第5話 運命のドラフト会議

 関東大会が始まった。

 最初の土日には一二回戦が行われて、次の土日には準決勝と決勝が行われる。

 白富東は割とあっさりと、最初の二試合を勝利した。

 一戦目は淳からトニー、そして武史への継投である。

 そして二戦目は武史が先発し、そのまま押し通した。


 スコアとしては5-1に6-0と、どちらも完璧と言っていい内容である。

 ビッグ4が卒業してなお強しというのが、周囲の見方になってきた。

 監督の秦野としては、もちろん試合に勝つのはいいことだ。

 それに武史がヒット二本の完封で相手圧倒してくれたのも、安心できる材料である。

 やたらと応援席に視線が行っていたのは、どうやら女子野球の皆さんが、応援に来てくれていたのが理由らしい。

 もっとも埼玉代表と戦った試合では、埼玉の新栄のメンバーは、そちらの応援に行ってしまったらしいが。


 女子野球になど全く興味のない秦野であるが、聖ミカエルのバッテリーにだけは注目している。

 二人とも本格的に野球を始めたのは高校からであり、そして権藤明日美は中核選手を抜いていたとは言え、白富東を完封した投手だ。

 また二人の一年生からホームランも打っている。

 女子選手が男子の140kmオーバーをホームランにするなど信じられないのだが、バットの反発力を考えれば、むしろ淳の変化球を打てたということの方が驚きなのかもしれない。


 女目当てであっても、武史がその気になってくれたのはありがたい。

(しかし神宮大会にまで進出したらどうなるのやら……)

 だがそれを考えるまでに、秦野はあまり関わりたくないが、それでも関わらざるをえないことがある。

 ドラフト会議だ。

 今年の白富東からは、白石大介と岩崎秀臣がドラフトの対象となっている。

 まず間違いなくどちらも上位指名されるであろうと言われており、秦野もある程度はその動向を知らされている。




 プロ野球のシーズン戦が終わり、クライマックス・シリーズが終わった。

 そしてこれから日本シリーズというその週末の前に、ドラフト会議は行われる。

 かつては昼頃から行われていたらしいが、ここ最近は夕方から行われ、指名された選手もされなかった選手も、一喜一憂したりしなかったりと、忙しい毎日となる。

 おそらく引退した三年生にとっては、高校野球最後のイベントと言えるだろう。ほとんどの選手には無関係だが。


 この日は講堂代わりの体育館を提供してもらい、集まった野球部および学校関係者が中継の開始を待っている。

 当然ながら関係者の中には、引退した三年生の野球部員も含まれる。

 本人が望めば主役の席にも座れたであろう直史は、チームメイトが指名された後のコメントをするべくジンと共に別にされている。

 後輩たちは終了後にすぐ練習に戻るため、監督と一緒にユニフォームのままだ。

 普段の秦野はユニフォームではなくジャージ姿が多いのだが、さすがに配慮したらしい。


 ドラフト会議の様子を投影するためのスクリーンが正面にあり、カメラマンや記者は大量にひしめきあっている。

 NPBのドラフトであるのに外国の記者まで来ているのが驚きである。おおよそ100人を超えるマスコミ関係者など、甲子園連覇を決めた時にもなかったことだ。

 ここまではアマチュアだった。

 しかしここからは明確に、金が動くプロの世界になる。その境界だ。


「ぶっちゃけ何球団競合になると思う?」

 直史の隣に座るジンが問いかけてきた。

「神奈川以外って大介は言ってるし、神奈川は今年も先発が足りなくなったし、大滝を指名してもおかしくないよな」

「上杉は? それに左の島とか」

「兄弟が同じ球団は、確かに話題にはなるだろうけど、右なら明らかに大滝の方がスペックは上だろう」

「けど上杉は甲子園優勝投手だぞ。しかも五期連続出場の」

「まあ頑丈ではあるけどな」

 直史の見解としては、神奈川が必要なのはピッチャーである。

 そしてピッチャーとしては、大滝よりも上杉の方を評価している。


 大滝は今年の夏こそベスト4まで進んできたが、それまでは故障がちでなかなか甲子園にも出られなかった。

 その分最後の夏は先発完投を多くしてきたが、一年の夏から甲子園のマウンドに立ち、兄の引退後はほとんど春日山のマウンドを託されてきた上杉の方が、スタミナはあるのではないかと思う。

 そのぶん上杉の方は勤続疲労があるかもしれないが、樋口が一緒でそんな無理をさせることもないだろう。

 絶対値は大滝の方が上かもしれないが、安定感は上杉の方が上。それが直史の評価である。


 実際のところドラフトは、まずピッチャーが優先される場合が多い。

 どの球団もピッチャーが足りないと言うのは毎年言われることであり、足りているはずの球団でもピッチャーは足りなくなるのが不思議である。

 だが大介ほどの突出した成績を残していれば、さすがに話は別だ。


 二人は大介から、結局指名されればどこにでも行くとは聞いている。

 だがやはり希望はあり、セ・リーグなら巨神か大京がいい。

 パ・リーグでも千葉か東鉄と言っており、出来るならばセ・リーグとも言っていた。

 しかしさすがに人間離れした成績を残したとしても、クジ引きだけはどうしようもない。


「ガンは在京球団希望なんだよな?」

「出来れば大介と同じ球団がいいとか言ってたけどな」

「まあ打たれるの嫌だしな」

 岩崎は大介と同じチームに行きたい、もしくは違うリーグがいいと言っている。

 なぜなら味方であればこれほど頼もしい打者はいないが、敵となるなら対戦機会の少ないリーグに行きたいという思惑だからだ。


 今年は高校生投手が大豊作の年だと言われている。確かにこれだけ150kmが出せる投手が揃った年は、見たことがない。

 大滝、上杉、島、豊田、岩崎、ブライアン、江藤、高杉が甲子園で記録している。ほとんどのピッチャーが大介にボロカスに負けているのは笑えるが。

 故障した金原や、地方大会ではあるが大原も記録した。もっとも大原はかなりボコボコに打たれたが。

 実績と実力からすれば、大滝、上杉、島あたりが外れ一位で競合しそうである。

 あと打者としては井口や大山、それと最後の夏に評価を高めた大谷などもそれなりに上位指名されるであろうか。

 そしてあまり気にしていなかったが、大卒やノンプロでも注目の選手はいるのだ。

 だがそれを加え、チーム事情を考えても、大介の評価が一番になることは当然である。


 時間となった。

 ドラフト会議が始まる。




 今年のシーズン最下位になったパ・リーグの球団から表示がされていく。

 モニターに映された画面には、各球団の監督をはじめとした首脳陣がいて、モニターをじっと凝視している。

 読み上げられるのはまず、白富東の地元の千葉ロック。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 いきなり来た。まあ千葉は確かに長打力不足ではある。それに大介の地元だ。

 今年はパ・リーグとしては織田が規定打席に達し、三割を打って30盗塁をしているので、ほぼ新人王が当確という希望があった年でもあった。

 そしてセ・リーグに代わって、中京である。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 連続である。まあ確かに中京も今年はシーズン得点ワーストだったので、点が取れる選手はほしいのだ。

 もっともここ最近は新人の育成が上手くいっていない傾向にある。

 続いてパ・リーグ。東北満点


「白石大介 内野手 白富東高校」


 三連続。競馬なら万馬券になりそうだ。

 東北は割と選手を一本釣りすることが多いのだが、ここは競合でも狙ってきた。

 確かにここも打力不足は言われるので、指名するのは全くおかしくはない。

 続いて大阪。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 またである。

 確かにライガースは主力が高年齢化してきて、故障がちにもなってきている。

 上手く世代交代を進めるためにも、若くて打てるショートを取るのは間違っていない。

 そしてパに戻って北海道。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 どこまで続くのか。

 去年も野手を一位で取ったが、どちらかというと投手を選ぶべきではないのか。

 打撃の中軸が来年FAを取れるので、その関係があるのかもしれない。

 セは大京。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 希望する球団である。

 大京は確かに、去年の吉村をはじめ若手のピッチャーが育ってきていた。

 ここで長打力を補強すると言うのもありだろう。

 パは神戸へ。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 ここもだ、

 神戸は特に弱い点があるわけではないのだが、同時に突き抜けた長所もない。

 クライマックスシリーズでも早々に敗北したので、爆発的な勝負強いスラッガーがほしかったのかもしれない。

 そしてセに戻る。広島の選択。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 これは、ちょっとあれである。

 広島はFAでの流出が決まっているから、そこを補強したいのか。

 確かにショートが抜けてしまうので、いきなり一軍として使うのもありなのか。

 そしてパへ。福岡だ。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 おかしい。

 福岡は現在リーグナンバーワンの打撃力を誇ると言ってもいい。

 確かにショートは守備特化の選手がレギュラーであるが、そこまで打撃で埋める必要があるのか。

 続いてセ。巨神だ。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 これは、恐ろしいことが起こるのではないか。

 巨神はスター選手を選びたがる傾向にあるが、FAでの補強もしっかりするはずなのだ。

 生え抜きのスターを作ろうという意識があるのか。

 そしてパの最後。埼玉東鉄。


「白石大介 内野手 白富東高校」


 11連続だ。

 これまでの最多競合は、上杉勝也の10球団であったが、その記録を更新してしまった。

 東鉄も現在の戦力に不満はないはずなのだが、逆に言えば一番いい選手を取りにきたということでもある。

 そして残るは今年も日本シリーズまで勝ち残った神奈川。


「大滝志津馬 投手 花巻平高校」


 机の下で組んでいた手を、大介はすっと離した。

 ここまで11球団に指名されていたのだから、神奈川が指名したとしても、選ばれる可能性は低かった。

 だがそれを抜きにしても、神奈川は舞台を用意してくれたのだ。

 上杉勝也と白石大介が戦うという舞台を。

 粋なことをしてくれる。


 もっとも神奈川としては切実に投手を欲していたのも確かである。

 大介を指名しないことで、大滝か上杉か島は取れる。そう思ったのだ。

 他の球団も大滝を指名してくる可能性は最後まで拭えなかったが、甲子園の対決で大滝は完全に大介に敗北しているので、これもまた当然の結果と言えよう。

 身長に合わせてもう少し筋肉を鍛えれば、本格派の先発投手になれる。

 上杉と合わせて160kmが二人など、夢がありすぎだろう。




 11球団の一位指名。

 ありえるとは思っていたが、本当にそうなるとは思っていなかった。

 神奈川が指名を回避してくれた時点で大介は笑顔を見せていたので、それを写真に何度も撮られている。


 さて、それでは11人の代表が集まり、古き良きくじ引きが行われる。

 球団社長か監督、あるいはGMが封筒に入った当たりのくじを引く。

 第一希望の神奈川以外というのは通った。ならばあとは何を希望するか。

 対戦機会の多いセ・リーグを希望するか、それとも地元に近い在京球団か。

 どちらにしろもう、大介の希望の九割は通ったと言っていい。


 そこまで上杉と戦いたいのか。

 あの化物と戦うなど、他のバッターには考えたくないことである。

 極端に言って上杉がセ・リーグにいることで、セの打撃陣の数字は落ちたとも言える。

 今年は先発で22勝して投手タイトルをほぼ全て獲得した他、二年連続の沢村賞も確実視されている。

 シーズンMVPでクライマックスシリーズMVPも取っていて、短期決戦では上杉のいるチームは圧倒的に強い。


 11球団の代表が封筒にハサミを入れられ、遂にその中身を確認する。

 両腕を上げて、喜びを全身で表現した監督。

 大阪だ。

 セ・リーグのライガースだ。


 ライガース。甲子園をホームとする、巨神と並んで国内最古のプロ野球球団。

 大介は目を剥いたあと、立ち上がってガッツポーズをした。


 ああ、と周囲も納得する。

 甲子園のホームラン記録を大幅に、それこそもう二度と更新可能なほどに塗り替え、初めての場外ホームランを打った大介。

 大介は甲子園球場に愛されている。

 在京球団がいいとは言っていたが、甲子園ならば文句はない。

 むしろこここそが、大介の無意識下でも最も望んでいた球団なのかもしれない。


 多くの人々が祝福する中で、ごくわずかにその事実を冷静に受け止めている人間もいる。

「甲子園は割りとホームランが出にくいはずだよな」

「まあでも、大介だし」

 球場としては広いわけでもないのに、甲子園は比較的ホームランが出にくい。

 ホームラン王を狙うなら、神宮やドームがいいというのはよく知られている。


 そしてまた、確実に失望した二人。

「しばらくは通い妻だね」

「でも交通手段はそれなりかな」

 佐藤家のツインズは、大学は仕事の関係もあって東京と決めている。

 そこから甲子園球場や、あるいは選手寮まで行くとなると、新幹線を使ってもざっと四時間はかかった。

「タクシー使ったらもう少し早いかな?」

「甲子園までなら東京駅から三時間か」

 千葉からであればさらに遠い。


 ともあれ大介の所属は決まった。

 モニター画面でもライガース関係者は大喜びをしていて、大介としても慣れた球場なのでありがたくはある。

(さて、あとは岩崎か)

 高校入学時、東京から千葉に引っ越してきた大介は、群れてないと安心出来ない繊細さは持っていない。

 それに甲子園であれば、いつもバックネット裏にいる観客も見慣れたものだ。

 ファンの熱量は大きく、それでいて柄の悪いファンも多い。

 目の前に開かれた世界に、大介は興奮を隠しきれなかった。

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