#18
「そんなこと言われても……」
これだけ言ってボクは黙った。続く言葉が見つからなかった。
池内さんは黙っている。
「そんなこと言われても……それは」
ボクは一度言葉を切って、溜息をついた。
「それは?」
「それは……池内さんの勝手なイメージで。
私にはちゃんと……別に好きな人がいたから」
観念して話すボクを、池内さんが大きな瞳で捕らえる。
上向きにカールしたその長いまつ毛で絡み取られたみたいに、ボクは身動きが取れなくなっていた。
「染森さんが好きな人?うちの学校の人?」
「……それ、話さなくちゃならないの?」
ボクは池内さんの眼差しから一刻も逃げたかった。
話さなくちゃならないと言われたら、嘘言ってでも逃げたい。
だけど、池内さんは首を横に振って続けた。
「好きな人がいたって過去形だけど……今は?」
「今は……」
ボクは池内さんの顔を見返した。
――今のボクは……池内さんが好きなんだろうか。
池内さんは小首を傾げてボクをじっと見ている。
「今は……分かんない」
「………………」
池内さんは怪訝な顔をしたものの、黙ったままだった。
実際ボクには自分の気持ちが分からなかった。
――分かんない。
それは正直な気持ちだ。
「……瀬良くんね、マネージャーしてる後輩の女の子に告られて、付き合うことにしたんだって」
池内さんがポツリポツリと瀬良くんのことを話し始めた。
ボクは黙って聞いていた。
瀬良くんが誰と付き合ってようが興味がなかったことに気づく。心が痛むといった気持ちにはならなかった。池内さんが横川くんと付き合っていると知ったときみたいに。
「だからね、瀬良くん、別にその子のこと好きじゃないんじゃないかなって。
女の子のほうが瀬良くんに勝手にベッタリついてきてるだけで」
――それを聞いて、ボクにどうしろと言うんだろう?
瀬良くんが誰かと付き合っているとかどうでも良かった。
そんなことよりも、なんだかボクは、池内さんの口から紡がれる、瀬良くんと付き合うように促されいるみたいな言葉にショックを受けた。
池内さんにとってボクは恋愛対象外で。
当然男の子と付き合うべき女の子なんだと判決を受けた感覚がした。
「今日も、実は亮ちゃんが後輩ちゃんにデートセッティングしてって頼まれただけだから……」
瀬良くんの後輩のマネージャーの女の子に失礼な言い草だと思う。好きでもない女の子と表面上だけ付き合っている瀬良くんはひどい男だ。
でもそれ以上に、ひどいのは池内さんだ。
ボクにとっては、池内さんが本当にひどい。
「瀬良くんは、まだ、染森さんのこと好きなんじゃないかなって。
ウチら……言ってるんだよね。
そういうのってツラいじゃん?別に好きじゃないのに付き合ってるとか」
「……そういうこともあるんじゃないの?」
悲しくて泣きたい気持ちになるのを
「池内さんだって……横川くんと付き合ったの、始めはそんな感じだったんじゃなかったの?」
「それは……」
言葉に詰まらせた池内さんは、
「瀬良くんが誰と付き合ってようが……別に好きじゃない子と付き合ってても!
私には関係ない!」
それだけ言い放つと、ボクは池内さんに背を向けた。
池内さんを見ていると泣いてしまいそうな気がしたから。
頼むから、もうこれ以上、ボクの心を掻き乱さないでください。
お願いします。
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