#17

 バーバーなぎさを通り過ぎる。

 このまま黙ってカフェ・ルシアンまで歩けばバスのロータリーは目前だ。池内さんが雫浜しずくはままで行くのか、横川くんがこっちまで来ているのか分からないけれど、ボクは池内さんから解放されるはずだ。

 そんなことを思っていた時、池内さんが口を開いた。

 

「ねぇ、染森さんさぁ……」


 不意に名前を呼ばれたものだから、返事ができなかった。

 池内さんのほうを振り向く。

 池内さんが立ち止まったものだから、ボクも足を止めた。


「私、亮ちゃんから聞いたんだけど……なんで瀬良くんのこと振っちゃったの?」


「………………」


 答えられずにいるボクの顔を、池内さんが正面から見つめ返してくる。


「なんで?」


「……でも、瀬良くん、彼女できたんでしょ?

 なら、いいじゃん、別に」


 ハハと誤魔化し笑いをするボクに対して、池内さんはシレッとしている。無表情のまま、ハッキリとした言葉でボクをツメる。


「答えになってないじゃん。

 瀬良くんに彼女できたことは置いといて、私が聞きたいのは、染森さんがなんで瀬良くんじゃダメだったのかって話」


「それは……」


 ボクは答えられなかった。


 ――ボクが好きなのは、池内さんだったから。


 言えるわけがない。

 本人を目の前にして。


「い……池内さんに関係ないじゃん……」


 苦し紛れにボクは、池内さんに、突き放した言い方をしてしまった。

 もう池内さんに嫌われたっていいやと思った。


 ――もう、どうでもいい。


 そう思った。

 でも――


「関係ない訳ないじゃん!」


 池内さんが強い調子で言う。


「……関係ないでしょ?瀬良くんとボクの間に何があったって。

 そういうの聞くの?私、嫌いなんだよね。人の噂になったりするの。

 呼び止められたから一緒に帰ってたけど、そんな話したかったんだったら、先行くね」


「待ってよ!」


 隣から立ち去ろうとするボクの腕を、池内さんが掴んだ。


「離してよ!」

「関係あるよ。だって……」 


 ボクの腕を掴む池内さんの手に力が入る。


「だって、私、染森さんと瀬良くんならお似合いだなと思ったから。

 だから、私、瀬良くんのこと諦めたのに、なんで染森さんは瀬良くんと付き合わなかったの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る