#07
「腹減ったなぁ。ファミレスで夕飯でも食べて帰る?」
ボウリング終わりに、横川くんが声をかけてきた。
「負けたほうのおごりで!」
「バーカ!お前は自腹で食え!池内どうする?」
瀬良くんに
「私、帰る」
真顔で即答する池内さんのほうを瀬良くんさえもが振り返った。彼女の顔に表情はない。
「お……、おう」
質問した横川くんもぽかんとするしかなかったようだ。
池内さんは「またね」も「じゃあ」も言わずに無言で駅のほうへと歩き始めた。
「……あ、じゃ、じゃあ!私も帰るね!!」
あんなに笑っていた池内さんが無表情になったのに驚いて、即座に動けなかったボクは、一瞬の間を置いて彼女の後を追いかけようとした。
――が、その腕を、瀬良くんが掴んだ。
「離して」と振りほどこうとする前に、瀬良くんは横川くんに向かって、
「あの子、送ってってあげれば?」
と言った。
横川くんは無言で頷いて、池内さんの後を走って追って行った。
瀬良くんに腕を掴まれたまま、取り残されたボクに、瀬良くんが
「飯食って帰ろ?」
と言った。
「……え?」
ボクは瀬良くんから逃れようとしたが、大きな手で腕がガッチリと掴まれて、簡単に動かすことはできなかった。
――これが男の子の手。
「でも、私……」
瀬良くんの手を振り払おうしたけれど、掴まれた腕は簡単には動かない。
――これが男の子の力。
「気になってたんだ!前から」
「……え?」
「高一の春の大会から……気になってた。練習試合に来てた時もずっと見てた。でも他校の子だから……名前分かるぐらいで、話すのとか無理だと思ってたんだ」
瀬良くんが真っすぐにボクを見ている。
ボクはたまらず目を逸らせた。
突然の告白に身体中の血液が逆流したみたいに
胸がいっぱいで言葉が出てこない。ボクは黙っていることしかできなかった。
「……今日、こんなかたちで染森さんに会えると思ってなかった。オレは横川が、好きな女に会うからって、連れて来られただけで……」
瀬良くんが言葉をきった。
ボクは俯いたままでいた。
ボクを見下ろしているであろう瀬良くんの顔を直視することはできない。
――
率直に、瀬良くんの告白してくれたことは――その勇気には、嬉しいと思った。
同時に、恥ずかしいとも思う。ただ、何が恥ずかしいのか、自分で自分が分からない。
胸が高鳴って心臓が口から飛び出そうだ。耳まで真っ赤になってるんじゃないかと思う。
――「男性」の前で、ボクはやはり「女性」なのだろうか?
「だから、飯、付き合ってくれない?」
ボクは瀬良くんの顔をおずおずと見上げた。
瀬良くんも顔を紅潮させていた。
断ったらきっと瀬良くんは傷つくだろう。
ボクは黙って頷いた。
この時のボクは、「女性」になることを選択した。
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