第11話 左のエース

 武史と真田は一年の夏から甲子園のマウンドを経験しており、そして共に素晴らしい数字と、悪い印象を残している。

 武史は一回戦の桜島実業戦で、ぽこぽことホームランを打たれまくった。

 だがその途中からは150kmを連発して三振を取りまくり、一年生の左の150kmオーバーとして話題になった。

 真田は初戦で全国レベルの超強豪、神奈川湘南を相手に力投。

 世代最強打者と言われた実城を擁する神奈川湘南を無失点に抑えた。

 しかし準決勝で、大介に史上唯一の場外ホームランを打たれている。


 そして世間的には、真田の方が悪いイメージが残ってしまっている。

 甲子園唯一の場外ホームランを打たれて、大阪光陰の四連覇を果たせなかった。

 武史は逆に、一年生で150kmオーバーということで、ホームランを打たれまくった記憶は薄れている。試合にも勝ったのだし。

 本人が気にしていないというのもあるが、奪三振王としては明らかに真田より上である。


 さて、ピッチャーとは別の話で、両チームには素晴らしい打者もいる。

 やはり一年の夏から甲子園のスタメンとして出ていた、アレクと後藤である。

 アレクは長打もある一番打者で、塁に出たら積極的に盗塁も仕掛けてくる。

 切り込み隊長としては完璧な選手である。

 それに対する後藤も、甲子園では既に五本のホームランを打っている。

 走塁に関してはアレクに敵うはずもないが、長打と単打を打ち分けることの出来る、確実性の高いバッターだ。


 全体的にベンチメンバーまで見れば、大阪光陰の方が強いと測定出来る。

 だがスタメンに限れば、ほぼ互角か白富東の方が上かもしれない。


 結局のところはピッチャーだ。

 武史と真田。この二人の調子次第で、勝負は決まると言ってもいい。


 白富東が勝てば、史上初めての神宮大会連覇。

 大阪光陰が勝てば四大会制覇への、最初の一冠を奪取することになる。

 



 一日が空いて、ついに決勝戦。

 秦野の分析により、大阪光陰の状況はだいたい分かっている。

 主戦力は夏と同じ二年生で、一年で二番手ピッチャーでもある緒方というのが、ショートで三番に入っている。

 一年でスタメンなのはキャッチャーの木村とこの緒方だけで、他は二年生だ。おおよそ夏のベンチ入りメンバーである。

 そして真田が五番に入っている。ピッチャーに専念してもらうわけにはいかないらしい。


 白富東としても、真田の左打者に対する絶対的な制圧力を考えると、いつも通りの打順では得点は難しい。

 かと言ってアレクを外すのは論外であるし、哲平も守備での貢献が大きい。

 しかし哲平を下位打線に持っていくと、誰を二番にするかが困る。

 足の速さとバントの上手さなら佐伯を抜擢してもいいのだが、アレクはなかなか真田を打てていない。

 ランナーがいない状態で佐伯に期待出来るのはセーフティバントぐらいであるが、大阪光陰の内野陣相手にそれは厳しいだろう。

 何より佐伯も左打者である。


 赤尾、鬼塚、倉田、武史の右でそこそこ打てる選手をどう並べるかと、当たれば大きいトニーをどう扱うか。

 夏に真田に勝てたのは、直史が圧倒的な削り合いを制したからだ。

 真田を完全に攻略して、それで勝ったとは言えない。


 打ち崩して勝つ。

 それが出来る打者が、白富東にいるだろうか。

 様々な計算の果てに、以下の打順が作られた。


1 (中) 中村 (二年)

2 (右) 鬼塚 (二年)

3 (一) 赤尾 (一年)

4 (捕) 倉田 (二年)

5 (投) 佐藤武(二年)

6 (左) トニー(一年)

7 (三) 大仏 (二年)

8 (遊) 佐伯 (一年)

9 (二) 青木 (一年)


 この試合、点が入るとしたらホームランの一発の可能性が高い。

 なので長打の打てるトニーと大仏を並べて下位に入れた。

 サードの守備が大仏はそれほど上手いとは言えない。

 なのでその分もフォローしてもらうため、佐伯をショートに入れている。

 青木をラストに入れているのは、なんだかんだ言って出塁は期待しているからである。


 アレクが打ってくれれば、どうにかなる。

 そんな打順であるが、誰かのたまたまの一発で勝負は決まるかもしれない。

 対する大阪光陰のスタメン。


1 (中) 毛利 (二年)

2 (二) 明石 (二年)

3 (遊) 緒方 (一年)

4 (一) 後藤 (二年)

5 (投) 真田 (二年)

6 (三) 大野 (二年)

7 (右) 佐野 (二年)

8 (左) 南条 (二年)

9 (捕) 木村 (一年)


 試合の結果を見るに、佐野と南条は打率はそれほどでもないが、長打を打てる打者だ。

 上位陣は作戦を立てて得点を狙い、下位打線では一発を狙う。大阪光陰の狙いははっきりしている。

 外野の守りに関しては、それなりといったところだ。木下監督が組んだスタメンにしては、少し守備に不安が残る。

 一番危険なショートを任されるあたり、緒方への期待の高さが感じられる。

 もっとも秋の大会からを見れば、中距離打者としての信頼性が高いようだが。




 先攻は白富東。

 そしてこの攻撃の間に、既に武史は肩を作る。

 実際は投げるだけではなく、全身が温まってこなければ、第二段階にならないので、無理に肩だけを作る必要はない。

 序盤と中盤から終盤にかけて、ボールの軌道が変わっていくので、最初はそれなりでもいい。

 そもそも150kmを普通に打てる打者などほとんどいない。


 先頭のアレクはスライダーを嫌った。

 カーブを引っ張ったが大きなフライはファールとなる。

 そこからスライダーを連続で使われ三振。

 やはい左打者に対しては、真田は圧倒的に強い。


 ここから右の鬼塚と孝司も、ストレートの後のスライダーを差し込まれてスリーアウト。

 右打者に対してもあっさりと凡退させ、まず良いと言えるスタートである。


 対する武史も先頭の毛利には、ピッチャー真上のフライ。

 続く明石も高めに外した球を内野に打ち上げ、三番に入った緒方はストレートで三振を取った。

「なんなんですか、あのボール。見たこともないですよ」

 全国レベルでも、150kmを投げる投手は少ない。

 神宮の球速表示は152kmと出ていたが、単純に速いだけならマシンでいくらでも再現できる。

 豊田の150kmオーバーを知っている緒方でも、全く体感速度が違う。

「あれを打たないと全国制覇は出来ないからな。さ、守備集中」

 同じ一年の木村に言われて、緒方も頭を切り替える。




 大阪光陰とすれば、序盤に点を取っておきたい。

 肩が温まってきてからの武史のストレートは、明らかにホップ成分が多くなる。

 ただでさえ打ちにくいストレートが、ムービング系のボールとチェンジアップと合わさり、より効果的になってしまう。

 今どき珍しい先発完投型。

 だが高校レベルでは、確実に最も求められるタイプのピッチャーだ。


 二回の表の白富東も、倉田が外野フライで打った以外は、武史もトニーも三振した。

 トニーはともかく武史がスライダーで三振するのはあまり良くない。秦野もそれは分かっている。

(トニーは真田とは相性が悪いからなあ)

 基本的にブレーキングボールよりムービングボールの変化が主体となっているアメリカでは、真田のようなキレるスライダーを打つ機会は少ない。

 ましてそれが高校レベルであると、対戦する回数などまずない。

 トニーは最初からストレート以外は捨てているが、それをすっかり見抜かれている。

 だがホームランバッターを置いてあれば、それだけでも相手に対するプレッシャーになると思ったのだが。


 しかし大阪光陰の攻撃も、武史を捉えることは出来ない。

 試合前からある程度肩を作っていたのもあるが、調子自体がいいのだ。

 完全に試合展開は投手戦になっている。


 真田がストレートとスライダーで三振を取れば、武史もストレートとチェンジアップで三振を取る。

 この試合に限って言えば、少なくとも前半は、真田の方が変化球のキレで多くの三振を奪っていた。

 両者共にパーフェクトピッチが続き、五回の表。

 今日は真田に合っている倉田だが、ライナーの打球はサード正面であった。


 そして武史が打席に入る。

 エース同士の対決としてはここまで互角。そして両者バッターとしても優れている。

(お互いにパーフェクトピッチって出来すぎだろ)

 左打者には圧倒的に強い真田相手なので、今日は右で当然打つ武史。

 だがその有利不利がなくても、真田が優れたピッチャーなのは間違いない。

 緩急をつけたカーブの後のストライクを振って三振。

 トニーも内野フライに倒れる。




 大阪光陰もその裏、四番の後藤から。

 真っ直ぐを待っていた後藤の打球が右中間を破り、この試合初めてのヒットとなった。

 ノーアウト二塁で回ってくるのが、五番の真田。

 この試合は真田にまで打力を求めるほど、大阪光陰の木下監督も、打線をまだ組み立てきれていない。

(真田か……)

 バッターとしても一流なのは間違いない。スコアリングポジションで、真田に回るというのは間が悪い。


 集中して投げた武史のボールを、真田は意識的に叩きつけた。

 ホップ成分の多い武史の球を、上から断ち切るように。

 大きくバウンドした球を、ジャンプして右手で取った哲平が、そのまま一塁へ投げる。

 打者はアウト。だが後藤は三塁まで進んだ。


 ワンナウト三塁。

 ランナーの後藤はそれほど足は速くないが、スクイズや犠牲フライでの得点の可能性はある。

 内野ゴロに備えて、内野は前進守備。

 しかしここで木下監督は、大きな手を打ってきた。

 ランナー後藤に代えて塙。そしてバッターも代打の大塩である。


 四番バッターに代走を送り、そして府大会や近畿大会では、三打数三安打二打点の、代打の切り札の投入。

 まだ五回であるが、ここを勝負と見てきたのか。

 白富東もタイムをかけて、確認をする。ベンチからも大塩についてのデータが出てきた。

 アベレージヒッターだ。長打を打てるタイプではない。

 それに木下も、三塁に進むまでは後藤に代えなかった。


 わずかではあるが迷いがある。

 だがランナーが三塁まで進んだことで、腹を決めたのだ。

 ここで一点を取るための打者。そして走者。

 真田は夏の大会、白富東に大介がいた打線から、15回を完封している。

 この一点で勝敗が決まるかもしれない。

「三振、内野フライ、サード正面の速いゴロ」

 倉田がまとめる、ここで許されるパターン。

 ゴロは都合よくコースが決められたものではない。つまり三振か内野フライ。

「低めは見せ球にして、高めのストレートを振らせよう」

 武史のストレートの軌道なら、代打で初めて見る選手には、ミートするのは難しいはずだ。


 ここで伝令に出された曽田は、実はベンチからの指示を問われれば、敬遠しろと伝えるはずであった。

 だがグラウンドの選手たちは、勝負と決めている。

 危険ではあるが、ここは確実に一点もやらないためには、満塁にしてしまうという考えもある。

 そうすればフォースプレイでアウトに出来る。長打を打たれれば試合は決まるが。

 ここでそのリスクのあるプレイを選択出来ないのが、今年のチームの欠点だと秦野には分かった。

(センバツの時みたいな一か八かの手が、選手では打てないか)

 もっともあの時は、そもそも采配を握るのがジンとシーナであったからでもあるが。


 代打の切り札との勝負を、バッテリーは選んだ。

 ここで武史がどういうボールを投げられるかも、秦野の関心どころである。


 高めのストレート。

 スピンのかかったボールを大塩は空振りする。

 確実にストレートを狙ってきた。ここで直史なら、変化球の選択肢が取れる。あるいはスルーで空振りをさせるか。

 武史のストレートは、まだ分かっていても全く打てないというレベルには達していないだろう。

 二球目は低くボール球になり、そして三球目。

 やはり高め、インハイのストレートを、大塩は振り切った。

 レフトへの打球。フライとなって、トニーはやや後退する。


 あの位置からは、後藤の足とトニーの肩を考えれば、タッチアップは出来なかったろう。

 キャッチしてから全力のボールが返球されてくるが、わざわざ代走に出ていた塙の足の方が速い。

 追いタッチを抜けて、手がホームベースに触れる。

 大阪光陰が一点を先取した。

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