第10話 三人のエース

 神宮大会二回戦が終わり、ベスト4に残ったのは、白富東、帝都一、大阪光陰、仙台育成の四校。

 SS世代の活躍で急激に力を付けた白富東を除けば、他のチームは甲子園常連の名門校ばかりである。

 仙台育成も神宮大会では優勝経験があり、帝都一も何度も優勝しており、大阪光陰は実は一度しか優勝がない。

 おそらく甲子園で戦う時とは別の、観客層の違いも関係しているのだろう。


 この中には、ドラ一候補の投手が三人いる。

 白富東の武史、大阪光陰の真田、そして帝都一の水野である。

 自分がドラフトの候補だのということは、武史には実感がない。

 来年プロの世界で大介が活躍すれば少しは分かるかもしれないが、そもそも武史は野球がそこまで好きではない。

 ふざけるなと言われるかもしれないが、武史にとっては兄たちと一緒にプレイできれば、どんなスポーツでも良かったのだ。スポーツである必要さえなかったのだ。

 だがここまで続けてしまうと、ある程度の愛着も湧いてしまうのも確かなのだ。


 それに何より、モテる。

 野球部のピッチャーというのは、なんだかんだ言いながら、あらゆるスポーツの中でも花形だろう。

 少なくとも日本ではそうであり、エースは四番よりモテる。

 まあ大介は三番だったし、熱烈なちびっ子どものファンレターは、直史よりも多いらしいが。


 この大会が終わったら、真剣に考えてみよう。

 どうせ人間誰だって、高卒なり大卒なり専門卒なりで、自分の仕事を決めることになるのだ。

 今の自分の実力を考えて、将来のことを考える。

 17歳で決めるのは早すぎることはないだろうし、人生はいくらでもやり直せるのだから。




 この数年の高校野球界は、後から見ればおかしな現象だったと言われるのかもしれない。

 163kmを投げる鉄腕ピッチャーから始まり、場外ホームランを打つスラッガー、決勝でパーフェクトをするエース、これが続けて出てきたのだから。

 帝都一の松平としては、そんな化物世代がようやく終わったと感じる。

 そしてこの水野の世代かその次で、久しぶりに全国制覇が出来そうだ。

(いや、そんなこと言ったら贅沢か)

 帝都一は上杉を倒して、全国制覇を成し遂げたチームの中の一つだ。

 本多をはじめドラフト上位にかかりそうな選手が三人もいて、二人が一位指名されたあの年が、間違いなく一番強かった。

 それでも春日山や白富東など、それ以上の化け物がいただけで。


 ただ白富東の佐藤家の次男も、あれはあれで素質の怪物だと思う。

 小学校時代は学童野球をやっていたらしいが、中学では完全に野球から離れていた。

 それが高校生になってみれば、一年の夏で150kmオーバーを出すのだから。

 今はMAX156kmであり、しかも150kmオーバーを安定して投げてくる。

 大きく変化するタイプの変化球を一つ使えるようになれば、おそらく止められない化物になる。


 この神宮が終われば、オフシーズンになる。

 センバツまで四ヶ月。高校生が成長するには充分な日々だ。

 頭から嫌な予感を振り払いながら、松平は試合に集中する。




 先制したのは先攻の帝都一。

 立ち上がり武史がコツンと弾かれた先頭打者がヒットで出て、そこをバスターで奇襲しノーアウト一三塁。

 三番を三振にきったものの、四番を歩かせてしまい、満塁で五番の水野。

 ライトフライを打ち上げられてタッチアップと、あっさりと一点を取られた。


 その後は問題なく切ったものの、あまりにも呆気ない失点である。

「気合入ってねえぞ」

 鬼塚ががしがしとグラブで殴りつけてくるが、武史もその顔を喉輪で遠ざける。

「うっせ。まあ二点以上取ってくれよ」

「ったりめえだろ」


 そう言ったものの白富東は、先頭打者のアレクが出たものの続く哲平と孝司はファールフライと内野フライに倒れて、鬼塚もショートフライに打ち取られた。

「ナイスバッティン」

「うっせ。次だ次」

 武史も水野のスペックは知っているので、そうそう点が取れるものではないと分かっている。

 ただ水野はごく普通の、高校生らしい特徴を持っている。

 投げれば投げるほど、球威は衰えていくのだ。


 武史の場合は、そこがおかしい。

 50球ほど投げて肩が温まってからが本番だ。

 ただし200も300も投げられる直史のような化物というわけではなく、その一番のスペックで投げられるのは、150球程度までである。

 最初から肩を作っていては、限界が早く来てしまう。

 相手の力量を見定めた上で、最初から肩を作っていくか、試合の中で調子を上げていくかを考えなければいけない。

 今日の場合は明日の決勝も考えて、調子を上げていく方を選んだ。




 先制点を取られたとは言え、武史はそこまであせったりはしない。

 自軍の打線は信頼しているし、水野は球速以外は劣化直史である。

 投球のバリエーションは真田より多い水野であるが、それでも白富東で言うなら、絶対値が低い。

(あとはどれだけ抑えていくかだな)

 二回の表は三者三振で抑えた。


 そして二回の裏は、武史にも打席が回ってくる。

 こと打撃に関して言えば、武史は明らかに兄よりも数字がいい。

 一年の時は四番を打っていたことも多く、大舞台で決勝打を打ったこともある。

 それに何より、水野のような投球の組み立てで勝負してくるピッチャーには強いのだ。


 兄ならばどう投げてくるか。

 わずかなキャッチャー経験を活かして、相手の投球を読む。

 ここでもヒットを打ち、塁に出ることに成功した。

 だが後続がつながらず、併殺でチェンジ。




 一回の表を除けば、投手戦と言える。

 だが観客も段々気付いてきた。

「ットライ! ッターアウト!」

 武史の奪った三振。

 一回の表の最後の打者から数えて、10連続三振。

 しかもそのうちの八人はバットにボールが当たることもなかった。


 トップギアと言うのも違うし、フェイズ2と言うのも違う、この段階の武史のストレート。

 球数はまだ40球。しかし第二段階に入ってきた。

 それはひょっとしたら、心の底にある水野への対抗心によるのかもしれない。

 帝都一は初回に得点するべく粘ってきていたが、それで球数を投げて、肩が温まってきた。

 あちらのベンチ、特に野手陣は蒼白である。


 ここから追加点が入ることはないかもしれない。

 だが一点もやらなければ勝てる。

 水野も投球術を駆使して、白富東の強力打線を封じてくる。

 進塁打がほしいところで三振。

 どうにかして塁に出たいと思ってもゾーン内でゴロを打たされる。

 ゾーンから外に外れていくボールを振らされて凡退など、確かに水野は上手い。


 だが武史も、八分の力で155kmを出していく。

 神宮球場の球速表示に、地元帝都一応援の観客さえ、歓声を上げざるをえない。

「おいおい、どうなってんだ」

 五回が終わった時点で、武史は13連続三振を奪っている。

 イニングが進めば進むほど、打てなくなってきている。かすりもしない。

 どこぞの県代表のレベルのチームではなく、全国制覇を狙う帝都一が、である。


 まるで左の上杉か。

 いや、上杉ほどの圧倒的な球速はない。球速で比べるなら本多だろう。

 だが本多は確かに球威で差し込むことはあっても、こんなにあっさりと三振は取っていなかった。


 原因と言うか、理由は分かっている。帝都一は単純に強豪というだけでなく、上に大学野球部を持つ分析能力も高いチームだ。

 武史は体が温まってくると、フォームがわずかに沈み込み、ボールの軌道が変わってくるのだ。

 より地面と並行に。だからホップするように見える。

 理屈は分かる。分かるのだが、脳がそれを拒否する。

 それでも才能に溢れた帝都一の、特に上位打線は、どうにか連続三振記録は途切れさせた。

 ピッチャーフライでアウトになった時、球場全体から溜め息が洩れた。




 そして七回の表、珍しく先頭打者の哲平を塁に出した水野は、やはり少し動揺していたのだろう。

 三番の孝司へのボールは、やや甘いものだった。アウトローのストレートを上手く弾き返し、フェンス直撃のタイムリーツーベース。

 ここで白富東が追いつく。

 四番の鬼塚にも連打を浴びて、ノーアウトで一三塁。

 ここで倉田が外野奥に犠牲フライを打って、このイニングで逆転に成功したのであった。


 七回の裏。四番からの打順に、武史は力で押していく。

 肩や肘に力を入れるのではなく、左足で強くプレートを蹴り、指先でボールを切るようにリリースする。

 打席から見れば、明らかにホップする軌道。

 もちろんそれに目がついていかず、スピードのあるスライダーやスプリットを見た時のように、ボールが消えてしまうように見えるバッターもいる。

 ベンチなどから見ていれば、さすがに消えることはないのだが、ボールの軌道がおかしいことは分かる。


 ピッチャーマウンドは高いのだから、そこから投げられるボールは当たり前だが落ちてくる。

 その落差を高身長のピッチャーは使うわけであるが、軌道が平均から逸脱していれば、落ちてくるようなストレートでも、浮き上がるようなストレートでも、打てないのは同じである。

 逆転され、こちらのバッターがことどとく三振に取られていっても、水野の精神は集中を保つ。

 

 だが八回の表、ツーアウトからのアレク。

 狙い球を絞って、フルスイング。ライトスタンドに突き刺さるホームランによって、点差が二点に開いた。




 二点差があれば大丈夫だろう。

 そう考えた武史と倉田のバッテリーは、少しずつボールを動かしていく。

 140km台のムービングファストボールだが、これは打たせて取るためのボールである。

 種類としてはカット、ツーシーム、小スプリットの三つであり、カットとあまり変わらないスライダーがある。

 そして割と落差のある高速チェンジアップ。


 ストレートと違い、やや制球は甘くなる。

 だがその甘さを見て下手に打っていくと、手元の変化でゴロを打つことになってしまう。

 時々ストレートを混ぜると、空振りか内野フライになる。

 はっきりとした遊び球は使わず、ひたすらボールの力で圧倒する。

 九回の裏まで、どんどんと試合は進む。


 二回以降はパーフェクトピッチング。

 それも毎回奪三振どころか、ほとんどのアウトが三振。

(負けた)

 ベンチの中に座り、水野はマウンドの武史を見る。

 一年の春から公式戦に出ていた、佐藤直史の弟。

 七光りという言葉もあったが、単純に白富東はその当時、選手層が薄かったのだ。

 そして夏の甲子園、桜島相手にホームランを立て続けに打たれたが、150kmオーバーを記録。

 本多や榊原がいたからというのもあるが、水野が公式戦に出られたのは一年の秋からである。


 現在の評価では、クレバーなピッチングをするという水野の方が、いざという時には安定していると言われることもある。

 だがそれはあくまでも技術の話であり、パワーの絶対値は全く違う。

 水野はまだ150kmが出ない。体格からしてもう少し鍛えれば出るだろうとは言われているが、無理に球速を求めず、コントロールとコンビネーションを磨いてきた。

 幸いと言うべきか、すぐお隣の県に、ほとんど140km以下のスピードで、ノーヒットノーランを連発する投手がいた。


 水野の目指すピッチャーは、佐藤直史である。

 その弟はどちらかと言うと、上杉勝也に似ている。

 高校ビッグ3などと言われている真田も、まだ球速は150kmには達していないと聞く。

 だが真田にはあの高速スライダーがあり、緩急を取るためのカーブがあり、技巧派に見えるが実はパワーピッチャーである。

 プロを目指す水野としては、センバツまでにはさらにもう一段階のレベルアップは必要だと考えており、この試合の展開は素直に受け止めるしかない。


 九回の裏、武史は遠慮なくストレートとムービング系の球で打者を凡退させていく。

 そして最後には、三番の土井に対して、全て150kmオーバーのストレートを連発。

 最後の一球が今日の最速というおまけがついて、3-1で決勝への切符を手にした。




 大阪光陰はそれを見ても、動じたりはしない。

 一年の夏から甲子園で投げていたのは、真田も同じである。

 あの時点では明らかに、真田の方がピッチャーとしては上であった。

 しかし明確にその差が縮まっていると感じたのは、二年の夏からだろう。


 春日山戦に、八回までほとんど完璧な投球をした。

 センバツでも早大付属と明倫館相手に、圧倒的なパフォーマンスを演じた。

 ただ終盤にピンチを迎えることが多かったのが、エースとしての条件を満たしていなかった。


 だが上が引退してからは、兄のように最後を〆るリリーフもして、先発では完投している。

 上に頼って力を発揮していなかった人間が、いよいよ自分が引っ張っていくようになって、力を発揮しているという形だ。

 のびのびと投げてるな、と真田は思う。

 だが一年の夏から、甲子園で完投をしてきた真田にとっては、チームに対する責任感に欠けているように思う。


 あいつにだけは絶対に負けない。

 真田がそう思っているように、武史も真田に対する意識はある。

 兄と渡り合って投げた世代最高投手。

 おそらく夏が終わったワールドカップで、同じチーム、日本代表になる。

 武史にとっても、自分の実力を試す試金石。


 白富東と大阪光陰。奇しくも二年連続で同じチームが決勝を戦うのは、神宮の歴史においても初めてのことだった。



×××



 本日2.5に投下しています。

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