第2話 今日の仕事は
カノアの町の中心部にある大きな建物の扉の前に、ストレートの長い黒髪で、顔立ちの整った美少女が立っていた。
背丈は左程高くはないが、細身でスタイルの良い身体をしている。
その細い身体に少し似つかわしくない篭手を両腕に付けていた。
少女の名はメルラーナ=ユースファスト=ファネルと云う、メルラーナは扉を開け中に入って行った。
この建物は労働者協会会館、ここで仕事を依頼、斡旋している。
中に入ると人々が忙しなく動き回っていた、依頼をする人、受ける人、張り紙を見て悩む人、それらの受付をしている人等だ。
メルラーナも自分の身の丈に合った仕事を探し始める、と、一枚の依頼書に目が止まった。
依頼書には[害獣除けの柵が壊れてしまいました、修復と強化の手伝いをお願いします、ミーク地区3番地、オルトラ。]と書いてあった、ミーク地区ならここなら歩いて行ける距離だし手伝いって書いてあるから持って行く物は無さそうだし、これでも私は肉体労働は慣れてる、それにミーク地区といえば農家が多い地区だから、多分畑とかを荒らしてる害獣用の柵か何かだろう、どれくらいの規模かは解らないけど、何日もかかる作業じゃないだろう、等とあれこれ思考と想像を繰り返して。
「よし、これにしよう。」
依頼書の仕事を受けるには、その依頼書を受付まで持って行き、依頼内容と報酬、勤務先等を確認し、納得したら仕事の開始である。
さっそく依頼者の元へと向かう事にした、町中を暫く歩いていると、徐々に家と家の間隔がひらき始め畑や動物小屋などが目立ってきた。
「この辺かな?」
依頼書に書かれてある住所を確認しオルトラさんの家を探すと、呆気なく見つけてしまった、というか、家では無く人を、50代くらいの男性が、一心不乱に壊れた柵と格闘していたのだ、(あぁ、うん、この人だな。)と思い、迷う事なく男性に声を掛けるメルラーナ。
「あの…、オルトラさん、ですか?」
呼ばれて振り返った男性が「あ?っんだおめぇ?」と返してきた。
「えっと、依頼書を見て来たんですけど。」
「はぁ?おめぇがか?まだガキじゃねぇか、それもひょろっひょろの。」
少しむっとしたメルラーナだったがすぐ冷静になって。
「見た目はひょろっひょろでも体力には自信があります。」
皮肉を込めてメルラーナがそう答えると。
「まぁいいだろう、俺がオルトラだ、」
「メルラーナです、宜しくお願いします。」
「…ふんっ!」
うわ~、面倒くさそうな人だな~、とはいえ受けちゃったものは仕方ないしやる事はやらないとね、と、さっそく作業を始めるのであった。
まず、壊れた柵をばらして、サイズを測って木材を削り大きさを合わせて組直す、さらに補強をする作業を行っている最中。
キィ、キィ、と、動物の鳴く声が聞こえてきた。
メルラーナは声の方へ振り返ると。
そこには薄い茶色のフワフワした20センチ程の毛玉が落ちていた。
毛玉を良く見ると、目と鼻と口があり、短い耳と、小さい角が生えていた。
もう一度「キィ」と鳴いた後、メルラーナをじっと見つめる。
「か、可愛い。」
両手をプルプルさせながら近づいて触ろうとした時、
「危ないっ!!」
とオルトラが叫んだ。
次の瞬間、ガチィッ!!と、けたたましい音が鳴り響く。
毛玉がメルラーナの右腕を噛んだ音だった。
「痛っ!…くないけど、何この子?」
幸い毛玉が噛んだ場所は、篭手を装備していた腕だった為、怪我は無かった訳だが。
「そいつがこの辺りを荒らしまくってる害獣だ、見た目とは裏腹に凄く凶暴なんだ!」
「そういう事は早く言ってよ!」
「いやっ!言おうとしたらオメェがもう手ぇ出してたろうが!」
そんなやり取りをしていると、毛玉害獣が体勢を整えて、メルラーナを睨み付けていた。
「む、ちょっと生意気だなぁ、オルトラさん、この子どうします?退治か捕獲か。」
両手を握り、両拳を軽く当て、ガキィーン、と鉄同士がぶつかり合う甲高い音を立てると、
睨んでいた毛玉が警戒を強めた。
「追い払ってくれ、報復なんかされたら堪らんからな、後、そいつ…というより、そいつ等…だな、群れで行動するから。」
「へ?」その言葉を聞いて、周りを確認すると、目視だけでも10匹ほど集まっていた。
「…そ、そういうは早く言ってってば!!」
「す、すまん。」
その謝罪の言葉が戦闘開始の合図となった。
メルラーナが両腕に装備している篭手には刃が納められているのだが、依頼主の要望が追い払う事なので刃は納めたまま戦う事にした。
3匹が同時にメルラーナに襲い掛る。
噛みついてきた攻撃を左腕の篭手で防御、別の1匹は爪で切り掛って来たのを躱して、通り過ぎた所を振り向き様に後ろから、ガッ、と右手で毛玉を掴んだ、「キ?」と小さく鳴いたが、そんな声にもお構いなくまた別の1匹に向かって投げつける。
毛玉同士のぶつかり合う鈍い音がした、メルラーナはそのまま身体を捻らせ、左腕を大きく振って噛みついていた毛玉を振りほどく。
振りほどかれた毛玉は空中で身体を翻し、綺麗に着地した、ぶつかり合った毛玉もふら付きながら、体勢を立て直している。
(アレッ?弱いっ!)
害獣は魔獣や
一部の個体や数で押された場合を除いては。
「ひっ」
左後方から小さい悲鳴が聞こえた、振り向くとオルトラが7匹の毛玉に囲まれていた。
「オルトラさんっ!」
ヤバイ、数が多すぎる、距離もある、間に合わない。
とっさに右手を力いっぱい握って身体ごと引いた、身体の右側が群れより遠く、
左側が近い姿勢になる、右足を前方に出しながら目いっぱい回転させ地面を踏み込み、腰、胸、右腕と回し、最後に拳を捻りながら打ち抜いた。
「っりゃっ!」
距離が離れている為、当然のように拳は空を切る、しかし、オルトラに一番近かった毛玉3匹が吹っ飛ばされ、身体を翻して地面に着地し、メルラーナの方を向く、オルトラの身体に風が吹き抜けていった。
「…風?」
「遠当て、威力は無いけど威嚇には使えるよ。」
今のメルラーナの能力ではダメージは全く無い技術スキルだが、所謂ヘイト操作というヤツだ、タゲ取りとも言う。
「まぁ、本物の遠当てにはほど遠いんだけどね。」
毛玉を警戒しながら戦闘態勢を崩さずにオルトラの傍に寄り状態を確認する。
「うん、大丈夫そうですね。」
「あぁ、助かった。」
(さてさて、追い払うのって難しいなぁ、私の遠当てじゃ一発目しか意味ないし、…んん?何か警戒しまくってるぞ?遠当てに警戒してるのかな?…今なら威圧すれば逃げる…かな?)
「うし、やってみるか。」
そう言って突然、メルラーナは両腕を下して戦闘態勢を解いた。
「え?お?おい?」オルトラはメルラーナの行動の意図が読めず困惑する。
そんな事にも構わず両手を軽く握った、正確には小指を動かしたのだが。
メルラーナの装備している篭手の手の平、手を握った時の小指の先に指先が入るほどの小さな布製のポケットが付いている、そこに小指を入れて手を開く動作で小指を開くと…。
ジャキンッ!という金属音を立てて、両腕の篭手から刃が飛び出してきた。
その音と出てきた刃物に対してさらに警戒を強める毛玉達、それに追い打ちをかけるように。
「まだやるかっ!?」
腹の底から吐き出すように思いっきり大声で叫ぶ、同時に右足で地面をドンッ!!と踏みつけた。
警戒が恐怖に変わったようだ、毛玉は一目散に逃げ去って行った。
念の為、視認出来ていた10匹以外に潜んでいるか警戒して周りの気配を探る、居ないのを確認すると、「ふぅ。」と溜息を付いた。
「おめぇ、すげぇな。」
オルトラに褒められたのだが。
「凄くなんかないですよ。」
と否定をして、(お父さんとくらべれば)と、心の中で呟いていた。
「さぁ、そんな事より作業を再開しましょう。」
「え?でもおめぇ、疲れてねぇのか?怪我とか…。」
「大丈夫!怪我はしてません、それに言ったでしょ?体力には自信ありますって。」
そう言って満面の笑みをしたメルラーナを見たオルトラは。
「やっぱすげぇよ…おめぇ。」
先程メルラーナに言った言葉を訂正するのだった。
気を取り直して作業を続け、終わった頃には日が赤くなっていた。
報酬を預かり、契約書に依頼完了のサインを貰う。
「それじゃあ失礼します、お疲れ様でした。」
「おう、害獣退治の分は上乗せしといたぜ、…ありがとうよ。」
「有難うございますっ!」
根はいい人なんだ?ほんと、面倒くさそうな人だな、クスクスと笑いながら、その場を後にした、夕日で赤くなった町を歩きながら、ご飯どうしよ?とか考えていたら急にお腹が空いてきた、よし、早く帰ろう。
労働者協会に戻ってきたメルラーナは、依頼達成した事を報告する為、窓口へ向かう。
依頼を完了すると、依頼主から労働者に報酬が渡される、その報酬を窓口に渡して、そこから労働者への取り分を受け取ると仕事が完了した事になる。
受付のお姉さんにオルトラから預かった報酬金を渡し、受付のお姉さんが中身を確認していると急に手が止まった。
「あら?額が多いわね?作業中に何かあったの?」と聞かれ、害獣に襲われて追い返した事を伝えると。
「そっか、分かったわ、でも無茶はしたら駄目だからね?本当なら害獣退治にはそれ相応の準備が必要なんだから。」少し怒られた。
通常、労働者ギルドで仕事する人達は所謂一般人である、その為、害獣の退治や捕獲、追い払う等の仕事は基本的には存在していない。
かといって冒険者ギルドが害獣退治をする訳でもない、彼等は戦闘のプロである為、魔獣や魔物モンスターの討伐が基本的な仕事になる。
害獣の退治は労働者ギルド内でも特別な人達が行う仕事なのだ。
しかし今回の場合は緊急性があった、と受付の女性は判断したのだろう、少し注意するだけに留まった。
「ごめんなさい。」
メルラーナが素直に謝ると。
「はい、無事で良かったよ。」
と受付の女性はにっこりと微笑んだ。
怒られたのは心配されたからだ、(うぅ、本当にごめんなさい。)心の中で改めて謝るのだった。
「じゃあ、これは今回の仕事の報酬ね、お疲れ様でした。」
報酬を渡され、お礼を言って受け取る。
これで今日の仕事は終りだ。
「さて、と、帰ろっと。」
「メル。」
一仕事を終え、家に帰ろうとした時、背中から声をかけられた。
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