#10

 いたずらっぽく笑う瀬良くんに、ボクは無性に腹が立った。


「……知らないって幸せだね」


 ボクは冷たく言い放つと、ぷいと顔を背けた。


「ちょ……」


 瀬良くんは思わず笑った。笑ったのは動揺したからだ。顔は困っている。


「知らないって、何を?」


 瀬良くんは、そっぽを向いたボクの正面に回り込んできた。


「てか、知らないことしかなくて当然じゃない?オレはそらのこと、知りたいと思って誘ってるんだからさ」


「知られたくないことだってあるんだよ」


 ボクは早口で捲し立てた。

 瀬良くんは眉を寄せて怒ったような、悲しいような顔をして


「……ごめん」


と言った。


「そらの気に障るようなこと言ったんだったら、ごめん」


「別に。謝んなくていいよ」


 何も知らないまま無言で項垂うなだれる瀬良くんが可哀想だと思った。

 でも、ボクは瀬良くんの気持ちには応えられない。


「私――私には……」


 告白すべきか、一瞬悩む。

 でも――


「私には、好きな人がいる」


 ボクが誠意をもって瀬良くんにできることはしたいと思った。

 目の前の瀬良くんは俯いたままだった。

 瀬良くんの表情は見えない。というか、見たくない。

 背が高いから、ボクが見上げればどんな顔してるのか、見える。

 でも、ボクは床を見ていた。


「付き合ってるの?」


 沈黙。

 それから、瀬良くんは尋ねた。

 ボクは頭を横に振った。


「片想い。……多分、永遠に付き合えない」


 また沈黙。

 また瀬良くんがゆっくり尋ねる。


「なんで?」


 答えるべきか、逡巡する。

 

 答えたら、ひかれる?

 でも――

 瀬良くんにひかれるのなら、ボクのことを嫌いになるのなら、本望では?


「女の子だから」


 瀬良くんの顔は見ない。

 床すら見ていない。

 ボクは瞳を閉じていた。


 池内さんの顔を思い浮かべていた。


「だから、私は――、いや、ボクは、瀬良くんとは付き合えない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る