第8章ㅤ大きな鳥さん

 年に二度のクラス替えをし、リキ・ユナテッド、ロキ・ウォンズ、シルビア・シルフォン、ファウンズ・キル、ユーク・リフの五名が同クラスとなった。他、ライハルトにフウコ。それとなぜかロザント。

 主にクラス替えは自身の希望に添ったもので行われる。クラス替え前に配られる紙、それには『(戦闘場での)相性が良い人』と書かれていて空欄に誰かの名前を入れるようになっている。わかりやすくも単純なクラス替えの仕方だ。【書かれた名の者】が【書いてくれた相手の名】を書けば高確率で同クラスとなり、【書かれた名の者】が【書いてくれた相手の名】を書かなければ一定の確率で同クラスとなる。

 その結果が伝えられることはない。

 リキは【ロキ・ウォンズ】【シルビア・シルフォン】【ファウンズ・キル】【ユーク・リフ】の四名の名を書き込んだ。理由は召喚獣と深く関わりがあるから。スイリュウはファウンズがいなければ召喚できない、ラッキーはシルビアがいなければ召喚できない、ウインドバードはユークがいなければ召喚できない。ラピはロキと仲が良い。

 ライハルトとフウコの二名のことは友達として名を書いた。

 リキ・ユナテッドとロザントが紙に書き込んだため同クラスとなったが、そのことをリキは知らない。席も遠く離れており、同クラスだということに気づくのにも遅かった。




 サラビエル講師同行のもと任務にその五名が選ばれた。

 このことが偶然でないとすれば、それは全員一致した回答に意外性を感じたサラビエル講師が試しに行ったということ。

 リキが四名の名を書いたように他の四名もリキの名を紙に書き込んだ。理由は皆同じ、召喚獣の存在。

 確か前にちんけな召喚獣らしきものがファウンズについていたなとサラビエル講師はドラゴンとの戦いを思い出し、他の者もそれに関係したものではないのかという思いにいたった。

  つくづく珍しいメンバーだ。フウコとは女同士で友達として名を書いたのだとしたら、ライハルトのことはその幼馴染でついでに仲良くなったのだろうと二人のことは憶測できた。ロキやファウンズとは同クラスで顔を合わせることはあるだろう。しかしあのクラスの中で近寄りがたい|No.1(ナンバーワン)、|2(ツー)に親しみを示させるとは。戦闘場での、と強調しても二人は前年誰の名も書かなかった。その前の年もだ。ロキは同クラスの者と適当につるむことをしてもその【誰か】を定めることはせず、隠れ一匹狼のようだった。正真正銘の一匹狼のファウンズは、その纏う空気のおかげというべきか誰も近づくことはなく本当に一人だった。あいつらが……、という気持ちは思いがけないものでサラビエル講師はその仲が見たいと思った。戦闘場での相性が良いということだけが理由ならおもしろい。どれだけ息が合った戦いができるのか。

 シルビアとユークの場合は別クラスのためリキとどこで接触したのかわからない。任務でたまに会うくらいの仲だったはず、会う機会が滅多にないなかでどう親しんだのか。

 年に二度、前期後期にクラス替えをするのは交流を確かなものとするためだ。




 「今日からお前たち五名でドラゴンの調査に向かってもらう。もちろん、出会った魔物らは全て消滅させること」

「ーーえ? と、は? ……お前らなんか思うことないの」

 一人だけ反応していることにロキは驚いているのは自分だけかと周りをみれば、皆理解していなさそうな顔をしている。

 リキとシルビアは真のもので。ファウンズとユークはわかっていながらも平然としたようなものだ。


*

「魔物との交戦は見させてもらった。不足はないだろう。リキ・ユナテッド、お前は回復魔法を使えるうえ、他の者たちに力を与えることができる。何が縁かは知らんが皆ランクの高いやつのみ」

 ロキ・ウォンズ、ランク【力】A【協力性】B。シルビア・シルフォン、ランクAA。ファウンズ・キル、ランクSA。ユーク・リフ、ランクSS。

 それぞれを左から順に一瞥し、サラビエル講師は告げる。

「弱い者たちを集めるより効率がいいと考えた。これは実戦にみたてた訓練ではなく、ここの生徒として貢献してもらうため行ってもらうものである。そのことをふまえて、個人の意識を高めるように」

(弱い者たちとか言っちゃってるよ、この人)

 講師が生徒を弱い者呼ばわりしていいのか。

 ロキの正当な突っ込みは誰にも聞こえていない。




「五人でとか考えらんねえんだけど」

「まあ楽しそうでいいんじゃない」

 好天の下、太陽の光が五人を照らす。涼やかな平原を歩くなか最初に言葉を発したのはロキで、納得いっていなさそうな彼と沈黙している皆にとユークが陽気に言った。それでも沈黙は続く。

「心配?」

 不安そうなリキをシルビアが覗く。

 講師の同行もなく魔物と戦う、それもドラゴンの調査も兼ねて。それは初めてで、何かあったらーーと思うと怖くてたまらない。

「大丈夫だよ。リキちゃんは俺が守るから」

 自信のある笑顔。

 横目で見ていたユークは頼もしそうにし、ロキは無表情のまま。

「よくそんな台詞言えるよな」

「え、変?」

「変とかじゃねえけど……なあ、ファウンズ」

 隣にいるファウンズに話をふる。

「なにか言えばいいのか?」

「普通に思ったこと言えばいいんだよ」

 つまらない返しに、半端呆れた目で見返す。

 そこにユークが割り込む。

「ファウンズはそういうことできないからね。不器用だから。戦闘中は器用なんだけどなあ」

「不器用一人に器用三人か」

「不器用二人に器用三人だよ。リキ入れ忘れてる」

「こいつ不器用か?」

 ロキがリキを指差し、器用っていうほど器用じゃねえけど、不器用ってほど不器用じゃねえ、普通か?

 そう言うロキに皆が何ともいえない眼差しを向ける。

 軽い笑いをしたユークは企みのある表情で。

「(|+(プラス))不器用一人はロキに決まってるじゃない。なあ、ファウンズ」

「同意」

「そこで同意すんな。お前、不器用組なんだぞ」

「一緒にするな」

 組は一緒だろ、とロキはカチンとくる。

「ファウンズの不器用は人相手ーー全般的なもので、ロキのは人への気遣いとか優しさとかそういったのをうまく表現できないところだと俺は見解する」

「勝手に見解すんな。推測だけしとけ」

 脅すように拳をつくる。しかしその行為は無意味。

「なんか皆、楽しそうだよね」

「どこかだ!? どこをどう見たらそうなる。お前はバカか? ……ーーああ、天然(バカ)だったな」

 微笑ましそうにするシルビアを見て、今更ながら彼の第一印象を思い出す。

「ロキはシルビアのどこをどう見てそう思ったの。シルビアが天然(バカ)なんて今更のことじゃない。ねえ、ファウンズ」

「……どうして俺ばかりに振る」

「振らないと何も喋らないからだろ。バーカ」

 おふざけモードなユークを見定めるファウンズ。

 そんな皆を見ていると心配事が和む。

「皆といれば、大丈夫。そんな気がする」

 いつもと同じ。それがお気楽な気分にさせてくれる。まるで『大丈夫』と言ってくれているようで。

 一人だけ悄然(しょうぜん)としていたリキが前向きになることで、無意識にそれぞれ気を引き締めることとなった。




 休憩ということで野原にて足を止めた。


*

 何もすることがないとラピは暇を持て余す。他の召喚獣も戦闘中に喚びだされ、出現したまま。戦闘毎に喚びだすほうがコストがかかるといった考えあってのこと。

 ラピはまずラッキーと話をし、了承を得たのか背中に乗りハイな気分を味わう。猫姿をしているラッキーの三分の一程度の大きさをしているラピ。背中に乗るには丁度いい大きさで、全速力で走るラッキーとともに爽快な風を体全体に浴び大満足したラピは次にスイリュウを構うことにした。構われることにした、のほうが見ているほうとしては至当。


「なにしてるんだぴょん」

「……」

「なにしてるんだぴょん!」


 スイリュウは相変わらずの無言。傍らにはやはりファウンズの姿。木に寄りかかり座るファウンズの肩あたりにスイリュウが浮いている。

 イラッとしたラピは強硬手段をとることにした。ファウンズの腕に飛び乗り肩までよじ登るとそのままスイリュウへジャンプ&突進。スイリュウに接触することに成功した。

 しかし大きさが同じくらいなため、スイリュウのほうが少し大きいといったくらいなため浮いているスイリュウにしがみつくので精一杯。ラッキーとのように風を楽しんだりすることはできないと察するとあっけなくその手を離した。

 地に着地するのを失敗し頭から一回転する。


「つまらないぴょん。何かするぴょん」

「……」

「何でもいいから何かするぴょん!」


 不満が一瞬にして溜まりスイリュウへ叫ぶ。すると風の音とともに飛んできたバードがラピにくちばしをお見舞いする。


「なにするんだぴょん!」


 逃げ回るラピを追いかけ回す。

 スイリュウから一定の距離離れたところでウインドバードの攻撃はやんだ。攻撃といっても体に触れるだけの弱いものだ。

 ラピが抗議しようとしたところでバードが予想外な行動をとった。空中を軽やかに飛んでいたバードが地に着地したのだ。まるで背中に乗れと言っているかのような態度。意図は何なのか注意深く観察しながらもラピは恐る恐るその背中に乗った。

 ちゃんと掴まったのを確認するとバードは羽根を広げ空を飛んだ。


 ラピの機嫌を直したバードとラピの機嫌をこわしたスイリュウは互いに喋れずともいい感じの空気感ができあがり。バードとラッキーの場合はバードがラッキーに構い合わせることで知人(知獣)の壁を越えた。ラッキーはスイリュウのどうでもいい、他人(他獣)は興味ないといった態度を感じとることなくジャンプしたりしてその距離を縮めている。


 だいたい主(あるじ)と同じ関係。


 ロキの使い召喚獣は『ラピ』、ファウンズは『スイリュウ』、シルビアは『ラッキー』、ユークは『ウインドバード』。

 ラピの間接的な主人の【ロキ】は仲間ということがあるためスイリュウの間接的な主人【ファウンズ】にまとわりつこうとするがファウンズはそれを完全拒否する。

 ラッキーの間接的な主人の【シルビア】とファウンズはどちらも一定のところで距離をおいている。

 ウインドバードの間接的な主人【ユーク】とファウンズは近くもなく遠くもない、いい距離を保つも完全につくことはしない。

 シルビアとロキはなんだかんだいって調子が合う。ロキとの間にファウンズが入った場合ユークが大人な態度をとり仲を取り繕っている。シルビアとユークでは、鈍感なシルビアにユークが対応している。


「なんか自由だね」

 楽しんでいる召喚獣たちを見てシルビアは思う。

「なんだっけ、現地調査だっけ。ドラゴンがどの辺に潜んでるかって」

「出会った魔物全てと戦うっていうのは中々ハードだけど……あ、俺のバードがいればそんなハードな命令も楽々こなせる、ってね」


 苦い顔をしてロキはユークのギャグをスルーする。



*

「いつ学園に戻る、つか、いつ戻っていいんだ」

「ハートが砕けるまで」

「資本金を与えられた以上、それが尽きるかドラゴンを見つけ出すか。そのどちらか」

「俺のハートが砕けそうなんだけど、砕けた場合はどうする?」

「お前さっきからうるさい」


 せっかくファウンズが大事なことを言ったのに台無しだ。


「年上に向かってお前とかうるさいとかないと思うな。ライハルトはもっと年上に敬意を払う子だったよ」

「ライハルトとかいまどーでもいい。他人と比べるのはどーかと思うけどおじさん」


 ライハルトというのは同クラスの男子生徒。この場にはいない。


「いまなんつった? おじさん? お兄さんの聞き間違いだよな」


 穏やかな声が逆に恐ろしい。


「……いま何歳?」

「二十二」

「いい歳してるのにな」

「おかげさまで」

「そのわりに精神年齢は低いよな」

「ロキには言われたくない台詞ナンバーワンだね。ワンだけに、三回回ってワンする?」

「しねーよ。つか、しねよ」

「うん、俺が悪かったかな」


 しらけてしまったのは自分が始めた寒いジョークのせいだとユークは反省した。ジョークというものは始めてしまうとやめどきがわからない。それでもその過ちをシルビアは察していなかった。リキも同様、仲良いなとそれだけを思っていた。




 

 休憩を終え、計画もなく歩き出す。

 壮大な目標としてドラゴンの潜む場所を発見する、というのがあるが無理に近い任務だ。広大無辺な大地で特定のものを探す、それも稀に現れるドラゴンを。砂の中にいる蟻を捜すような作業に誰もが諦めているような様子で森を探索する。それでも本気で、見つけようと。

 何かが視界に映った。大きな塊。目視したと同時に大地が震え、轟音が轟く。

 勢いよく落ちてきたものが何か最初はわからなかった。突風によってざわめいた木々が落ち着いたころ、ようやくそれを認識した。

「ドラ、ゴン……?」

 大きくて翼の生えた純白の。

 思わずロキは呟く。

 探そうとしていたものが今目の前にいる。達成困難な任務、だと思われる標的であるドラゴンが自分からお出ましとは。いや、任務の内容ではドラゴンの潜む場所を特定するだったけか。

 ロキが思考しているうちにドラゴンは暴れ出す。

 攻撃でもしてくるつもりなのかとリキは気を張り詰めるが、思えばドラゴンは上空から落下してきた。意図して降りてきたわけではないなら何か他に、目的意外の理由があるのか。ふと注視してみると首元に黒い輪のようなものがある。それが首を絞めているようで、ただ暴れているだけのようにみえていたドラゴンは悶え苦しんでいるように見えた。

 顔を何度も振り苦しさから逃れようとしている。そんな動作とともに火玉は吐かれた。

 木々が燃えゆくところを見て青ざめるシルビア。


「あれ、燃えてるよ」

「水はー……スイリュウだね」

「俺か」

「よろしく」


 腰に携えている剣に手を添えたファウンズは了解とだけ言い少し離れた被害地に向かった。

 スイリュウは水の力をファウンズに貸すことができる。剣を振るえば水が出現するため火を消すには何の問題もない。今問題なのは目の前のものをどうするかだ。

 ユークは力秘めた瞳を今度はドラゴンに向ける。


「どうするんだこれ。ドラゴンの潜む場所を特定するっていう任務を遥かに通り越したところに俺たちいると思うんだけど、兄さん」

「兄さんって俺のことかな。そうだね、いまロキがしようとしていることが一番の脱却法だと俺は思うよ」

「二人とも戦うつもり? いくらなんでも無理だよこんな少数じゃ」

「ユナテッドを守るんじゃなかったのか? 王子様」



*

 剣を構えた二人に動揺しなだめようとするもロキの挑発的な発言にシルビアまでもがその気になる。

 ユークたちは一切興奮した状態ではなく、冷静に考えいたった答えのようだった。だったら彼らたちと同じように力を合わせ戦えばいいのではないか。戦って目の前のドラゴンを倒す。

 剣を鞘から取り出そうとする。

 いや……まて。

 躊躇したと同時にもやがかかっていた思考にリキの声が貫く。


「皆待って。よくみて、あのドラゴン様子がおかしいよ。私たちを目に捉えていないどころか自分の体を傷つけてる」

「それがどうした。ドラゴンはどんなものでも仕留めるっていうのがお決まりだろ。相手がどんな状況に置かれていようが俺たちには全くもって関係ない」


 それは好都合としか考えられない。

 やっぱりあの黒い輪が原因だろうか。

 否定的な言葉はリキの耳を通り越し、ドラゴンのことだけに意識は向く。

 その間にもドラゴンは火玉を吐き、木々への被害が広がった。


「考えてる場合じゃないね」


 シルビアまでもが鞘を握り、剣を抜く構えをしようとする。

 このままだとドラゴンは弱っていく一方。それでいいのかもしれない、全員でドラゴンを倒すのなら。でもそれではいけない気がした。

 皆より前に出て、リキは離れたところからドラゴンの口元にシールドを張る。

【防御魔法「《防御空間(ガードスペェィシャル)》」】

 皆が火玉をくらわないよう、これ以上木々への被害を増やさないよう。ばらばらに散った被害所の対処はファウンズがやってくれているが、一人では追いつくのがやっとでこれからのものまで手をまわすには時間がかかるだろう。

 防御空間の中で放たれた火玉は一瞬にして煙と化す。

 ドラゴンは自分の放ったもので気絶した。

 今のうちだ。

 留まりたい気持ちを押し砕き倒れたドラゴンへ歩み寄ろうとする。


「お前なにしようとして」

 ロキに説明し説得するのは無理だとさとった。あんなにも冷酷なことを言った人がこんなことをするのを納得するわけがない。


「硬くて取れない」


 ドラゴンの首を絞める、暗黒が包む鎖のようなものは、到底手ではほどけそうにないもので。だからといって他に有効な手段などない。

「俺も手伝うよ」

 と、シルビアが手伝ってくれるも硬くてなかなか取れなかった。


「あいつらなにして……」


 呆気にとられたのは皆同じ。だがシルビアは、はっとした様子でリキのもとへ行った。何をしようとしているかわかった時点で身体が動いたようだった。


「何をしようとしているか、わかってるよね」


 隣にいるユークは無表情でロキに問い、疑問などないと正す。一点に見つめる先はドラゴンとリキとシルビアの一体と二人。珍しく賛成しているようではなかった。


 燃える木々の対処を終えたファウンズが戻り、ドラゴンの近くにいる二人を見て何を思ったか傍に寄った。


「それを解こうとしているのか……?」

 振り返り彼の存在を確認するシルビアとリキ。

「もう消火は終わったんだね。おつかれさま」

「この鎖のせいでドラゴンは苦しい思いをしているようです。だから今楽にしてあげようと」

 それを聞いてファウンズの顔がほんの少し変わる。

「恩を売るならそいつは適任ではない。かえって害を受ける」

「……恩を仇で返されるってことですか?」

 肯定と言わんばかりに瞳をがっちり合わせたまま。


「でも助けたいんです」

 もし鎖を解いて、苦しみから解放されたドラゴンが自分たちを攻撃してきたら。それは考えていた。それでもなぜか見ぬふりはできない。

「恩を着せるためではなく、見てるこっちが苦しいからやりたいからだと言ったら手伝ってくれますか?」



*

 ファウンズは剣を振りかざすとそれを勢いよく一直線に振り下ろした。

 ドラゴンの首に巻きついていたものは暗黒の色を失いただの鎖として地に落ちた。




 完全に意識を取り戻したドラゴンは起き上がり自分の足元にいるリキたちを見下ろした。


「どうして魔物は人々を攻撃しようとするの」


 いままで渦巻いていた疑問が口をついて出る。

 魔物を前にして直接聞きたかったのだ。答えがないとしても。

 ドラゴンの瞳が光る。真剣な表情で瞳で自分のことを捉えているリキが、姿形の違う自分を〝感情のある者〝として見ていると感じた。


「人間は魔物を消そうとし、魔物も人間に危害を加える。どちらが正しいのか私にはわからない。ただ私は、人間が魔物の範囲内である私を消そうとしてくるから身を守る。それだけの話」


 それだけ、が、重いように聞こえた。


「ドラゴンが……」

「喋った……」


 ロキとシルビアが驚愕とした顔でドラゴンを見つめる。ファウンズとユークもそれ相応に驚き。紅色の目でドラゴンを目視したままのリキも瞳孔を一瞬開いた。

 ドラゴンと魔物をひとくくりにしてはならない。単純にいえばそういうことだろう。

 知能があり人の言葉を喋るドラゴンは他の獣などの魔物とは違う。そう気づくことに目のあたりにした。気持ちを伝える機能があり、感情がある。それ以上に必要なものはない。

 彼(ドラゴン)とは戦わなくていい。


「少なくとも私たちは貴方を攻撃したりしない」

「だとしてもきっと他の人間(やつら)が殺しにくる。そこにいる者が私を攻撃してきたように」


 そう言ってファウンズに視線を移す。

 なんでかわからなかった。


「この人は何もしてないよ。ただ鎖を解くために近寄っただけで」

「前の話だ」


 誤解しているのだ、そう理解して弁明しようとしたところファウンズ自身が認めるような発言をした。それははっきりと、悪気なく。

 当然リキは愕然とする。他の者も。ユークを省いて。


「そっちの者も、他のドラゴンを攻撃しているところを見た」


 次に視線の的となった彼は都合が悪そうに軽く冷嘲する。


「わからなかったから、じゃ、言い訳にならないかな。俺はドラゴンが喋るなんて思ってもみなかったし気持ちがあるとも思っていなかった。ドラゴンが人間を攻撃する知能のない魔物だと思っていたから駆除しようとしていただけ」

「おい、言い方」


 ユークの苛烈な皮肉にロキが制す。

 いつもなら逆の立場。ロキがきついことを言ってそれをユークが留める。それがお決まり。二人の性格上それが決まった形だった。


「人間もドラゴンも互いを知らないんだね。互いを知らないから衝突し合う」


 シルビアの言った通りもう止められないのかもしれない。これまで攻撃しあっていたから。でも……とリキは思う。こうやって戦わなくてすむこともあるのだからそれを繰り返していくうちに知り合うことができるのではないか、と。

 リキは去ろうとするドラゴンを呼び止める。


「どこへ行くの?」

「願っているのは安息の地。ずっと探しているがそんな場所はない。私は命が尽きるまでその場所を探そうと思っている」


 懐かしい、なぜ。

 何か、思い当たる。


「さらば」

「待って」


 思わず口にした。


「もしかしてーー大きな、鳥さん……?」


*

 どこから来たのかある男の人に幼い頃の十もいかないくらいのリキは声をかけた。容姿からして見知らぬ人だった。


「おじさん何しにきたの」

「ドラゴンを探しているんだよ」

「ドラゴン?」

「ちょっとした仕事みたいなもんでな。嬢ちゃん、どこかにドラゴンがいたとかそういう情報ねえか?」


 知ってるわけがない。男もリキもそう思っていた。


「大きな鳥さんなら知ってる」

「鳥?」

「すごく大きくて、真っ白な体して牙があって、普通の鳥じゃないみたいなの」


 違うなと思う一方、男は妙な勘が働いて追求という選択をする。


「その大きな鳥さんをどこで見た?」

「森の中にいるよ」

「無理な要件かもしれねえけど、そこに案内してくれねえか」


 うーん、と考えては、リキはいいよと答えた。

 言ってはいけない。その言葉を忘れていた。


「大きな鳥さんをいつ見たんだ」

「昨日も背中に乗せてもらった。いつもは洞窟にいるんだけど、呼べば出てきてくれるんだ」


 森の中を案内しているうちに大きな鳥のことを話した。

 背中に乗れば大きな鳥は笑ってくれると。笑って何かを言うのだ。

 初めてのときは戸惑っていた。

『何をしている』

『大きな鳥さんの背中っておっきいね。それに景色が綺麗に見える』

 大きな鳥が背中に乗られることに慣れたころには。

『乗るのがうまくなったな』

『まあね。大きな鳥さんちっさくなったんじゃない?』

『まさか』

 数十日で背丈がそれほど伸びているわけでもないのに簡単に乗れるようになったのは、筋肉がついたからなのかただ単に慣れたからなのか。一つの遊びとして行わられていたものはある意味リキを成長させた。


 洞窟前でリキは止まり両手を口の横に当て、よく声が通るよう大きく口を開ける。


「大きな鳥さーん」


 ほどなくして洞窟の中から音がしてきて、男は目を凝らした。ズシズシと重い足音のような音が男の勘をあてることとなる。

 影から出てきたのは男の知っているドラゴン。希少な白銀竜。

 男を見てドラゴンは目を見張らせた。

 現状に理解が及ばないようでどちらも固まる。


「……どうして子供以外の人間がここに」

「大きな鳥さんのいるところに案内してくれって言われて連れてきた。この人、ドラゴン……? を探してるんだって」


 純粋無垢な子供ほど恐ろしいものはない。人間の大人が一番恐く子供は例外だと思っていたがそうではないとこのときドラゴンは思い知った。




 成長したリキの姿は子どもの頃の面影を残しつつ大人びたものへと変わっていた。髪も長く伸ばして女性らしい服を着て。子どもの頃とは違う。短パンに白いシャツその上に薄い上着、動きやすい服を着ていたときとは異なる容姿。

 愛着の湧く顔でなんとなく脳裏をよぎった。


「やはりお前はリキだったのか。あんな昔のことをよく覚えていたな。あんなに幼き頃のことを」


 リキにとっては『昔』のこと。ドラゴンにとっては十数年前のこと。

 幾年過ぎてもドラゴンの記憶が薄れることはなかった。初めて言葉を交わした子供、心を通じることのできた唯一の人間。あの日以降誰かと交わるということは一切なくひとり、寂しい月日を送った。


「魔物への恨みはないのか?」

「魔物を恨んだことはないよ」


 何年も生きて魔物の被害を受けてきたはずの人間が魔物を恨まないわけがない。

 親を殺された。記憶はない。殺されたところは目撃していない聞いただけ、と子どもの頃リキが言っていたのを思い出し確認したかったのかもしれない。

 大人になって物心ついたばがりの子供と違って自我の覚醒を果たし、他の人間同様憎しみを持つものだと覚悟していたから。



*

「私は……大きな鳥さんに恨まれていると思ってた」

「なぜ、私が」


 お前を恨むなど。


「約束、破って、居場所を奪って。とても酷いことをしたから」


 小さいながらに悪いことをしたのだと感じていたのだろう。


「本当に変わらないな。それは約束ではないと言ったはずだ。あれは私の願いだった。げんに約束などしなかっただろう」





 これはドラゴンとリキの出会いの話。


「大きな鳥さんだね」

「どうして小さな子供がこんな所に」

「んー……、迷った」


 目をぱちくりさせるドラゴンの前には小さな女の子。自分より遥かに大きいドラゴンを見て恐がる素振りを見せるどころか現況を素直に報告した。


「君の名は?」

「リキ」

「リキはどこに住んでいるんだ」

「この近くの村。近くのはずなんだけど……」


 森を見回す少女に、ある方向へ指差す。


「きっとあっちの方向へ真っ直ぐ行けばその村に出るだろう」

「ほんと? 大きな鳥さんもの知りだね」


 近くに村があることを把握しながら洞窟を自分の住み処としていたドラゴンは、洞窟の入口で安らんでいたのだ。

 向かおうとした少女はくるりと身を翻す。


「あ。大きな鳥さん、お名前は?」

「私の名か? 特にない。人間と関わることなんてなかったからな」

「え、じゃあ同じ大きな鳥さんと会話して呼び止める時ってどうするの」

「おい、とかかな」


 ふーん、と変わらない顔。

 納得したともとれるが幻滅したようにもとれる。


「私が名前付けてあげようか?」

「別に構わないが、君とはこのひとときの縁だろう。君が私の名を呼ぶことはこの一度きりない。だったら〝大きな鳥さん〟とでも呼んでおくがいい」


 言っていることはなんとなくわかった。ひととき、だとか、縁だとかこのときのリキには少し難しい言葉だったけれども。『君が私の名を呼ぶことはこの一度きりない』ーーだから、そんなもの付ける必要などないと。


「大きな鳥さんってなんなの?」

「なんなの、とは?」

「大きな鳥さんって、鳥?」

「そうだと思ったからそう呼んでいるんだろう」

「んー、なんか違うように見える。普通の鳥って牙とかないし」

「なんだと思う?」

「わからない」


 面倒くさそうに正体の話を終え。


「とりあえず、ありがとう。大きな鳥さん」


 バイバイ、と手を振った。



 ーー次の日。


「遊びにきた」


 と自分の目の前にいる子供を見てドラゴンは固まった。

 なぜここにと思う半面もうひとつ疑問が。


「昨日は迷ってここに来たんじゃないのか」

「そうだよ。だから今日は迷わずここに来た」

(なぜそう堂々としている)


 口にはしないが子供の突飛な行動に呆れつつ、どこか温かくなっていくのを感じていた。


「大きな鳥さん、名前付けてあげる」

「……。どんな名だ?」

「まだ決めてない。だって名前ってとっても大事なものでしょ」

「君の名は親に付けてもらったものなのだな」

「きっとそうだと思う。そういうものだから」


 ドラゴンの頭上に、はてなが浮かぶ。


「私の親はずっと子供の時、魔物にやられたっておじいさんが言ってた。魔物は憎い、魔物さえいなければ、特にドラゴンがいなくなってくれれば世の中は平和になる、って。それ聞いてて何かね、嫌な気持ちになった」


 話の中に出てきたドラゴンは黙ったまま。


「大切なものを無くして苦しいのはわかるけど、それって他の大事な何かを奪うような発言じゃないのかなって」

「君は優しいんだな」


 大事な何かは命。口にした本人はちゃんとわかっていなかったようだがドラゴンにはわかった。彼女は他人の命も大事にできる子供だと。



*

「大人より大人だからそういう発想がでるのか、それとも子供だからそんな発想が思い浮かぶのか」


 未だ少女は、優しい? と小首を傾げている。


「……感慨深いな。子供というのは」


 目を瞑り心の奥底で思った。できることならずっとそうであってくれと。


「大きな鳥さんの名前、明日絶対決めてくるね」

「ああ、楽しみにしてる」


 張り切っていたものの、約束は叶わなかった。





「どうしてその人殺しちゃったの」

「己の平和を守るためだ」

「大きな鳥さん、何かしちゃったの?」

「最初に何かをしたのはどちらなのか」


 ドラゴンを探しているという男を少女は洞窟に案内した。そこにいるのは少女にとってただの「大きな鳥さん」で、男の探しているドラゴンとは微塵も思っていなかった。そのドラゴンを見つけたらどうするのかも聞いていない。

 男の探しているものと関係ない、けれど仲良くなってくれればと。大きな鳥さんの話し相手を増やしたかった。ときどき独りを寂しそうにする大きな鳥さんのためと、そう信じて。

 ーーそれなのに。

 それは間違っていた。大きな鳥さんは嬉しがると、思い込みにすぎなかった。


「大きな鳥さん、どこか行っちゃうの?」


 背を向けてどこかへ羽ばたこうとするように見えたドラゴンは振り返る。


「私はドラゴンだ。人の目に入れば命を狙われる。願っているのは安息の地。ずっと探しているがそんな場所はない。私はこの身の命が尽きるまでその場所を探そうと思っている」

「安心できる場所を探している? だったらここは安全だよ」


 村の人たちは温厚な人たちばかりだ。殺そうとする人なんていない。口でどう言っていても行動には移さないから。ーー移せないから。


「一度約束を破ったお前の側が安全だというのか」


 村の近くが逆に安全だとドラゴンも考えてあの洞窟にいた。


「私は、私がここにいるということを誰にも言わずにいてほしいと言った」


 腹いせというより、ただ悲しかった。リキの傍にいられないという事実があってそれはどうしても避けられないもので。

 永遠に一緒にいられたら、そんなことはできない。できないとわかっているはずだ。

 一緒にいれば、仲良くしているところを人間がみれば、リキまで人間として扱わられなくなりいつしかそれがリキを滅ぼす元凶となるだろう。

 だからこれで最後だと自分に言い聞かせた。


「……約束だったの?」

「約束とは言っていなかったな。ただの私の哀れな願いだった」


 初めての〝大きな鳥〟に興奮していてちゃんと聞いていなかったことを知っている。


「大きな鳥さんとの約束……破っちゃったんだ。そのせいで、大きな鳥さんの居場所がなくなった。私が奪った」


 真実を知ったリキはあえて、大きな鳥さんと呼び続けた。

 まるで自分の知っている者はドラゴンではなく、大きな鳥だと言いたいかのように。


「お前は悪くない」


 悪いのは誰でもない。複雑そうに見えて単純でそれでも明解できない。何重にもなった現実というリアル。

 とにかく少女のせいではない。


「大きな鳥さんの名前、まだ決めてないよ」

「それでいい。会うのはこれで最後」


 もし会うことがあるならそれは彼女が大人に近づいた時で、今の心を忘れ、自分との思い出も忘れ、きっと敵となる。そんな存在となるのだから名前なんて付けられたところでやはり、もう一度その名を呼ばれることはない。虚しいだけ。だったら付けられないほうがずっとマシだ。


「さらば」


 最後まで、大きな鳥さんだった。ドラゴンではなく、大きな鳥。


*

 茫然としたままの四人ーーロキ、ファウンズ、シルビア、ユークの前ではドラゴンとリキが親しげに話す姿。

 ドラゴンが言葉を交わすことのできる者だと衝撃をくらった後続けざまリキとドラゴンが知り合いだというありえもしない事実に動揺が隠せなかった。


「話ぶったぎるようで悪いんだけど二人とも知り合いか?」


 恐る恐るにロキは訊く。


「幼い頃に出会った大きな鳥さん」

「大きな鳥?」

「だと思ってたけど本当はドラゴンだったみたいで」


 目の前にいる純白の大きな鳥はドラゴン。それを知ったのは今。

 本当に知らなかったわけではない。大きな鳥さんのことを思い出し、なんとなくあれはドラゴンだったのではないかと考えた日があった。でもやっぱり大きな鳥さんは大きな鳥さん。

 考えが変わることはなかった。記憶の中にいるのは大きな鳥だったから。


「ドラゴンと知り合いとか。恐くなかったわけ? その小さいリキは」


 ロキ、ファウンズと続いてユークの問いにリキは少し考える。

 彼との思い出が薄れていたからこそリキは彼のことを客観的に見ることができ、ドラゴンだと認識した。だということは答えはひとつ。


「大きな鳥、だと思ってたから」

「(そのメンタルなに。……精神的なものというより、捉え方の問題か)」


 さも当然かのように言われユークは戸惑う。


「大きな鳥さんはその、人間を攻撃するつもりはないんだよね?」

「ああ」

「だったらそれをサラビエル講師に伝えるっていうのはどうかな」


 ぎこちなくドラゴンに話しかけたシルビアは名案とでもいうようにリキたちに顔を向ける。

 納得がいかないのはドラゴンだった。


「それはどいうことだ」

「他のドラゴンもそうなの? 君と同じ、人間を攻撃しない?」

「……自ら恨まられるようなことを無意味にするやつらではない」

「だったらさ、そうしようよ」

「……?」


 ドラゴンには理解ならなかった。シルビアの言っていることが。


「ドラゴンが害をなすものじゃないと伝える。そうだよね」


 リキの言ったことにドラゴンが目を見開きシルビアが頷く。

 自分が害をなすものではないと会ってもいない人間に伝わるなんて考えもみなかったドラゴンにとってその言葉は嬉しいものだった。ひとつの可能性が生まれるようでもあった。

 害をなすものではないと全ての人間に知れ渡ればこうやって隠れ過ごす意味も、ひなたに当たる場所を恐れる理由もなくなる。自由になれる。

 翼があっても自由ではない。そんな可哀想なドラゴンたちが羽ばたける世界になってくれるのではないかと。

 幾年過ぎてもいい。そんな世の中になってくれるのなら。


「送ってやろう」


 背中に乗れとドラゴンは促した。




「なかなか、五人となると重いものだな」


 雲近い空を舞う。

 ドラゴンの背中にはリキとシルビア。手の中には左から順にファウンズ、ロキ、ユーク。

 小さく見える地上が恐ろしくみえ、真ん中にいるロキがドラゴンに反発する。


「それぜってえー嘘だろ。てかおろせ」

「今離されたら、終わりだろ」

「だからだよ。もうなんか落ちそうで怖えんだよ」


 胸板と手に挟まれ運ばれているロキたちは、足がぶらぶらと揺れている状態で、それでも冷静な物言いをするファウンズに自然と怒りが増す。

 その横で、髪をなびかせ涼しい顔して変わる景色を眺めているユークは気分上昇中。


「俺は結構この眺めいいと思うけど。爽快」

「そりゃお前の頭ん中が爽快なだけだよ」

「ロキ。誰にも黙って落としていい?」


*

 涼やかな風を味わい聞き流していたかと思えば、その表情のままロキに顔を向けた。

「(俺がいまこの状況で落ちたら誰が落としたかフツーにわかるだろ)」

 さすがのロキも黙った。


「じゃ、呼んでくる」


 学園に到着し、入口で降ろされたユークは先に進む。振り返ると、同じように手から降ろされた直立しているだけのロキとファウンズを目に止めた。


「お前らもだろ。手に抱えられていた二人組」


 二人は視線だけを交わし、先に目線を落としたロキはめんどくせと口にしながらも歩みを始める。


「リキたちは待ってて。そのドラゴン見張ってて」


 ドラゴンの背中から降りたシルビアとリキは目を合わせた。




「ドラゴンは襲うなということか。そのかわりドラゴンには魔物たちを消し去る任務を与えるが、ちゃんとそれは果たしてもらえるんだろうな?」


 サラビエル講師とドラゴンが向き合う。

 ユークたちに連れて来られたサラビエル講師はドラゴンを一目見、これはどういうことだと説明を求めた。ドラゴンは好き好んで人間を襲わないということ聞いても、驚愕といったほどの反応は見せなかった。


「ドラゴンにはドラゴンである私が伝える」

「では監視としてここにいるメンバーを連れていくことを要求する」

「私は運搬屋ではない。常に背中に乗せていいと思えるのはリキのみ」

「一人だけとなるとリキ・ユナテッドの身に及ぶ危険の確率が高くなる。が、それでもいいのか?」

「心配ない。何があってもリキは私が守る」


 ドラゴンのリキへ対する想いが他とは違うと察したサラビエル講師は、その条件を承諾することにした。いつどこでどんな出会い方をしたのかは知らないが偽りのない言葉だと信じることができたからだ。


 一人だけ新しい任務を与えられたリキはドラゴンの背中に乗り、行ってきますと空へ消えた。心寂しい気持ちもあっただろうがドラゴンたちのことを考え、その気持ちを飲み込んだのだろう。

 リキがいなくなり、シルビアは物言いたげな顔をする。


「あまり驚いていなかったようですけど、ドラゴンが喋るってこと知ってたんですか?」

「いやそれは知らなかった」

「知能があるってことは知ってたんですね」

「薄々気づいていた。だが……」


 ユークの勘にさらっと答えたサラビエル講師はうつむく。


「人間とドラゴンは共存できない。いつか人間を滅ぼす元凶となるものなら、こちらが先に滅ぼすまでだ」


 ああ、とユークは思った。だからこの人は知っていても何もせず、狩るという選択肢しか用意していなかったのだろうと。

 それなら納得ができる。外来物であるかのように魔物を消し去ろうとする世界のシステム。その〝魔物〟とひとくくりされているドラゴン。

 強大な力を持つドラゴンは攻撃しないとしても、その嘘か誠かわからないものを鵜呑みにして傷つくのならいっそ、隙をついて殲滅した方がいい。それが大人たちの考えることなのだ。

 もちろん大概の魔物は知能がなく目にした者全てを襲うため、魔物の全滅は全ての者が願っている。リキを含めて。


 この地上は滅びすぎた。村も町も。

 だから魔物を倒す方法を学ぶ学園や、魔物を滅ぼそうとする機関、独立して狩人までいる。

 ユークが子供の頃はドラゴンを狩ろうという意向はまだ確立していなかった。ファウンズの父親が亡くなったあたりからドラゴンの調査などが始まり今になってはドラゴンは魔物と同類。神秘な生物、鳥の進化か何か、そう謳われていたドラゴンが命を狙われるようになったのは人間が弱いから。

 弱いから傷つくまえに〝ソレ〟を消そうとする。

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