ハナコのおめかし
ふと気がつくとハナコの首輪にリボンが付いていた。
今朝の散歩のときまでは、なんの変哲もない赤い首輪だったはずなのに。
お昼の休診時間に気付いた真治は、院長室に赴き、正明に確認した。
「ハナコの首輪、買ったの?」
正明は目をぱちぱちと瞬かせて、
「いや、知らない」と答えた。
正明と二人で再度自宅の庭に赴くと、ハナコは犬小屋の前で誇らしげな顔で二人を迎えた。その首元には、ピンクのリボンが輝いていた。
真治は、そのリボンのデザインを見て気付いた。
ピンクでリボン。もしや。
「薫子さん、ハナコの首輪、変えました?」
院長室でお弁当を食べていた薫子さんは、待ってましたとばかりに満面の笑みで答えた。
「ええ。可愛いでしょう?」
真治は否定出来ず、曖昧に頷いた。
「いつのまに……」
薫子さんは目を輝かせて、真治に言った。
「あら。ハナコは女の子ですよ。おめかししたっていいじゃないですか」
診察が終わってからハナコの散歩に出た。
嬉しそうに尻尾を振って歩くハナコのリードを引いて歩いてると、谷崎賢人と野本晃太が駆け寄って来た。少し遅れて、後ろに賢人の妹の優璃愛の姿も見える。
「ハナコー! 今日も可愛いなあ!」
晃太は相変わらずハナコに夢中だ。
ハナコも晃太に撫でられて、嬉しそうに尻尾を左右に振った。
「あ。首輪、リボン付いてる」
優璃愛がハナコの首輪の変化に気付いた。
「可愛いー!」
叫ぶ優璃愛をハナコが不思議そうに見た。
賢人が小馬鹿にしたような口振りで言う。
「ええー? 可愛いかあ? 前の首輪の方が犬、って感じでよかったじゃん」
晃太も頷いて続く。
「うんうん。リボンは小さい犬がするものじゃない?」
すると優璃愛はため息をついて首を振った。
「本当に女心が分からない人達だね。ハナコは女の子だよ! リボンの方が可愛いに決まってるでしょ」
そう言って優璃愛はハナコを撫でた。
ハナコはふふんと鼻を鳴らした。
賢人達の論争を見守っていると、カメラを首から下げた坂口香織が通りかかった。
「こんにちはー」
香織はそう言いながらハナコにカメラを向けて、パシャリと一枚写した。賢人と晃太が両手にピースで割り込んだので、二人のピンボケ写真が撮れた。
香織はその勢いの良さに少し笑った。
「ねえねえかおりちゃん! ハナコも! ハナコも撮って!」
優璃愛がせがむので、香織は改めてハナコの写真を撮った。ハナコはしっかりカメラ目線をくれるハナコを、角度を変えて三枚ほど撮った。
「首輪、リボンになったんだね」
香織がカメラを手放し、ハナコの頭を撫でた。
すると優璃愛が興奮した様子で、
「ねえ! 可愛いよね! リボン!」と聞いてきた。
香織は「うん。可愛い」と言いながら写真をまた一枚撮った。今度は優璃愛とハナコのツーショットだ。
「ええー! 前の方が良かったって!」
「そうだよ! ハナコは赤の方が似合うよ!」
賢人と晃太は不満げに言った後、
「先生はどう思う?」と先ほどから会話に参加せずに賑やかな様子を見守っていた真治に意見を求めた。
真治はハナコを見て、答える。
「うーん……。ハナコは可愛いから、どっちも似合うんじゃない?」
本心だった。
それなのに賢人と晃太は信じられないといった顔で真治を責めた。
「先生の裏切り者!」
「男の敵だ! 女の味方して!」
優璃愛は「ほらね! ほらね!」と得意げな顔をしている。
そんな子供達にたじろぐ真治にカメラを向けて、香織はまた写真を撮った。パシャっと響くシャッターの音に、ハナコが反応してレンズを見つめた。
散歩を終えて診療所に戻ると、丁度帰り支度を終えて車に向かう薫子さんと遭遇した。
「どうでしたか? ハナコのおめかしは。好評でしたか?」
薫子さんはハナコのそばにしゃがんで、その頭を撫でる。ハナコは嬉しそうに尻尾を振った。
真治は笑って、
「女性には、好評みたいです」と答えた。
「そうですか」と満足げに頷く薫子さん。
「僕は可愛いと思いますけど、なにより、本人が」
真治はハナコに視線を送る。
ハナコは嬉しそうに舌を見せている。
「ハナコが気に入ってるみたいなんで、よかったなって」
薫子さんはまた、ハナコを撫でた。
「似合ってるわよ。ハナコちゃん」
ハナコは目を細めて、やっぱり誇らしげに鼻を鳴らした。
「次はどこにリボンつけようか」
薫子さんのその発言に、真治は苦笑した。
「これぐらいが丁度良いですよ。これ以上可愛くなっちゃうと、散歩する時、僕が恥ずかしいんで」
頭を掻く真治を見て、ハナコが「くうーん」と鳴いた。
「ほら。ハナコはおめかししたいみたい」
薫子さんが笑う。
「ハナコがそう言うんじゃ、仕方ないですね」
真治も笑う。
「じゃあ、お疲れ様でした。また明日」
「はい。また明日」
真治とハナコは、薫子さんの車が見えなくなるまで見送って、それからハナコの小屋まで歩いた。
ハナコの餌を小屋の前に置いて、それを美味しそうに食べるハナコを眺めながら、真治は言った。
「ハナコは元がいいから、何をしても可愛いよね」
ハナコは口をモゴモゴさせながら顔を上げて、キラキラした目で真治を見た。
それから、「わふっ」と誇らしげに鼻を鳴らした。
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