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宴会場にはお膳の長い列が並んでいて、すでに半分以上の席が埋まっている。部屋割りは部署ごとに決まっているものの、食事の席は特に決まっていないので、一緒に来た奈須、守本と適当な場所に座る。こういうとき、一人だったらキツいな、と一瞬思った。
「いや、仙川さん、ほんとオススメですよ、ここのサウナ」
さっきからずっと奈須がサウナを推してくる。どうやら大浴場を最近リニューアルしたらしく、お湯の種類も増えて、サウナも最近のブームに合わせたすごく充実した施設になっているそうだった。別館の浴場に人が少なかった理由がなんとなく推測できた。
「奈須がそんなにサウナにハマってるって知らなかったよ」
宴会場を見回しながら言う。そろそろ皆揃ってきたようだった。仲居さんたちがあちこちで瓶ビールや料理を運んだり、小鍋に火をつけたりしている。目の前に瓶ビールが置かれたので、隣の奈須や守本にお酌しようと思ったが、守本の方が素早かった。
「はい、仙川さんどうぞ」
「あ、ありがとう」
「はい、奈須さんどうぞ」
「おーありがとう、んじゃ守本もどうぞ」
「ありがとうございます」
入り込む余地のないまま、グラスにビールが満たされてしまった。
「はい、皆さん! それではよろしいでしょうか」
マイクの声が響き渡る。司会業の人にも聞こえる声の主は営業の門前さんだった。
「今日は長旅お疲れさまでした~、もうお風呂入られてる方もいらっしゃいますね、こちらの温泉はすごくいいらしいですから、ゆっくり日頃の疲れを癒してくださいね! あ、でも泥酔して入るのは厳禁ですからご注意ください!」
この流れから、注意事項や明日の日程の再確認など業務連絡を簡潔かつ淀みなく話す門前さんは、さすが営業部期待の若手、と言った感じだった。全員に飲み物が行き渡ったのを確認後、社長へとつないで、慰労の言葉からの乾杯の発声がされたあとは、完全自由行動なのが、この会社の宴会だ。
「奈須は最近どう、元気?」
「え、なんですか急に。元気ですよ」
先付に入っている筍を別の器に除けながら言う。
「筍嫌いなの?」
「うーん、何かイガイガしません? 子供のときに食べて喉がイガイガしちゃって、それからあんまり食べたくないんですよね」
「いや、それはないかな……、そうだ、フットサルやってたじゃん。いつも週一くらいで、会社終わってから行ってたやつ。まだやってる?」
「えー、いつの話ですか。もう全然やってないですよ」
「あー、そうなんだ……」
ふと隣をみると、守本のグラスが空になっているのに気づいた。お酌と思ったら守本は自分で手酌してしまった。
「あ、ごめん気が利かなくて」
「え、何言ってるんですか、気にしないでください。……あ、」
何か気づいたように立ち上がると、空になった瓶を通りがかった仲居さんに渡して、何か話している。戻ってきて中腰になると
「飲み放題、ワインもあるらしいですよ、ワインにしますか?」
と聞いてくれた。
「あ、んじゃそうしようかな」
「赤、白、どっちがいいですか?」
「じゃあ、赤で。ありがとう」
いえいえ、と言いながら、守本はまた仲居さんのところへ行って会話をすると、そのままどこかへ行ってしまった。
「鍋、噴きこぼれそうですよ」
奈須に言われてハッとする。蓋を開けると味噌の香りがして、急にお腹が空いてきた。料理を食べながら奈須の方を見ると、隣の同僚と盛り上がっているようだったが、内容が合コンの話っぽかったので、食べることに専念することにした。
「はい、どうぞ」
戻ってきた守本がグラスを手渡してくれた。左手にはデカンタを持っている。
「あっちの方にバーがあって、仲居さんにいちいちお願いするのも悪いんで持ってきました」
グラスにワインを注いでくれたので、すかさずデカンタを奪い取って守本のグラスに注ぐ。
「お、ありがとうございます」
「いやこちらこそ、持ってきてくれてありがとう。」
小さく乾杯した。
食事は次から次に運ばれてきて、僕は天ぷらが運ばれてきた辺りで満腹になってしまったが、守本はモグモグとよく食べている。カラオケを歌う人もいれば、お酌して回る人もいて、宴会場はとても賑やかだ。ワインを少しずつ飲んでいると、常松が右手に徳利、左手にお猪口二つという格好で現れた。
「どうですか、調子は」
だいぶ酔った様子でお猪口を差し出してきたので
「いや、日本酒はいいや」
と答えると、
「あれ、ワインなんですね。まあいっか」
そう言うと徳利をデカンタに持ち代えて、僕のグラスに注いでくれた。お返しにこちらも徳利を受け取って注ぐ。少なめにしておいた。
「で、奈須さんと話せましたか?」
ちらりと隣の席を見ながら言う。奈須はトイレかタバコかわからないが席を立ったまま帰ってきていない。
「いや、それがあんまり会話続かなくて」
「えー、ダメじゃないですか。やっぱり私が居た方がよかったですね。キューピッドとして」
「いや、キューピッドって何」
やっぱりだいぶ酔っ払っているような気がする。
「守本もさあ、後輩なんだから気を使って仙川さんと奈須さんがうまくいくようにしないとだめじゃん」
指をさしながら常松がそう言うと、黙って食事をしていた守本がこちらを見た。
「守本は関係ないからさ。常松、ちょっと飲みすぎなんじゃないか?」
常松をなだめながら横目で見ると、守本は無言でワインを飲んでいた。いつもニコニコしているのに、珍しく鋭い目で常松を見ている。こちらも、もうデカンタ4つを空けているので、心配になってきた。その半分は僕が飲んだのだけど。
「まあ、いいじゃん。奈須はまた今度飲みにでも誘うからさ。そのとき常松も一緒に来てもらっていい?」
「それ、俺も行っていいですか?」
口を開いたと思ったら、声のトーンがいつもよりだいぶ低い。
「守本関係ないじゃーん」
常松が煽るように言う。なんでこんなに険悪な雰囲気になっているんだ。守本がグラスを一気に空けた。僕もそれなりに飲んでいるからか、とりあえず二人を落ち着かせようと思うのに頭が働かない。不穏な空気が流れていたそのとき、
「守本~、なんでこんなとこに居るんだよ~!」
宮口さんが守本に抱きつきながら乱入してきた。ぐらぐらと揺すられた守本の手からグラスが離れて転がった。飲み干されてなかったら僕の浴衣がワインまみれになるところだった。
「おい、お前ら守本いじめてたんらろ!」
宮口さんも大概酔っ払っているようで、呂律の回っていない言い回しが不愉快さを倍増させる。それに対して、常松が、はあ? と声に出して言った。結構大きな声だったので一瞬周囲の注目が集まった気がした。
「いや、違いますから、宮口さん。大丈夫ですから」
守本は冷静になったのか、いつもの笑顔で宮口さんの腕をポンポンと叩いている。その腕が守本にがっしり抱きついているのを見て、またイラっとした。
「ほら、仙川さんもそんな怖い顔しないで」
気づいたら、逆に守本になだめられている。戻ってきた奈須が「なんすか、これ」と言ってるのが聞こえた。
「はいはい~、飲みすぎですね~」
現れたのは幹事の門前さんだった。散れ、と言わんばかりに周囲に向かって「はい、皆さん大丈夫ですから~」と言いつつ常松と宮口さんを連行していった。
静けさが戻って、デザートが運ばれてきても、なんだかもやもやした気持ちが晴れなかった。奈須に「なにかあったんですか?」と聞かれたが、どう説明すればよいものか、めんどくさくて適当にごまかした。
一応宴会時間の終了を知らせる中締めがあって、まだその場に残っている人もいたが、僕は部屋に戻ることにした。奈須はもう少し残っているということだったので、鍵を受け取ると、守本も一緒に立ち上がった。
廊下を歩くスリッパのペタペタという音だけが聞こえていて、エレベーターを待つ間の沈黙に耐えられなくなったとき、守本が口を開いた。
「あー、今日は酔っぱらいましたねえ」
ストレッチしながら、こちらを見る。
「結構飲んだからなあ」
と相槌を打った。全然動かない階数表示を眺めていると、後ろから門前さんと寺脇さんが来た。手にコンビニの袋を下げている。
「常松大丈夫だった?」
そう訊ねると、寺脇さんが袋の中のミネラルウォーターと瓶のドリンクを見せながら
「大丈夫ですけど、あんなに酔っ払ってるのはなかなか見られないですよ」
感心するように言うのがちょっと可笑しかった。
エレベーターが到着して、先に僕たちが乗った後、突然
「2人だけにしてくれる?」
と守本が言ったのを聞くと、門前さんと寺脇さんは乗るのを止めた。ドアが閉まっていくのを見ながら意味が分からなかったので、
「あれ? ちょっと、乗っていいから!」
開ボタンを連打すると、寺脇さんが
「いや、ほんとに2人がいいのかなと思って、私達お邪魔かなって」
と少し困惑した様子だ。守本は笑いを堪えきれないようで、肩を震わせている。僕が
「んなわけないじゃん。まったく、守本も冗談はほどほどにしろよな」
そうたしなめると、笑いながら「すみません」と謝った守本が、
「まあ俺、仙川さん好きですけどね」
と言った。
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