11
「はい、どうぞ」
ナチョスが入った木のボウルをこちらに寄せてくれる。作り笑いをしたまま
「ありがとう」
と言って一枚食べた。さっきのはただの冗談か? 新しい彼氏ってことは旧い彼氏がいたのか? いやでも明らかに冗談っぽい雰囲気だったし、迂闊なことを言っては藪蛇になりかねない。それに冗談だったとしたら過剰に反応するのもおかしい。守本がこの店や商店街の行きつけの場所について、話をしてくれているのに、上の空で話が入ってこなかった。そんな僕の様子を感じ取ったのか、
「仙川さん、さっきの冗談なんで気にしないでくださいね。あの店長、俺が男友達と来るとああやってからかってくるんです」
と守本が言った。
「あ、そうなの?」
「気分悪くしちゃったらすみません」
「全然、気にしてないよ」
「よかった、なんか険しい顔してたから。……そうだ、年末年始どうするんですか?」
「え?」
「年末年始、地元帰ったりするんですか?」
「いや、帰らないよ」
「帰省しなかったら暇じゃないですか?」
「ああ、そうだなー……、今度は暇になるかも」
「今度は?」
「あ、いや、なんでもない。いつも暇だよ、年末年始は」
コーラでも飲んで心を落ち着けよう。
「じゃあ、暇だったら俺と年越ししませんか?」
思わぬ申し出にコーラを吹き出すところだった。
「え、うん、いいけど、守本は実家帰ったりしないの?」
「実家東京だから、別にいつでも帰れるんで」
「そっか」
キッチンから大きな皿を持った店長が現れた。
「はいよー、お待たせしましたー」
サンドイッチとチーズバーガーが運ばれてきた。フライドポテトもどっさり盛られている。思ったよりもチーズバーガーがおいしそうで、がっつりしたものにしておけばよかったかなと思った。
「いただきます」
守本が食べ始めたのを眺めて、自分もサンドイッチを食べる。守本は食事の前と後にきちんといただきますとごちそうさまを言うので、きっといい家の子なんだろうと思う。サンドイッチは硬めのパンにたっぷりとマヨネーズが塗られていて、スモークサーモンとクリームチーズが一緒に口に入ると、何が何の味だかわからなくなるが、ただ、おいしかった。
電車に乗って一人になると、あれこれと考えが巡ってくると同時に、また気持ち悪くなってきてしまった。守本は改札までついてきて見送ってくれて、家とは逆方向のホームに行こうとする僕に「仙川さん! 逆ですよ!」と大声で教えてくれた。少し恥ずかしかったし、僕がホームに行くまで改札から見ていたのかと思うと、いったい何なんだ? という疑問で頭がいっぱいになる。結局気持ち悪さが限界に達して二駅ほどで降車した。スマホが鳴ったので見てみると、守本から無事を確認するメッセージがきていた。「やっぱり気持ち悪くなって八幡山で降りた。少し休んで帰るよ」と返信した。ベンチに座って目をつぶっていたら、いつの間にか眠っていたようで、肩をトントンと叩かれて目を覚ますと、寺脇さんが立っていた。
「やっぱり。仙川さん、どうしたんですか? どこか具合悪いんですか?」
「あれ? 寺脇さんこそどうしたの? ……あ、ここ門前さんちの最寄り駅か」
寺脇さんは門前さんの家から帰っているところだった。心配してくれていたので、ただの二日酔いだと伝えたら、自販機で水を買ってきてくれた。お礼を言って一口飲むと喉元まできていた気持ち悪さが胃の方に引っ込んでましになった。
「めずらしいですね。仙川さんが二日酔いになるほどお酒飲むって意外でした」
寺脇さんもベンチに座って、ペットボトルのお茶を飲んでいる。
「うん、なんか飲みすぎちゃったみたいで。恥ずかしいとこ見られちゃったな」
「全然恥ずかしくなんかないですよ。楽しいと飲みすぎちゃうことありますもんね」
ちらりと横をみると、いつものように微笑んでいる。ホットのお茶を両手で包み込むように持っているのがかわいらしいと思った。
「そういえば、常松は一緒じゃないんだ?」
「はい、常松は今朝早く帰っていきましたよ。何か予定があったみたいで。」
「そうなんだ……。昨日は、楽しかったね」
「はい。でもおかしなクリスマスパーティでしたね」
そう言ってくすくすと笑う。
「どうして?」
「だって、クリスマスケーキがなかったから」
そう言えば、ケーキもなければなにもクリスマスっぽいものがなかった。ただのパーティだ。
「ほんとだ……」
「誰もケーキがないこととか気にしなくって、私もですけど。なんか自然体でいいなあって思いました。たこ焼きもおいしかったですね」
たこ焼きを焼く守本の姿が目に浮かんだ。
「昨日はおうち帰れなかったんですね」
「え? ああ、そう終電終わっちゃってて……。守本の家に泊めてもらったんだ」
「守本くんの家ここから近いですもんね」
「……行ったことあるの?」
「え! ないですよ!」
なんだかすごくセクハラじみた聞き方をしてしまった気がして、慌てて取り繕った。
「あ、そっか、昨日、門前さんも守本の家近いって話してたもんね」
「守本くんの家って、同期の誰も行ったことないみたいですよ」
「そうなの?」
「はい。同期10人くらいいるんですけど、誰も。一応うちの会社、男子寮と女子寮があるじゃないですか、寮って言ってもマンションの部屋を安く借りられるだけですけど」
「ああ、最近の新卒の子はあるみたいだね」
僕は中途入社なので、寮の制度のことはよく知らない。
「守本くんは、寮に入ってないから。誰も家に行ったことがないんです」
「あれ……、ひょっとして門前さんの家って寮?」
「そうですよ。会社が借りてるとこです」
「ちょっと待って、あんないいとこ、寮で住めてるの?」
「そうみたいですね。そういうとこ、うちの会社の福利厚生いいですよね」
知らなかった。うらやましい。
「あ、でも寺脇さんは寮じゃないんだ」
「はい、私実家住みなんで。ちなみに常松もあのマンションに住んでますよ」
「なるほどー……」
後輩たちの方が自分より断然いい部屋に住んでいることに少しショックを受けていた。
「あ、電車来ましたね」
急行電車がホームに入ってきた。体調もいくらかましになったので、電車に乗ることにする。
「じゃあ、よい日曜日をお過ごしください」
ドアが閉まる直前、そう言って笑顔で会釈すると、寺脇さんは反対側のホームに並びなおしていた。「寺脇さんも」と返事をしたかったが電車はすでにホームを出ていた。
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