第11章ㅤ魔操師
「あーあ、やっと見つけた」
足元が暗くなり何か音がする方を見ると、そこにはルーファースがいた。ドラゴンの上に立ちリキたちを見下ろしている。
不敵な笑みは何の意味を示すのか。口角を上げて目をぎらつかせている。
何の目的があってルーファースがここに来たのかリキ、ファウンズ、フェリスーーここにいる者全員わからなかった。ルーファースがドラゴンを従えていることさえ知らなかった。
学園を卒業してからリキとは一年ぶりでファウンズとは二年ぶりか。
ルーファースは、フェリスのドラゴンである存在に驚いた素振りをすることはなかった。
ドラゴンが地上に着地すると、ルーファースはドゴンの首辺りからジャンプし地上に着地した。
「まず何が言いたいかというと、ドラゴンと仲良しごっこしようとするのやめてくれる?」
少し歩いてきたかと思うと立ち止まってそんなことを言う。
リキもフェリスも理解ならなかった。その言葉の意味をすぐ理解できたのはファウンズ。
「そう言っているやつが、そのドラゴンと仲良くしているように見えるのは幻覚か?」
「こいつとは利害が一致して今回だけ行動しているだけだ」
利害が一致。つまりは、こうしてここに来て自分たちにこんなことを言うことが互いの目的なのだろう。とファウンズは見解する。
黒いドラゴン。純白のドラゴン、フェリスとは真反対だ。漆黒と言っていいほどの黒さ。邪悪さも感じる。
「で、答えは?」
冷えた目でルーファースは問う。
「断る」
「……お前の聞いてんじゃねえよ。そこの女」
見据えられたリキは動揺する。
確かにずっと目が合っていたかのように感じていたが、まさか意識的に向けられていたものとは思っていなかった。
「どうして私なの?」
「この男はただの手伝いだろ」
「……私はルーファースのその頼みは聞けない。どうしてそんなこと言ってくるのかわからないけど、ファウンズさんは協力してくれていてフェリスは人との友好を望んでいるから、私だけの答えじゃないよ」
まるで自分に選択権があるかのような物言いにリキは遠回りに否定する。
どうしてドラゴンと仲良くしようとするのがいけないのか。どうしてルーファースは望んでいないのか。
各地にいる全てのドラゴンと和解することができれば人々は助かるはずだ。ドラゴンは危険な魔物ではないと安心することができ、ドラゴンが本当の魔物を倒してくれれば平和になれる。
ドラゴンを必要とするだけじゃなくて、ドラゴンも人間の許しを必要としているから。青い空を自由に飛べる、陽がさすところで安心して寝れる権利を。
それはお互いに信じ合うことができなければ成立することはない。
「なあドラゴン、そこにいる白いドラゴンをここから離れさせることはできるのか?」
「……同胞であるドラゴンに手をかけることはしない。それに今回は見るだけと言ったはずだ」
喋らないと思っていた黒ドラゴンが喋った。
「チッ。使えねえな」
目を合わせずドラゴンと会話し終えたルーファースは杖を手に持ち、何かを唱える。
「こんな手使いたくなかったんだけどな。ーー混沌たる闇 ここに集え。魔物(モンスター)フェアザンメルン」
魔物が集まる光景にリキは目を疑う。
「こんな、魔物を操るような魔法なんてあったんですか?」
「聞いたことがない」
ファウンズも知らないということは魔法学園で使える者はいなかったのだろう。
「目標(ターゲット)はドラゴン。ここから離れさせろ」
*
「そやつの目的は私のようだ。大人しく言うことをきいてみるとしよう。心配するなリキ」
飛行する魔物たちによってフェリスは囲まれ、羽ばたいてしまった。
どうやらフェリスはルーファースの企みに乗っかるようだ。
「これでハンデはなしだな。……いや、まだあったか」
フェリスが羽ばたいていったところを見ていた目がぎろりとリキに向けられる。
「目標はそこにいる女」
「ご主人様。心配する必要ないぴょん」
「……うん」
私がついてるぴょん、と心強いラピにリキは勇気付けられた。
「本当はあいつをぶちのめす予定だったんだけどな、優先順位的にお前が先になった」
魔物たちに囲まれないようにと走って行ってしまうリキを追いかけようとしたファウンズだが、目の前にいるルーファースによって遮られる。
「なぜこんなことをする」
「ドラゴンと人間が仲良くするなんてつまらないだろ」
「……」
「魔物は俺が殺す。ドラゴンに魔物をやられるなんてくそもったいない」
「憎んでいる、のか。そんな魔物を今お前は戦闘道具として使っているようだが気分はどうだ」
「最悪だ」
憎んでいるからこそ、自分一人で魔物を倒したいのだとファウンズは理解した。
いつかの日のように剣を交え互角の戦いが行なわれる。
巧みさを身につけたのか前より滑らかな動きをするようになったルーファースは負けず劣らず近距離で攻撃を受け止め合い。隙をついたファウンズの攻撃をさけるため後方へしりぞいたルーファースの顔は笑っていて、大鎌を持っていない片方の手に杖を握るとまたあの術を唱えた。
『混沌たる闇ここに集え。魔物(モンスター)フェアザンメルン』
以前のこともあり自分一人ではやはりファウンズに勝てないと悟ったのだろう。集う魔物たちを見て顔に焦りの色を見せないファウンズにルーファースは嘲笑う。
「スカした顔してんじゃねえよ。俺は何にも動じねえんだって顔しやがって。テメーはそんなに強いのか。もしそう思い込んでるとしたら何様だよ、神様? 俺様? ふざけんじゃねえよ」
「ふざけているのきさまのほうだと思うが?」
凄みのある声が聞こえそちらの方を向こうとしたルーファースは、巨大な体をしたドラゴンーーフェリスによって吹き飛ばされる。
自らを狙う魔物を倒して来たのだろう。
「少なくともきさまよりファウンズの方が強いだろう。それは確かだ、私が相手したのだからな。スカした顔をしているところが気にくわないのはまあわかる」
一体何を聞かされているのか。
倒れ込んでいるルーファースは起き上がる気配を見せない。頭を強く打ったのか、霞む視界に映る黒いドラゴンは羽ばたき去ろうとしていた。
ドラゴンと仲良くしようとしている人間を拝見して、用が済んだらおしまいか。
以前、学園の演習のときに一度だけ相棒となったロザントが使えなかったことを思い出す。
「くそ。とりあえずの相棒なんてやっぱ使えねえな……」
自分がこんな状況になっているのに自ら手を差し出そうとしない。
「当たり前だ。とりあえずの相棒なんて存在しない」
とりあえず、のつく相棒は相棒ではない。それは存在していないのと同じ。
ファウンズのその言葉とともにルーファースは意識を手放した。
目覚めたルーファースは縄で拘束されていた。
後ろ手を縄で縛られ横になっているルーファースの視野にまず入ったのは、自分の前に立っているファウンズとリキで。瞬間的に目を覚ましたことを気づかれた。
*
「ドラゴンと人間の関係を良くしようとする計画を邪魔しようとしたのは魔物を自分の手で倒したいからなんだそうだな。なぜそんなに魔物を憎んでいる」
「魔物を操っていたことに関しても気になるな」
後ろからあのドラゴンーーフェリスの威圧さを感じさせる低い声に続いてファウンズの問いかけに、偉そうだと苛立つルーファース。
「知らねーよ」
「自分に関することなのに知らないと?」
「知ってても喋るか、くそ」
「言葉づかいが悪い」
「ドラゴンにそう言われちゃ終いだな」
拘束された身だが心まで屈するつもりはない。
そんなルーファースの態度にファウンズの口が開く。
「真意も知らずに安易に拘束を解くわけにもいかない。また襲われたり、物事をこれ以上複雑にされたりしたら困る」
「だから悪いが拷問とやらをする。私が考えたことではない許せ」
「は?」
瞬間、後ろ手の縄が引かれルーファースは地面を擦る。
フェリスとともにルーファースは空高く浮かんでいった。
「痛ってえんだよ、降ろせ」
「全てを話してくれたらな」
「全てってなんだよ」
「関節的な理由で私たちを襲ったーー。ドラゴンと人間を仲良くさせまいとするほどの憎しみを魔物になぜ持っているのか。その憎しみは本当に私たちの邪魔をしなければ晴らせないのか? あとはまあファウンズの言っていた、魔物を操っていたことに関しても聞いておかなければな」
「……本当に全て、だな。そんな全部話すと思っているのか」
「話してもらわなければ困る」
地上から離れてからしばらく経つ。
寒い上に、縄で縛り上げられている手の感覚がなくなりつつありルーファースは限界を感じていた。
「わかったよ、話す。このままってわけにもいかないしな。てきとうに話ぶっ飛ばすからちゃんと聞けよ」
そしてルーファースはフェリスだけに話す。
ルーファースの父は魔物狩りだったと。魔物であるドラゴンを見つけては他の者と協力して倒していた。それが普通だと思っていた。
だからドラゴンをやられてしまう子ドラゴンの気持ちがわからなかった。
『助けてくれと強く願ったのに』
赤いドラゴンと目が合ったあのときだ。全てが狂ったのは。
命まではとらない、と成長した赤ドラゴンは高く飛んでいった。
せっかく育ててやったのに。
そんな感情が浮かんで消えた。
父は魔物狩り。魔物であるドラゴンを捕らえることも誇りである父の息子。
「何が正しいのかわからなくなった。だから自分自身でその答えを見つけた。単純に楽しいことをしているのが一番正しいと。ーー誰も否定しなかった。なんせ魔物を倒せば全員喜んだ。これは正しい、俺のしていることは正しくていいことなんだって、あんな環境下だったら誰だってそう思うだろ。……やっぱり魔物を倒すのは楽しい。感情のある人間を痛ぶるのも、ドラゴンをいじめるのも全部。全て俺が正しい」
ねじ曲がった感情をもつ。それがルーファース。
彼がこうなってしまった理由に納得いくような話だがフェリスはルーファースの話を信用していなかった。
「嘘を言うのはよせ」
「……嘘だと?」
「初対面だが嘘を言っているのはわかる。話もぶっ飛んでいたが何より、お前のその声が嘘だと言っている」
「俺のこと何も知らねーのにそんなことわかるわけねえだろ! 全部本当だよ。これがあいつの言っていた真意だよ。だから早く降ろせ!」
フェリスの持つ一筋の縄に後ろ手を縛られ空中に吊るされているような状態のルーファース。
*
手首だけにルーファース自身の重みの負荷がかかっているのだろう。そう思えば痛々しい。
フェリスは縄を持つ手とは逆の手でルーファースを支えるとそのまま両手でルーファースのことを包みこむように持った。
「私はお前の真意に興味はない。だが聞かせてはくれないか」
「……は、なんだそれ」
「何も知らないやつの真意なんか知っても知らなくても同じだ、本心を言えばな。私に話して百人に伝わるわけではない、話せばお前は何事もなく解放される、悪い話ではないだろう」
フェリスの目は透き通っていた。全てを話させるための嘘を言っているようには思えない。人間からは感じない神秘的なものも感じる。
ルーファースはもうどーでもいいやと秘密に近い過去のことをどうでもいいもののように見て、とりあえず手短に現在に近いことから話すことにした。
「……まずひとつ。俺はここに来るまで、お前たちを探し当てるまでドラゴン共を痛ぶっていた」
「なぜ?」
「もちろんお前らの話を聞き入れさせないため」
「ドラゴンと人間が仲良くなれば、人間の頼みでドラゴンに魔物を倒されてしまうと警戒していたのだったな。私たちが魔物を相手にしたからといって全滅するわけでもない」
「わかんねーだろ。……いや、そっからちょっとずれてんな」
「ずれている?」
「俺の昔話をする。別にお前に聞かせたいからじゃない。話さなければ解放されずにあのムカつく奴の傍にいなければいけなくなるからだからだ」
ルーファースは両親を魔物に殺されある男に育てたられた。
ルーファースという呼び名は姓であり、名ではない。魔物を操る村の一族は全員ルーファースという姓で呼びあっている。
祖父に魔物を操る訓練を受けたルーファースは魔操師にもドラゴンを操ることはできないことを知っていた。だからドラゴンは魔物ではないのだと、自分と対等の生き物だと理解しているつもりだった。そんなルーファースと親しくなった子ドラゴンは知らずに利用され親ドラゴンを学園に売るようなことをされーールーファースは子ドラゴンから拒絶された。
魔物が村を襲ってくるのはルーファース一族がお金稼ぎなどの目的のために魔物を操っているため。魔物は本来、村を襲うために集って来るような頭の賢い生き物ではない。村を魔物に襲われているところをまるで通りすがりの者が手助けしたかのように魔物を倒せば、魔物討伐の報酬以外になんらかの報酬が期待できるからやっている。
ドラゴンの出来事から自分の置かれている状況を色々と考えたルーファースは、魔物を操るように言う祖父に反発するようになった。
ルーファースの母親と父親は魔物たちによって殺された。つまりは仲間だと思っていた者の裏切り。ある男が魔物を使っていたのをルーファースは見ていた。魔物を操っているという考えにいたったのはしばらく後のことだった。
ルーファースは魔操師がいることを知っていて魔物を全て殺そうとしている。その考えに至ったのは裏切った形になってしまった子ドラゴンで、その類であるドラゴンの力は借りたくない。
「だからまあ魔物を倒すべきなのは俺で、倒したいと強く思っているのも俺。それをドラゴンなんか、関係ないやつの力なんて借りたくない」
ファウンズに苦手意識を抱いているルーファースはどうしても早めに解放されたくて、自分の生い立ちを話した。
「話が違うだろ。話せば何事もなく解放されるんじゃなかったか?」
「縄は解いた」
「そういうこと言ってんじゃねえよ。なんで俺がドラゴンなんかに謝罪しに行かなきゃいけねーんだよ」
*
地上に降りてきたフェリスに「縄を解いてやってくれ」と言われたファウンズはルーファースの後ろ手首を縛る縄を解いてやったが、ルーファースは何か不満があるようだ。
「それほどのことをしたということだ」
ルーファースと赤い子ドラゴンの過去を聞いたフェリスは子ドラゴンに謝罪するよう言ったのである。本当なら全てを話せば解放されるということだったのだが、ドラゴンであるフェリスは子ドラゴンを裏切ったようなルーファースの行為が許せなかった。
子ドラゴンから聞いた親ドラゴンの居場所をルーファースは人間に教えてしまった。そのせいで親ドラゴンは連れ去られてしまった。
たとえ悪い自覚がなかったとしてもその後の言動に非がある。謝ろうとした、けれどまるで自分が全ていけないというような目を赤い子ドラゴン向けられルーファースは最終的に怒りがわいたらしい。
謝っていないどころか怒りまで感じたとは。謝罪のひとつくらいはあってもいい。
本人から聞いたルーファースの過去などをフェリスはファウンズとリキに話し始めるとルーファースは不満そうにした。
「お前の秘密は誰にも話さない的なこと言ってたの嘘かよ……」
「私が『百人に伝わるわけではない』と言ったことか? ……リキとファウンズ、二人にしか話していない。それに話さなければならなかった」
全てを話し終える頃、先ほど黒いドラゴンが来たときのように大きな影ができ、その影をつくる正体を見つめるとリキは驚いたような顔をした。
「ユキ、どうしたの?」
それは灰色ドラゴン、ユキだった。
ずどんと大きな音をたて地上に着地する。
「なにか不穏な空気を感じたものでな。そこにお前さんらがいたわけだ。久しぶりだな」
ルーファースの使った魔物を操る魔法が不穏な空気を漂わせていたのか。
何が理由であれフェリスとユキ、二体のドラゴンが対面するのは久しぶりのことだ。
「ユキ、その後はどうだ?」
「ドラゴンたちに会いに行ってるさ。ドラゴンと人間の平和の約定とやらを話しているが伝わらんな。最近、人間に危害を加えられたと言うやつもいた」
「それはたぶん、この者の仕業だろうな」
そう言ってフェリスはルーファースのことを見下ろす。 つられて視線を下に落としたユキはルーファースと目が合う。ひょろっこい身体をしてドラゴンなんかを相手にすればすぐにでもやられてしまいそうだが、殺意のあるパープル色の瞳を見て、ドラゴンたちの言っていたのはこいつのだとなんとなく理解する。
「銀髪の男、確かにそう言っているやつもいた。他にも複数人で襲ってきたというやつもいたんだが」
「複数人……討伐機関の者か。ドラゴンを攻撃しないなんていうドラゴンとの約定の件については伝わっていないんだな。もしかしてあの学園は広めるつもりがないのか」
「このままではドラゴンと人間との平和の約定を結べる日は遥かに遠くなるな。学園に行ってもう一度話をすることはできないのか? 討伐機関とやらと繋がっているのだろう?」
「……そうだな」
ユキとフェリスの言葉にファウンズは難しい顔をした。
*
ドラゴンと仲良くしよう、人間がドラゴンを攻撃しないかわりに人間の害となる魔物をドラゴンがやっつける、いわば約定をしようーーという発想にいたりその実行を学園のサラビエル講師に話し一時許されはしたが、学園で講師たちが話し合った結果なのかそれは中止された。学園の生徒を危険な目に合わせられない、それを実行したいのなら学園を卒業してから。それでリキはフェリスにドラゴンとの約定するために活動できるのは卒業してからと話し、卒業してから本当にドラゴン一体と一人で実行していた。そこにそれを知ったファウンズは途中から加わった。
学園は一旦実行することを許しはしたが、ドラゴンとの約定を完全に認められたわけではなかったのだろう。学園は討伐機関などに、リキが「ドラゴンとの約定」をしようとしているということを伝えていない。リキがーーと広まっていたのなら客観的だが、何も話していない学園は完全なる客観主義者だ。
ーーそうしたいなら勝手にしろということか。
誰もが平和を望んでいるはずだろう。ドラゴンは積極的に危害を加えてくるわけではないと知ったためにそのドラゴンと和解し魔物を倒しを手伝ってもらうため活動している。それなのにとファウンズは思う。このことを知っているはずの学園は何もしない。何かはしているはずと思っていたがそれは見当違いだった。こんなんではドラゴンとの約定は実現せず平和な世界というものも一向に実現しない。
フェリスの言うとおり、まずは学園に行くのがほど遠い理想を実現するための一歩かもしれない。
「なんなら私も行ってもいいぞ」
「お前まで来たら大事になる」
「いやいやお前が行った時点で大騒ぎだろう」
「私には面識のある人物がいる」
「そうなのか?」
ユキが唐突なことを言いドラゴン同士どっちもどっちな言い合いになったが、話をつけにいくなら学園にいる人物と面識のあるフェリスの方が何かといいという結果にいたる。
「私とリキが学園へ行くことにしよう」
「ふざけんな。ドラゴンに謝罪しに行かせるっつったやつが勝手に立ち去るんじゃねえ」
いきなりつっかかってきたルーファースのことをはたとフェリスは見た。
「いったん離れるだけだ。すぐに戻ってくる」
「そのすぐはすぐじゃすまされねえかもしんねえだろ」
「どういうことだ?」
ルーファースを赤い子ドラゴンに謝罪させに行く、そう言ったのはフェリスだ。しかしルーファースは乗り気ではなかった。今になって早く謝りに行きたいというのだろうか。
「フェリスとルーファースと俺はドラゴン巡りに。あんたとーーユキといったか? 学園に向かうのを頼む。……効率よく動くためだ、そんな目で見るな」
収拾をつけるためファウンズは意見も聞かずに勝手に決めた。それがいけなかったのだろう。フェリスの信じられないというような心情が態度に表れているのか、食い入るように見られてファウンズは居心地が悪くなる。
「効率よく動くために私がリキと離れるだと? そんなのはごめんだ。もしリキに何かあったりしたら私は。私はお前を許さない」
低い押しつけられような声で抗議するところを見ると、仲間相手のファウンズにもフェリスはリキのこととなると敵対するところもあるらしい。「ずいぶん溺愛されてんだな」とルーファースは呟いてフェリスに向く。
「すぐに戻ってこれるはずなんだろう? だったら何も心配することないだろ」
「だとしても、大したことがない限り離れないことを誓った」
「誓った? っ……ーー」
*
思わずルーファースは吹き出しそうになった。ドラゴンである者が人間を守るためにそんなことを誓うなんて馬鹿馬鹿しいじゃないかと。なぜこの女ーーリキはそれほど思われている。
「リキのことはお前の代わりに私が守るさ。……信用されていないか?」
「フェリス、離れるのは少し寂しいけど、ここはファウンズさんの提案に乗ろう? すぐにまた会えるよ」
灰色のドラゴンーーユキの前にちょこりんとリキがいる。いつもその立ち位置はフェリスの場所だった。
「……わかった。リキがそういうなら。……必ず守れよ」
「おおこわいな。わかったよ約束する」
フェリスは仕方なくもリキをユキに託す。
「それじゃあ行くとする」
リキを背中に乗せたユキは学園を目指し飛びだった。ドラゴンに危害を加えないようにと学園に話をしに行くために。
残ったファウンズとフェリスは、赤ドラゴンを見つけルーファースに謝罪させることが目的だ。
飛び回ってドラゴンを探して一体づつ話をつけるより、まず第一に地に足をつけていかなくてはならないということをリキたちは悟った。
ユキに地上に降ろされたリキは決心したような面持ちで学園に向かい、ある部屋の前に立つと静かにノックをした。失礼します、と中に誰かいるのか確認する前に扉を開け中に入る。少し驚いたように目を開いたサラビエル講師がいたがあえてなにも言わずに「お話があります」ときっぱり用件だけを話した。
「お前がユキか」
「ああそうだが」
「前に来たドラゴンは真っ白いやつだったがそいつはどうした」
ユキと対面したサラビエル講師は灰色ドラゴンの存在はあまり興味ないのかユキを一瞥すると、フェリスがどこかにいるのではないかと辺りを確認する。
「フェリスは、ルーファースにあるドラゴンに謝罪させるためにファウンズさんと旅にたっています」
「ルーファースにファウンズ・キルも一緒にいるのか」
「皆……ルーファースを除いて、ドラゴンと人間が共存できる世界ーー平和を望んでいます」
リキはなぜか目を伏せる。切実にそれを望んでいるのだ。
そのためにサラビエル講師のもとに来た。一度ドラゴンとの約定の案を認めてくれた。サラビエル講師も同じように平和を望んでいるのだと感じた。だから頼れるのはこれまでの人生で唯一の担任となったサラビエル講師ーー女性でありながらも学園を取り締まる人でもある。
討伐機関にドラゴンへの手出しをやめてくれるよう伝えてほしいとサラビエル講師に話すと「わかった。少し時間をくれ」と言われ、リキは外でユキと待っていた。何時間も待ってすでに夕刻になる。
「これを」
伏し目がちになっていたリキの視線になにやら茶色っぽい状袋が入る。顔を上げてサラビエル講師を見上げる。
「これは……?」
「討伐機関への依頼の紙だ。どうやらお前には絶好の運搬屋がいるらしい。馬車などで行くよりそいつで行ったほうがいいだろう。ということでお前にはこれを討伐機関に渡す任務を授ける」
「任務……久しぶりですね」
思わずリキは笑う。学園を卒業して以来、任務なんてものは与えられなかった。任務は危険なものだと思っていた頃が懐かしい。今では日々が毎日危険と隣り合わせだ。
サラビエル講師に渡された地図を頼りに討伐機関へ向かうこととなったのだが、もう夕刻のため出発は明日の朝となった。
まずは一番近い《フォース》へ。
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