第7話 ゴブリンは所詮ゴブリン

遺跡に到着した一行は扉の前に集まっていた、頑丈そうだった扉は無残に破壊されていたのだ。


「な…んだ、これは?」


魔術師ギルドから派遣されたウィザードのヤシュトが呟いた。


「何重にも重ねられた強固な結界が張ってあった形跡があるけど、それを破った挙句に、この分厚い扉を粉々に壊していやがる。」


「ふむ、それはつまり、常人に出来る技術じゃない…って事か?」


冒険者ギルドのチームリーダーであるディテオがヤシュトに尋ねる。


「少なくとも、俺には理解出来ねぇ技術だな。」


「そうか、入っても大丈夫そうか?」


「それは大丈夫そうだ。」


「よし、全員警戒態勢を取れ、突入するぞっ!」


号令を飛んだと同時に、ハンターギルドのシグルとマッシュが音も立てずに壊れた扉に近づく。


「えっ!?」


全く気配を感じなかったその余りにも迅速な行動にメルラーナは驚く。


ハンター二人と冒険者五人は今日初めて会ったとは思えないほど連携が取れていた。


「す、凄い。」ただただその無駄の無い動きに感動するメルラーナだった。




内部の通路は人が二人横並んで歩くのがやっとの幅で、石畳と積み上げた石の壁、天井は高く、それを支えるこれもまた石の柱が何本も並び、奥まで続いている。


二人横並びで歩くと戦闘になった時ろくに武器が振るえないと判断し、一列に並んで進む事にした、先頭をエクセルボーダーのディテオと次にレンジャーのマッシュが、そのすぐ後方にメルラーナとカルラ、さらに後ろにソルジャーのカシオとシューターのエアルが続く、魔術師ギルドから派遣された、ウィザードのヤシュト、メイジのコミトアーノ、アークメイジのヨルメイの三人が後に続き、ソーディアンのルエード、ウィザードのトア、最後にハイレンジャーのシグルが殿を務める。




メルラーナは特に変わった様子はないな、と感じながら二人の後を追いかけるように歩いていた。


中は湿気でじっとりし、にじみ出てくる汗を拭いながら一行は奥へと進み続ける。


狭い通路を歩いていると、少し広めの部屋にたどり着いた。


その部屋から続く複数の狭い通路が伸びていて、進む通路を選んでさらに奥へ、そんな部屋が何か所もあり、まるで迷路のように複雑な構造をしていたが、そこは案内人であるメルラーナが迷う事なく進んだ。


当然、後続の部隊が迷わないよう、目印を付けながら。




遺跡に突入して数時間が経った、偵察部隊の報告通り、内部は魔物モンスターが徘徊していた、幸い徘徊していた魔物は大した強さではなく順調良く撃退しながらさらに進んだ。


メルラーナの感覚で最奥まで後数部屋通ればたどり着くという所で、前を歩いていたマッシュが音も立てず、すっとディテオの隣に並び静止するように促した、ディテオが頷いて、後ろを振り返り全員に止まるよう、無言で指示を出す。


ディテオとマッシュはメルラーナに近より。




「嬢ちゃん、この遺跡には人型の魔物もいるのかぃ?」


とマッシュが小さな声で質問してきた。


「え?人型?」


「うん、ゴブリンとかオーク、大型だとオーガやトロルとかがそうなんだが。」


魔物の種族名を並べられると。


「あぁ、そういうのは居なかった筈です。」


「そうか。」


メルラーナの返答にマッシュは一言だけ呟き、渋い顔をして黙って考え込む。


「侵入者の可能性は?」


今度はディテオがマッシュ尋ねる。


「どうかな?入り口の強固な結界を破れるような奴がこんな気配ダダ漏れで彷徨っているとは思えねぇ、それに、足音からして多分大きさは子供くらいしかないと思う、数は7~8。」


「子供ぐらいって事はゴブリンか?」


「だといいんだけどな、少し確認してくるからここで待機していてくれ、それとシグルも一緒に来てほしい。」


自分より階級が上であるジグルの意見も聞きたいようだ、ディテオは頷くと、すぐにジグルに先頭まで来てもらうよう伝言を伝える、すぐにジグルがやってきて。


「俺も気配は感じてる、十中八九、ゴブリンに間違いは無いだろうけど。」


全員の視線を浴びながら少し迷ったが。


「いや、確認してから報告しよう。」


と言ってジグルはマッシュと共に状況確認を行う為、先行していった。




気配を殺して部屋の前まで来た二人は、中を確認した、すると、人間の子供ほどの大きさの緑色の肌に目は黄色く耳の尖った生物が8匹、周りを警戒しながら部屋の中をうろついていた。


(なんだ、やっぱりゴブリンだったか。)とマッシュが心の中で安堵した。


ゴブリンは魔物の中でも最も弱い分類に入る、ゴブリンの中にも階級は存在する、当然強さは変わってくるし、舐めてかかると痛い目を見たりする、さらにゴブリンの最大の武器であり、最も危険視しなければならないのが、その数である、呪われた大地から無限に生まれて来ると言われており、放っておくと爆発的に増える為、冒険者ギルドではゴブリン退治の依頼が絶えない。


とはいえ、それを含めてもマッシュ達の敵ではないのだが、報告をする為に引き返そうとマッシュは振り返り、ジグルを見て驚いた。


姿勢を低くして部屋の前の壁に張り付き中の様子を伺っていた二人だったのだが、ジグルはいつの間にか立ち上がって背中を壁寄りかからせ、右の掌を口に当て、目を大きく見開き、全身から汗を拭き出させていたのだ。


「ジグル?どうした?」


何かあったのか聞いてみたマッシュだったが、その返事は帰ってくる事は無く。


(な、っんだっ!?ありゃっ!?)


ジグルは目の前の光景に戸惑っていた、恐怖をした訳ではない、衝撃を受けたのだ、ここに来るまで自分が予想していた事態を遥かに凌駕した状況に。




それは知り合いの冒険者が体験した話だった、当初、その話を聞いた時は半信半疑で聞いていた。


知能が低いはずのゴブリンが戦闘訓練をしていたらしいのだ、低い知能とはいえ、魔法を行使するゴブリンシャーンもいるし、上位種のホブゴブリン等は、リーダー的な地位を作っていたりもする、が、戦闘訓練をするゴブリンなぞ居る筈が無かった、その戦闘訓練をしていたらしいのだ、結局たいして強くもなかったみたいなのだが、ギルドにその事を報告すると笑われてしまったらしい、その話を聞いた自分自身も心の中では笑っていた、その為、ここに来る前、皆の前でその事を言うのを躊躇したのだ、しかし、この部屋の中にいる奴等は。




(武装してやがるっ!?)




そう、今この部屋の中に居るゴブリン達は、8匹とも武装していた、所々錆付いてはいるが、鎧を装備し、兜を被っている、しかもその装備は統一されていた、つまり冒険者や村、町を襲って奪ったものではないという事を意味している。


当然、手には武器を所持していた、武器も棍棒等では無く、剣や槍、弓を持った者もいた、気配はダダ漏れで素人同然だが、間違いなく戦闘訓練も受けているだろう、それでも今回の第一部隊のメンバーなら余裕で討伐可能だろう、しかし、武装して戦闘訓練まで受けている者を通常、人は兵士と呼ぶ、つまりその可能性があるのだ、少し平静を取り戻したジグルがマッシュに戻って報告するぞ、と手で合図を送る。


(ジグル?)


自分より遥かにベテランのジグルの様子にマッシュは頷いた後、中でうろついているゴブリン達への警戒を強めたのだった。




戻ってきた二人の報告を受けたディテオは頭を抱えていた。


(武装したゴブリンだぁ?聞いた事ねぇぞそんなもん、わざわざゴブリンのサイズに合わせて作ったって事か?)


うーんうーんと唸っているディテオを見てジグルは。


(まぁそうなるよな。)と同情していた。


(よし、これは俺一人で考えても解決する問題じゃないよな、うん。)


と何か一人で納得したディテオは。


「エアルさん、今すぐ町へ戻ってギルド長達に今の事を伝えて来てくれるか?」丸投げしたのだった。


突然命令が飛んできたエアルはというと。


「え?はい、わかりました。」


少し戸惑った後、と返答し、すぐ指示内容を理解し来た道を戻って行った、ディテオはエアルを見送った。


「よし、先へ進むぞ。」


ディテオは全員に声を掛けたが。


ジグルが「え?待たなくていいのか?」と返してきた。


「バッカ、お前ぇ、彼女が此処に戻って来るまでどれだけ掛ると思ってんだ、それに此の遺跡はトムスラル国の領土内だ、侵入者が何処かの国の部隊だとしても人ん家に土足で踏み込んで来たんだからもぅそれだけで国際問題じゃねぇか、今回の俺達の依頼には国王陛下も承諾されて動いてんだ、文句を言われる筋合いはねぇ、大体ゴブリンを兵隊にしてるなんざ、よっぽどの気違いな武装集団だろ。」


そう言い残して行進を再開するのだった。




件の部屋に到着した一行は部屋より少しは離れた場所に待機し、ディテオとジグルの二人が部屋の前で中の様子を伺っていた。


「確かに武装してやがるな、奪った装備がたまたま似たような物で揃っていたとかも考えていたんだが。」


ディテオが残念そうに小声でジグルに話し掛ける。


「そんな事は俺も考えていたさ、それより此奴等、恐らくだが戦闘訓練も受けていると思うぞ。」


「え?マジかそりゃあ、何で解る?」


「誰かに命令されてここで足止めする為に居るんだろうが、動きに統一性を感じられる、それにただ武装させただけという事も無いだろう?」


「む、そりゃあ、そうか。」


ジグルの説明に納得するディテオはもう一つジグルに質問をした。


「あの8匹だけと思うか?ゴブリンならどこかから湧いて出て来る可能性もあると思うが。」


「どうかな、メルラーナさんの言った事が正しければ此処の遺跡には人型の魔物は居ないらしいからな、少なくともこの部屋に居るのは彼奴等だけだと思う。」


「そうか、一旦戻るぞ。」




部屋から離れ、少し前で待っていた他のメンバーと合流した。


「中にはゴブリン8匹が居るのを確認した、剣が2匹、槍が3匹、弓が2匹、斧が1匹、多分だけど斧を持ってる奴があの中のリーダーだろう、エアルさんを報告する為に帰しちまったから、ジグルとマッシュ、射撃武器は持っているか?」


射撃特化したシューターとは違い、レンジャーは接近戦を得意としている者達も多いので一応尋ねてみる。


「ハンドボウなら持ってきているぜ。」


ジグルが自身の荷物から折り畳まれていた小さいボウガンを取り出し、組み上げて使用可能状態にした。


完成したハンドボウは全長15センチ程のかなり小さな物で殺傷力は大分低いが、牽制するには十分な武器だ。


マッシュはというと、背中に堂々と大きめのボウガンを背負っていた。


それを手に取ってディテオに向かって頷く。


「よし、すまないが二人にも戦闘に参加してもらおう、二人は弓を持った奴等を同時に撃って牽制してくれ、行けるなら仕留めてくれるとありがたい、二人が撃った直ぐ後、俺が突入する、カシオとルエードは俺の後に隠れて同時に突入、まずは弓を確実に仕留めて、出来れば次に槍だが、それは状況で判断してもらっても構わない、トアは援護を補助魔法は必要無いから攻撃魔法中心で、数を減らして行く方向で頼む。」


指示を受けた全員が頷き、行動を開始、配置に付く。




ディテオが目で合図を送り、ジグルとマッシュが同時に矢を放つと、ディテオが気合の咆哮を上げ、大きな盾を構え全面に押し出しながら突入する、その直ぐ後をカシオ、ルエードの順で突入していった、ジグルの放った矢は弓を持っていたゴブリンの右目を貫いた、身体をよろめかせ痛みのせいか喚きだす、致命傷には至らなかったようだが体勢を立て直すまでかなりの時間を要するだろう、マッシュの放った矢はもう1匹の弓を持っていたゴブリンの脳天を直撃、貫いた、少しだけ呻き声をあげ、地面に膝を付きそのまま倒れ絶命した。


突然の襲撃に警戒したゴブリン達は向かって来るディテオに集中し、それぞれが武器を構える、ディテオを囲む様に陣形と取り、集中攻撃しようとした、するとディテオの後ろから二つの影が現れる、カシオとルエードだ、カシオは目を貫かれた弓のゴブリンを目視、直ぐ様持っていた斧を構えその首を跳ねる、直ぐに振り返り、ディテオの周りを囲んでいるゴブリンの中で、近くで槍を持っている者を確認し攻撃に移す。




一方、同時に突入したルエードは弓をカシオに任せ、ディテオを取り囲むゴブリンの槍持ちを選別し、腰に差してある剣の柄に手を添えて1匹に向けて抜刀した、槍のゴブリンは何が起きたのか理解出来ず、腰から上が崩れ落ちた、鎧毎剣で斬ったのだ。


剣を構え直すと次の槍を狙おうとしたが、ディテオの首を狙って剣を振ろうとしているゴブリンに目を付け、剣を持っていた腕を斬り落とす、痛みで苦しむゴブリンに炎の弾が命中、苦しみながら絶命した。




『イグニス=グロブス』




ルエードがゴブリンの腕を斬り落としたのを見たトアが止めを刺す為に放った魔法が命中したのだ。


速攻で4匹を仕留められ残りのゴブリン達はディテオを斧のゴブリンに任せて周りの人間に警戒し始める、しかし既に遅く、カシオの斧を何とか防いだ槍のゴブリンだったがジグルの二射目の矢で肩を貫かれ、防いでいた槍を落としてしまい、その隙を突かれ斧で首を跳ねられた。


カシオは次の標的を定め周りを確認する、残っていた槍は既にマッシュの二射目の矢で仕留められていた、剣の方もルエードの剣が胸を貫いたとこだった。


ドサッ、と物音がする、最後のゴブリンがディテオの盾の裏に仕込まれている手斧で倒された。




「ふう、終わったかな?」


ディテオは全滅させたのを確認した後、そう呟くと、部屋の外で待機したいた仲間に合図を送り部屋の中へ誘導した。


改めて部屋を見渡すとこれまでの部屋より大分広くなっていて、複雑な装飾が施された頑丈そうな重々しい大きな扉が一枚ある。


「この扉、ひょっとしてこの向こうの部屋が目的地なのかな?」


「え?あ、そうです。」


部屋に入ってきたメルラーナはゴブリンの残骸に目を移しながらディテオの質問に返事をする。


「そうか、皆、警戒を怠るなよ、中にまだ侵入者が居る可能性があるからな。」


全員がその言葉に頷いて直ぐ、ジグルとマッシュが扉の両脇の壁に背を向け、ボウガンを構える、カシオとルエードがディテオの後で部屋へ突入する為の姿勢を取り前に居るディテオが扉の取っ手に手を掛けて開けようとした時。




「グ、ガ。」




メルラーナの耳にそんな妙な音が聞こえてきた、音の方を見ると、斧のゴブリンが立ち上がってメルラーナ目掛けて斧を振りかぶっていた。




「グギャァァァッ!」




今度は部屋の全員に聞こえるくらいの声で叫び、斧を振り下ろす。


ガキィッ!


甲高い金属音が部屋中に響き渡る、メルラーナは自身の身に着けていた篭手で斧を受け流した。


「馬鹿な!?死んでいるのをちゃんと確認した筈なのに!」


ディテオが叫ぶ中、ゴブリンは斧を捨て、素手でメルラーナに掴み掛り尋常ではない力で押し倒すと上から覆い被さった、一方的に相手を殴り続ける事が出来るマウントポジションと呼ばれる姿勢になる。


これが例え武装をして戦闘訓練を受けているとしてもゴブリン程度なら余裕で跳ね退ける事が出来たであろう、しかしこのゴブリンは先程ディテオが相手にしていた時とは何かが違った。


「何?この力?つ、強い。」


力で抑え付けられているメルラーナは、ゴブリンの身体から何か、湯気のようなモノが出ているのが見えた、しかし湯気なら白く見える筈、それは・・・。




「湯気じゃ、無い?…黒い、霧?」




次の瞬間、右の拳が顔面目掛けて飛んで来る、それを首を捻って躱すと、ゴブリンの拳は地面にめり込み、ドゴンッ、という音と共に地面に穴が空いた。


「うそ。」


「メルラーナさんっ!」


ルエードがゴブリンの胴体を目掛けて剣を振るが、ゴブリンは飛び退いてそれを躱した。


「ルエードさん、有難う。」


「構わん、それより大丈夫か?」


「はい、でもアレ。」


「言いたい事は解るぜ、明らかに普通のゴブリンじゃねぇ、だがホブゴブリンって訳でもねぇ。」


例えホブゴブリンであったとしてもメルラーナを抑え付けていたあの力も、ルエードの剣を躱したあの身体能力も異常としか思えなかった。


飛び退いたゴブリンの後ろを取ったカシオが斧を振り下ろす、しかしそれも躱された。


「チッ、ゴブリン如きが調子に乗るな!」


カシオは斧を振り下ろしきる前に切り返し、ゴブリンの躱した方へ水平に斬り払うが、それをしゃがむ事で躱し、ニヤッ、と笑みを浮かべた。


「バカが、油断したな。」


2回連続で躱されたのを何とも思わなかったのか、カシオは腰に差してある小剣を抜き、しゃがんでいるゴブリン目掛けて突く。


だがそれも皮一枚斬られるギリギリで躱した。


「な!?」


今の攻撃を全て躱したのを見て、全員が驚愕した、ジグルとマッシュもボウガンを構えるが、標的が小さい上に仲間に当たる可能性がある為、中々撃つ事が出来ないでいた。


「グギャギャギャギャ。」


馬鹿にしたような笑い声が木霊する、ディテオも参加するも、ルエード、カシオと共に1匹のゴブリンに翻弄されている。


「あれ、本当にゴブリンか?」


今までの攻防を見ていたカルラ呟いていた。




(あのゴブリン、何で斧を捨てたんだろう?邪魔だから?あれだけの力があれば武器を持つ必要もない、だから捨てた?でもリーチがある武器の方が、…違う、懐にさえ入れば、武器を使うより素手の方が有利だから、それは私自身が良く解ってる、この武器ソードガントレットを使って来た私だから。)




メルラーナはディテオ達と戦っているゴブリンから離れた位置で右手を力いっぱい握って身体ごと引いた、身体の右側がゴブリンより遠く、左側が近い姿勢になる、右足を前方に出しながら腰を回転させ地面を踏み込み、続いて、胸、右腕と回し、最後に拳を捻りながら打ち抜く。


拳の先から衝撃波が生まれ、風を裂き、ゴブリンに向かって一直線に飛んで行き、命中する、ゴブリンは突然の見えない衝撃を受け、それが飛んで来た先、メルラーナをその目に捉え、目が合った。




「素手なら当てれるかも。」




そう呟いたと同時にメルラーナはゴブリンに向かって突如走り出した。


ニヤリ、又も笑みを浮かべるゴブリンは向かって来たメルラーナを迎え撃つ体制を整え、殴り合いの攻防が始まった、互いが互いの拳を躱し続け、やがてメルラーナの左拳が一発、ゴブリンの腹に命中する、撃たれたゴブリンは痛くないと言わんばかりに、又笑う、それを見たメルラーナはそのまま右足を前に踏み出し、右の拳下から振り上げる様に突き上げて顎を狙う。


ドンッ、と音がしてゴブリンの顎にヒットするが、ゴブリンは笑みを崩さなかった、腹に受けた攻撃でメルラーナの力量を測ったゴブリンは恐らくワザと食らったのだろう、が。


「油断してくれて有難う。」


メルラーナは拳を顎に当てたまま笑みを作り、ジャキン、という音がして篭手から小剣を出した。




「「あ。」」




その場に居た全員がこの時初めてメルラーナが何故殴りかかって行ったのか気付いたのだった。


顎から脳天へ剣を貫かれたゴブリンは、その場で身体を崩す。


そして周りで歓声が上がり。


「凄ぇじゃねぇか、メルラーナさん、俺と一緒に冒険者やらないか?パーティー組もうぜ。」


「あ、ずるいぞカシオ、俺と組もうぜ。」


「というか、ギルドに所属してないよね?まずは戦士ウォーリアーギルドに加入してクラスを…。」


「いやいや、ハンターギルドの方が向いてるって。」


「えぇ?あ、あの、えと。」


矢継ぎ早に勧誘が始まってしまった。




(そりゃあ、の娘だもんな~、当然っちゃ~当然か。)


一人納得しているカルラは、メルラーナの背後で動く影を見た。


「!?」


脳天を剣で貫かれた筈のゴブリンが立ち上がって来たのだ。


「バカなっ!メルラーナさんっ!後ろっ!」


「え?」


振り返えるとゴブリンが下から見上げていた。


「グギャ」


(間に合わない。)その場に居た全員がそう思った時。




斬!




ゴブリンの首が跳ねられ、その身体は崩れ落ちた。


「間に合ったか!」


そこには白い全身鎧を纏い、槍斧ハルバートを持った金髪で青い瞳の20代前後の青年が立っていた。


「「ジェフ!?」」


メルラーナとカルラを除いた全員が揃って青年をそう呼んだ。


「ディテオさん、皆さん、無事ですか?」


ジェフと呼ばれた青年が周りを見渡し全員無事なのを確認していると、その後からゾロゾロと彼の率いている第二部隊が到着した、調査隊の人達もその後に続いて入ってくる。


「ジェフ、助かったよ、それにしても、第二部隊に追い付かれるほど時間を押してたか。」




ディテオはジェフと呼ばれた青年に状況報告をし始めた。








時間が遡り、状況を報告する為、ディテオ達と別れて来た道を引き返していたエアルは複数の気配があるのを感じていた。


(これは、第二部隊かな?)


人の気配と人数からそう判断したエアル。


一方、第二部隊の方はというと、少し困惑していた。


「侵入者が逃げてきたのかもしれん、全員警戒態勢!」


ジェフは冒険者ギルドのメンバーに号令を掛ける、その時、通路の前方から一人、此方に向かって走ってきたのを視認した。


「ん?あれは確か第一部隊に居た。」


「あぁ、本当だ。」


ジェフの後ろに居た男も確認する。


「止まれ、君は第一部隊に居たな、俺はジェフ、第二部隊のリーダーを任された者だ、何かあったのか?」


ジェフはエアルに止まる様、促し、自身を名乗り立て続けに質問を投げかけた。


エアルはジェフの前で足を止め。


「シューターのエアルです、ディテオさんに言われて作戦本部へ報告する為に戻ってきました。」


ジェフはエアルという名前に少し反応するも、今は関係無いので思考を切り替える。


「ディテオさんに?報告の内容は?俺達が聞いても大丈夫か?」


「はい、重要ではあると思いますが、えーっと、そうですね、例えるなら箝口令を敷くようなほどの事では無いと思います。」


「箝口令?君、軍人か何か?」


通常、政府関係者や軍関係者等が用いる言葉が、民間人である冒険者から出てきた為、ジェフは思わず尋ねてしまった、エアルはその情報は他人に知られる程の危険性のある情報では無い、という意味の遠回りな説明をしたかったのだ。


「いや、だから例えですって。」


「そうか、なら教えて貰えるか?」


溜息を付いたエアルだが、拒否する気は毛頭無かった為。


「私は確認していませんが、ハンターギルドのジグルさんとマッシュさんが武装をしているゴブリンを8匹確認したとの事でした。」


「武装?ゴブリンがだと?」


頷くエアルを見て考え込むジェフ。


「という訳で私は一度、本部へ戻ります。」


「了解だ、気を付けてな。」


「はい、それでは。」


そう言い残し、エアルはその場を去って行った。


(武装したゴブリンか、そういえば昔、師匠にそんな事を聞いたような。)




………


「ジェフ、世の中には一見ありえないような事柄があったりするもんだ、例えば人語を喋る猫とか、意思を持っている武器とか、一撃で大陸を沈める魔法とか、世界の実権を握っているドワーフとか、マッドサイエンティストなエルフとか、武装したゴブリン集団が居たりとかな。」


師匠の口から様々な気になる内容の事柄が飛び出して来たが、一番気になってしまった最後の内容に。


「武装したゴブリンですか?でもゴブリンは所詮ゴブリンでしょう?」


「そうだな、その通りだ、だがその武装したゴブリンが何千、何万と居たらどうする?」


「そんな、まさか。」


あり得ない、と続け様としたが。


「まさか、だろう?だがあり得るんだよ、そもそも、ただ武器や防具を装備しているだけじゃねぇ、武装したゴブリンだ、誰かが与えた物なのか、それとも自身等に作らせたのか、集団規模か組織規模なのか、国家規模なのか、何方にせよ碌なモンじゃねぇよ。」


………




「ディテオさん達が心配だ、急ごう。」


ジェフ達一行はエアルが戻って来た道を進み始めた。






数刻後、エアルはカノアの町の冒険者ギルドの一室に居た、部屋の中にはエアルを除いて3人の男性がソファーに座っている。


「ゴブリンが武装を、か。」


ギルド長のコーリアは両手を組み、肘を机の上に乗せながら呟く。


「な、何だ?何か問題なのか?ゴブリンだって武具は装備するだろう?」


労働者ギルドの長であるヒルノースは戦闘等の案件を扱わない為か、状況が良く解っていない様だった。


「ただ単に装備する、と、武装する、では意味が違って来る、装備とはする、って意味だ、武装とは戦闘、若しくは戦争の準備、をする事、それが武装するって事だ、その意味合いの中には戦術兵器や戦略兵器も含まれる。」


「せ、戦争。」


ゴクリ、と唾を飲み込むヒルノース。


それを横目にみた後、コーリアはもう一人の男性に意見を伺う事にした。


「どう思う?」


「8匹だけってのが謎だな。」


「ほう?流石、考えている所が俺達とは違うな、…で?それは何故だ?」


「今回、俺が追っている奴は侵入者共と同一人物である可能性は高い、奴等が俺に追い駆けられているのは気付いているとしたら。


態々侵入した遺跡を一度離れたのは、戦力を補充する為だろうと思っていたんだが、その戦力がたったゴブリン8匹だとしたら。」


「成程、だがその数で確定とか限らないだろう?」


「そうだな、だが嫌な予感がする。」


「おいおい、お前が嫌な予感とか言うと怖いな、その中にゴブリンロードでも居るってか?」


「少数でロードが居た所でディテオ達の敵では無いさ、ジェフも居る事だしな。」


男性は顎に指を当て考え込む。


(予想が外れたか?数は8匹で間違いないだろう、増やせば増やすだけ目立つからな、その8匹が俺達に対抗する為のモノだったとしたら。)


そこまで思考した時、男性は立ち上がって扉に向かって歩き出し。


「エアル、遺跡へ行くぞ、付いて来い。」


そう言って扉を開けて外へ出ようとすると、背中から声が掛る。


「ジル!俺も行くぞ!」


コーリアが立ち上がっていた、振り返った男性は。


「駄目だ、お前に何かあればこの町の冒険者ギルドは崩壊する。」


そう言い残し、エアルと共に部屋から出て行った。






(もしそのゴブリン共が、していたとしたら。)

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