第18話 春の戦い

 練習試合禁止期間が終わり、わずかな練習試合を入れた後に、白富東高校野球部員プラス数名が、甲子園に向かって出発する。

 今年はしっかりと現地での練習試合も充分に確保している。春であるし、投手の多い白富東だからこそ出来ることだ。

「なんや……主力なくなったのに無茶苦茶強いやん……」

 地元では県ベスト8レベルのチームの監督が、五回で既に九点差という事実にびびっている。

「監督さん、せやからあっちの中軸、甲子園で放り込んでるの四人もいるんやで?」

 高校通算ホームラン数は、練習試合も含まれているし紅白戦もあるためアテにならない。

 だが一年の夏に出場して、ホームランを打っている二年が三人もいるし、その後のセンバツでも甲子園でも、白富東は得点力の高いチームだ。

 白石大介の決定力と、佐藤直史の完封力が高すぎて目立たないが、全国レベルで見ても強打のチームである。


 この試合も先頭打者にホームランを打たれ、その後にも計三本のホームランを打たれている。

「けどピッチャーがなあ……」

「せやから甲子園で八回までパーフェクトやってたから」

 五回までで九奪三振。しかも明らかにまだ手を抜いている。


 春の大会は投手有利と言われているが、球速はまだ出にくい。

 だがこちらでこっそり測っている限りでは、150kmオーバーをバンバン出している。

「長男とは全然違うタイプやな」

「言うてもあっちも140kmは出してたけど」

 あえて誤解を恐れずに言えば、直史は必要最低限の力で試合を完封していた。

 本気で投げた試合など、それこそ投手戦になった試合ばかりだろう。

 比べれば武史は、まだ八分で投げる温存が上手く行っていない。

 まあそれは夏までに身につければいいことだ。


 途中からはトニーがマウンドに立つが、205cmの身長からオーバーハンドで投げられる150km近いストレートは、やはりまともには打てない。

 縦のスライダーなどを使われたら、その落差はさらに激しくなる。

 だがまだ時々フォアボールが出るのが、これからの課題だろうか。


 こんな練習試合を四回行って、白富東はセンバツ本番に臨むことになった。




 センバツの試合がありがたいのは、決勝までの相手がある程度分かっていることだろう。

 夏の場合は準々決勝からはどこと当たるか分からないため、投手の温存が勝負を決めると言ってもいい。

 だが酷暑による体力の削りあいがない春は、投手の出来が試合を決める場合も多い。


 そして白富東は、割と楽そうな相手と戦うことになった。

 もちろんセンバツに出てくるからには、本当に弱いチームなど21世紀枠ぐらいであろう。

 ただそういったチームは情報もあまりないため、ぶっつけ本番で戦わなければいけないこともある。

 甲子園出場チームが確保して練習しているグラウンドへは、コーチや研究班が足を運んでいるが、どれだけの分析が出来るか。

「この大会のテーマの一つは、どれぐらい正面突破で敵を倒せるかだ」

 秦野は今のチーム力なら、大概の相手は真正面の野球で倒せると考えている。

「細かい戦術とかは、まあごく限られたチームに対するものだな」

 センバツは秋の大会のデータはあまり役に立たないと言われている。

 もちろんだからといって、戦術を何も考えないわけにはいかない。


 おおよそライバルになりそうなところは、雑誌などでも特集されている。

 大阪光陰、帝都一。この二つはやはり最大の障壁であろう。

 ラッキーなことにこの二校は、勝ちあがってくれば向こうの山の準決勝で潰し合う。

 だからと言ってセンバツが、そうそう弱いところと当たるはずもない。


 一回戦の相手は静岡県代表の東名大駿河。

 またも東名大系列である。去年の夏にも出場して、城東と二回戦で当たって敗戦していた。

「まあエースと四番に気をつければ、まず負けることはないと思うけどな」

 そしてそれに勝てば、おそらく次は仙台育成。

 準々決勝は微妙だが、桜島か名徳が上がってくるか。

 そして準決勝も微妙ではあるが、明倫館には要注意だろう。




 白富東というチームの特徴を、秦野は二年目にしてつかんでいる。

 もっとも高校野球のチームは長くて二年と五ヶ月しかなく、それで選手は入れ替わる。

 以前に神奈川でやっていた頃は、限られた戦力からいかに力を引き出し、そしてそれを運用するかが課題であった。

 それに比べると白富東は、個性の強いチームである。


 その個性は実は、大阪光陰などと似た部分がある。

 ずっとプロ野球選手を輩出し続けている大阪光陰であるが、基本的にはエリート軍団であり、お山の大将でここまで生きてきた選手が多い。

 それが徹底的に選別された高校野球では、チームの中では埋もれてしまうことがある。

 スカウトの段階で既に選別されている。大阪光陰は基本的にスカウトの選手しか野球部に入れない。

 そんな能力の高い、そしてプライドの高い選手が上手くまとまれば、かつてのように春夏連覇などということも出来る。

 皮肉にも今年の大阪光陰は、春夏連覇をした時のチームよりも強いだろう。

 白富東に負けたことにより、選手のエゴよりも団結して覇権奪取を狙っているからだ。

 そして中心となる選手が、真田と後藤だろう。


 白富東は生徒であれば誰でも野球部に入部は出来る。

 だが能力のない者、純粋に野球がしたいだけの者は、研究班に分けられる。

 一軍二軍などといったものではなく、野球を勝つために楽しむか、野球そのものを楽しむかの違いだ。

 本来はそういった分け方ではなかったのだが、この二つに分かれた状態が、秦野にとってはチームを作りやすい状況になっている。

 倉田と鬼塚を中心に選手たちはまとまっているが、その中でマイペースを崩さないのが武史とアレクである。


 本当に強いチームは、一致団結しているチームではない。

 もちろん全体が団結しているのは前提で、その中から飛びぬけたプレイをする者が必要なのだ。

 そしてそれを団結している者たちが、排除することなくフォローする。

 真面目な部分を倉田が担当し、全体を勢いづけることを鬼塚が担当し、そして武史とアレクはどこかマイペースでありながら、超絶的な記録を残す。

(しかしアレクはともかくタケのやつ、プロに行くかどうか決められないのかねえ)

 秦野としては武史は、直史など比べ物にならないぐらいの、才能の無駄遣いだと思っている。




 直史はなんだかんだ言いながら、野球というスポーツは好きだったのだ。

 ただゲームとして好きなだけで、ピッチャーとしてのエゴは持っていたが、それよりもはるかにチームの勝利を優先させていた。


 武史は野球で勝つのが楽しくて、人気者になれるからやっているだけで、あまりそこに執着心を感じないのだ。

 それでぽいと投げた球が150kmを余裕で超えるのだから、才能というものは残酷である。

 もっとも本人はあまり努力と認識していないが、しっかりと基礎的な努力はしている。

 おそらく本人に聞けば、直史の真似をしているだけとでも答えるのだろうが。

 直史もあれは、勝つためにやるべきことをしているだけと言って、努力などとは思っていなかった。

 そのくせ自分の肉体が万全のパフォーマンスを発揮出来ないことを、何よりも恐れた。

(ああいうのをプロ意識って言うんだろうけどな)

 誰よりもプロ意識の強かった直史が、プロに行かないのは面白いところではある。


 武史が本気になるのは、兄たちに引っ張られた時を除けば、応援されている時である。特に女の応援が顕著だ。

 直史は長男気質で、自分が投げねば誰が投げる、と考えているむきがあったものだが、武史が投げる理由は応援してくれる誰かのためだ。

 一年生の時の話を聞くに、武史とイリヤは、何か運命的なもので絡み合っているような気がする。

「でも最近はなあ……」

「え? なんですか?」

 スコアラーとして入っている文歌だけが聞こえたらしい。

「いや、タケのやつはモテるなって話」

「それ試合中に考えることですか?」

「すみません……」


 だが秦野がそんなことを考えてしまうのも仕方がないだろう。

 回は既に九回の表ツーアウト。

 スコアは12-0となっていて、これまで打たれたヒットはわずかに三本。そして四球は一。

 ただし七回から武史が投げていて、これで八連続三振である。

「ットライスリー! ゲームセッ!」

「終わりましたね」

 パーフェクトリリーフは直史や岩崎もしたことはあるが、リリーフで全て三振でアウトを取ったことはないのではなかろうか。

 球数にしてわずか29球。


 トニーが三回までを投げて、淳が六回までを投げて、そして〆がこれである。

 武史は先発型のピッチャーであり、リリーフには向いてないのだ。そのはずなのだ。

 事実今日の最速は、自己最速ではない154kmである。

「ストレートとナックルカーブだけでこれって、どうなんだ……」

「いいじゃないですか、勝ったんだから」

 文歌は冷静であるが、これでまた周囲は騒ぐことになるだろう。

 まあ苦労するのは主に高峰なのだろうが。




 試合後のインタビューでも、秦野としてはあまり話すことがない。

 神宮での敗北以来、白富東の野球ガチ勢は、大阪光陰ぶっ殺すモードに入っている。

 ジンたちから上の世代が見れば、最初のセンバツ後の自分たちを見るようで笑えたらしいが。


 試合に関しては確かに秦野も事前に緻密な計算をしているが、どうやら単なる全国レベルのチームでは、この勢いをどうにかすることは出来ないようである。

 相手の嫌がることを徹底的にやって、七回までに12点も取ったのだ。

 そこから武史が奪三振ショーという名の公開処刑をしだしたので、熱が冷めて淡々と試合を終わらせたが。

 アレクが5の5で出塁し、鬼塚が二本のホームランを打ち、打線爆発の21安打であった。

 まあ甲子園ではもっとひどい試合もあったのだから、東名大駿河の皆さんには野球をやめずに夏を目指してほしい。


 しかし何気に、淳もパーフェクトリリーフなのである。

 トニーの縦スラがまだ未完成で、それをぽっかりと打たれることが多かったのだが、その後の打者をしっかりと打ち取ったため、結局点にはつながらなかった。

(新入生は左ピッチャーだけど、こんだけ左が集まってくる学校も珍しいよな)

 とにかく今日は選手たちの殺意の波動をそのまま発散させたので、次の試合はちゃんと手綱を握らないといけないだろう。

 消耗がそれほどでもないセンバツと言っても、ピッチャーはちゃんと壊さないように運用しなければいけない。




 宿舎へのバスに乗り、武史はご機嫌でスマホを操作する。

 返って来たメッセージを淳に見せる。

「淳、トニー、権藤さんも二試合目からは応援に来るってさ」

「よし」

 万歳するトニーと、控え目にガッツポーズをする淳である。


 そして明日美が来るということは、当然恵美理も来るということだ。

 どうやら恵美理の家の別宅が京都にあり、そこから甲子園まで繰り出して来るそうな。

 知ってはいたが、やはりお嬢様である。


 武史よ、ゲームなら簡単に攻略出来るかもしれないが、現実では厳しいぞ。

 付き合ってエロいことをすれば終わりなわけではなく、現実はそこから結婚などに持ち込む必要がある。

 受験や就職というクソイベントをこなした上で、子作りまで至ればそれはもう恋愛ではなく生活である。

「タケ、お前将来のこととか考えてるのか?」

 秦野は問う。甲子園の開催中に聞くようなことではないが、これぐらいで何かが狂うような繊細さは持っていないだろう。

「あ~、プロとか大学っすよね? 高校からいきなり働くのは嫌だな~とか考えてるんですけど、俺にも大学からの誘いとかないんすか?」

「山ほどあるぞ、バカたれ」

 秦野としてはそう言うしかない。直史は全く心配はいらなかったが、武史にはどこか、次男坊の甘えがある。

「プロに行くにしても大学経由の方法はあるしな。ぶっちゃけナオと同じとこからも誘いはあるぞ」

 普通のチームであれば、こんなことは秦野は明け透けに言わない。

 だが白富東はいろんな意味で普通ではない。


 武史は考える。

「兄貴がプロに行かなかった理由って、通用しないからじゃないんすよね?」

「確実性の問題だろうな。ナオのやつは体質からして、プロで一年間働くのはきついと思ったのかもな」

 もっと単純に、野球で食べて行くつもりがなかっただけなのだが。

「じゃあ俺も兄貴のとこに行こうかな。東京だし」

 軽いな、おい。


「監督、俺にはなんか話ないんすか? 社会人とかで」

 鬼塚も勢いで聞いてくる。こいつは絶対に大学からは声はかからないだろう。

「社会人なら山ほどあるぞ。プロもけっこうついでに見ていく人多いからな」

 プロ球団の目的は、主に武史とアレクである。

 この二人の実力は、高校三年の春の時点で、ほとんどプロでも即戦力と見なされている。

 もっとも秦野からすると、もう少しだけ体を作った方がいいとは思うのだが。

 そしてついでに見ていくと、やはり鬼塚のバッティングや守備に目が行くのだ。

 さすがにアレクには負けるが俊足で守備範囲が広く、外野からの返球が正確だ。

 打力が高いのは言うまでもないが、二番を打っていたこともあるため小技も上手い。


 高校球児としては挑戦的過ぎる攻撃性は、大学野球では絶対に受け入れられない。

 実力的にはあと少し足りないような気もするが、それでも目をつけているだけなら球団関係者は多い。

 なお倉田は圧倒的に大学からの誘いが多い。

「僕はパ・リーグで25歳までプレイしてからMLBに行くよ」

 あっさりとアレクは言っているが、これはパの球団の方が、ポスティングをしやすい傾向にあるからである。

 そして25歳というのは、MLBでの年俸調停がこの年齢からになっているからだ。

 それまでは金額に合わない働きをしなければいけないというわけで、それならNPBの方がいいという考えである。

 アレクは能天気なキャラクターに見えるが、こういう部分ではシビアなのだ。


 白富東はいつから、こんなにプロをぽんぽんと輩出するチームになったのか。

 一年生でもトニーはNPBからMLBを狙っているようなことも言ったことがあるし、淳も大学からのプロ入りを目指している。

 孝司と哲平もこれからの成長次第だが、素質的には通用するものを持っているかもしれない。

「あんたら……今はセンバツ大会期間中なんだけどね……」

 文歌の刺々しい声に、押し黙る選手たち。


 しかし秦野としては、武史がそういう進路を考え出したのはいいことだと思う。

 次男坊特有の鷹揚さを持つ武史は、どこか危なっかしいところもあるのだ。

 秦野はあくまで監督であって、教師ではない。

 だが選手たちの未来を考えるのは、指導者としても当然のことだ。

(まあ今年、白石と岩崎が成績を残せるかが、けっこう後輩たちにも影響するのかもな)

 大会中であるのに、緊張感に欠けている一行であった。

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