第25話 綻び

 最後に余計なことがあったような気もしたが、準決勝の第一試合は終わった。

 四期連続で決勝進出した白富東高校が、大阪光陰以来二度目の春夏春三連覇を狙うことになる。

 そして第二試合は、またも大阪光陰対帝都一。

 このカードもどんだけ組まれてるんだ、とげんなりとはするが宿命の対決である。

 もし帝都一が勝利すれば、実は甲子園では白富東とは初対決になるのである。


 そして大阪光陰が勝てば、これも「またかよ」という対決になる。

 白富東が初出場したセンバツでは大阪光陰が勝利し、四連覇を狙った夏は白富東が勝利した。

 次のセンバツこそ初出場の明倫館が上がってきたものの、夏はやはり大阪光陰との決勝であった。

 もし大阪光陰が勝ち上がってきたとしたら、史上初の夏春同一カードによる決勝となる。

 春夏同一カードは過去に一度あり、ちなみにその時の一方も大阪光陰であったりする。


 一応大阪光陰との対決は、白富東が勝った試合の方が多い。

 だが常に戦力を整えてくる大阪光陰と違い、白富東はスターによる一点突破で勝ってきた歪なチームだ。

 野球部の歴史自体は長いが、セイバーによる改革を初年度と考えると、今年でまだ三年目となる。

 そして真田を相手とした場合、本当にぎりぎりの勝負となる。


 最初の夏は、直史がパーフェクトをして、大介が場外ホームランを打って勝った。

 次に当たったのは神宮で、その時は調子を落としていた真田である。

 そしてセンバツでは対戦しなかったが、去年の夏も、15回を完封された。普通なら負けている。再試合では勝ったが、さすがに真田も本調子でなかったし、豊田と継投していた。

 最後に当たったのが秋の神宮で、1-0で負けているのだ。

 結果的に点差がついたことはあっても、真田との戦いは一点が重要な勝負になる。


 帝都一はエースの水野もだが、新二年生の方にタレントが多く、名門にしては珍しく新二年がベンチに多い。

 まあ松平監督が年功序列を嫌う監督だということもあるが、つまりそれは来年が今年よりも強くなる可能性が高いということか。

 宿舎に戻った白富東のメンバーは、両チームのエースの投げ合いを見ていた。

(どっちが上がってくるにしても、うちが有利だな)

 真田と水野、お互いが好投手なだけに、二番手で勝負というわけにはいかない。

 延長戦にでもなって消耗してくれれば、それだけ明日の試合では有利になる。


 決勝は当然武史先発の予定であるが、今日の最後の一発のように、兄ほどの絶対的な安定感はない。

 まあ直史ほどのピッチャーは、全世界規模でもまずいないとは思うのだが、ああいう上限を見てしまえば、ピッチャーの査定は辛くなる。

 今日の一点にしても、一気に点差が開きすぎたところへの油断だろう。そこも直史なら、完璧に抑えて勝つまで油断はしないのだろうが。

 だが現実的に考えると、九回までで二点は取れる攻撃にしたい。

 アレクがまたアレクらしい、頭のおかしな真田攻略法を考えはしたが、これはアレクにしか出来ないと秦野も思った。

 そこで一点。あとはどこかでもう一点取れないものか。

 野球は相手のミスにつけこんでいくスポーツではあるが、ミスを最初から期待するのもよくはない。

(アレクの戦法で一点、正攻法で一点、どこかでミスを見つけて一点)

 武史は調子のいい時と悪い時がはっきりしているので、年間のリーグ戦などでは平均的に高い性能を発揮するのだが、選手に常に万全のパフォーマンスを期待するだけなら監督はいらない。

 色々と頭の中で考えつつも、準決勝を戦う二人のピッチャーの消耗を願う秦野であった。




 関東の超名門帝都一で、エースナンバーを背負うこと。

 その意味を水野はよく分かっている。

 もっとも、入学した時にエースであった本多は四番でもあり、心底化け物かと思ったものだが。


 三番手としてベンチ入りしてはいたが、出番のなかった一年の夏。

 同じ一年生のくせに、全国に名前を売った二人のピッチャー。

 剛速球と高速スライダー。インパクトは強かった。

 どちらも才能、あるいは素質から投げていたものだ。それに対して水野はコントロールを磨いてきた。


 集中出来ることも才能の一種なんかもしれないが、水野の投球はコンビネーションが主軸である。

 その意味で彼は、佐藤直史をかなり意識している。

 もちろんあそこまで極端にたくさんの球種は投げられないが、思考としては同じである。

 それに水野は球速においてだけは、直史を上回っている。


 劣った部分もあるが、優れた部分もある。

 劣った部分だけを考えるのではなく、優れた部分をどう使い、劣った部分を上回るかが重要だ。

 そう思って水野はキャッチャーの土井とピッチングを組み立てる。


 序盤から強く振ってくる大阪光陰であったが、それを上手く凡退させていく。

 単にかわしていくのではなく、膝元や胸元を厳しく突く四隅のコントロールがあってのことだ。

 なんだかんだ言っても、水野もブルペンでは150kmを計測したことがある。そのストレートを主軸にコントロールと変化球の緩急で攻めれば、だいたいのバッターは相手にならない。


 どうでもいいが、いや良くはないが、また投手戦である。

 ヒットを打った数は大阪光陰の方が多いが、球数は水野の方が少ない。

 追い込んだら真田はストレートのギアを上げるか、高速スライダー、もしくは速い球を待ってるバッターにはカーブを投げて三振を取る。

 だが水野は追い込む前に得意コースの近辺に変化球を投げ込み、打たせて取るピッチングをしている。

 三振を奪えないわけではない。だが明日の決勝のために、余力を残しておきたい。


 真田も変化球を使うが、パワーピッチャーだ。

 変化球の鋭い大きな変化で、空振りを奪っていく。

 大阪光陰の練習メニューから考えると、スタミナ自体はある。それは昨年の夏の甲子園でも示されている。

 だがこの季節の甲子園で、そんな力の入った球をガンガン投げ込んでいくのは、肩や肘の負担にならないのか。


 シニア時代からの栄光を持ったピッチャーであるが、高校でも一年から甲子園のマウンドで主力となって投げて、勤続疲労は溜まっていないのか。

 センバツは秋の試合から時間は空いているが、この大会は気温からして、ピッチャーに疲労は溜まりにくいものの、故障は起こりやすいとも言える。

 まあ大阪光陰レベルなら、そのあたりもしっかりとケアをしているだろうから、それほどの無理はしないだろうが。




 試合は中盤に入る。

 どちらのピッチャーも素晴らしいピッチングだが、お互いにそれぞれ別の理由で失点した。

 水野はヤマを張った後藤に一発を打たれ、真田はすっぽ抜けた失投を打たれたところから、悪送球などの味方のエラーで一点を失った。

 どちらかと言うと味方にミスの出た大阪光陰の方が、流れが悪いのかと思える。


 しかし流れは、無理矢理変えることが出来る。

 ここがまずいと感じた真田が、三者連続の三振。

 水野は選択しないピッチングだ。いや、出来ないと言うべきか。


 ここでも水野は、直史に似ているタイプだ。

 最初から最後まで、相手に付け入る隙を与えない。

 対して真田は、傾きかけた天秤を力ずくで元に戻す。

 どちらがいいかではなく、ピッチャーとしての特徴の問題だ。ただ本来なら一発勝負のトーナメントは、真田のような流れを変えるピッチャーの方が支配力は強い。


 高校野球界は上杉が登場してからの数年、特にピッチャーのレベルアップが激しかった。

 上杉を打とうと思うのならバッターのレベルが上がっても良さそうなものだが、そのバッターを封じようと、ピッチャーのレベルも上がったのか。

 あとは上杉があまりに突出していたがゆえに、ピッチャーはあの剛速球投手とは違うタイプを目指したのかもしれない。

 その影響も、おそらく夏で終わる。

 因果関係があるようにしか見えないのだが、因果関係があるはずもない。現在の新三年生の中で150kmを公式戦で記録したのは佐藤武史だけである。

 夏に向けて球速は出やすくなるが、去年の同じ時期には150kmを投げるピッチャーが五人以上もいたのだ。


 才能というのは、時代に集中して出現するのか、それとも上杉の引力が強大だったのか。

 少なくとも佐藤直史と白石大介という才能も、今後現れるかどうか分からないレベルのものである。




 そんな時代を俯瞰するのはどうでもよく、投げ合っている両エースは、自軍の攻撃の時間が短く、相手の攻撃の時間が長く感じていた。

 勝敗の均衡は終盤まで傾くことがない。

 どちらかと言えば帝都一の方が小技を使って仕掛けるのだが、大阪光陰は真田のピッチングの他にも、野手のファインプレイなどが続いて、流れを手繰り寄せ掛ける。

 それが最後まで大阪光陰のものとならないのは、帝都一の松平監督が、次から次に仕掛けていくからだ。


 将棋で言うなら、帝都一が攻めかけている。

 だがこれを大阪光陰が受けきれば、一気に試合の趨勢は大阪光陰に傾くだろう。

 松平もこの、攻めても仕掛けてもかわされる、この状況が実は大阪光陰ペースだとは気付いている。

(やっぱり核になる選手が必要なんだな)

 単純に戦力というだけでなく、チーム全体を勢いづけるような。


 帝都一がそういうチームでないのは、ある意味仕方がない。

 大阪光陰のように、監督や部長が方針を立てて、フィジカルに優れた選手を入学させて、少数精鋭で戦うわけではないのだ。

 帝都一もスカウトはしているが、一般入部の選手もいる。

 そしてスカウトされなかったとは言っても、いい選手は埋もれていたりするのだ。

 選ばれたエリートの中に、わずかな雑草が混じっている。そういうチームが松平は好きなのだ。

(なんとか勝たしてやりたいもんだが)

 そう思っても、思うだけで勝てるわけがないのが甲子園である。


 松平は己を、高校野球監督の中でも、特異な存在だと考えている。

 若い頃から名将で、長きに渡って甲子園に行けるチームを作り続け、当たり前のように優勝候補と呼ばれる。

 その中で自分の欲はどんどんと消えていった。

 今あるのは選手たちに、全ての力を出し切らせて勝ちたいという気持ちだ。

 ガツガツと勝ちにいくのが悪いなどとは全く思わないが、老境にかかった松平だからこそ、原点に戻って選手たちを勝たせたいと思うのかもしれない。




 試合は1-1のまま延長に入った。

 両エース力投ながら、10回の表に大阪光陰が勝ち越しの一点を奪う。

 そこで追加点を取られることなく、水野は最小失点で抑えて、裏の自軍の反撃を祈る。


 しかしここから真田が、予備タンクから燃料を引き出したのか、延長なのに150kmを投げてきた。

 ぎりぎりまで追い込まれてからの最速更新に、ベンチもスタンドも盛り上がる。

 球速というのは分かりやすい強さだ。

 だが単純な150kmなら、帝都一のスタメンならば、マシンでいつも打っているのだ。

「150kmを投げたのは別にすげえことじゃねえぞ。ただ応援が調子に乗ってるのだけが問題だ」

 松平はこんな時でも、追い込まれたからこそ選手の尻を叩きにかかる。

「ストレートで150kmが出たからって、それで調子に乗るなら狙って行け」


 ワンナウトから左打者へ、真田の必殺のはずのスライダーが、失投でデッドボールとなった。

 下位打線のここからは帝都一も代打攻勢で、一点を取ってさらに逆転を狙う。

 代打の狙いが当たり、ワンナウト一三塁。

 内野ゴロや外野フライでも、とりあえず同点になる場面だ。

 さらに代打を送ったが、これがセンターが前に出て捕球するフライで、慌ててランナーは塁に戻る。さすがにタッチアップ出来る距離ではない。


 ツーアウトだが一三塁は変わらず、長打が出れば逆転サヨナラだ。

 さらなる代打攻勢で、帝都一は追い込まれながらも、同時に真田を追い込む。

 右打者に対してスライダーを投げるか、それともストレートで押してくるか。

 延長になってからはストレートの勢いに任せて、スライダーを投げてきていない。

(ここでストレートで押してくるようなら、一発逆転はあるぞ)

 一球目のストライクを見逃す。やはりストレートを投げてくる。

 そして二球目をフルスイング。


 深めに守っていたセンターが、さらにバックする。しかし高く上がりすぎたこともあって追いつく。

 キャッチアウトでゲームセットだ。

 準決勝の第二試合は、大阪光陰が勝利した。

 去年の夏、神宮と続いて、三大会連続で、決勝は大阪光陰と白富東の対決となった。




 負けた。

 悔しさに肩を落とす選手たちの中で、松平だけは違う感じの焦燥感を抱いていた。

 そしてそれは試合後のインタビューを終えても消えない。

 大阪光陰の選手を捕まえて、木下のところへ案内させる。


 負けたチームの監督が、勝ったチームの監督のところへ。顔見知りの二人ではあるが、このタイミングはなんなのか。

 松平は少し木下の手を引いて、誰にも聞こえないように囁く。

「真田、病院に連れて行け」

 木下はただ頷く。分かっていたのか。


 あの場面でピッチャーを交代するのは勇気がいっただろう。負ける確率はかなり高かった。

 だが自分なら、絶対に代えていたと思う松平である。

 いくらストレートが走っていたとは言え、真田がスライダーを投げないのはおかしいのだ。

 あのデッドボールとなった失投。あるいはその前の一点目の原因となったすっぽ抜けから、兆候はあったのかもしれない。


 試合は終わり、大阪光陰は確かに勝者となった。

 だがどうにもすっきりしない終わり方である。

 他校の選手の心配などをしてしまった松平だが、あとは木下の仕事である。

 素質ある選手は敵であろうともったいないと思ってしまう松平だが、ここでもう自分がやるべきことは何もない。

「よっしゃ! じゃあ夏の準備をするか!」

 大きな声を出して、選手たちと共に甲子園を去る松平であった。

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