第3話 異世界滞在・1日目
「あれまあ、今回のマレビトさんはべっぴんさんだねえ!」
「神主さん、ウチの野菜持ってっとくれよ! マレビトさんのお夕飯にでもしとくれな」
「それよかお惣菜作って持ってった方がいいんじゃないかい? 神主さんは一人暮らしだし、まだ若いんだからさあ」
「それもそうかい。
それじゃあ神主さん、あとでお総菜にして持っていくからねえ」
「おおい神主さん! 今回のマレビトさんはえれぇ美人って聞いたぞ!」
「おー、すんげえ美人さんだなあ。こりゃああれだ、金髪碧眼っちゅーやつかねえ?」
「外国の人みてえだな?」
「マレビトさんだから、異人にはちげえねえけどな」
「「あっはっはっはっは!!」」
「おうそうだ、これウチのから持たされたやつな。金額は少ないけどよ、神社への寄進も兼ねてっから。
着服して菓子なんか買ったりすんじゃねえぞ? はっはっはっ!」
◆
「……驚くほどの歓迎ぶりなのだな」
八尋が車から降り、「先に食材を置いてくるね」と車とともに氏原と別れた後。家屋の並んだ辺りを通りすぎた辺りで呟いたフィオルスに、紫輝は頷いた。
「この辺りじゃあ、境林が信仰の対象になってる。だからその林からやって来た“マレビト”も大歓迎される。
正確にはあの林……の中にある、社なんだけどな。お前らがこっちに来た時、林の中で建物を見ただろ?」
言われて思い出す。確かに周囲を見回した時に、背後に木でできた建物があった。
「あの建物が、神社の本社なんだ。
あー……神社ってのは、神様のやしろ、つまり家や仕事場みたいなもんだ。そこに神主や巫女みてーな神様の使用人が詰めて、いろいろやったりやらなかったりする」
「シキはカンヌシと呼ばれていたわね」
「俺はまあ、神社を統括するトップみたいなもんだ。
……いちおう言っとくが、他の神社は俺みてーな10代のガキが統括トップなんてなれるもんじゃねーぞ。確かなんか資格とかあった気がする」
「ではなぜお前が?」
「境林が“ホンモノ”だからだ」
紫輝は言う。
「宮司……まあ神主には、資格がいるって言ったろ? 本来は勉強して、推薦状とか、採用試験とか、いろいろ必要なんだよ。
だけど
必要なことはただひとつ、林の中にあるあの建物にたどり着けるかどうか。それだけだ」
「…………ごめんなさい、言っている意味がよくわからないのだけれど」
ルチーアの言葉に、遥がおずおずと口をはさむ。
「えっと……あの、林の中の神社には、神主さん……今は紫輝くん以外、誰もたどり着けないんです」
「そんなに複雑な道ではなかったと思ったが?」
「それでも私たちは、本殿にたどり着けないんです。
どれだけ道を教えてもらっても、手を引いてもらっても、絶対に」
「だから下神社がある。……お前らが寝泊まりしてるあの建物のことな。
境に参拝したいヤツは、代わりに下神社に参拝するんだよ。
そんで俺が林の中の本殿に、願いの書かれた木板やら紙やらを持ってったり持ってかなかったりする」
ふむふむ、と頷きながら説明を聞いていたフィオルスが、ふと首を傾げた。
「……私たちは帰る際に、林のホンデンとやらに行かねばならないのではないか?
そうでなければ帰れないのだろう」
「お前らは行けるよ、そこは心配すんな。
……まあ帰る日でないと、お前らも本殿にはたどり着けねーんだけど。前に来た好奇心旺盛なマレビトと試したことがあるんだ。
なんなら、今から試してもいいけど」
紫輝が指し示す先に、赤いオブジェが立っていた。いつの間にか、あの林の入り口に来ていたらしい。
「いいえ、やめておくわ。いいわよね、フィオルス?」
「ええ、構いません。
この場所に最も詳しいのはシキだろう? そのお前が言うのならば」
「あー、まあ……この林の中に関してはそうだな。
ちょっと待ってろ、すぐに終わらすから」
言って、紫輝は赤いオブジェ……はくぐらず、その手前にあった小さな屋根のついた何かのそばにしゃがみ込んだ。
小さな建物の三方は壁で覆われており、赤いオブジェの前の短い道に面した一方だけが開いている。
「ハルカ、あれは?」
「あれは、あの、本殿にお参り……ええと、かみさまにご挨拶に来た人用のお賽銭箱です」
「あら、ホンデンにはシキしか行けないのではなかった?」
「はい。なので大抵の人は、下の神社に参拝するんですけど……たまに、少しでも近くでお参りしたいっていう人がいて。
その人たちのために置いてあるんです」
「交通の便も悪いのに、熱心なのもいたもんだよなぁ」
「あ、青山くん、誰かに聞かれたら……!」
頭をかきながら雑に言う紫輝に、遥は慌てる。
歩き出した紫輝の後を追いながら、ルチーアは不思議そうに口元に手を当てた。
「聞いていると、カンヌシというのは神様のお言葉を聞いたりする神官さまと、似たようなものなのでしょう?
神官さま方は教えを広めるのに大変苦労なさっていたのだけど、あなたはあまり熱心ではないのね?」
「そりゃ、ここじゃ俺ががんばって布教する必要ねーしな」
「なぜ?」
「神の教えを広めるってのはつまり、神の存在を他人に信じさせることにある。だけど、ここじゃそんな活動必要ない。
境に住まう何か……まあとりあえず神っつっとくけど、神の存在をもっとも分かりやすく伝えてる存在が、少なくとも今ここにいる」
紫輝はルチーアを指さした。
「……あっ、マレビトね!」
「マレビトはどこからともなくやって来て、どこへともなく消えていく。
昔のこの国には、お前らみてーな色の髪の人間はいなかったんだ。突然林から現れた、一週間だけの来訪者。
現代でもこんだけ信仰を集めてんだ。昔なんか、よっぽどかみさまの奇跡に見えただろうよ」
「ねえシキ。あなたは、神様とお会いしたことがあるの?」
ルチーアの言葉に、紫輝は首を振った。
「ない。こっちに言葉も伝えて来やしない。それでも、何かいるのは分かる。
そっちは?」
「いいえ。私もフィオルスも、お祈りはしていたけれど、おことばを賜ったことはないわ。
私たちは神官さまではないもの」
「ふーん。そっちの世界は魔物とかいるって聞いたし、実際に神の言葉とか聞いてると思ったが」
「もしも私たちがおことばを賜っていたら、どうしたの?」
「どうって、そりゃコツを聞いたかな、多分」
「コツ?」
「あーっと……極意とか、秘訣とか、どうしたら声が聞けるかっつー要点、ポイント?
境の何かは、意思疎通する気が一切ねーもん」
不機嫌そうに言い放った紫輝にルチーアはキョトン、と呆けて……ややあって、クスクスと笑いだした。
フィオルスは呆れ、遥は困った顔でそれぞれの顔を見比べている。
「お前はこちらの神の第一のしもべであるのに、敬う気が一切ないのだな……」
「は? 敬ってはいるっつーの。じゃなきゃわざわざここに引越し……移住なんかしてくるかよ。
まあ、こき使いやがってふざけんなって気持ちもなくはないけど」
「シキ、お前というやつは……」
「青山くん……」
二人から呆れた顔を向けられて、紫輝は顔をそむけた。ちなみにルチーアはいまだ口元に手を当てクスクスと笑っている。
「……いろいろ喋りすぎたな。そろそろ日が傾くし、戻るぞ。
荻原、平気そうだったら、こいつらがいる間の世話を頼みたいんだけど」
「あ、うん。一応お母さんに聞くけど……たぶん、大丈夫だと思う。
ええと……すみません、ルチーアさん、フィオルスさん。わたしは一度戻ります。
あの、またあとで」
小さく手を振った遥が、小走りで別方向へ駆けていく。
「行くぞ。
今日の夕飯は期待していい。この辺の連中が寄ってたかってお前らを歓迎しに来るからな。つーか来た連中全員で大宴会に発展すると思う。
お前らも来世界の初日で、違いとかで疲れただろうし、早めに戻って少し休んだ方がいい」
遥を見送った紫輝はそう言うと、二人を手招きし、いつの間にか止まっていた歩みを再開するのだった。
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