マイグレイション (1)
それは雷に打たれたかのように突然やってきた。
脳に直接叩き込まれてたかのような強烈なメッセージ。
槇原のぶよの頭に中に、巨大な真っ黒い球体のイメージがが入り込んで来たのは、遅めの昼食の後にうつらうつらと昼寝をしていた休日の午後だった。
のぶよは頭を振って、上半身を起こすと、隣で寝ている恋人のサチエの様子をうかがった。
仰向けに寝ていた彼女は、何かに驚いたような顔で目を見開き、空中を見ていた。ここにはない何かを見ているのだ。
「サチエ? 大丈夫? これなに?」
サチエはよっこらしょと身体を起こすと、のぶよと同様に頭を振った。
その間に、黒い球のイメージは徐々に薄れていった。
「わからない…けど、ヒロシさんが何かやったんじゃない? 私には黒い球が見えた。ヒロシさんが話してたやつかな?」
「私も黒い球。ねえ、ナミヲのところに行ってみよう。」
二人は身支度もそこそこに家を飛び出すと、すっかり先行組の集会場になっているナミヲの家へと向かった。
ナミヲの家に到着すると、玉田製薬の二人以外の面々が既に顔をそろえていた。
「不意打ちだったでしょう?大丈夫だった?」
ケンタが二人を招き入れてくれる。
「あれは何だったんですか?」
「君たち二人は何が見えた?」
奥の方に座っていた神田ヒロシが言った。
「二人とも黒い球です。」
神田ヒロシは頷くと、話始めた。
「今朝から篠崎さんとここで、次へのステップの相談をしてたんだ。そしたら、希望者への言の葉の注入が全て完了したと山田さんから電話があった。それを聞いたとたんに、僕と篠崎さんの中から何かが放出されたらしい。」
「ナミヲは果てしなく上空に続く階段を見た!」
「おそらく、これは、言の葉を入れた人たち全員に送られたイメージだと思われる。僕たちがお食い初めで得た情報によると、住民への言の葉注入が完了したタイミングで、帰還プロジェクトが発動することになっていた。僕が ≪マイグレイション計画≫ と名付けたものがそれだ。その初期作用が、住民の振り分けだった。僕と篠崎さんのどちらのパターンで帰還するのか、ランダムに振り分けがされる。その方法は僕たちも事前には知らなくて、時が来ればわかるだろうと思っていたのだが…、さっきのがそれだったみたいだね。」
のぶよは神田ヒロシの説明を聞いて腕組みをした。
「私たちが共有されている情報は全てではないのね?」
「そうみたいだね。」
神田ヒロシも、今回、初めて知ったことがいくつもあるようだった。
「“お食い初め” や “言の葉” の注入で得られる情報は、必ずしも全てではないようだ。アクセス権みたいのがあって、僕や篠崎さんでも知らないことがたくさんある。ただし、このプロジェクトは、知らないことがあっても動き出したら勝手に進むようになっているようだ。」
神田ヒロシの話を聞いて、奥の方で電話をしていたサチエの弟アタムが心配そうな顔で戻って来た。
「ねえ、ヒロシさん。僕が見たのが黒い球で、はーやんは階段だったみたいなんだけど…。僕たち一緒じゃないと嫌だよ。」
アタムは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「大丈夫だよ、アタム君。別々の帰還になっても、到着は同時だ。離れ離れになるのは、せいぜい数分だと僕は踏んでいる。申し訳ないけど、この振り分けは僕らで変更するのは不可能なんだ。」
アタムはしぶしぶ納得した様子だった。
「アタム君、僕も見たのは階段だ。はーやんとは僕とマヤコさんと、あとナミヲが一緒だよ。それに友達の一人や二人は一緒の人がいるんじゃないかな?ランダム抽出であるなら。」
ケントが優しく声をかけると、アタムは少し落ち着いたようだった。奥の方へ行って、再び電話をしはじめた。
「で、これから私達はどうしたらいいの?」
のぶよが言った。
「ちょっとしたゲームをしてもらうことになりそうだね。」
神田ヒロシの発言に、のぶよとサチエは好奇心に胸を膨らませて顔を見合わせた。
≪転送まで あと19日≫
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