第2話 物音

「もしかしたら、誰か厄介事に巻き込まれているのかも」


お人好しな君は、大通りの喧騒から離れ、路地のさらに奥へ進んだ。


やがて、廃屋が立ち並ぶ区画に出た。

詳しくは知らないが、確かこの区画は数十年前の皇帝の邸宅跡らしい。暴虐に恨みを募らせた民衆が一切合切破壊しつくし、財は持ち去られ、火を放たれた。

その後、不審火が続き、誰も気味悪がって近づかなくなった。


そこまで思い出した君は、ふと後ろを見た。

明かりは、ずっと遠い。


「………」


早く確かめて帰ろうと、君は余計な思考を振り払い、音の出所を探る。

びゅう、と服の裾を巻き上げて、強風が吹き抜けていく。

耳を澄ました君は、近くの建物から音がすることに気づく。


君は、用心して白い壁に近づく。廃屋の壁を端から端まで見渡すと、亀裂が走っている箇所がある。調べると、指の幅ほどの隙間が出来ていた。


ここから見れそうだ、と目星をつけた君は膝をつき、穴の奥に目を凝らした。


「…………」


中は、暗くてよく見えない。君がのぞきこんだ後から、物音は聞こえなくなった。


もしや最悪の事態が起こったのでは、と焦った君は声をかけようとして、はたと思い止まった。


夜、人気の無い曰く付きの廃墟に、誰がどんな理由で来るというのだ?


急に怖くなった君は、逃げようとした。


しかし、「もし本当に誰かが巻き込まれていたら?」


そう考えると、迷って踏みとどまってしまった。



ぱきり。



…君は、ゆっくり足元へ目線を下ろす。

なんと、君のサンダルは、薄い瓦礫の破片を踏んでしまった!


小さくも鋭い音は、無音の夜によく響いた。


中で動く気配が止まる。


君は、存在を悟られるかもしれないという恐怖に動くことができない。


今夜は風が強く、月は明るいが、厚い雲は速く流れていく。


ごとん、と物音が玄関のほうからした。

ずり、ずり、と、何かを引きずる音が近づいてくる。


君は口を手で押さえた。心臓の鼓動が周りに漏れそうだった。


頼むから、風の音だと思ってくれ。

ああ、神様、普段からもっと礼拝の回数を増やしますから、どうかご加護を!


気配は立ち止まった。直接見られていないのに、刺すような視線を感じる。気配は、廃墟の周りを舐めるように見回した。しばらくして、張り詰めた空気は霧散し、物音は屋内に戻っていった。


「……………………」


君は、見つからなかったことに安堵して、胸を撫で下ろす。


あの正体不明の物音には首を突っ込むべきではない。

君は、物音の主から感じた恐ろしい気配を思い出して身震いした。

こんな時間に人目を避けてやることなど、絶対に関わらない方が良いに決まってる。

見つかる前に、この場を離れ、


「 」


誰かの、吐息が耳にかかる。


君は、息を呑んだ。


どうして。

誰も、近くにいなかったはずだ、だって外からこちらは見えないはず、


君は、凍りついたようにぎこちなく、後ろを振り向いた。



白い塊。


赤い二つの目が、顔のすぐ近くで君を睨んでいる。


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