#15

 正直なところ、瀬良くんに彼女ができたりしたら、ボクは、泣いたりしちゃうんじゃないかと思い詰めていた。

 でも、現実は違っていた。

 ちくりと胸は痛んだ。針でつついたみたいに。心臓が痛む。

 でも、ボクは、泣かなかった。


 ――そっか。


 ボクは思った。


 ――そっか……。


 「そっか」という言葉しか頭の中には思い浮かばない。

 瀬良くんを逃して後悔してるだとか、まだ未練があるだとか。

 ボクのことが好きだって言ってたのに、たった数ヶ月で彼女つくっちゃうんだ、だとか。

 そういった、難しい気持ちにはならなかった。


 ――そっか…………。


 現実をただ受け止めるだけ。

 そしたら、なんだか、笑えてきた。


 ――そっか………………。


 自分でもワケが分からない。

 教室を出て、校門に向かって廊下を歩く間中、ニヤニヤが止まらなかった。


 数カ月ぶりに、心が軽くなったような気がした。解放感とまでは言わないまでも、心にわだかまっていた重石おもしが取れたみたいに、胸のつかえが下りた。


 ああ……。

 本来の自分に戻れる。


 そう思った。

 他人の言動に心掻き乱されることのない、本当の自分。ボクはに戻って来られたのだと思った。




「染森さーん!」


 校門までの坂を下り、学校を出るところで、背後から不意に呼び止められた。

 振り返ると池内さんが追い駆けてきていた。バタバタと走っているというよりも、坂に足を取られている格好だ。


「染森さーん!」


 立ち止まったボクに池内さんが追いついた。はぁはぁときらした息が整うのを、ボクは待った。


「……池内さん、どうしたの?」


 池内さんは、なおもはぁと大きく息をついて、唾液をごくりと飲み込んだ。そんなに急いでボクに何の用があるというのだろう。


「そ……染森さん!

 い、一緒に、駅前まで……帰ろうよ」


「う……うん。いいけど、大丈夫?」


「う、ん……。普段走ったりしないからさぁ。息、切れちゃって」


 池内さんは、再びはぁと深呼吸すると、ボクに、笑いかけた。

 片靨かたえくぼの浮かんだ笑顔からは、歯並びのいい白い歯が溢れる。

 そんな池内さんはボクには眩しくて、やっぱりかわいい。

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