第4話 異世界滞在・×日目
本日の夕食。山菜の煮物と天ぷら、サラダ、川魚の塩焼き、きのこの炊き込みご飯。デザートの木苺ゼリーは、透き通った赤い色をしていた。
煮物は野菜や山菜にしっかりと味が染みており、山菜を噛めば口の中にほのかに緑の香りが漂う。天ぷらはさくりと軽く、煮物とはまた違った具合に緑の匂いが鼻腔を抜けていった。
さっくり揚がっている天ぷらを食し、やや脂っこくなった口の中を、醤油ベースの手作りらしいドレッシングがかかったサラダがさっぱりさせてくれる。
川魚は程よい焼き加減で、ふっくらとした淡泊な身にほんのり塩味が効いていた。
炊き込みご飯は香り高いきのこが何種類も使われており、茶碗に盛り付けただけでふわり、と辺りにかぐわしい匂いが漂う。もちろん香り同様、味も抜群に美味しかった。
ゼリーはスプーンですくえばふるり、とその身を揺らした。目に鮮やかな赤色は、口に含めば砂糖の甘さと木苺の甘酸っぱさが広がった。
「マレビトが来ると、食事が豪華になるんだよな。今日も近所の人が寄ってたかって食材持ってきて、めちゃくちゃ張り切って作ってたし。
山菜とか魚とかきのことかはこの辺で採れたもんだから、新鮮だし味もいいだろ」
「ええ、とってもおいしいわ!」
「ああ……どれも、本当に美味いな」
ルチーアは目をきらきらと輝かせて料理を次々と口に運んでいくが、フィオルスは「美味い」と言いながらも微妙な表情を浮かべている。
端々に目をやり気を遣っていた遥が、フィオルスの顔に気が付いた。
「あの、どうかしましたか? 料理に何か……」
「いや、なにも。ただ、美味いだけだ。……本当、に」
「……フィオルス? どうしたの?」
眉を寄せていう彼女に、ルチーアが問う。
フィオルスは言いづらそうに言葉を詰まらせていたが……やがて、口を開いた。
「私たちの世界では、甘味は貴重品であり、高級品だ。貴族ぐらいしか口にできないものなんだ。
ゼリーと言ったか、これは、甘味料を使っているんだろう」
「そうだな」
「シキもハルカも、貴族には見えん。つまりこちらでは、庶民も簡単に手が届くほどに甘味が出回っているということだ。
食事もそうだ。味付けこそ食したことのない独特なものだが……どれも、本当に美味い」
そう言って、フィオルスは顔をゆがめた。
「……私は恵まれているのだ。姫様に第一護衛騎士として召し抱えて頂き、他のものより裕福な暮らしをしている。
旅立つ前は、姫様の参加なされる夜会に、護衛騎士として赴くこともあった。その際には姫様の勧めで、一流の料理を口にすることもあったのだ。そんな経験をしていてなおこの料理が、今まで食べたどれよりも美味に感じる。
ならば私は、この世界は、私達の世界は……」
「……フィオルス」
「残るのか?」
「……………………は?」
あっけらかんと聞いてみせた紫輝に、フィオルスはぽかん、と呆けた。
「戻んないで、こっちの世界に残りたいのか?」
「な、なにを」
「あんた最初、魔物がどうとかって言ってたよな。どんなもんかは知らないけどさ……少なくともこっちじゃ、鎧や剣を扱えなくても、菓子を食って生きていける。
なあ、そういう暮らしのために、自分の世界を捨ててこっちに残りたいのか?
ルチーアはどうなんだ?」
「わ、私は……戻るわ、もちろん!」
急に話を振られて驚いたルチーアは少しだけどもり……それでも、迷いなく宣言する。
「こちらは裕福で穏やかで、とても素敵な世界だと思うわ」
「色々問題はあるけど」
「それでも、少なくともこの国では、水すらも飲めずに飢えて死んでしまったり、魔物に殺されてしまったり、そういうことはないのでしょう?」
「まあ。でも戻るんだな」
「ええ。だって私はルチーア・シュテリーゼ。シュテリーゼ王国の王女で、民の希望を担う身。
単に旅をしていた時は気づかなかったけれど、こちらに来て初めて、故郷が……シュテリーゼが恋しくなったわ。私たちの世界に早く戻りたいって!
こちらの世界がこんなにも裕福なのだもの。すぐには無理でも、私たちの世界でそれが出来ない道理がないわ。
だから私は、こちらの世界に負けないくらいに……いつかシキとハルカを招いても、胸を張って自慢できるくらい、シュテリーゼを素敵な場所にしたい」
「……姫様」
「フィオルスはどう? あなたはこちらに残りたいかしら?」
ルチーアから、最愛の主から問いかけられて……フィオルスは、笑う。
「私としたことが、少々余裕が出来たことでおかしなことを考えていたようだ。
シキ。私は姫様と共に戻る。私の居場所は姫様のおそば。すなわちあの国で、あの世界なのだから」
「フィオルスさん、よかった……!」
「すまない、ハルカにも心配をかけた」
「心機一転だな? 良かったじゃん。まああんたのことだし残るって言うと思ってなかったけど」
「なっ……」
しれっと言い放ってゼリーを口に運ぶ紫輝に、彼女は思わず立ち上がった。
「お前な!」
「まあまあ、フィオルス」
「あ、あの、フィオルスさん、ゼリーのおかわりはどうですか?」
「ああ、もらおう」
「荻原、俺も」
「あ、青山くん……!」
残り少ない異世界滞在の夜は、こうして過ぎていく。
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