第3話 正体
君は、目を覚ました。
しばらくの間、気絶していたようだ。
瓦礫の上で倒れていたせいか、肩や背中が痛い。
身体を起こして、ぼやける視界に目を擦っていると、ぽんぽん、と後ろから肩を叩かれた。
誰だこんな夜更けに、と不機嫌になった君が後ろを向くと、そばに白い塊がうずくまっていた。
「ーーーーーー!?!?!?」
君は後ろに尻餅をついたまま後ずさり、悲鳴をあげようとした。
だがしかし、白い塊からにゅっと二本の腕が伸び、君の口をふさぐ。
塊は、人差し指を唇にあて、隙間から息を吐いた。
そこでやっと君は気づく。目の前の白い塊が、薄汚れた灰色の外套を被った人間だということに。
外套(頭からすっぽりと被っていて、顔が見えない。男か女か分からない)は、同じ動作をもう一度繰り返した。
外套は、どうやら君に静かにして欲しいようだ。
君が頷き、外套の望む通りに大人しくすると、外套は君の口からそっと手を放した。
君はやっと落ち着きを取り戻し、周囲を観察する余裕も戻ってきた。
空は明るかった。
強い風で、月を覆う雲が流され、伸びた影で見つかったのだろう。
物音は、いまだに屋内からかすかに聞こえている。
外套は、君のそばにうずくまるだけで、危害を加える気は無さそうだ。
君が望むなら、外套に質問をすることもできるし、すべて見なかったことにして立ち去ることもできる。
興味を持った君は、外套を観察することにした。
深く被った頭巾のせいで、やはり目元は隠れている。
はみ出した髪の毛はふわふわと飛び散り、光のせいで白く見える。
外套からのぞく手首や指はかなり骨ばっていて、肌も…言い方は悪いが、石のように白く、生気を感じない。
足元は、手首とは逆に、何重にも古布で巻かれていた。脚絆のつもりなのだろうか。
外套が何者なのか、見るだけでは分からないことが多すぎる。
君はさらに、質問をすることにした。
「あなたは誰かに襲われていたの?」
外套は首を降った。言葉は通じるようだ。
「あなたはここで何をしているの?」
無言。答える気はなさそうだ。
「中にいる人は危ない目に合っているの?」
外套はまたもや首を振った。
外套は、もぞもぞと腰元をさぐると、小さな花を差し出した。
少し萎れたそれに、君はある仮説を立てた。
きっと、どこかの娼婦が客とよろしくやっているのだろう。
廃屋に訪れるくらいだから、公的な娼婦ではないのかもしれない。
もしくは、許されぬ恋をした男女の会瀬か。
そして目の前の外套は、屋内にいる彼らの召し使いなのだ。
主人に命令されて、見張りをしていたのだろう。
なんと辻褄の合う推理だろうと、君は外套とその物音の主をそう思い込むことにした。
外套は、にこりと笑うと、花を君の手に握らせて立たせ、ぐいぐいと大通りへ身体を押した。
小柄な見た目に似合わない力強さと、服ごしに触れる掌の温度の無さに、少しだけ冷たいものが胸の裏側を撫でる。
「あの」
そもそも、自分が妙な好奇心と正義感を起こさなければ、こんなことは起こらなかったのだと、悪く思った君は、外套に向き直る。
「邪魔してごめんね」
君が外套に謝ると、外套はひらひらと手を振った。
さあ、もう数歩も行けば大通りだ。
君は外套に背を向け、歩き出す。
光の群れが、君の目を焼いた。
君がとっさにつむった目をもう一度開くと、見慣れた光景が広がっていた。
大通りに戻ってきたのだ。
いつもの賑やかな人通り。
店に呼び込む喧しい大声。
酒と香水、香ばしい油滴る肉の匂い。
男の野次に、女の高い猫なで声。
もう一度、君は路地の奥に目を凝らす。しかし、外套はすでに影も形もない。
まるで夢でも見たかのようだ。
君は、寂しいような、もったいないような、少しの物足りなさを感じた。
そして次の瞬間、己を張り飛ばしたくなった。
馬鹿者。もしかしたら、厄介事に巻き込まれていたのは私かもしれないのに、何を呑気な感想を抱いているのだろう。
帰ろう、真っ直ぐに。
何も見ていない、悪い夢だったのだ。
そして今度こそ、非日常を求めて首を突っ込むなどという悪癖は改めるべきなのだ。
君は、妙にすかすかする両の拳を握りしめ、決意を新たに人混みをくぐり抜け、家路につくのだった。
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