マイグレイション (2)

 住民たちの帰還方法の振り分けが行われてから2日後、マヤコは突如として激しい衝動にかられ大学の講堂へとやってきた。

 講堂ではちょうどあちらの世界に移行後にどのような社会を形成するのがベストなのか、有識者が集まって話し合いが行わていた。

 マヤコが入って来たのにいち早く気が付いたのぶよが、会議を止めて全員をマヤコに注目させた。


 マヤコは自分とは何か別のものに突き動かされるのを感じながら、右手を上げると声を出した。


「我が名は篠崎マヤコ。神に触れた能力者の一人です。この講堂をかの地へのゲートとするよう啓示を受けました。お手数ですが、移動してくれないでしょうか?」


 講堂に集まっていた人たちは、なぜか拍手をしながら立ち上がり、素直にゾロゾロと出て行った。

 最後にのぶよがマヤコに向かってピースサインを見せながら出て行った。


 誰もいなくなった講堂で、マヤコは「さてと…」と言い、ぐるっと空間を見渡した。

 ここで作らなければならないものはわかっていた。


 振り向くと、ちょうどナミヲがやってきて、粘土やら折り紙やらを、次々と運び込んできた。

 特に頼んだわけではないのだが、彼は自分の役割を理解して、行動しているのだ。


「足りなくなったころにまた持ってきますよ。」


「ありがとう。」


 大量に運び込まれた材料を見てマヤコは言った。ナミヲはまるでサーカスのピエロのように大げさにお辞儀をして出て行った。


 さて、これからマヤコはひとりでここに籠って制作に取り組まなければならない。寝る暇もないだろう。

 とにかく身を削ってやらねばならぬのだ。


 同じころ、神田ヒロシは自治体の運営する体育館にいた。

 ついさきほど、ここで集会をしていた役所の連中から場所を譲ってもらったところだ。


 彼のゲートはここだった。


 振り返るとナミヲが次々と新聞紙と黒いフェルトを運んできた。

 神田ヒロシが使う材料はこれなのだ。


「足りなくなったころにまた持ってきますよ。」


「ありがとう。」


 大量に運び込まれた材料を見渡して神田ヒロシは言った。さあ、これから楽しい図工の時間だ。

 何日かは徹夜をしないと間に合わないだろうな…。と神田ヒロシは思っていた。


 こうしてマヤコと神田ヒロシは連日それぞれの会場に籠って何やら制作を始めた。

 制作中、ナミヲ以外の立ち入りは禁止され、親しくしている仲間たちも入ることは許されていなかった。


 二人はほぼ泊まり込みで作業を続けており、数日に1回自宅に戻るような生活になった。


「君がいったい何を作っているのか毎日夢に見るほど考えているよ。」


 久々に帰宅した神田ヒロシにコーヒーを出しながらケンタが言った。


「みんなにも手伝ってもらいたんだけどね。これは僕ひとりでやらないといけないんだ。」


「うん。わかってる。」


 ケンタのいつもの優しい顔を見ると神田ヒロシはほっとするのであった。


「ところで、マヤちゃんもやってるんだろう?彼女は大丈夫なの?」


 ケンタが今度は本気で心配している口調で言った。彼はかねてからマヤコが天涯孤独であることを気にかけていたのだ。


「彼女なら大丈夫だよ。あの子は見た目よりずいぶん芯が強い。彼女に家族の設定がされなかったのには何か理由があるのかもしれないよね。とても情に厚い子だけど、特定の誰かに心を完全に開くことはしない。でもそれが彼女の自然体なんだ。彼女は本当の意味で創造神 ハヤトの申し子なのかもね。」


 神田ヒロシはそういうと、あくびをしながら寝室へ入って行った。明日ちょっとマヤコの様子を見に行った方がいいかもしれない。神田ヒロシはそう考えた。ケンタの虫の知らせは昔から当たることが多い。


 翌日、神田ヒロシは自分が使用している体育館へ行く前にマヤコの講堂へ寄ってみた。

 マヤコは既に作業を始めており、神田ヒロシが入ってくると、驚いて顔を上げた。


「びっくりした。誰も来ないと思っていたから。」


「驚かしてすまないね。ちょっと様子を見に来たんだよ。ちゃんと休憩しながらやってる?」


 神田ヒロシはマヤコが作っているものをざっと見渡した。

 彼女は粘度と折り紙で、細かな街並みを作っていた。

 メインロードは弧を描いて講堂の正面に位置するステージへと伸びていくようだ。


 神田ヒロシはこの街並みが、あっちの世界のクローンたちの街であることにすぐさま気が付いた。


「君も街を作らされているんだね。僕も手法は違うけど似たようなものを作っているよ。」


 マヤコは誇らしげに自分が作った街を眺めた。


「細部にこだわり過ぎてペースが遅くなりがちですが、何とか間に合うように制作できますよ。」


「そうか、それを聞いて安心したよ。ケンタが君のこと心配してたからね。彼はみんなの保護者みたいな気持ちになっているんだ。」


 マヤコはうふふと笑た。


「大丈夫ですよ。時々サチエたちにも会うようにしてます。」


 神田ヒロシは、とにかく無理だけはするなとマヤコに念を押して講堂を後にした。

 ケンタの感は当たっているかもしれない。大丈夫といいつつも、マヤコの笑顔にはどこか危うい感じがあった。


 ナミヲに時々様子を報告させた方がよさそうだな…。


 神田ヒロシは体育館の扉を開けて中に入った。

 そして自分が作ったものを満足げに見上げた。


 マヤコは街並から作っていたが、神田ヒロシはこっちらから作っていた。


 黒い球…。


 直径3メートルほどの新聞紙を固めて作った球の周りに黒いフェルトを貼り付けている途中だ。フェルトは闇雲に貼ればいいわけでもなく、さまざまな多角形に切り取った30センチメートル四方くらいの断片を繋ぎ合わせている。

 神田ヒロシ自身には、どうしてこんなものを作れるのか自分でもわからないが、これは複雑に組み込まれたプログラミングのようなものなのではと思っていた。


 ナミヲが用意してくれたフェルトのロールを引っ張り出し、ザクザクとハサミで切り、貼り付ける。切っては貼り、切っては貼り…。


 今日中に黒い球を完成させないと、神田ヒロシの作業は間に合わないだろう。

 続いて、同じく黒いフェルトで街を作らないといけないのだ。


 神田ヒロシの方は黒い球がメインなので、マヤコが作っているほど細かくは作る必要はないが、それなりに時間がかかるだろう。

 ハサミを握りしめると、彼はしばし自分と黒い球以外のことは記憶の外へと追い出し作業に没頭しはじめた。


 ≪転送まで あと10日≫

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