第8話 遺跡

(いったい何が起こったのだろう?)




均等に切り取られた石を積み上げられた、祭壇のような建造物の最上部に、子供が入れるくらいの大きさの箱が置かれていた。


その箱の前で、冷たい石畳の上に両膝をついて、少女はそんな事を考えながら、自身の右手を、茫然とした顔で見つめていた。


少女の目の前にある箱の中に、水のような物が入っていた、その水を右手で触れて、すくったと思ったのだが、右手にあるはずのソレが消えていた。


指の間から零れ落ちた様子は無い、そうであるなら手のひらや指の間に多少なりとも、その水滴が付いているはずだからだ。


しかし人差し指と親指を擦り合わせても何処にも濡れた感触が存在していない、文字通り、消えたのだ。


右手から目をそらし、箱の中を見ると箱の中に入っていたはずの水も綺麗さっぱり、微塵もなく消えていた、すくって消えたのではなく、触れたときに消えたのだろうか。




(こ…こりは……とんでもないことをしてしまったんじゃなかろうか?)




真っ白になった頭の中を何とか立て直そうとしていたその時、少女の背中から声がかけられた。


「メルラーナさん?」


「わひゃぁっ!?」


突然声をかけられて、メルラーナと呼ばれた少女が素っ頓狂な悲鳴を上げる、


恐る恐る声のした方に振り向くと、白衣を着た青性が少女のその悲鳴にびっくりしていた。




「どうかした?」


「ううん?カルラさん、何でも無いよ?」


「そう。」


青年は小首を傾げるが、一言だけ残して、深く追及せずそのまま祭壇から離れて行った。


カルラが階段を下りて行くのを見届ける、向かった先には数人の学者風の男女がバラバラになって部屋の中を隅々まで調べていた、国から派遣された調査隊の人達だ、その一人一人に護衛の冒険者達が傍で見張っている、この祭壇は最初に部屋に入って来た時に調べ済であった。


その時、学者達は箱の中には何も無いと言っていたのだ、間違いなく言った筈だし、私自身も小さい頃から父親に連れてきてもらって中身を見ていて水など入っていなかった、しかしメルラーナが覗いてみると水が張ってあったのだ。


祭壇の箱の中をもう一度覗いてみる、しかし中には何も入っていない。




「ど、どうしよう。」


考え込むメルラーナは一つの結論を出す。


「皆、箱の中には何も無いって言っていたんだから、何も無かったんだよ、うん、見間違いだよね、手にも何も付いてないし、幻覚でも見たんだよ、きっと、そういう事にしておこう。」




人はそれを現実逃避という。




その時、急に周りが騒がしくなって来た。


「う、嘘だ、ディテオさん?」


「何だ!?お前!?何処から入って…!いや、何時から其処に居たっ!?」


「非戦闘員を退避させろ!」


「な、何て事を…。」


「そんな。」


「こんな事って…。」


「うわぁっ!」


「きゃぁっ!」


様々な感情が部屋中に木霊する。


メルラーナはまだ何が起きているのか理解出来ないでいる、唐突に耳元に囁く様に声が聞こえてきた。




「君、箱の中に何を見たんだい?」




「!?」




背筋に悪寒が走る、そっと振り向こうとして目だけ動かすと、相手の体温が感じられるぐらいの距離に、知らない男の顔があった。


「ひっ!?」


………


……







第二部隊と合流したメルラーナ達は扉の前に集まっていた。


「中に気配は無いな、罠も無さそうだ。」


扉は鉄製で両開きタイプになっていて、両扉には左右対称の細かい装飾が施されている、何かの紋章の様にも見えた。


「これは。」


カルラはその紋章も見て鞄から一冊の本を取り出し、ページを捲る。


「やっぱり、ガウネスの紋章だ、これで此処がガウフォルネス遺跡である事が確実になったな。」




(しかし、これで益々解らなくなってしまった、何故ガウネスの遺跡がシルスファーナ大陸にあるんだ?)




「開けるか?」


ジグルはディテオに尋ねると。


「少し待て、ジェフ。」


「はい?」


「お前、今から俺の隊の指揮も取れ、俺はサブに回る。」


「え?しかし。」


「中隊規模に成ると命令系統が二つあったら混乱するだろ?だからお前がリーダーだ。」


「…、解りました。」


ディテオから第一部隊のリーダーも任されたジェフは第一、第二部隊全員に的確な指示を出し始めた。




「準備出来ました、扉を開けましょう。」


ジェフの指示を受け、ジグルは頷いて扉に手を掛ける。


重たい音を立てながら、扉が手前に開き始め、一人分が通れる程の幅が開いた時、一人が中を覗き、警戒を強めながら中に入った。


ジグルはそのまま扉を全開させると、さらに数名、警戒態勢のまま部屋の中に入った、中に誰も居ないのを確認すると、手で合図を送ってくる。


残った部隊は、調査隊の周りを囲む様に、部屋に入って行く、メルラーナとカルラも後に続いた。


中は広く、天井も高かった、四方の壁には巨大な壁画が描かれていて、中央にはピラミッド状の祭壇が聳えている。


「これは凄い。」


調査隊の一人が呟くと。


「何故今までこれ程の遺跡が調査されていなかったんだ?」


「一部の人間にしか入れない様になっていたからでしょう?」


「だとしたら魔物が住み着いていたのは何故かな?」


同じ調査隊同士で議論が始まってしまった、護衛の冒険者達は、警戒態勢を取りながら部屋の中に入り、安全かどうかを確かめている。


そんな中、カルラは一人、四方に描かれている壁画を凝視していた。




壁画には、四方の内三か所にはそれぞれ巨大な魔物が描かれていて、それに向かい合う様に、武器を持った複数の人達の姿描かれていた、もう一枚の絵は、…よく解らない。




「これは、神々の戦いを写したものかな。」


「神々の戦い?」


カルラが発したその言葉に反応したメルラーナは思わず尋ねる。


「うん、恐らくそうだと思う。」




カルラは簡潔に神話の時代の話をメルラーナに聞かせる。




「遙か昔の御伽噺フェアリーテールさ、戦いは千年もの長きに渡って続いたそうだ。」


「せ、千年…、何か、想像出来ないな。」


「おーい、ソルアーノの学者君、ちょっと此方へ来てくれないか?」


カルラは何時の間にか祭壇の頂上で集まっていた調査隊の一人に呼ばれて行ってしまった。




メルラーナは壁画を見つめる。


(神々の戦いか、そんな事、考えた事も無かったよ。)


出入り口側の壁に描かれた絵には全身に赤黒い鱗を纏い、左に二枚、右に二枚の計四枚の翼、足は二本で手?は無い、尻尾は長く、身体は小さかった、長い首をくねらせ、頭には目が四つあり、角が六本生えていて、大きく開いた口からは炎の様なモノが吹かれてた様子と、ソレに立ち向かう様に数人の人達が武器を構えて戦おうとする様が描かれていた。


(この絵も、ちゃんとよく見た事が無かったな。)


他の壁画へ目を移すと、其々、竜の姿が違う事に気付いた。


出入り口から入って左手に描かれた竜は、全身に緑の鱗を纏い、翼が無く足が4本、とても大きな身体から生えている太い尻尾と太く短い首、丸みを帯びた頭には二つの目に2本の角、下顎から突き出す2本の巨大な牙が目立っている。


右手に描かれた竜は、竜?と思ってしまう程に不思議な姿をしている、真っ白な鱗、抑々鱗なんだろうか?翼が3枚、手も足も無く、細長い身体から胴よりも遥かに長い尻尾、長い首の先にある頭には六つの目が赤く光っていて、角が無い、それと、身体の周りに柄の無い剣?の様な物が数本、宙に浮かんでいる。


最後の、祭壇の向こうの壁の絵を見る。


しかし、その絵には竜の姿は無く、人々が何かに翻弄される姿が描かれているだけだった、いや、一人だけ、何も無い所に向かって弓を構えている女性の姿が描かれている。




「メルラーナさん!」


壁画を見ていると、カルラに呼ばれた、振り返ると祭壇の上から此方へ向かって質問を投げかけてきた。


「この箱の中って何も無かったの?」


「え?うん、毎年一度お父さんに連れられて此処に来てるけど、其の箱の中身は最初から空っぽだったよ。」


祭壇の下からカルラの問いに答えると、カルラは手を上げて礼をし、調査隊との話に戻って行った。




暫くして、祭壇を調べ終わったのか、調査隊がゾロゾロと降りて来ると、今度は壁画を調べ始めた。


「なあ、この壁画、おかしくないか?」


「どういう事だ?」


「此処ってガウネス神の遺跡の筈だろ?」


「そうだな、それが?」


「ガウネス神ってアレだろ?」


調査隊の一人が出入り口の壁に描かれた壁画の騎士風の人物を指差す。


「…うん、…アレだな、………えっ!?」


指差しした先の絵を見て、何かに気付いたのか、今度は祭壇の奥の壁画と見比べ始める。


「どういう事だ?これは?」


「な?おかしいだろう?」


「此れまで数多くの遺跡が見てきたが、このケースは初めてだな。」


「そもそも何故、ガウネス神の遺跡がこんな所にあるのか、其処から紐解いていかないと駄目だろうな。」




調査隊の話に聞き耳を立てていたが、何の話をしているのかさっぱり解らなかった。


「此れまで発見されてきた遺跡の作りや配置から導き出された研究結果での話なんだけどね、神の名前の付いている場所では御神体が祀られている場所の背面の壁画には必と言っていい程その名前と同じ神様の絵が描かれていたんだよ。」


メルラーナが訳が解らないと云う様な表情をしているのに気付いたのか、カルラが説明を始めた。


「背面?」


メルラーナは祭壇の奥にある絵と、調査隊が言っていた絵を見比べて。


「えっと?つまりアレ?あの魔物が描かれていない絵とこっちの絵が逆になってるって事?」


「そゆ事、けどこの絵の配置を見て、俺の中に芽生えた疑問が全て解けたかもしれない。」


カルラは身体を必要以上に大きく動かして、その素晴らしさの表現を出している。


「疑問?」


「ああ、それはね、ガウネス神が竜の一頭、冥竜ヒュプカムスクリフの封印したのが、現在でいう所の、海を越えた遥か向こうにあるラジアール大陸っていう地での事なんだけど。」


「ひゅぷ?」


何だ?其の舌を噛んでしまいそうな名前は?


「そこの壁画に描かれている赤黒い鱗の竜さ、伝承では四頭の中で最も強かった竜らしい。」


「そう、なんだ、…えっと、それで、どゆ事?」


「其のラジアールって云う大陸ではガウネス神の遺跡があるのは当たり前なんだよ。


で、その地にしかないもの、という思い込みが此の大陸の、此の国にある筈がないという疑問を生み出していたのさ。」


「え?でも昔、大陸って一つだったんだよね?それが割れて今の陸地が出来たんなら、あってもおかしくないんじゃ…?」


「いい所を突いてきたねメルラーナさん、でも残念、ガウネスが生まれたのは神々の戦いの末期、大陸が割れたのは竜が現れてから10日の間の出来事だから、それだと辻褄が合わなくなる。」


「そっか、・・・う~ん?じゃあ此処は偽物なのかな?」


知っている者からすれば今の説明で理解出来るだろう、しかし全く知識の無いメルラーナには益々解らなく為ってしまった。


「いいや、そこの扉にはガウネスの紋章が刻まれていたよな、多分だけど壊された遺跡の入り口の扉にもあったんじゃないかな?だから此の遺跡は本物であるのは間違いないよ、話を戻すけど、何故絵の位置が違うか?恐らく違う訳じゃない、女神シルヴィアナが此の遺跡を作ったのなら、と推測すれば此処の名前も絵の配置も全て理解出来る。」


「しるヴぃ?」


更に解らない単語が連続して出て来て頭が混乱する、しかしカルラは祭壇の奥にある壁画を指差して、説明を続ける。


「シルヴィアナ、あの絵の一人だけ弓を構えている女性がその女神だよ。」


「へぇ?」


話が難し過ぎて半分も理解出来ていない。


「女神はガウネスの腹心だったそうだ、ガウネス神を崇拝していたのだろうね、そして此の遺跡の位置を考えると、重要拠点の一つだった可能性がある、つまり。」


カルラは竜の姿が描かれていない壁画を見つめ。


「アレと戦う為に必要だった場所、若しくは必要だった物が納められた…。」




「「それだっ!!」」




何時の間にか二人の周りに調査隊の人達が集まってカルラの講義を聞いていた。


あっという間にカルラの周りに人だかりが出来る。




難しい話から解放され、壁画をもっと良く見ようと思い、メルラーナは祭壇の階段に足を掛け上って行った。




頂上まで上がって来ると、何時もと違った光景が目に入って来た。


「あれ?」


空っぽの筈の箱の中に何かが入っているのが見えたのだ。


「??」


不思議そうに小首を傾げ箱をのぞき込むと、そこには液体の様な物があった。


「何これ?…水、だよね?」


ふと天井を見上げる、だが水滴が落ちてきている気配は無い。


(さっき、カルラさんも何も無いって言ってたもんね。)


そっと水をすくおうと手を入れてみる。


「え?…あれ?…無い?…何で??」









メルラーナ達が居る遺跡の最深部、其の一つ前の部屋にはゴブリンの死体が8体転がっていた。


そこに二つの影が立っている。


『なぁ、ゴブリン弱くね?全員殺られてるぜ?』


『いやいや、それは君がゴブリン如きに全部やるのは勿体ねぇとか言って預かってきた物を粉にして与えたからじゃないか。』


『え?だって勿体無くね?』


『けど、使っていいと言われて渡されたんだから、使ってもよかったんじゃない?』


『欠片一つでゴブリンにどれだけ効果が出るかは知らねぇけどさ、あの人数と、多分、白い鎧の奴には歯が立たなかっただろうぜ?』


『ふむ、あの白いのは強いのかぃ?』


『強いな、多分だがゴブリン程度じゃ相手にならん位な、オーガクラスなら話は別だろうが。』


『そうか、…ん?あの娘、何か見つけた様だよ。』


『マジか!?じゃあもう殺っていいんか?』


『いやいやいや、落ち着きなって、あの娘に話を聞こうよ、他はやっても構わないと思うけど。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る