第27話 不完全燃焼

 書き忘れてたけど、昨日Exエピソードを投下してます。


×××


 大阪光陰の緒方光一は、基本的に甲子園に出てくるような選手は、全部自分より野球は上手いのではないかと思っている。

 中学時代はとにかく団体競技をやってみたくて、人数が少なくてメンバーを募集している野球部に入部した。

 そこで言われて気づいたのが、コントロールの良さであった。


 見て、真似る。基本的に全ての技術は、そこから発達する。

 緒方の能力は上手い見本を見て、それを自分の肉体で可能な形に再現することである。

 そして緒方の体の、芯の芯まで染み付いている動きは、合気道である。


 体が弱かった幼少のころ、とりあえず丈夫になるようにと両親が思い、祖父に教えられた合気道。

 基本的に合気道は、型稽古まではするが、試合もなければ組手もない。

 流派によるが、緒方の習ったのはそういうものだった。

 精神修養と体を丈夫にするのが目的だったので、それはそれで良かったのだが、結果が分かりにくい合気道に不満がないわけではなかった。

 ただ和合、相手と争わないことを基本とする合気道が本質的には向いていた緒方は、他の格闘技をしようとも思わなかった。

 ただ団体球技をしたいなと思い、そして受け入れられたのが野球であったのだ。


 ストレートの投げ方。そしてプレイの所作。それだけで緒方は大阪光陰にスカウトされたと言ってもいい。

 最初は木下も巧打の内野手として育てようかと思ったのだが、バッティングピッチャーをしているその姿を見て、考えを改めた。

 バッターがどこにどう投げてほしいのか、指定すれば完全にそのコースにその速度で投げられる。

 コースだけならともかく、スピードの調整も出来るというのは、とてつもなく珍しい。

 ならば相手の打ち気を見て、そこからほんの少し外せばどうなるか。


 チェンジアップとカーブを使えるようになってからは、凡打の山を築き、そしてスピードの絶対値が上がってからは、三振も取れるようになった。

 甲子園でも投げてそれなりに自信もついたが、まさか決勝の先発のマウンドに登るとは。


 もちろんエースとなるなら、最終的に目指すのはそこしかない。

 だがまだ先のことだと思っていた。


 そして同じように投げている相手のピッチャーを見て、感嘆するしかない。

(すごいなあ)

 技巧派とも軟投派とも言われる緒方だが、大阪光陰の上位打線は、そうそう空振りも取れるものではない。

 そんなすごいバッターたちを、まるで雑魚のように三球だけ投げて三振を奪っていく。


 本日三打席目の後藤が、二打席連続の三振で打ち取られた。




 武史は怒っている。

 最初はイリヤの罵言に怒っていたのだが、途中からは色々なことに怒っている。

 とりあえずさっきの後藤に対しては、神宮大会で打たれた思い出し怒りをぶつけてみた。


 後藤のバットが空を切る。

 そして電光表示板に出た数字は、158km。

 まだ季節は春である。

 センバツは夏に比べると球速は出にくい。

 回は終盤にかかった七回で、そこで本日の最速が、自己最速が出る。


 武史は怒っている。

 表情には何も浮かべずとも、その執念が伝わってきた直史と比べると、武史はのんびりとした気質だった、

 それがここにきて怒りを露にして、気迫のこもったピッチングを続けている。

 変化自体は望ましいと秦野や倉田は思うが、このまま一本調子で最後まで進むものだろうか。


 現在のスコアは1-0だ。アレクがフォアボールで出塁した後に、盗塁を決めてからヒットと犠牲フライで取った一点だ。

 八回の表は武史にも打順が回ってくる。

 打席に入った武史は、マウンドの緒方を睨みつける。

 武史は本来、点が入るバッティングの方が好きなのだ。

 それでも下位に入るのは、チームとして優先することを考えているからだ。

 だが真田が投げないなら、六番あたりに入ってもっと打ちたかった。


 基本的に野球において誰かを下に見ることの少ない武史だが、緒方の場合は運が悪かった。

 真田と勝負するのは、ピッチングだけでなく、打席でもバッターとして対決すると思っていた。

 確かに打ちにくいバッターではあるのかもしれないが、散発でヒット自体は打たれている。

 ただその全てが単打というところが、確かに非凡ではあるのだろうが。


 緒方のストレートが、相変わらず変なタイミングで胸元に入ってくる。

 こういった変な球は、本来武史の大好物であるのだ。

 反応のままに振りぬく。

 弱い浜風がボールを押し戻すことはなく、ライトスタンドへ本日初めての長打はホームランとなった。




 荒れ球、というのに近い。

 倉田のサイン通りのコースに投げてくるのだが、一球一球のボールのスピンレートが違うのか、伸びたり伸びなかったりする。

 ツーシームを要求しても曲がらなかったり、カットが空振りをとるほど曲がったりもする。

 序盤は使えていたナックルカーブが、制球が乱れてまるで使えない。

 そのくせ高速チェンジアップは、ほぼ100%空振りを取ってくれる。


 完全にパワーだけで抑えている。

 技術が全くない。倉田も必死でリードするのだが、それ以上に球質にバラつきがある。

「いいじゃないか」

 秦野は呆れたようにいったものだ。

「捕るお前がそれだけ大変なら、打つのはもっと難しいだろうし」

 それはその通りであるのだが。


 九回の表の攻撃でさらに一点を追加。

 満塁ホームランを打たれれば逆転サヨナラの点差で、大阪光陰は最後の攻撃に入る。

 バッターは打巡良く一番の毛利からだが、それはつまり四回以降、一人のランナーも出ていないことを示す。

 そして三回までは三振を奪われていなかったのに、四回からの五イニングで、12個の三振。




 デタラメすぎる。

 木下が知る史上最高のパワーピッチャーは上杉勝也で、彼相手にこのようなペースで三振を奪われたことはある。

 だが上杉はコントロールも良かったのだ。

 佐藤武史もコントロールはかなりいいピッチャーだったはずなのだが、荒れまくっている。

 キャッチャーの位置から考えると、逆球になっているのもいくつかはある。

 ただゾーンの外に逃げていかないのが、待球策を無駄にしてくる。


 荒れ球の速球派の対処法は、もちろん大阪光陰にもある。

 だがゾーンを外れない程度の荒れ球というのは、さすがに攻略が難しい。

 ストライクの範囲にしか入ってこないのだから、反応で打てなくもないはずなのだが、チェンジアップを上手く使っている。

 バッターの裏を書くようなものではなく、パワーでぶいぶい押してくるリードなのに、まともにバットに当たらない。


 何か一つで崩れそうな気もするが、自分で勝手にコントロールの微妙な球を投げてくるので、オーソドックスな対処法が効かない。

「下手に当てようとしたらあかん。最後まで強く振り切るんや」

 ムービングのボールを下手に当てようとすると、単なる内野ゴロになる場合が一番多い。

 強く振ればゴロでも内野の間を抜けていく。球威に負けてさえいなければ。

 ただ打っても内野フライというのが、今日の武史の調子を物語る。


 序盤の三回のちんたらした具合はなんだったのか。

 妙におとなしい球で組み立ててくるので、慎重にいきすぎたというところはある。

 真田が投げないということで、そこそこの点数は必要だと思っていたのだが、もっと積極的に打っていくべきであった。

 緒方が序盤に通用したのと、あっちのエースの調子が悪くて、回を重ねれば打てると判断してしまったからか。

(相手の弱みを攻められんかった)

 大阪光陰の木下監督は深く反省する。


 この試合は取れた試合だ。

 真田の故障で半ば諦めていたが、高校野球は諦めなければ奇跡が起こるものであるのに。

 諦めたらそこで試合終了ですよとは分かっているのに、真田への期待が重すぎた。

 大阪光陰は、エースの力だけで勝つようなチームではなかったはずだ。


 毛利が三振し、明石がキャッチャーフライに倒れ、三番の緒方。

 唯一の収穫は、この大舞台で緒方に投げさせることが出来たということか。

 バッティングにしても非凡なところはあるが、やはりピッチャーとしての評価を木下はしている。


 そんな緒方が、武史の投げた球の二球目。

 特に甘くないコースの内角球を、しっかりと角度をつけて振り抜いた。

 これが思ったよりも伸びて、風の影響もあったのか、レフトのポールに当たるホームラン。

 九回のツーアウトから、なんとソロホームランである。


 このまま完封ムードの空気であったのに、それを関係なく打ってしまった。

 打った緒方は顔を上げて、しっかりとベースを一周。

 これでスコアは3-1となった。

 大阪光陰ベンチはもちろんこれを喜んで迎えるが、緒方のプレッシャーに対する対応力とはどういうものなのか。


 試合自体はその後、後藤が三振に取られて、白富東の優勝となった。

 だが中盤に入ってから完璧なピッチングを続けていた武史が、渾身のストレートを打たれたというのはなんともしまらない。

 閉会式の間も、首を傾げ続ける武史であった。




 夏には果たせなかったUSJ観光をご褒美にもらって、白富東野球部員ははしゃいでいた。

 なおスポンサーはイリヤである。女の金で遊ぶのかと思われるが、野球部は金銭的にはイリヤのヒモ集団のようなものである。

 武史は色々なアトラクションを楽しんではいたが、その興奮がわずかでも薄れると出てくる感情がある。


 自分は本当に勝ったのだろうか。

 試合に勝ったのは紛れもない事実だが、真田と投げ合うことが出来なかった。

 後藤から三振を奪ったものの、緒方にはホームランを打たれた。

 その状況だけの勝敗が、試合の勝敗に直結するわけではない。だからこそ白富東は優勝出来たのである。

 チームスポーツの中でも野球は、かなり一対一の要素が強い。

 これはバスケで言うなら、自分はマークされてシュートに持っていけず、他の選手にアシストして得点を取っていったような……いや、やはりそれも少し違うか。


 ぼんやりとベンチに座っていた武史であるが、春の気配の中で甘い空気が漂ってくる。

「隣、いいかしら」

 恵美理の声にそちらを向けば、陽光に輝く淡い色の髪がキラキラと目に映る。

 美少女度MAXな位置から攻められた武史は、眩しそうに目をすがめながらもコクコクと頷く。


 茂みからその様子を見つめているのは、けしかけた明日美である。

 野次馬丸出しであるが、親友の恋愛は応援しないわけにはいかないだろう。

 なお、双子に加えてイリヤも、ことの成り行きを見ている。

 邪魔しなくていいのかな、と明日美などはイリヤを見ているのだが、どうやらそういう関係ではないらしい。

 甲子園の応援で、武史にヘタクソと声をかけたのは、随分と遠慮がないと思ったものだが。




「優勝おめでとうございます」

「ありがと。でも少し拍子抜けかな」

 真田が投げてこなかった大阪光陰は、明らかにベストメンバーではなかった。

 こちらが一点も取れない可能性さえあったのだ。もしそうなっていれば、緒方のホームランが決勝点になっていたかもしれない。

 去年の神宮と同じく、一点差での敗北。

 せめて無失点に抑えられていれば、もう少し自信も持てたのだが。


 恵美理としては四回からの、三振を取り捲る武史は、まるで明日美のようでかっこよかった。

「でも、夏がありますよ」

「夏……」

 最後の大会だ。

 兄たちのあの最後の決勝から、もう八ヶ月が経過している。

 あと五ヵ月後には、全ての決着がついている。

「また応援に行きます」

「……ありがと」

 夏の大会はおそらく、かなりのイニングを投げることになるだろう。

「あ、俺も一度ぐらいは応援に行こうかな」

「甲子園の直前ですけど、来れます?」

「まあ、なんとか」

 大人の付き合いを無視すれば、本当に必要な時間は案外少ない。

「そう言っても新入生がいないと、メンバーが足りないのだけど」

 聖ミカエルにはそんなレベルの問題さえある。


 センバツが終わった。

 新入生が入ってきて、最高学年となり、春から夏へと季節が移る。

 一年は長いはずだが、最後の夏までの時間は、驚くほど短く感じる。

「神崎さんは、進路のこととか考えてるの?」

「ええ、私は東京の実家から通える範囲の大学に行くつもりですけど。武史さんはプロに?」

「そういう話も来てるんだけど……」

 わずかに考えこんだ武史だが、すっとその選択しが出てくる。

「俺も東京行ってみたいかな」

「え」

 顔を見合わせた二人は、なんとなく言った武史の言葉が、ちょっと特別な意味を持ったように聞こえたのを理解した。

「あ、俺も田舎者だから、都会に憧れるって言うか、兄貴が特待で大学に行けたから、私学でも行っていいって言われてるし」

 変に誤魔化す必要もないのに、武史はあせってしまう。

「その時は、私がご案内しますね」

「それは、助かります」


 甘酸っぱい空気である。

 色々と事前に考えてはいても、いざとなるとあと一歩が踏み込めない。

「青春やの~」

「でもヘタレだよね」

 ツインズは容赦がないが、武史はいまだに優柔不断系主人公の選択をする。

「どうなるのかしらね」

 イリヤは東京に出る。元々仕事でしょっちゅう東京には行っていたのだが。

 ツインズも東京に出ることは決めている。イリヤの手伝いで仕事をするために。そして週末や休日は、大阪へ行くのだ。


 優柔不断と言うのは酷であるが、大介もまだ選択をしていない。

 もっとも世間一般に許されるような選択では、ツインズは納得しないだろうが。


 出会いの季節の春が来て、それが過ぎれば熱い夏がやってくる。

 高校球児たちの夏は、もう近いところまでやってきているのだ。





   了  第四部A 続・白い奇跡へつづく

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