第10章ㅤそれぞれの
リキが学園に来て半年が過ぎるころ、二十二歳となったユークは卒業を迎えた。
旅立ちを見送ろうと全員で学園の外まで来たところ、ユークは名残惜しそうに学園を見つめていた。
「いつにも増して頭からっぽそうな顔してんな。そんな卒業すんのが嬉しいのかよ」
視界に入った赤髪の、ロキは相変わらずだ。
「十何年も縛られていたからな。何しようかわくわくだよ」
「働けよ」
「言われなくてもそうする。とりあえず最初はフリーで依頼とか受け賜ろうかな」
「まあ、健全に生きろ」
「そっちこそ。何かあったらファウンズに言えよ」
「こいつに相談してもただ頷くだけだろ。いや頷きもしねーと思うわ」
はっ、と軽く笑ったロキの頭がふいに前に傾く。
「今のなに」
後頭部に何か当たった気がする。後ろ見るがなにもない。
「ファウンズ、嫌なことあったらたまには手出していいから。今のように。もうグーでいっていいよ、ロキ相手には」
「え、今のこいつがやったの」
ファウンズが手を出すなんてありえない。
「そういえば、リキと離れることになったらバードとも会えないんだっけ。会わせてくれる?」
バードだけ、と思ったがリキはここにいるラピ以外の召喚獣を召喚した。リキ兼ロキにつく炎属性ラピーーファウンズにつく水属性スイリュウーーシルビアにつく雷地属性ラッキー、そしてユークにつく風属性バード。別れのときはいつか必ずやってくるもので、ユークはそのことを人一倍理解している。
「バード、おまえと一緒にいられて良かった。ウインドバードって単純な名前嫌かと思ったけど、それしか思いつかなかったんだ。許してくれ。バード、俺を選んでくれてありがとう」
リキの召喚獣は選ばれた者にしかつかない。召喚獣自身が何を基準にしているかわからないが、召喚獣が選んだ者がそばにいなければその召喚獣はこの世界に出現しない。
「リキやシルビア、それからロキとは短い付き合いになるけど、楽しかったよ」
ユークは目の前にいる三人と、後方にいるファウンズを見る。ファウンズだけは短い付き合いではない。
これで最後とは思っていない、けれど学園で過ごす日々はなくなり、学園の生徒として関わり合うことはなくなる。次会うときは、互いに学園を卒業し自分の道を歩んでいる最中になるのだろう。別れの言葉などいらないのかもしれない。
ロキがいつも通りなのに対し、リキとシルビアはどこかおとなしめだ。悲しいのだろうか、自分がいなくなることに悲しんでくれているのだろうか。そう思ったらユークは悲しむどころか卒業することに嬉しさを感じていた。リキたちもこうして同じように旅立つときがくる。そんなときに自分を必要としてくれている人がいるというのは貴重なことだ。
学園から出て外に出るには、長い橋を渡る必要がある。崖につくられているため頑丈で幅広い橋だ。任務を向かう際はいつもそれを渡っていた。今日は違う。任務のためではなく、学園(ここ)から卒業するため。一度渡ってしまえばもう二度と戻ってくることは叶わない。それでも渡る必要があった。
別れの言葉も言わず、楽しかったという一言で済ませ身を翻(ひるがえ)した。橋の途中でユークは止まった。その顔は悲しさで染まったものではなく、ある人の幸せを願ってのもの。
「ファウンズ、楽しくやっていけよ」
*
学園を出るには二十一歳になってからという決まりがある。ユークは二十三歳となった。学園を卒業できる歳になってもなぜ卒業しなかったのか、それはファウンズの存在があったから。どうせならあと一年、ファウンズが卒業するまで一緒にいてもよかった。一年前まではそうしようと思っていた、だが今ではその必要はなくなった。リキとロキとシルビアそしてその他召喚獣、一年前にはファウンズの前にいなかった者たちが今はいる。
(必要のなくなった俺はおさらば、なんてな)
必要とされていたわけではなかった。ファウンズに一緒(ここ)にいてくれと言われたわけではない。ユークがファウンズの心配を勝手にしていた。少し似ていると思っていたから。親を目の前でなくしたという同じ点は大きかった。
ーー風の音。何気なく後ろを見るとバードがこちらに来ていた。
「バードなにしてるんだ。お別れはもうしただろ。リキから離れすぎると消えてしまうぞ、……って、ほらな、言った通り」
リキから離れすぎたバードは空気に溶かされるように消えてしまった。リキから魔力を受け渡され存在するリキの召喚獣は、やはりリキなしでは存在し続けられないのだ。
(ああ、そうか。俺がいなくてもおまえは)
召喚獣が選んだ者が召喚師のーーつまりリキのそばにユークがいないと、バードは出現することができない。できない、のかは定かではないが、リキとユークが一緒にいないとバードは出現しない。
(お前はおれにとって必要だ、とでも言いたかったのか。召喚獣のくせに)
別れは悲しいものではない。永遠に会えないわけではないから。永遠に会えない別れは、死より苦しいものだろう。
そして一年後。ファウンズとシルビアが卒業する歳となった。どちらも卒業することを選んだ。ここに留まる理由がなかったから。
「もう卒業だね。せっかくリキちゃんに会えたのに。もう数年のことのように感じるよ」
「実際に会ってから数年しか経ってないもんな」
「ラッキーにも会えなくなっちゃうし……」
シルビアたちが卒業することに特にこれといって悲しんでいないのか、ロキは無表情でツッコミをいれる。ラッキーというのは猫の姿をしている雷地属性の、シルビアの召喚獣だ。
「また会いたくなったら会えばいいよ」
「そうだね。そうしよう!」
柔らかい顔で言ったリキの言葉に、シルビアは朗らかに笑った。
「皆でまた会おう。ユークも入れて」
一年前に卒業してしまったユーク。ばらばらに卒業していく皆が果たして揃うときがやってくるのか。
その一年後は、リキ、ロキ、フウコ、ライハルトの四名が卒業することになった。
「ロザント、バイバイ」
「またね……でしょ?」
そうだね、とリキは自分より一つ下の、身長の低いロザントを見つめる。
「私たちに挨拶はないわけ?」
「ああ、風の子か」
「フウコよ! フ・ウ・コ」
この二人(ロザントとフウコ)は仲が悪いのか良いのかわからない。
「僕にも挨拶ないなんて、悲しいな」
「イカれた頭してなに言ってんのよ」
ロザントはライハルトの爆発している頭を冷たい目で見る。
「これはね、兎にやられたんだよね」
「ごめんね、ライハルトくん」
「いいよ、いいよ。気にしないで」
謝るべきなのはペットを飼っている主人ではなく、ペット自身だ。
*
兎こと、ラピは、ライハルトの頭に泣きつき髪をボサボサにした。大丈夫? と優しく接すればするほど、うぇぇぇんと髪の毛をさらに爆発させたのだ。
「気にするのは兎本人なのに、兎くんは未だ泣きべそかいてるし」
あてるべきところがない。
「かいてないぴょん! これでもうロキとも他の召喚獣とも会えないとか思ってないぴょん。悲しいなんて全然思ってないぴょん。ご主人様だけがいれば幸せなんだぴょん。私の幸せ壊すなぴょん」
「誰も壊そうとしてないけどね」
ライハルトは自分の名前ではなくロキの名前がでたことに、ああやっぱりと思った。ラピは自分と会えなくなるのが悲しいわけではなく、ロキと会えなくてなってしまうのが悲しいのだ。どちらも素直ではないから、ラピはロキに甘えられず、ロキはラピに甘えさせない。というよりラピが甘えてくるわけがないと思っている。
「(最後くらい、甘えさせてあげればいいのに)」
ロキのほうを見れば、どこかぼっーとしていた。珍しく静かで、ラピが代わりにうるさくしたというところか。視線を追えばそこには泣きつくラピを胸元に受け止めているリキの姿があった。ああ、となんとなく理解した。
「モンキーさんもリキにそうしてもらえば?」
「あ?」
モンキーに反応したのか、それとも別のことに反応したのか。
「会えなくなるのが悲しいならさ、最初で最後で、リキにぎゅっとしてもらえばいいじゃん」
馬鹿なのか?という顔をされた。
「そういうお前こそしてもらえばいいだろ。してもらいたいんならだけど」
どーせ冗談だろ、というような言い方。挑発じみている。
「じゃあしてもらおうかな。リキ、僕にもしてくれる?」
「は?」
「え? ……っと、どんな風に?」
さすがは息ぴったり。これまでのロキとの会話でリキも少しは理解しているようだ。
「そうやってラピにやるようにぎゅっと僕もしてもらいたいな」
「そんなの駄目に決まってんだろ……!」
「そんなの駄目に決まってるぴょん!」
こちらもこちらで息ぴったり。ロキと同じように、振り返ったラピまでもが抗議してくる。
「ここは私のテリトリーなんだぴょん!それを見ず知らずのやつに譲るわけないぴょん!」
「僕って見ず知らずの人?」
「リキに比べたら見ず知らずぴょん」
ぷんぷんと怒っている。悲しきことかな。
「まあーー会えなくなるのは確かだよな。それがどのくらいになるかってだけで」
「ヘタすれば一生会えないかもしれない」
「それは全力で回避するわ、できるなら」
「会えないのが嫌ならまた会えばいいだけぴょん」
「どこにいるのかわからなくても、私は会いに行くよ」
「私だって追いついてやるんだから!」
ロキ、ライハルト、フウコ、ラピ、リキ、ロザント。一つ年下のロザントを除いて、卒業となった。
*
各地に、魔物を抹消する者が集うための機関が置かれている。学園から卒業したものは大半そこに所属する。魔物をどう倒すか学んできたのだから当然だが、それがひとつの道だとは限らない。
魔物を抹消する、同じ目的で集う者たちをひとまとめにいうと隊という。隊がいる機関はいくつかある。まず西にあるのがーー『ブリゲイド』。そこに所属しているフウコとシルビア。フウコは珍しく、ライハルトと同じ場所ではなかった。
「意外ね。あの男と一緒じゃないなんて」
「いたくもないのにずっと一緒で嫌気がさしてね、わざと違うところに入ったの。悪い?」
「別に。いいんじゃない」
「シルビアとの連携の方が上手くいってるし、いい感じ。あんたこそ派遣なんてよくやるわね」
「何かと楽だし、ひとつのとこに留まるのがいやなの。緊急で呼び出されたら来てあげるわ」
ロザントは派遣としてブリゲイドに来ていた。ターゲットの魔物を倒し用が終わればロザントは去って行った。
そしてまた別の日。北にある『フォース』からロザントに要請が入った。
「雑魚だ。適当に滅殺する」
「ーー了解」
「(この二人なんなの、作戦というものがないの。まあ雑魚だからいいけど)」
ロザントは前にする二人に呆れかえっていた。学園を一番に卒業したユークと、追いかけるかたちで卒業したロキ。この組み合わせはなんら不思議ではないが、作戦のなさといい猪突的なところ特にロキ。涼しい顔して魔物に突っ込んでこれまたユークも涼しい顔して援護するかたちでついていって……。
「ロキ、適当すぎるのは良くないよ。って、いつも言ってるよね」
「テキトーが最強とか馬鹿みたいなこと思ってないけど、考えるの面倒だからそういうのはあんたに任せるって、いつも言ってるよな」
「(なんとなく連携になってる……?)」
喋りながらも魔物を退治している。これもこれである意味ひとつの連携方法なのかも……と思わなくもなかったロザントだった。
お互い反発しているようでしていない、しているとしたらそれが連携に繋がっていてーー背中の重さを預けあっているかのような、支えあっているといったら少し違う。
そんなふうに見えると言ったら不本意だとロキは顔をしかめるだろう。本人たちにそんな気がなくとも、戦いにはその人らの絆やらが見えてくる。
何もしないというわけにはいかず、ロザントは魔法で援護した。
「疲れたか、リキ」
「……少しだけ」
星空の下、焚き火を囲っているリキと純白のドラゴンだけが暗闇の中にはっきりと存在する。暗くなる前に枝を集め、純白のドラゴンが口から火を吐き燃やした。
「すまないな」
横になっているリキが目を閉じ、意識がなくなるであろう直前に純白のドラゴンは囁くように言った。
東にある『エシュロン』に所属するファウンズとライハルト。任務を受け、とある村に来ていた。
宿を借りるため宿屋を訪れ予約し終えたあと、ファウンズはカウンターテーブルに置いてある置物に目がいった。奇抜なキャラクターである。それがファウンズにとって可愛らしいものかはさておき、何かを思い出させるものだった。小さくて自分に仕える存在。
階段を降りてきた誰かが足を止める。ファウンズのことを見て止まったようだ。
「ファウンズさん?」
*
お互い自然と視線が合う。信じられないというリキの目は震えていた。
「今はドラゴンさんはあるドラゴンを探していて。私は、ちょっと休んでろって言われて」
「何かあったのか?」
そう聞きざるおえなそうな顔をしていて聞くと、リキは少し下を向いた。
「……ドラゴンを探すのに手こずっていて。見つけたとしてもやっぱりドラゴンたちは皆わかってくれるものばかりじゃなくて。知能があっても話し合いはできないっていうか……。最近、お空で追いかけられました」
純白のドラゴンの背に乗せてもらいながらドラゴンに空中で追いかけられていたことを思い出し、ははは、と笑うリキはどことなく頼りない。
そのときファウンズの肩に何かがよじ登ってきた。ファウンズの肩をかりて、空中に浮いているスイリュウにラピが飛び乗る。かまってもらえなくて寂しかったのだろう。ラピの企みは成功した。
「消えてしまうんだな」
それを見てファウンズは何を思ったか意味深そうに呟いた。
「一緒にいられればいいんですけどね」
スイリュウはファウンズがいないと存在し続けられない。リキが喚び出す召喚獣は、召喚獣が選んだ相手がそばにいないと出現しないのだ。
ファウンズは機関に所属している身。ドラゴンを説得するため、純白のドラゴンと旅をしているリキと一緒にいられる時間などこのひとときしかないのだ。
「俺が力を貸すか?」
いきなりのことにリキはひょんとする。
「ドラゴンのことを人間が説得する、なんてことどこにも伝えられていない。ただの『学園』で決まったことなんだろう。それを考えれば、あんた一人じゃ無謀だ。それにこいつが存在していられるのは俺がそばにいるとき。選ばれた責任があるのだろう」
少しだけ、ファウンズが成長したように見えた。上から目線かもしれないが、ちゃんと自分の思いを伝えることができている。
「本当に抜けられたんですか? 隊を……」
「思ったことはやる」
「意外ですね」
「そうか。なら、俺は今まで殻に閉じこもっていようとしていたんだろうな」
「その殻、破りたいですか?」
「破り捨ててやりたい」
「それなら私からは何も言うことはありません。またこれからよろしくお願いします」
自分たちが今、ひとつの変化を起こそうとしている。それがなんだか不安ながらも心機一転したような気持ちになった。
「ちょっと待つぴょん!」
何か抗議があるのか。リキは驚いてラピを見つめる。
「もしそれが本当の話なら……またスイリュウに会えるぴょん? ずっと一緒にいられるぴょん?」
信じられないというような、いつもより弱わしい声をするラピに、「ああそうだな」とファウンズが答え、重なるようにリキも「そうだね」と答える。
「ずっと一緒だよ」
リキのその言葉とともにスイリュウが勝手に出現する。ラピはファウンズの肩をかりてスイリュウ目がけジャンプ。スイリュウはそれをよけ、ラピは地面に落下し地面とのハグを全面に受けた。
「……何するんだぴょん」
「何もしていない」
ファウンズが喋れないスイリュウの気持ちを代弁した。
西にある『ブリゲイド』にはフウコとシルビアが所属しているのだが、そこへある人物が現れた。
「やっほ~。ひさしぶり」
「なっ。なんでここに……」
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青色の髪をした人物はにこやかに笑い顔の横で手を振りながらフウコに近寄る。
「あいつはどうしたの」
「リキと一緒だと思うよ」
「一緒って、ドラゴンとの旅?」
ライハルトは頷くかわりに呆れたように笑う。任務中にも関わらずあのファウンズは『力を貸す』なんて言ってなぜかリキとの同行を決めたようで、自分もと微かに思ったがそんな現実味のない話についていけるわけもなくーーこうしてフウコとシルビアのいる安全地帯にやってきた。
「僕だけ一人だとつまらないから、やっぱりフウコと一緒がいいなって」
「……」
フウコは顔を青くする。即浮かんだ五文字の単語は、おぞましい。
いつもこんなことを言うやつではない。幼馴染ーー腐れ縁な関係だからわかる。さりげなさすぎたから素で言ったぽかったがそうではないだろう。冗談で言ったとしてもフウコには大ダメージだ。
「仲良しなんだね」
ライハルトはフウコの近くにいた金髪の男子と目が合う。自分より一年早く卒業したから、フウコより再開するのがその期間分遅いのだろう。
「もちろん、シルビアもいたからここにしたんだ。フォースには苦手なお兄さんとモンキーさんがいるから。ここが一番安全地帯だと思って」
「あそこにいるのはユークとロキだよねーー?」
「そういうところ、すぐにわからないところが純粋でいいと思うよ」
お兄さんがユークで、モンキーがロキ。不思議そうにいったシルビアがそれを理解していないことがわかって、自分より年上なのに純粋っていうかなんていうか、といい意味でいっても呆れてしまう。
「あそこが嫌ならトループにすればよかったじゃない」
「トループ……?」
フウコの言ったものを復唱し、それに関してのことを思い出す。
「ああ、キラーのいるところか。あそこは何かとブラックだよね。一人で駆り出されることもあるみたいだし。わざわざ命を危機に放り出すような真似はしないよ。恐いじゃん」
おどけて言うライハルトだが、トループは本当に怖いところだ。
出撃には最低二人、援護と攻撃が行くことになっている。三人の場合は援護二人、攻撃一人か……援護一人、攻撃二人の組み合わせ。必ずどちらのタイプも選ばれるのだ。任務の難易度に合わせて、グループなんてことも多々ある。
そうしているところがあるのに関わらず、難易度は考慮されず一人で行かされる。これでは単なるソロだ。隊に所属している意味がない。
そんなところにルーファースはいるのだ。
「好きで入ったのかしらね。そうじゃなかったら教えておくんだったわ」
関わりないけど、好きじゃないけど。
「報酬もいいし、たぶんちゃんと考えて入ったんじゃない。早急にお金を貯めておきたいとか。ともかく僕たちが心配する必要ないよ」
ライハルトの言葉にフウコは、ん? と理解してない顔をしてから察した。
「心配してないわよ」
「してるじゃん」
ライハルトとフウコの噂している南にある『トループ』に所属するルーファースには、難解な任務が与えられていた。そこには派遣であるロザントの姿もある。
「なんでこんなところにしたのよ」
「なんでって、報酬がいいから?」
「こんな大物相手に二人って、馬鹿なんじゃないの」
「本当はお前がディスパッチでこなきゃ俺が一人で相手するはずだったんだけどな」
*
「あなたハゲたいの? こんな超過酷なこと続けてたらいつか死ぬわよ」
「死ぬのもわるくないかもな」
話しているうちに敵はノックアウト。ルーファースが鎌を振り回しての、ロザントの魔法攻撃での援護。派遣として北南西東にある機関に所属するメンバー全員と戦闘を共にしたが、一番連携プレーができていた。不覚にもロザントはそう思った。
「こんなつまらない世界、魔物を倒すことしか楽しみのない世界で生きていても意味ないのかもな」
おかしなことを言うルーファースをロザントは哀れんだ目で見る。
かわいそうな人……魔物を倒すことでしか楽しみを感じることのできないなんて、そんなの魔物と同じじゃない。
魔物が何かを考えて人間に害をなしているように見えない。そこに目の前に敵がいるからただ襲っているだけ。そう知能なんてないのだ。
それと同じ、ルーファースは何も考えていない。
何も考えたくないのだろうか。
「あなたって、意外と子供なのね」
残酷なことばかりしてきた、大人で、窮屈な思いをしてきたから子供である自分の殻に耐えかねて暴走しているのだと思っていた。だが、そうではなかった。ただの幼稚(コドモ)だったのだ。
「七歳並の身長のやつに言われたくねえよ」
「誰が七歳並よ! せめて十……いえ、私はもう二十一よ!」
「ふっ……かわいそうだな」
「七歳並の神経しているあなたこそかわいそうだわ」
「そやつは……」
自分の目の前にいるリキともう一人の男を目にして、純白のドラゴンは難しい顔をした。それに気づかないリキは嬉しそうに言う。
「ファウンズさんがドラゴンとの交渉を手伝ってくれるって」
「あの金髪の青年ならまだしも、なんでそやつなんだ」
「もしかしてフェリス、歓迎してない?」
そういえばそうだ、空を飛行したとき、背中に乗せてくれたのは自分と金髪であるシルビアで。落ちてもいいかのように手の中に収まっていたのは、ロキ、ユーク、その中にファウンズもいた。
ファウンズはフェリスを攻撃したことがあった。だから信用にかけないのだろう。
「フェリス?」
初めて聞く名にファウンズは少しながら疑問をもつ。前までは目の前にいる純白のドラゴンのことは名前で呼んでおらず、リキは「ドラゴンさん」と呼んでいた。ずっと前には、「大きな鳥さん」と。
「私がドラゴンさんの名前つけたの」
「昔につけると約束してくれてな。フェリス、っていうのは他の国の言葉で〝幸せな〟というらしい。私が幸せであるように。私の存在が全ての者に幸せをもたらすように」
言うか迷いながらも純白のドラゴンは、自分の名前の由来を言った。
「いい名前だな」
「……本気で言っているのか?」
「ああ」
嘘をついているように見えないファウンズにフェリスは、少しいいやつなんじゃないかと見る目を変える。単純だと思うだろうが、真っ黒なオーラを放つファウンズが、残忍な性格をしているのだろうと偏見を持って見ていた相手ファウンズが、自分が思っていることと同じことを言ったのだ。
言ってほしい言葉だったのかもしれない。
リキが良いと思ってつけてくれたはずに違いない名前。名前がつけられた当初、いい名前だな、と気に入って何度か言うとリキは毎回『いい名前だね』と答えてくれていた。
*
他人からまさかそんなふうに言われる時がくるなんて思ってもみなかったフェリスは、嬉しいと思った。ファウンズの存在が初めていい感情を与えてくれた。
「まあ協力する者が増えても負担になるわけではないしな。特別、協力してもらっている間は背中に乗せてやってもいい」
「礼を言う。またあの時のように手に持たれたりして落とされでもしたら一巻の終わりだからな」
フェリスとファウンズは自分では気づかないであろう穏やかな表情をしていた。
自分の望むことを成し遂げるため、自分の望むことは何なのか知るため、それぞれ目的は違うが同じ旅を共にする。
「それで、何をすればいい」
飛行している純白のドラゴンーーフェリスの背中でファウンズは問う。
「とりあえずはこうして他のドラゴンを探してもらう」
「こんな距離で見えるのか?」
「気配ぐらいするだろう。それよりお前、リキに近付きすぎではないか?」
「仕方がない。こうしなければ落ちる」
リキを後ろからぎゅっと抱きしめているような状態のファウンズを見て、ドラゴンであるフェリスはどこかむっとした顔をしていた。
リキはというと、いつも通りの顔をしていてフェリスはもっと嫌な気分になる。少しだけ照れたようにしているがそれは、暖かいぬくもりに嬉しそうにしているようだ。ずっと一人だったから。
「私がリキを落とすヘマをすると思うか? 落とすとしたらお前だけ落とすさファウンズ」
「ずいぶんと器用なことするんだな」
嫌味だということはわかった。けれど本気で言っていることではないこともわかる。フェリスが初めてファウンズの名を言った瞬間でもあった。ふとフェリスの纏う空気が変わる。
「同性が嫌いというわけではない。ただ……リキ以外、完全に信じられないだけだ」
「悪いな。そうした原因に俺も入ってる」
学園にいたころ、任務の一環でフェリスのことをファウンズは攻撃したことがある。敵意を向けられた相手に心を許すなど簡単なことではない。
「今更そんなこと言われてもな」
「今更だからこそだ」
こうやって協力するようになってお互いに信じ合う存在にならなければいけなくなった今。
些細なことでも相手が気にしていることなら言葉にしなければ伝わらない。思っていても伝わらなければ意味がない。伝わらなければそれは思っていないのと同じになってしまうーー相手からしてみれば。
それはもったいない。
一度、地上へ降りたフェリス。近くにドラゴンがいるのかと思いきや、ファウンズとリキの位置を逆にしろというフェリスのちょっとした我儘で二人は乗る位置を変えた。
後ろだったファウンズが前で、前だったリキが後ろ。
ファウンズがリキを抱きしめているような状態がフェリスは気に食わなかったのだが、今度はリキがファウンズに縋るような状態も気に食わなかった。二度も同じことは言えず、前者よりまだましだった後者を許した。
フェリスが二度目に降りたところにドラゴンはいた。ファウンズが声をかけるとそのドラゴンは目を向けてきたが、言葉が通じていないようだった。故に、敵意を向けられ攻撃をされた。
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二度目に会ったドラゴンは会話は通じたが、人間とドラゴンの約定の話については一切耳に入れてもらえなかった。「これ以上馬鹿げた話を私の耳に入れるようなら、私も考えるぞ」と、即刻立ち去らなければ炎を吐くぞと威嚇された。
三体目のドラゴンも同様。
四体目のドラゴンも以下同文。
「ドラゴンが魔物を滅するかわり、人間はドラゴンを攻撃しないなんてーーずいぶん身勝手な要求だと思わないか」
「それを人間のお前が言ったらおしまいだ」
「人間なんてドラゴンからしてみればアリみたいな存在なんだろうな。それなのに踏みつぶさないでいるのは良心なのか、ただ単に興味ないのか。そもそもドラゴンから積極的に攻撃を受けていないだけで感謝すべきなのかもな」
「本当にどうした。考え方が変わったか?」
「別に。ただおかしいと思った、今更だが。ドラゴンを攻撃するのは人間の勝手だ、ドラゴンが俺たちを積極的に攻撃してこないのは誰の勝手とも思えない。勝手にしているのは俺たちだ、俺たちだけだ。それをあたかもどちらも勝手にしているかのように、行動を統制する約定をしようとして」
ドラゴンから断られ続け何かが吹っ切れたかとフェリスは一瞬思っていたが、そうではなかった。ちゃんと経験をして思ったことなのだ。
「魔物を倒してくれと頼めば、あいつらも反応は違ったのかもな」
「……」
確かにとドラゴンであるフェリスは思った。
頼まれれば、魔物なんて容易い雑魚倒してやらないこともない。急に人間から「ドラゴンが魔物を滅するかわり、人間はドラゴンを攻撃しない」なんて偉そうに言われたらなんのこっちゃって話だ。
自分たちは人間を攻撃しないのに、目があったら攻撃をしてくるのは人間たちだ。だから正当防衛として攻撃するドラゴンもいるのかもしれない。それをあたかも最初からドラゴンは人間を傷つけようとしていたかのように。そう感じとられて、こちらは迷惑だ。
「(ファウンズ、お前はわかろうとしてくれているんだな)」
「ただの予想にすぎないが」
「ファウンズさん、私もそう思います。そのこと聞くまで〝ドラゴンを攻撃しないから魔物を倒してほしい〟って言葉で伝わると思っていました。……でも、そんなんじゃ伝わらなかった」
ファウンズが協力者として共に行動してくれる前、リキは何体かのドラゴンに声をかけていた。〝ドラゴンを攻撃しないから魔物を倒してほしい〟と。ばかばかしいと話を聞き入れてもらえなかった。
平和でありたい。そのために警戒対象であるドラゴンへの攻撃をやめ、言葉が伝わるのだからかわりに信用できることをしてもらいたかった。
平和を脅かしている魔物を倒してもらえたら一石二鳥だなんて簡単な言葉で言い表せないけど、互いに尊重できる存在になれると思った。
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