第6話 そして舞台は
マイクを前にして、パシャパシャと写真が撮られる。
だが大介は何かコメントをするわけでなく、岩崎の順番を待つ。
モニターの中でも外れ一位のドラフトは続いている。
一位指名までは完全に放送するが、途中からはネット中継に移行するはずだ。
外れ一位では上杉、島、井口が競合した。
大卒投手も競合して、そこからまたくじが引かれる。
岩崎は一巡目の指名はなかった。
一位指名の大滝とは準決勝で投げ合って勝っているし、二年の春のセンバツから評価は高かったのだが、さすがに球速が違うからか。
「神奈川も取るなら左の島だと思ってたんだけどな」
直史はぽつりと呟く。
この世代の最高のピッチャーは、150kmが投げられなかった。
だから大滝の球速にばかり目がいっていると、左腕を取らないのは失敗ではないかとも思うのだ。
去年は玉縄を取ったが、右投手は上杉がいる以上、去年なら吉村だったであろうし、今年なら島だと思うのだ。
二巡目の指名が始まる。
一巡目と違って二巡目は、去年のシーズン成績の悪かったチームが、セパ交互に指名していく。
そして岩崎の名前が呼ばれる。
「東京タイタンズ 岩崎秀臣 投手 白富東高校」
岩崎の希望通りである。
大介と同じチームではなく、対決することさえ多い同じリーグに入ってしまったが、タイタンズは人気球団であり、まず当たりと言っていいだろう。
タイタンズの一巡目は井口を獲得しているので、ピッチャーとしては大卒も含めて一番の評価ということだろう。
まあ今のタイタンズはFAで取ったピッチャーが活躍しているので、数年は二軍かもしれないが。
タイタンズは育成枠も多く、またFAで選手を獲得しにいくことも多い。
だからタイタンズに選ばれるということは、将来性を期待されているということでもある。
一年目からの即戦力というわけではないので、ある程度は気楽に出来るのではないか。
それに本拠地が東京なので、在京球団という条件は満たしている。
もっとも二軍の間は神奈川の寮に入って、すぐ近くの二軍グラウンドで練習することになる。
ジンにとっては岩崎には合っているのではないかと思えた。
タイタンズはライガースと同じく最古の球団であり、色々と厳しい独自のルールもあると聞く。
自由にやりたいとは思っていても、本質的にはルールを守る体質の岩崎にはいい環境だろう。
ちなみにジンが見る限りでは、大介はライガーズと合っていると思う。
関西人のお祭りノリに、大介ならテンションが上がると考えているからだ。
ドラフト中継はまだ続いているが、大介と岩崎はもちろん、秦野やジン、直史にもインタビューが来る。
もし入るとしたらどこが良かったか、などという今更ならがの質問も直史には飛んでくる。
「プロに行くつもりがないからここに座ってるんですけどね」
塩対応である。
大介と岩崎は、インタビューに応じながらも、ドラフトの続きを見ている。
自分と同期で入っていく選手たちへの興味がないはずはない。
もちろん高卒ではなく、大卒や社会人の選手も多く、名前を知らない選手もいたりする。
「大阪ライガース 大原和生 投手 栄泉高校」
「え?」
「え?」
体育館の中の何人かが、意外そうな声を上げた。
ライガースが四位で、千葉県で散々ぶちのめしてきた栄泉の大原を指名した。
育成ではなく四位。
確かに身体的なスペックは高く、コントロールの改善などでかなりの伸び代はあると思っていた。
それにしても四位というのは、割と高いのではないだろうか。
大阪光陰の豊田は三位で、レックスに指名されたりしている。
ピッチャーとしての能力は高いはずだが、岩崎よりも評価が低くなったのは、真田と出場機会を分け合ったからだろうか。
それを言うなら岩崎は、直史の次の二番手ピッチャーであったわけだが。
継投が評価に関係したと言うなら、去年の加藤と福島の大阪光陰の二人が、共に一位指名されたこととの説明がつかない。
ドラフトは知名度の高い一位などはともかく、二位以下は純粋に戦力として必要な要素を持つ選手が獲得されるはずだ。
今年のドラフトは何かがおかしいと思ったが、そういえば今年のドラフトは何かがおかしいと、二年前にも言われていた。
上杉勝也が10球団競合されたドラフトである。
上杉の放つ光があまりにも強すぎたため、ドラフトの指名順位や補強戦力が冷静に見れなかったと言われている。
今年の巨大なスターは大介であった。
投手の補強が最優先であるはずの球団も、やりようによっては外国人で埋められる。
だが大介の代わりはいない。
甲子園でもファインプレイを連発するショートであり、歴史に残るホームランアーティストであり、盗塁も決められるワールドカップのMVP。
近畿圏に取られてしまったというだけで、在京球団は悔しい思いをしているのではないか。
ドラフトも後半になると、当事者以外にはそれほどの興味もなくなってくる。
その中で少し気になったのは、大京レックスの八位指名である。
「大京レックス 金原海人 投手 石垣工業高校」
「え?」
「え?」
この戸惑いは白富東だけでなく、ドラフトの会場となったホテルでも同じような反応が見れた。
石垣工業の金原は、夏の甲子園で初戦の瑞雲を完封した、この夏まではほぼ無名であった左腕だ。
ピッチャーとしての能力は、春と夏でベスト8まで勝ち進んだ島と同レベルとさえ思われたが、肘の故障で相当に治療期間がかかるであろうし、あるいは再起不能ではとも言われていた。
だがレックスは指名した。
「お前、何か知ってるか?」
直史は隣のジンに問いかける。レックスならば鉄也が関係していてもおかしくはない。
だが彼の担当は東北地区のはずなのだが。
ジンは知っていた。父から聞いたのではなく、偶然であったが。
鉄也が都内のスポーツ医療機関に、金原を紹介した書類を、偶然に見てしまったのだ。
「手術の必要なしで、一年間はインナーマッスル鍛えて、再来年の開幕までには間に合いそうだってさ」
なるほど。
こういう隠し球があるから、ドラフトというのは面白いのだろう。
それにしても甲子園では明らかに故障していたが、どうやって隠して指名にまでこぎつけたのか。
プロ志望届が出ている以上は、他の球団に取られる可能性もあっただろうに。
「まあ故障持ちを育成ならともかく、八位とは言え指名するのは冒険かな」
ジンはのんびりと言ったが、色々と裏ではあったのだろう。
スペックだけなら金原は左の島と、ほとんど同じぐらいのものである。
万全の状態であれば一位指名もおかしくはないぐらいの素材だ。
それを下位指名で上手く取るのが、ドラフトの妙と言えよう。
大介と岩崎を中心に、何度となく写真のフラッシュが焚かれる。
岩崎としては同じリーグなので、正直に言うと手加減してほしいものだ。
紅白戦でも大介と対戦することは少なかった。
今さらであるが、大介と直史は違うチームに分けられていたと思う。
(そうか、そういうことか)
ジンにしろ、セイバーにしろ、秦野にしろ。
自分よりも、直史の方が上だと。
だが、舞台は変わる。
新しい舞台に、直史はいない。ジンもいない。
ここからが自分の、新しい野球人生のスタートになるのだ。
翌金曜日、大喜びの球団社長や編成部長が、白富東を訪れる。
岩崎の元へも担当スカウトはやってくるのだが、さすがに大介ほどのものではない。
プロになってしまえばあとは実力次第などと言うが、それは綺麗ごとである。
実際にはドラフトの一位と二位では違うし、その差は下位になればなるほど大きくなる。
簡単に言ってしまうと、与えられるチャンスの回数が変わるのだ。
球団としても高い契約金に貴重なドラフト順位を使って獲得した選手が、不良債権になってしまったら困る。
特に大介のように多球団競合ともなれば、もし育成に失敗した場合、他球団からさえ白い目で見られてしまうのだ。
ある意味ドラフト一位というのは期待を大きく背負った栄光の証であると同時に、すさまじいまでのプレッシャーに晒される立場なのだ。
もっとも大介にとって、そういった種類のプレッシャーは全く関係ない。
野球部部長として、高峰も当然ながら同席する。
そして大介はプロ志望のくせに、ドラフトから先のことを全く知らないことを露呈するのであった。
まあこれまで白富東の野球部は、一度もプロはおろか大学のスポーツ推薦ですら経験していなかったので、仕方がないとも言える。
だがその日程を聞いていって、大介よりもむしろ高峰の方が顔色を青くさせる。
「白石、お前今年のうちにちゃんと単位獲得しておかないと、来年の新人キャンプに参加出来ないぞ」
ショックを受けるのは、ライガース首脳陣も同様であった。
岩崎の場合はさすがに翌日ということはなく、土曜日に担当スカウトと編成部長がやってきた。
まず入団の意思確認と、岩崎のどこを評価したのかなどが語られる。
大介と違ってスムーズにこちらは進むが、色々と注意事項は多かった。
良く言えば細やか、悪く言えば神経質とも言えるような、細かい規則があるのである。
集合は決まりの30分前だとか、寮内やグラウンド内は全面禁煙だとか。
まあこれは高校生の岩崎には関係のないことであったが。
巨神の寮は神奈川県にあり、高卒の新人は必ずそこに入寮することになっている。
高卒は五年間、大卒社会人も二年間は入るのが原則決まっており、その寮についてはいずれまた見学してもらうという話である。
あとはずっと岩崎のことを見ていてくれていた担当スカウトの話などもされるが、やはり決定打となったのは、夏の準決勝で大滝と投げ合ったことらしい。
「精神力かな。準決勝の大滝君と投げ合って、冷静にピンチを処理していって、最終回でも150kmを出していた」
白富東は投手王国なので、岩崎以外にも投手はいる。
佐藤兄弟をほしいという球団は多かったろう。
だが実際に一番試合でたくさん投げていたのは岩崎なのだ。
「他にも150kmを投げる投手はいたけれど、高卒では一番安定感があったんじゃないかな」
岩崎としては大滝と上杉正也は、自分よりも上のピッチャーだと思っている。
そして才能という点では、このチームの中でも三番手だ。
だがそれでも、岩崎は選ばれたのだ。
「お世話になります」
ここからまだ、段階を踏んでいく。
しかしプロの門を叩いて、開いた。
この先へ進む覚悟は、岩崎には出来ていた。
白富東からは二人のプロ野球選手が輩出される見込みとなったが、この機会に聞いておきたいな、と思った者がいた。
今回岩崎を取ることとなったタイタンズの、関東担当のスカウトである。
大京のスカウト、つまりジンの父である鉄也と顔見知りである、ライガースのスカウト部長は、既に鉄也を通して真意を聞いている。
「佐藤君は大学を卒業したら、どこかに入るつもりはあるのかな?」
校内を動き回って、偶然にも出会えたので、その質問をした。
これも事前交渉の一種になる可能性もあるが、直史はプロに進む気は全くないので、平気で答えられる。
「僕は司法試験を受けたら弁護士になって、そのまま千葉に骨を埋めるつもりです」
ある意味プロ志望よりも強い、将来の意思を感じさせる言葉であった。
「プロには全く興味がないと?」
「そうですね。大学までは学業の傍らやってもいいんですけど、仕事をしだしたらそれも難しいでしょうし。ただ地元のクラブチームで細々とやっていくつもりはあります」
それはほとんど草野球と変わらないだろう。
大学野球で活躍するのは、おそらく可能である。
「けれど大学で野球をやるのに、司法試験も受けるのかい? それは大変だと思うけど」
「まあそれはそうです。だから特待生ではあるんですけど、ちょっと特殊な扱いにしてもらってますし」
「へえ。その内容って聞いてもいいかな?」
直史としてはもちろん、この詳しい内容は話せない。通常の野球特待生とは全く別の扱いだからだ。
「簡単に言うと、野球よりも学業を優先していいということですね」
関東の大学野球に当然詳しいスカウトは、それに首を傾げる。
大学野球というのはたいがい、強豪であればその生活の中心が野球になるものだ。
はっきり言って講義にまともに出ることも大変だろう。
「そもそも野球推薦だと法学部には入れないんですよ。だから必死で受験勉強してるわけで」
え、という顔をスカウトはした。
直史は早稲谷大学への進学を希望しているとは、普通にマスコミにも流れている。
六大学の名門であるから、そこで野球をすること自体はおかしくなかった。
しかし直史の話を聞く限りでは、受験をして自力で大学に入ることになる。
そう、直史の志望する法学部は、野球推薦の対象となる学部ではない。
だから直史は自分の学力を証明して、自力で入学してやっと、特待生扱いになるという道を選んだのだ。
ただしその条件の一つに、学業と資格取得を優先し、野球部への参加は任意という、ある意味野球推薦では全くない条項が入っている。
「……せっかく甲子園優勝投手になったのに?」
「どうせ司法試験に野球推薦はないですからね」
それが直史が、野球をしっかりしていて、恋人との時間も作って、なお勉強をしている理由なのである。
これは、高校球児ではない。
佐藤直史は、ピッチングスタイル以上に、その根底から異質である。
なんだかんだ言ってプロ球団のスカウトである野球畑の人間には、理解出来ない価値観であった。
×××
本日群雄伝に投下しております。お題は新人王です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます