に砕け散った肉片だけだった。


ディテオだったモノの身体は崩れ落ち地面に倒れ込む、ガシャン、と石と鉄がぶつかり、部屋中に甲高い音が響き渡る。




「何だ!?お前!?何処から入って…!いや、何時から其処に居たっ!?」


カシオが叫んだ、其処にはひょろっとした身体で革製の服とズボンを履いて、紺色の長髪に前髪で片目が隠れ、黒い瞳をした男が立っていた、右足のブーツには大量の血が付いている。




「ひゃは。」




男は笑い、突如その姿が見えなくなった。


「な!?消え……!?」


カシオはそれ以上の言葉を発する事が出来なかった、膝を付き、そのまま倒れ込む、其の身体には大きな穴が空いていて、大量の血が床一面に広がっていく。




「非戦闘員を退避させろ!」


ジェフが咄嗟に命令を下すが、既に混乱状態と化していて統率が取れなくなっていた。


男は二本の短剣を取り出し、ルエードの剣を受け流し、そのまま右腕を斬り落とした。


「ぐっ、ああああっ!」


誰一人、手も足も出せない程、呆気なく殺されていく、冒険者も調査隊もハンターも魔術師も、唯一、ジェフだけが何とか立ち回れてはいたが、それでも完全に弄ばれている様な状態だった。


「お前ぇ、やっぱり強ぇなぁ。」


「くっ!」


「お前は後だぁ、先に他の奴を殺す。」


「貴様ぁっ!」


させてたまるかと言わんばかりに、足止めをしようとするが、追いつく事すら出来ない、男はカルラに近づいて行く。


「ちっ!」




間に合わないっ!


ジェフは渾身の力を込めて、槍斧を投げた、男は飛んで来た槍斧を短剣一本で迎撃、叩き落とし、直ぐ様カルラに刃を向ける。


一呼吸程の時間だった、たったそれだけの隙しか作る事が出来なかったが、その隙を付いてジェフはカルラを突き飛ばす事に成功する、男の刃はジェフの左肩に深く突き刺さった。


「ぐっ!」


その場で膝を付き、男を睨む。


「ちっ、てめぇは後だっつったろうがっ、楽しみが無くなっちまったぜ。」


ジェフに向かって一歩踏み出すと、突然足元から先端の尖った氷の柱が数本突き出し、男を貫いた。




『スティーリア・ロムフ』




「や、やった、…か?」


付き飛ばされたカルラが咄嗟に設置した魔法が発動したのだ、男を貫いたのを見たカルラは、突き飛ばされた衝撃だろうか、そのまま気絶する。




だが。




「ちょびっとだ、ちょびっとだけ、驚いた。」


「!?」


ジェフは信じられないような表情をしていた、目の前で氷の柱に貫かれた筈の男は、その場には居らず、気絶したカルラを見下ろしていたのだ。


「おめぇも中々やるなぁ、後回しにしてやるぜ。」


男は生き残っている冒険者や調査隊に矛先を変えていった。






「ひっ!?」


突然、知らない男の顔が真横から覗き込んできた、メルラーナは短い悲鳴を上げて、咄嗟に振り返って一歩後退する。


「あ、あああ、貴方誰!?」


其処には如何にも鍛え上げられたと言わんばかりの身体つきの良い戦士風の男が立っていた。


「ふむ、誰と聞かれれば答えない訳にはいかないね。」


少女を後ろから声を掛けるという、怖がらせる様な行動を取った危ない男が律儀に自己紹介をし始めたのを。


「へ?」


メルラーナは呆気に取られた表情で更に一歩下がる。




「僕はグレイグ=フォーガフル=ゴルギス、盗賊ギルド所属、クラスはディミオスだ。」


「とう……ぞく?」




後ろから声掛けてきた癖に自己紹介するとかも意味解んないけど、盗賊ギルドって!?何?この人?絶対危ない人だっ!


それに、私が何か見たかって、ずっと見られてたっていう事?中に入っていたあの水の事を言っているの?




「それで?箱の中に何を見たのかな?」


「し…知らない、何も見てません。」


「ふ~ん?しかし君の行動には不可解な点があるんだけど、どういう事なのかな?何故あんなに驚いていたんだい?その後、箱の中を覗いていたよね?どうしてかな?」




メルラーナは本能的に自身の見たモノの事を此の男に教えてはいけない、と感じていた。




「知りません。」


はっきりと答える、グレイグと名乗った男は溜息を付いて、頭を横に振ると。




「解った、なら君に用は無いという事だね、悪いけど死んでもらおうか。」




グレイグは右腕を背中に回す、何も無い筈の背中が赤く光り出した。


光は段々太い棒状の形に変わって行く、ゆっくりと右腕を弧を描きながら頭の上まで出してくると、光は武器に変化していた。


出てきた武器は巨大な剣だった、両手剣だが見た事が無い形状をしている、極端に曲がっているその剣は、まるで人の首を狩る為に作られて様な姿をしていた。


頭の上から一気に振り下ろす様に剣先が加速する。




殺られる!




後ろに下がって距離を取ろうとしたが、後ろには何も足場が無かった。


「!?」


咄嗟に両腕をクロスさせて頭の上で構え、思わず両目を瞑ってしまった。




駄目だ、こんな装備じゃ腕毎叩き斬られる、ドスッ、と鈍い音と重たい衝撃が両腕に伝わってきた。




「………?」




瞑っていた両目を開けると。


「え?…痛く無い?…え?何?コレ?」




メルラーナの両腕に纏わりつく様に、水の塊が引っ付いていた。


グレイグはを見ても驚く事無く、怪しく笑みを浮かべている。




「そうか、そんな姿をしていたのか、やっぱり君、見えていたんじゃぁないか。」


その笑みに悪寒が走る、だが状況が全く理解出来ないでいる現状に思考回路が追い付かない。




「それが、『』か。」




…今、何て言ったの?訳が分からない、頭の中がパンクしそうだ、それは遺跡の名前じゃないの?腕にくっついてる水は何?コレの事を言っているの?此れまで人と戦った事なんて無かった、怖い、追い詰められてる、怖い、逃げ場が無い、怖い!


ふと後ろを見る、下までは10メートル程の高さがあるだろうか、飛び降りれば足は多少痛めるかもしれないが、下には皆が…。




「え?」




メルラーナが見た先には、床一面に赤い何かが広がっていて、大勢の人が倒れている。


赤い何かが血だと認識するまで、そう時間は掛らなかった。




「う…あ、……あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」




「安心していいよ、状況が変わったんだ、君は殺さないさ。」


後ろから耳元で囁く様に声が聞こえて来る。


「ひっ!?」


まるで只々恐怖心を振り払う様に右腕を大きく横に振りきる、だがグレイグは既に後方へ飛んでいて、空を切っただけだった、しかし相手が距離を取った事が幸いしたのか、少し冷静に成り。


メルラーナは直ぐ次の行動に移す、地面を蹴って追撃し、二人の激しい攻防が始まった。




「選ばれたとはいえ、まだまだ子供だね。」


メルラーナの一撃一撃を軽々と裁いていくグレイグ、旗から見ても二人の力量は天と地程の差があった。


特に今のメルラーナは冷静さを失っている、そんな状態の挙句に実力差が重なって、完全に弄ばれていた、が。




「うん?気のせいか?」


徐々に速度が上がっている様な気がする、そして、ついにグレイグの頬を掠めた。


「ほほぅ?」


頬に赤い筋が一本、そこから血が流れ出す。


「中々やるね。」


頬に傷を付けられて感心していた、其処にほんの僅かな隙が出来る、そして。




ドンッ!!




メルラーナの右手が脇腹を捉えた、が、寸での所で剣で防がれる。


「くっ!硬いっ!?」


まるで強固な盾を殴っている様な衝撃が腕に伝わってくる。


少しだけ冷静になったのか、メルラーナはグレイグから距離を取った。




メルラーナの両腕には薄い水の幕が張られたままだった。


「ガウ=フォルネスが力を貸しているのかな?僕の頬に傷を付けたのは見事だったけど、残念ながら早いだけで軽いね、それでは俺は倒せないよ、攻撃面には適していないのかな?」


どうやらグレイグはガウ=フォルネスと呼んだ液体状のモノの能力を検証している様だった。


「では防御面ではどうだろう?」




グレイグは攻撃速度を一速上げて来た。


急に上がった速度に対応が遅れる、1撃目、右斜め上から左下への振り下ろしを身体を右へ反らすように躱す、振り下ろした剣を斬り返し、少し下方修正して胸部を目掛けて斬り上げてきた2撃目を座り込む様に身体を落とし込み、ギリギリで躱す、3撃目は右からの斬り払い、水平に漢字の一の字を描く様に振り抜いてくるのを右腕の篭手で受け流す、受け流された事で頭上に振り上がった刀身を剣の重みを利用して垂直に斬り下して来た4撃目は左腕の篭手で受け流す事に成功した、5撃目、一瞬何が起きたのか解らなかった、受け流そうと考えていたが突然、篭手の上からまともに叩き込まれる、おかしい、4撃目で振り下ろされた筈の剣が頭上から再び振り下ろされていたのだ、メルラーナは完全に反応が遅れていた、筈だったのだが、両腕をクロスさせ、グレイグの剣を防御していた、少し腕が痺れたが痛くはない、理解が追い付かない。だが直ぐに次の攻撃が来る事を考えて備える、が。次は右から衝撃を受けた、左手を右腕に添えて斬撃を防いでいた。




「ぐっ!」


衝撃に耐えきれず、思わず唸るメルラーナ。




(何?相手の動きが急に読めなくなった?予想してるのとは全く違う所から斬撃が飛んで来る、理解出来ない所から飛んで来てる、のに、何で私、防いでいるの?)


この思考の間にも目で捉える事が出来ない攻防が何十回も行われていた。




グレイグの連続攻撃が開始されてから凡そ1分、其の斬撃も急に止まる。


「いい!いいね!この防御性能!此れが真髄では無いだろうけど、継承者、宿主である君を護っている様だね!?君は二速に上げた辺りから全く付いて来れていなかった様だけど、見事に防いで見せてくれた、性能を試してみたかったが、これ程とは思わなかったよ、最後の10秒程かな?は三速へ上げさせてもらった、数えていなかったから正確な数字は解らないけど、30、いや40回は斬ったかな?あぁ、安心していいよ、速度が上がっても威力は変わらないから、そんな事よりも一撃を入れる度に強度が上がって行く様だった、面白いね!実に面白いよ!」


興奮しているのか、まるで子供の様に燥いで、聞いてもいない事をベラベラと語り出す。


「遊んで…居るんですか?」


「ん?」


メルラーナは息を切らせながら言葉を絞り出す。


同時に疲労していた身体に鞭を打って左腕を顔面目掛けて振り抜く。


カンッ


軽い金属音と共に右腕は防がれ、弾かれた。


弾かれてメルラーナは身体を支えきれずに力無く崩れ落ち、膝を付く。


殆ど戦意喪失の状態だったが、それでもまだ言葉を綴った。


「此れだけの事をしておいて、遊んで居るんですか!?人の命を何だと…。」


「人の命?何を言っているんだ?君は?」


「え?」


メルラーナの言葉を遮ったグレイグの返答に呆気に取られてしまう。


「最初に自己紹介をしたじゃないか、所属、と、クラスはディミオスだと、でもそうか、君はこういう世界を知らない人間なんだね?それは悪かった、では改めて言おう、盗賊ギルド第九次席ディミオス処刑人、以後宜しく頼もうかな。」


「しょ……けい、にん?」


「そう、処刑人さ、因みに下で喚き散らしているあの男は同僚で名は…、後で本人に自己紹介させれば云いか、僕と同じく第九次席バーサーカー狂戦士だ、何方も人を殺す事を生業としている。」


「きょう……せんし。」


メルラーナは15才に成ったばかり、まだ短い人生の中で聞いた事の無い、処刑人と狂戦士、此の二つ言葉に戸惑いと恐怖を感じて居た。




「これが君の質問の答えだけど、何か問題でもあるかな?」


「問題?あ…あるに決まってるじゃないですかっ!どんな理由があったとしても、人の命を奪っていい訳が無い!」


恐怖心を無理やり押し込めてグレイグに反論する。


「ふむ、では君は凶悪な犯罪者や人の人生を狂わせてしまう様な詐欺師等は放って置いても良いと言うのかな?」


「そ、それは、…それは駄目だけど、でも今貴方の仲間が殺した人達はそんな人じゃ無い!」


「うん、確かにそうだね、中々に頭の回転が速い、良い返しだ。だが君達は此の部屋に入る前に居たゴブリン達を殺しただろう?つまり君達が起こした行動と我々が今起こしている行動は同じではないのかな?」


「な、何を、言って、ゴブリンは魔物モンスターで、人に害を及ぼすから…。」


「人に害を成せば殺されても文句は無いと?成らゴブリンに害を及ぼす人間も殺されても文句は言えないのではないのかな?」


「そ、それはっ!」


グレイグはメルラーナに近づき、耳元でそっと囁く。




「君達が殺したゴブリンは僕達の部下だ、敵討ちをして文句を言われる筋合いは無いんじゃあないかな?」


「!?」




其の一言が、メルラーナの脳内を真っ白にしてしまった。


小さい頃からよく話は聞いていた、ゴブリンは人間に危害を与える魔物だから此の町でも討伐隊が組まれたりしていた、何度かは遠目だけど見た事もある、近くで見たのは今日が初めてだった、勿論、戦った事も初めてだ。




「ゴブリンも、人と一緒?魔物でも、生きているから?命を奪って、わ…私、そんなつもりじゃ…。」


頭の中が真っ白に為った、顔色が悪く為り、いままで体験した事の無い様な恐怖がメルラーナを襲う、全身が血の気の引いた様な感覚に襲われ、気持ちの悪い汗が止めどなく溢れ出てくる、完全に戦意を喪失しかけた其の時。




「おいおい、人の娘、それもまだ15才の子供にそんな自分勝手な哲学を押し付けないでくれないか?」




聞き為れた声音で、そんな言葉がメルラーナの耳に聞こえて来た、次の瞬間。




ガキィッ!




と金属がぶつかり合う甲高い音が部屋の隅々まで響き渡る。


グレイグはメルラーナから離れ、剣を掲げてソレを防御していた。


ソレは巨大な斧だった、斧、と言うにはかなり歪な姿をしてはいるが、片刃で本体はまるで其処に存在していないかの様な、影の様な、闇の様な漆黒に、まるで血でも吸ったかの様な真っ赤に染まった刃を持った斧が、確かに其処に在った、そしてソレを振り下ろした人物は全身に赤い甲冑を身に纏った、短髪で茶色い髪の中年の男性だった。


グレイグは防いだ斧の衝撃に耐えられず、自ら後方へ飛んで衝撃を緩和した。




「要約御登場か、待って居たよ?ジルラード=ユースファスト=ウルス。」


「え?」


「はん、やっぱり罠だったか、それも確実に俺を釣る為の。」


其処には家では見た事の無い姿の父親が威圧感を放ちながら立って居た。


「お!お父さんっ!?」


「よう、メル、今回は早い再会だったな?」


満面の笑みを浮かべてメルラーナに声を掛けて来る。


それを見たメルラーナは、身体から戸惑いと恐怖が去って行くのを感じ取って行く。


そして、頬を伝って涙が流れ落ちた。




「うあぁぁぁっ!!」


「よしよし、良く頑張ったな、もう大丈夫だから。」


娘の頭を撫でて落ち着かせるジルラード。




メルラーナが落ち着きを取り戻したのを確認すると、グレイグの方を見る。


「悪いな、親子の感動の再会が終わるのを黙って待っててくれたのか?」


「…それは嫌味なのかな?近付いたら殺すぞって位の殺気を放っていた様に見えたんだけど?」


「そうか?いや、そうだな、大事な愛娘の身体を傷付けた挙句、犯罪者の自分勝手な屁理屈を無理矢理押し付けられたんだ、只で済むと思うなよ?」






「そ、そんな事より、お父さん、下で皆がっ。」


「そんな事って!?お父さん今滅茶苦茶恰好良く決めてたのにそんな事って、メルってば酷いっ!まぁ…うん、解ってる、下は大丈夫だ、俺の仲間が居るからな。」


「仲間?」


そっと下を見ようとするが。


「そっちは見なくていい、此方に集中しろ。」


その言葉に直ぐ様グレイグの方を見直した。




ジルラードはメルラーナを護る様に傍に寄る、メルラーナの状態を見て、大丈夫だと確認した後、ほっと胸を撫で下ろした。


そして薄く水の幕が張っている両腕を見ると、小さく溜息を付き。


「そうか、ガウ=フォルネスはお前を選んだか。」


「お、とうさん?」


「色々と聞きたい事はあるだろうが、メルラーナ、良く御聞き。」


メルラーナだけに聞こえる様に小声で話し掛けてくる。




「此れからお前は、この国を出てリースロート王国へ行きなさい、そこでサーラという人物に会うんだ、その人が、お前の身体の中に居る、ソレの事を良く知っている御方だ、此れからどうする冪か、道標を示してくれるだろう。」

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