#16

 池内さんの呼吸はすでに整っていたはずだった。

 だけど、ボクらは黙って歩いた。   

 ちょっと先の角のところに、バーバーなぎさの赤白青で彩られたぐるぐる回るレトロな看板が見える。

 だから、校門を出て話すこともなく一緒に歩いていたのはものの10分ほどなのだと思うけれど、ボクには永遠のようにも思えた。大袈裟ではない。今日一日受けていた授業の記憶はすっ飛んでしまった。


 池内さんと一緒に帰る。


 ボクの脳内はそのことだけで占められ、記憶は時間と空間を超えて、一瞬が無限のように思える。


 池内さんに何か話し掛けなきゃと思う。


「これから横川くんとデートなんだ?」とかいうのは、プライベートに踏み込みすぎだろうか。というか、この話は永山さんと百瀬さんにしていたのを、ボクが盗み聞きしていた訳だから、話題にすると気持ち悪いよね。じゃあ、無難に「日本史の小テスト、難しすぎたよね。問題多すぎて全部解けなかったよ」とか言ってみるか。テストの出来とか話すなんて真面目なヤツだと思われるかな?じゃあ、「古典の皆元みなもと先生、授業中、漢詩いきなり吟じたのびっくりしたよね」っていうほうが面白いだろうか。あれはびっくりするけど、皆元先生が変わっているのは前から分かっていることだし、だったら、「お昼何食べたの?」とか聞くほうがいいんじゃない?




 なんとか話し掛けて、この重苦しい沈黙を打破したいと思うボクは、池内さんを横目に見たけれど、池内さんのほうはまっすぐ前を見て歩いていて、ボクの方を気にしている気配がない。

 自分と比較して池内さんの余裕のある態度に愕然としたボクは、チラ見している様子を気取られないように、慌てて目線を前に戻した。

 テンパって、焦れば焦るほど、口に出そうかと思う言葉はボクの脳裏をに浮かんでは、脳内ダメ出しを食らって消えていく。


 ――これって一緒に帰る意味ある?

 

 ボクは思い始めた。


 ――そもそも一緒に帰ろうと誘われた側のボクは、池内さんに何を話し掛けていいのか分からなくて当然じゃない?一緒に帰ろうって、誘ったんなら、何か話せばいいのに。


 緊張を通り越して腹が立ってくる。


 ――ボクからは絶っっっっっ対、話しかけてやるもんか。


 不毛な決断だと分かっている。

 どちらが先に話し掛けようが話し掛けまいが、どっちでもいいことだ。勝った負けたの話でもない。


 ――でも、ボクは……


 心に決めた。


 ――池内さんのことは気にしない。


 自分ではない誰かのために、自分の心が掻き乱されるのが嫌なんだ。

 池内さんにも、瀬良くんにも、ボクの心を渡してなるものか。

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