第9章ㅤ平和を望むドラゴン

*

 慣れないドラゴンの背中。落ちないようしがみついていれば向かい風が強く冷たい。リキの黒茶色の長髪が激しく靡(なび)いている。


「まずはあいつのもとへ行くとしよう」

「あいつって、知っているドラゴンさん?」らん


「いつも同じ穴倉に潜っている。以前の私と同じだ」

 哀れな自分を思い出すかのようにドラゴンの瞳は今を映すのを忘れていた。


 何時間か数十分か、空を浮遊している緊張のせいで体感ではわからないが、学園からほど遠い崖の上に到着した。ドラゴンから降り、前にも見たような洞穴を目にする。

「起きているか。出てきてくれまいか」

 奥深いのか朝だというのに暗くなっている洞穴から一匹の灰色のドラゴンが出てきた。右目に一筋の線のような傷を負っていて、そのせいでその眼は閉じられたまま。厳つい顔はドラゴンの特徴で、体格は彼とほとんど同じ大きさ。


「私を陽のもとに出させるのはお前くらいだーーその小娘は……?」

「人間と私たちを繋ぐ希望さ」


 灰色のドラゴンは左目にリキの姿を映す。長髪の子供のような可愛らしい顔立ちをした白肌で弱々しそうな女の子。まだ十数年しか生きていないのだろう。自分の十分の一しか生きてこなかった小娘が人間とドラゴンを繋ぐ希望だというのか。馬鹿げた話だが灰色のドラゴンは同じドラゴンの話を自然に聞き入れた。


 サラビエル講師との交渉。人間はドラゴンを敵対することをしない。その代わりにーー。


「だから私たちは人間を攻撃しない。魔物を滅する」

「私たちも人間と同じということか。己の生命(いのち)を守るため他のものを手にかける。馬鹿げた話だまったく」

「腑に落ちないか?」

「いや。もともと人間など踏み潰そうと思えばいつでも踏み潰せた。しかしそうしてこなかったのは人間にまだ情(じょう)があったからなんだろうな。敵としてではなく別のものとして関わりたかった、だが関われなかった」


 灰色のドラゴンは洞穴でくつろいだ姿のまま自分の手を見ていた。話を始める前にドラゴンがいつも通りの体勢でいいと言ったのだ。


「弱くも生きようと必死になっている人間が怖かった。同時に美しくもみえた、私たちと同じだと。手助けしたいとそう思って私は……、過ちを犯した」


 そうして灰色のドラゴンは、過去を振り返る。



 いつも藁(わら)でできた大きなカゴを持って、その中にあるたくさんの布を引かれたヒモに乗せていた。自然の風で揺らめく布。手助けしようと灰色のドラゴンは考えた。自分なら彼女より大きく力もあるし、それを口実に村の者と関われるかもしれないと興味と期待心を持って。


『化け物が……。誰かっ……! 助けてっ』


 灰色のドラゴンを瞳に映すと女性は息を詰まらせながらにまわりに助けを求めた。恐怖にさいなまれる姿は見ていていいものではなく、自分に対してのものなのか納得いくのに時間がかかった。ドラゴンに会ったことがないのだろうと納得させたときには、なんだーーと弓など武器を持った数人の男たちが現れた。


『ドラゴンは人間に危害を加えるそうだ。ある学園でドラゴンに殺されたやつがいるらしい』

『ああ知ってる。ドラゴンは〝危険〟だって警告されてるしな。今まで魔物とは違うとみすみす逃していたが、とんだ騙しうちをくらったものだ』


 予想もしていない発言が聞こえ、灰色のドラゴンはハトが豆鉄砲をくらったような顔をした。そんな話知らなかった、小耳に挟んでもいなかった。心ないセリフにふつふつと怒りのような、哀しみに似たような感情が湧き上がってきた。


*

 化け物なんかじゃない。みすみす逃していたとはなんだ、私はお前らに敵わない相手ではない。私はお前らより強い、やろうとすればここにいるやつら全員ーー“コロセル”


(……私はなにを考えている……?)


 弱い者にそういった感情を抱くのは容易かった。

 脳裏にすっと浮かんだ四文字の言葉は黒背景に白文字で、すぐにでも赤色に移り変わりそうだった。


『化け物、さっさと去れ!』

『私は化け物などではない』


 さすがに堪忍袋の緒が切れかかった。

 人間の言葉を初めて発したドラゴンに男はおびえ、たじろぎそうになったが負けじと口を開く。


『だっ……だったらなんだっていうんだ。そんな顔してそんな体して、よく自分は化け物なんかじゃないっていえるな』

『私からすればお前らのほうがよっぽど化け物だ……』


 つい本音が漏れた。何もしていない、手を貸そうとしただけで化け物扱いされーーそれは百歩譲って許すとするーー挙句には矢を向けられている。恐いのは仕方ない、だが刃向わなくてもいいだろう。こちらは何もする気はない。


『何言ってるんだ』


 灰色のドラゴンの気持ちは微塵も伝わりはしていなかった。

 私が心を開こうとしたのが悪かったのか? なぜ人間はこうも見た目の違うものを信じようとしない、馬鹿なのか? 人間はそれなりに利口だと思っていた。自問自答をしても話の通じない彼らの心は読めない。同じ言葉が喋れるというのに意思疎通を図ることができない。これでは言葉が存在する意味がないではないか。


『おい、何か言わないか』


 さっきまで化け物が喋って驚いていたくせに今度は喋れだと? 勝手にもほどがある。


『もういい。殺(や)るぞ』


 何も発さないドラゴンに先手を打った。いつも通り、と目配せをした彼らは同時に、ドラゴンと魔物を同等に扱うことを同意していた。彼らの目に映っていたのはドラゴンという魔物であり敵という存在ーー。



「ドラゴンは敬遠されていると知っていた。だが他のドラゴンが人間を殺しているなんて知らなかった。弱い者を、すぐに死んでしまうような者をわざわざ殺す意味がどこにあるのか、到底思いつかなかったな」


 自分と同じドラゴンが人を一人殺しただけで化け物扱い。人間一人の命を軽くみているわけではない。ただ、何もしていない同じ姿形をしているというだけで同じだと思われるのがやるせない気持ちにさせた。今ではもうそれが当たり前。


「別に過ちなど犯していないだろう」

「犯したのさ。見えない境界線を越えようとして、もう人間を信じられなくなった」


 灰色のドラゴンは人間を傷つけてもいないし、復讐もしていない、逆に傷つけられた。


「人間を信じられなくなったのなら、彼女を信じてくれないか」


 そう言われリキを見るが、彼女は自分をずっと見つめたままで何を考えじっと見ているのか灰色のドラゴンにはわからなかった。


「その小娘を信じてなんになる。世界が変わるとでも言うのか」


 純白のドラゴンの申し出をはねのけるというより、確認するよう尋ねる。


「世界が変わるとまでは言わない。だが私たちが生きやすい環境にはなる。穴倉に身を隠さなくてもよく……な」


 灰色のドラゴンはどこか寂しそうで何か痛みを感じていてそうで、眼の傷は痛むのか、心の傷が痛んでいるのかーーそればかりリキは考えている。


「私が穴倉に身を隠していると言いたげだな」


 そうだろう、と純白のドラゴンは見つめる。


「私は眠っていただけだよ。この世界とさよならしようと」



*

 人が一人殺され、人間である魔法使いや武器使いたちの攻撃対象となったドラゴン。命を狙われる身となった一体である灰色のドラゴンはもうどうでもよくなった。いなくなってほしいと願っているのならそうするのもありだと思ってしまったのだ。誰にも存在を認められないのなら生きていても意味がないと拗ね、自ら自分を見捨てようとした。空気のようにさえ扱えてもらえない窮屈な世界で生きるのは思ったよりも息苦しく、それは死ぬよりつらく永遠に続くものだと感じた。

 そんな彼に食料をたまに渡していた純白のドラゴンは遠い目をする。


「そんなふうに死んでいったであろうものを見てきた。抗おうとすれば簡単に自分の生きやすい環境をつくれただろうに。心優しい|ドラゴン(どうほう)ばかり」


 生きやすい環境というのは、自分を敵対する者たちがいないーー人間がいない世界ということだ。


「人間と関わりを持ってきたものたちだろうな。年寄りばかりだ。そのものたちのおかげでその精神(こころ)を継がなければいけなくなった」

「そうするのは、それだけではないだろう」


 人間がいくら手を出してこようとこちらは手を出さない。自分たちに殺意が向けられていようとこちらは受け止めるのみ。そんな精神をもてるのは長く生きてきたからこその余裕なのか。ドラゴンは生きようと思えば生き続け、終わらせたいと思えば死す。人間はそうではない。弱いためにいつ死んでもおかしくない状態の中、必死に生きようとしている。余裕がないため警戒心が強いのか。そのため冷静な判断がつかないのか。考えれば考えるほど人間のことがよくわからなくなっていく。自分と人間の境界線も曖昧になっていく。


「話が長くなったな。私はーー協力をする。だが、他のものたちも同じように上手くいくと思うなよ。私は弱っていたから手を貸すことでしか希望がみえなかっただけで、他のものは……どうだろうな。もう何年も会っていないから何を考えるか見当もつかない」

「どんなに反抗されてもいい。最後に納得をしてくれるのなら」

「納得をしなかったらーー?」


 聞かないほうがいいか、迷いを含んだ声音。


「納得させるまでだ」


 芯のある目標。いや、定めにも近いものを感じる。


「心強いな、さすが天使色のドラゴンだ」

「お前天使なんてまだ信じているのか」

「言葉の綾だろうが」

 からかいあう二体のドラゴン。どこかふっと空気が軽くなった。

「お前、そういえばその小娘……、彼女に名前はもうもらったのか?」


 ふと灰色のドラゴンが話題を変える。リキが視界に入ったのだ。純白のドラゴンは、はたととぼけた顔をする。これはつけてもらえていなさそうだ。


「すでにもらっていたのならその名で呼ぼうと思ったのだがな。お前、とかもう耳障りで言うのが面倒くさくてな」

「お前に名前に関する話をしただろうか」

「しただろう。記憶喪失か」


 リキには二体の話していることがわからず、不思議そうに耳を傾けている。純白のドラゴンまでもが不思議そうにしているため話が掴めない。


「まあ、だいぶ前に話してくれたことだからな。忘れていても仕方ない。小さい女の子が自分に名前をつけようとしてくれたが、自分のせいでその機会を逃したと哀しそうにお前は言っていた。その小娘……彼女のことなんじゃないのかと思ったんだ」

「あたりだ。なぜわかる?」

「運命というものを感じてみたかったから、かな」


 暖かい目をした灰色のドラゴンは続ける。


「お前に明かしていなかったが昔、私はユキと名付けられた。雪の降る日に出会った少年からもらったんだ」


*

 単純な名前。それでも嬉しかった。今でもその光景は忘れられないーー数十センチ積もる雪、そこで偶然出会った少年。初めて会ったとき少年は、とても驚いたようなまんまるの瞳をしたが、すぐにそれが興味津々な瞳に変わっていくのを目にした。子供は純粋でこんなわかりやすい表情をするものだと初めて知った日である。警戒心はすぐにとけた、手のひらで雪が溶けるように自然と……少年の暖かい雰囲気の温度と笑顔によってーー。自分のために考えつけてくれた名前。たとえ簡単に浮かび上がったものだとしても嬉しかった。


 目の前にいるドラゴンは彼女をずいぶんと信用しきっている様子。そうなるまでになにか大きな、心を預けてもいいと思えることがあったのだろう。そう考え、たとえばーーと浮かび上がったのが名前。ドラゴンにとって必要ないもので、実は一番欲するものでもあった。物心ついた頃には親の姿はなく、あるのは生するための知識……それが埋め込まれている機械のようなものだった。自分を確立させる名前の存在は知っていても、それをつけてくれるものはおらず。ドラゴン同士、名前の概念を知らないもの同士がつけようとしてもどうすればいいのかわかるはずもなく。会話ができるもの同士は、お前、とかで成り立っていたりする。


 名前をつけようとしてくれたということは自分を受け入れてくれたということで、ドラゴンの心の中であまりいない貴重な人物となる。それがきっかけで距離が一気に縮むもので、一度そんな人物と会ったのだからもう一度その子と再会できたのなら運命ーー。少年と出会った自分を重ね合わせて、単純に運命(それ)を感じてみたかった。自分ももう一度会えたのならお礼を言いたい。


「灰色でオスなのにユキとはな」

「いいだろう」


 純粋に嬉しそうに言われ、からかったはずの純白のドラゴンは同じように幸せを感じるように心の中で笑った。

「お前もはやくつけてもらえ。また機会を逃さないうちにな」

名前をつけてもらうのはやはり、好きな相手がいいだろう。


「さて、そろそろ行くとするか」


 灰色のドラゴンは重い腰を上げた。どこに? と驚く純白のドラゴンをよそに洞穴から出て陽のもとへいき、顔をこちらに向けた。


「他のものに会ったら私が伝えてみようか」


 サラビエル講師との交渉内容ーードラゴンが魔物を滅するかわりに人間はドラゴンを攻撃しない。それを伝えてくれるのだとわかった。願ってもないことだ。


「ああ、よろしく頼む。だが一度会っておきたい、リキにも会わせておきたいしな。それに……仲介だけで納得するようにも思えない」

「わかった。とりあえず私は栄養を補給するとするよ」


 ドラゴンはある程度飲み食いしなくても死にはいたらないが永遠とそうしようと思えば餓死してしまう。今までは一、二週間ごとに灰色のドラゴンのもとへは果物などが運ばれていた。洞穴に閉じこもっていた灰色のドラゴンはそれによって食いつないでいた。生きたくもないが、同じドラゴンーー義理堅い純白のドラゴンが運んでくるものだからなんとなく口に運んだ。話し相手にもなってくれた純白のドラゴンとの間には友情が生まれつつあり。

 初めて会ったのはやはりこの洞穴で、冬眠するように眠っていた灰色のドラゴンは話しかけられたのだ。なにかおかしな空気を感じとったのだろう。もう自分なんかどうでもいいーーと、この世界を切り捨てる行為が純白のドラゴンには、灰色のドラゴンが切り捨てられるように見えた。だから自分だけは見捨てぬようにと最低限のことをした。



*

 食料を目的に羽ばたこうとしているのだとしてもその背中を見て純白のドラゴンは嬉しく感じた。なんせ灰色のドラゴンが空へ飛ぶのを初めて見たのだから。


 リキと二人きりとなった純白のドラゴンは目を合わせずにいつも通りの声音で言った。


「焦らなくていい」


 ーー名前ってとっても大事なものでしょ? 小さい頃のリキがそう言ったのを覚えている。明日絶対決めてくるねーーそう嬉しそうに言ってくれたのも。だから、急がせたくはなかった。名前を決めてくれているのならすぐにでも教えてほしいが、これからずっと長くいられるのだ、一度考えた名前を変えることだってできる。本当に気に入ったものが思い浮かんだのなら自ら教えてくれるはずだーーとびきり嬉しそうに。リキはそういう子だ。相手の嬉しいことを嬉しいと感じる。自分ではそんなこと感じたことなどないはずだがそういう子なのだ。




 純白のドラゴンにリキは学園に送り戻された。サラビエル講師に一匹のドラゴンが了承したと報告するためのと、もう辺りが暗くなってくる時間なのできりがいいということで切り上げることとなった。


「あとは少し自分だけで探してみる。見つけたら一緒にいこう。ーー明日もよろしく」


 純白のドラゴンはそう言い残し羽ばたいていった。別れた後もドラゴンを探そうというのだろう。とてもやる気の感じられる。きっと誰よりも人間とドラゴンの共存する世界をつくりあげたかったに違いない。だからリキも全力でそのことに取り組もうと思った。



 まず、サラビエル講師にドラゴンとのことを伝える。そのため一番に会おう思っていたのだが、それより先にリキが目にしたのは庭園に集う四人の姿。教室に行くまでの通路の横にあり、必ず通るところである。ガゼボの左の椅子の手前にロキ、その奥にはシルビア。右の椅子にはファウンズが座っており、ユークはガゼボから少し離れた左側に立っている。何か話し合っているのか、気になってリキは近づいた。


「おかえり」


 ユークはリキと目が合うと少し驚いた顔をしつつもすぐに穏やかな表情へと変えた。気がついた他三名の目がリキを捉える。まさかの無表情のままの沈黙、ここにいるとは実感できていない様子。


「リキちゃんおかえり!」

「……おかえり」


 はっとしたシルビアが慌ててユークと同じことを言うのでロキも続けて言ったが、未だリキの存在を信じきれていないよう。ファウンズに関してはいつもの平然とした態度で、目だけでおかえりと伝えている。


「ただいま」


 嬉しくてリキは自然と笑った。迎えられているようで嬉しかった。おかえり、と言われるのは幼き頃以来だったから。なんだか新鮮だった。帰るべき場所があるという実感。


「大丈夫だった? リキちゃん」


 シルビアが聞くとリキは頷く。

 続けて近くに来たユークが口を開く。


「ドラゴンと出会えた?」

「彼の知っているドラゴンさんと出会いました」

「どんな感じだった?」

「彼とは長い付き合いのようで、少し悲しくも暖かいドラゴンさんだった」

「これからもそんなことを繰り返し続けていくのか? あと何体いる」


 最後の番となったファウンズが現実的なことを言う。誰もが気になっていることなのか、発言したファウンズを見てから全員の視線がリキへと注がれる。


「わかりません。彼が言うには数体いるだろうということで」

「えっ、数体しかいないの?」


 ユークが驚いた表情(カオ)をする。


「フツー数十体とか数百体とかいるもんじゃないの」

「普通のドラゴンは数十体ほどいるようで」


*

「普通のドラゴンっていうのは、喋れないドラゴンのことだったりする?」


 リキが頷くと、よっしゃとロキは拳をつくる。


「喋るドラゴンがふつーなわけねーもん。なんか喋るのが普通って空気になりつつあったけど」

「逆を言うと、普通のドラゴンはやっぱり喋れないの?」


 何がそんなに嬉しいのか。ユークはロキから視線を外す。


「言語に触れてこなかったもの、もう不要なものだと思って言葉を忘れてしまったものーーそんなドラゴンがいるみたい」

「早く出会ってあげられたら良かったのにね」


 ロキとは逆に残念がってるシルビア。心優しいとユークは胸打たれる。


「まだ遅くはないよ。言葉を忘れてしまったものは一度言葉を覚えたんだから思い出すのは簡単だろうし、言語に触れてこなかったものには言葉を教え続ければいいだけのことだよ」

「そうだね!」

「ドラゴンが皆喋ったら気持ちわりーだろ」


 せっかくシルビアが明るさを取り戻したというのに、ロキはぼそっと余計なとをこぼす。


「それ、ラピが喋ってるの気持ち悪いって言ってるのと同じになるけど?」

「なんだぴょん!?」

「……!? なんだぴょんはこっちのセリフだよ! 空気だったやつがいきなり喋るな! つか、いつからそこに……」


 いつの間にかガゼボの机の上にいたラピ。大変驚いたような顔をしているが、驚いたのはロキのほうである。


「喋るなと言われれば喋るぴょん。喋ってと言われても喋るぴょん」

「結局どっちでも喋るんかい」


 なぜラピが堂々としているのかわからない。主人であるリキにもそういうところは理解できないのである。

 クスッと笑われた気がしてユークのほうを見ると、やはり笑っていた。


「……なんだよその爽快顔」

「コントみてるみたいで」

「コントじゃねえよ。お前に見せるためにやってるわけじゃねえから」

「“なんだぴょんはこっちのセリフだよ”ーーって……。言ってみてよ」

「……」


 失言である。つい動揺したためラピの発言通り言ってしまっただけである。ユークが上手(うわて)なのは今わかったことではない。さすがは三つ年上のことだけある。人を辱めるのが上手い。


「俺、男で一番好きなのシルビアだわ」

「ゲイ発言きた。シルビアお前気をつけろよーーった」

「ゲイじゃねえよ。人としてだから、勝手に変な解釈されると困るな」


 にこやかな顔、なのに少し陰っている。背後から見た目よりも強烈なチョップを頭にくらったロキは、もうユークのことをからかうのは控えようと思った。シルビアは不思議そうに二人の行動を見ている。


「じゃあこのこと、サラビエル講師にも伝えてくるね」


 四人と別れサラビエル講師のもとへ向かいドラゴンが同意したことを話すと、サラビエル講師は喜ぶどころかうかない顔をしていた。


「全講師で話し合った結果、生徒であるときにこのようなことを任せるのは良くないと判断した。授業もおろそかになるだろう」

「私は大丈夫です。それより早くこの大事なことをドラゴンさんたちに伝えないと」

「考えてのことだ、リキ・ユナテッド。 自重しろ。ドラゴンにはドラゴンであるあいつが伝えるだろう」

「でも、私がいないと」


*

 人間がドラゴンを攻撃しないかわり、ドラゴンには魔物の討伐を担ってもらう。そんな交渉に人間が出迎わないというのは信頼に関わる。もし自分たちがドラゴンの立場として、『ドラゴンは人間を攻撃しないだから魔物を倒してくれ』と言っていた、と同じ人間に言われたらどうだろう、疑いもなく信じるだろうか。身を隠しているいるとしたらわざわざ姿を現して魔物を倒しにいくだろうか。魔物を相手にしているうちに交渉相手にでもやられでもしたら本末転倒だ。助かりたくて行動したのに、身を隠していれば助かったなんて馬鹿馬鹿しすぎる。


「お前がいなくとも大丈夫だ。逆にお前がいることで面倒なことにもなりかねない」


 確かにそうかもしれないが、道義というものがある。純白のドラゴンが仲介の労をとってくれるというのに、本人たちがそれをおろそかにしてはどう考えても無作法だ。


「もう一度言う、個人だけでの行動は慎め。卒業したら何でもできるさ、善行も悪行も」

「わかり、ました……」


 納得いかないが頷くしかなかった。学園の決めたことであるのなら、生徒はそれに従うしかない。あと三年ほど、無駄にドラゴンたちに窮屈な思いをさせてしまう。



「あんたたち、なに男四人で集ってるのよ。気持ち悪い」

「あー、ロザントだっけ? リキにいつも構ってもらってる」

「かっ、構ってあげてるのはこっちのほうよ! ……それで、リキと関係のありそうな方々たちは一体何をしているの?」


 偶然ガゼボにいた四人と鉢合わせたロザントはリキとドラゴンのことを聞き、すぐにリキのもとへと向かった。安否がどうかちゃんと確かめたかった。



「まあ、それもそうよね。生徒を危険を承知の上で野放しにするなんてリスク高い。それで死なせたら無責任だとかそれを口実にせめられるだろうし。団体での任務中、助けようとしたが助けられなかったーーの方であれば仕方ないとみなされるだろうけど。それとは話が別だし。まあ良かったじゃない。危険な任務は先延ばしで」


 通路で会ったリキに話を聞いたロザントはつらつらと現実的なことを放つ。学園の生徒である者が、未知のドラゴンと行動を共にするなど危険極まりない。


「でも早く解決作に手をつければそれだけ早く被害がなくなるのに」


 先ほどからリキは浮かない顔をしている。なぜそんなにも自分のことのように気が滅入っているのか、ロザントにはわからなかった。ドラゴンを活用して早く魔物を駆逐したいのか。


「仕方ないわよ。表向き上安全な範囲で学ばせるところなんだから。それが学園ってもんよ。何も知識もない子供に無意味に死なれちゃ困るのよ。世間的にね」


 学園(の生徒)は平民を守るものであり、生徒は学園(講師)からは守られる者であると扱いとされている。その板挾みにリキは存在する。ドラゴンを救う行為は果たして、いいこととしてみなされるのだろうか。

 講師の見えるところでできないから、ドラゴン計画は中断が決定された。

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