クレイヴァネアス ~始まりは玉響な微睡みの中で~

沙霧啓

第一章 旅立ち

第1話 プロローグ

遥か太古の昔、大陸がまだ一つだけだった時代。


発達した魔法や化学の御蔭だったのか、その文明は、今よりも遥かに栄えていた。


そんな時代に生きていた人々、人間、エルフ、ドワーフ等といった数々の種は、小さな争いや国同士の諍い、種族間の衝突等はあったが、互いに協力し合い、皆、平和な日々を過ごしていた。


そんな平和な日常が、ある現象を切掛けに一変する。


ソレは、何の前触れも無く、唐突に起こった。


ソレは大陸の別々な場所に出現し、警告する事すら無く、唯々無作為に世界を襲う。


ソレは全てを飲み込むかの如く、破壊の限りを尽くした。


人々は何が起こったのか理解出来ず、抗う事が出来ないままにその命を散らせて逝く。


街や村、都市は跡形も無く壊され、その機能を停止した。


森は焼け、木々は灰と化し、大気は汚染され、大地は裂け、海は割れ、空にはどす黒い雲が覆い、汚れた雨が降る様になる。


そして、一つだった大陸は、大きく五つに分かれてしまう。


ソレは、現れた時と同じ様に、唐突に動きを止め、眠りに付いた。


その期間、たったの10日程だったという。




四頭の竜




それが世界を破壊し尽くしたモノの正体であった。


生き残った人々は、四竜が再び目覚める前に、対抗する為の準備を始める。


武器を手に取り、新たな魔法や兵器を開発し、軍備を増強した。


眠っている所を襲撃すると云う試みも為されたが無駄に終わる、襲撃に向かった部隊は二度と戻って来る事は無かったのだ。


やがて、一頭の竜が目を覚まし、再び大地を引き裂き始めた、出来うる限りの準備を行って来た人々は竜に戦いを挑む、しかし全くと言っていいほど歯が立たなかった、数え切れない程の命が消えて逝き、竜は二度目の眠りに着いた。


絶望に打ち拉がれた人々に希望の光を与えられる、破壊された規模がほんの少しだったが押さえる事が出来たのだ、其れは迚も些細な事だったかも知れない、だがそれでも其れは人々の自身を奮い立たせ、竜への対抗策を講じ始める、どんな攻撃が効いたのか、或いは効かなかったのか、どんな攻撃をされたのか、其の攻撃が来る時の姿勢はどう云う姿だったのか、どう云った効力が有るのか、其の効果の効いている時間はどれ位なのか、ありとあらゆる可能性を引き出し、思考した。


何度も何度も、眠っては目覚め、破壊の限りを繰り返す竜に、世代を超えて戦いを挑み続け、その度に又、別の対策を講じる、そんな戦いを繰り返した。


何時しか竜に戦いを挑む人々は神と崇められ、其の戦いは後に、神々の戦いと呼ばれる様になる。












「………っ!!」




叫び声が聞こえる。




「……まっ!!」




少女の声のようだ、




「…さまっ!!」




少しずつ聞き取れるようになってきた。




「…ぇさまっ!!」


どうやら、少女は泣きながら叫んでいるようだ、




「ねぇさまっ!!」


姉様………はっきりとそう聞こえた。




「やだっ!!やだよっ!!ねぇさまっ!!」




叫ぶ先に、女性が立っている。


女性は少女の方へ振り返り、そして微笑んだ。




「いやぁぁぁぁっ!!」


………


……





「!?」




目を開けると見慣れた天井が見える。




「ここは…家?」


身体を起こし、周りを確認すると、自分の部屋だった。




「夢…か」


ふと頬が濡れている事に気が付き、手で涙を拭う。




「泣いてたの…、私…だったのかな?」




少女は小首を傾げて考え込んだ。




「でも、私にお姉ちゃんなんて居なかったはずなんだけど……??」




考え込んでいると突然、男の声で名前を呼ばれた。




「メルッ!!いるか?」ドカッドカッ、と足音が部屋に近づいてくる。


「え?」




びっくりして扉を見つめると、バンッ!!と音を立てて勢いよく扉がひらく、開いた扉の先に一人の体格の良い、短髪、黒髪で髭生やした眼光の鋭い渋い感じの中年男性が立っていた。




「メル、なんだ、まだ寝てたのか?」


メルと呼ばれた少女が目を丸くさせて、扉の先の男性を見つめ、かけられた言葉とは違う返事で返す。




「…お、お父さん?」


「よっ、ただいま。」


「おかえり♪…じゃなくてっ!?ど…どうしたの?暫く帰ってこないって話だったのに」




少女の父親は仕事の関係で大陸中を飛び回っているのだが、ひと月以上家を空ける事が多々あった。


今回の仕事も「数か月帰って来れない」という話だったはずなのにまだひと月もたっていなかった。


「近くまで来たから、ちょっとな。」と言葉を濁す、父親は仕事の事を話さないため、問い詰めても無駄だろうと少女は諦めた。




「って事はすぐ出かけるの?」


「まぁな」


「朝ごはんは?」


「食べて行こうかな。」




少女はすぐに台所へ向かい、朝食の準備を始めた。


少し深めの鍋に水を入れて煮立たせ、沸騰したら色取り取りの野菜を入れて行き、さらに一煮立ちさせて、塩、醤油等で味付けして簡単なスープが完成、同時進行で蒸かした芋を崩して、生のままでも食べられる野菜を合えて、塩胡椒で味付け、ポテトサラダを作る、スープとポテトサラダが出来上がる直前にフライパンに油を敷いてベーコンと卵を二つ、殻を割って入れる、少し火を入れれば目玉焼きの出来上がり、出来上がった料理をテーブルに並べて行き、最後に前日に買って来ていたパンを添えて、簡単な朝食の準備が完了。


「うん、よし、野菜だらけだな。」


出来上がった朝食を見て、出て来た感想であった。




二人は軽い朝食を取りながら何気ない会話を弾ませる。




「お前、仕事はしてるのか?」


「うん、労働者ギルドで仕事してるよ?」


「そうか、労働者ギルドなら安心だな。」




労働者ギルドとは消費者からの依頼を仕事内容とし、ギルドの登録している労働者が内容と自分がその仕事を解決できるかを吟味して請け負い、報酬をもらうという組織である。


その内容は老若男女、一人で誰でもできるようなものから人を選ぶもの数人で行うものまで、様々なものがありギルドと呼ばれる組織には他にも、冒険者ギルド、戦士ギルド、ハンターギルド、魔術師ギルド、商人ギルドなどがある。


その中でも労働者ギルドは基本的に命の危険性等が極めて低い、父親の言った「安心だな。」という言葉はそういう意味であろう。




「さて。」


と朝食を食べ終わって一息ついていた父親が椅子から立ち上がった。


「もう行くの?」


「おう、行ってくる」


「行ってらっしゃい」




父親を見送った少女は今朝見た夢を思い出そうとするが。


「あれ?どんな夢だったっけ?」うーん?と首を傾げる。


そんな事を考えてる間に父親の背中が見えなくなった。


「ま、いっか。」


開き直り、大きく背伸びをして。


「うし、私も行こっと」


労働者ギルドへと足を運ばせた。




シルスファーナ大陸中東部


トムスラル国の南西部にカノアという名の町がある、人口2000人ほどのさほど大きくはない町だが、田舎という訳でもない。


その町に一人の少女が、細々と日々を暮らしていた。


人当たりが良く、隣人達にとても可愛がられている人気者だ。


背は150センチ程、スラッとした体形で、胸は………残念である、まだ幼いが、可愛らしく、大人に成れば美人になるだろう顔立ちをしている、ストレートで腰まで伸びる長く綺麗な黒髪に、クリッと大きい目は茶色の瞳という、この大陸では珍しい東洋風の容姿をしている。




少女の名は『メルラーナ=ユースファスト=ファネル』




後に世界の命運を分ける戦いに身を投じる事になる一人である。








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