第2話 エースは誰だ!?

 新チームが始動した。

 国体も終わり、ドラフト待ちの大介と岩崎の二人は練習に参加していたりするが、もちろん戦力からは外して考えている秦野である。

 現在の白富東において、ピッチャーとしての能力を考える。

 武史>>>淳>アレク>>トニー といったところだろう。

 この中ではアレクは外野の要なので、出来るだけピッチャーはさせたくない。

 打順も一番を打っているので、負担が大きすぎる。


 ならば使えるピッチャーは三人なのかと言えば、地区大会レベルであれば、佐々木、西園寺の二年生に、哲平などの他ポジション優先者、それと一年の中にも投手経験者はいる。

 だがやはりトニーは、日本の野球を学ぶのが先だ。

 秋の大会では既に一度先発させているが、150km近い球速と、使える変化球を持ちながらも、どこか信頼性が低い。

 直史や武史、岩崎のように、簡単に確実に三振を取ってくれるという安心感がない。

 体が大きすぎるせいかとも思えるが、フィールディングはそれほど悪くないのだ。関節も柔軟だ。

(タケがエースなのは間違いないとして、あとは淳をどれだけ育てるかだな)

 ただ武史にも問題はある。

 エースの自覚に薄いのだ。


 秦野としては信じられないのだが、武史はこれだけの素質に恵まれていながらも、兄と同じように自分が野球で食べていくというイメージを全く持っていないらしい。

 むしろピッチャーらしいピッチャーとしては、淳の方が有望なぐらいだ。


 淳はリトル時代からずっとピッチャーをしてきて、守備に関してはファーストと外野をわずかに守った経験がある。

 内野の経験がほとんどないのは、サウスポーであるから当然のことだ。

 まあそれでも試しにサードなどをやらせればそれなりに上手い。体も柔らかく、下手な右利きよりもよほど上手い。

(一塁は倉田か赤尾を入れないといけないからなあ)

 この両者はバッティングが優れているので、試合には両方出したいのだ。

 だが淳もセンスで打つタイプで、打線に入れておくとかなり厚みがあるようになる。


 そしてリードした終盤で入れ替えてみると、打撃に期待の出来ない佐伯が、ものすごく活躍する。

 主にショートとサードを守らせたのだが、これは満点の動きと言っていい。

 外野の守備も上手い。だが肩の強さはそれほどでもないので、やはり内野の守備固めか、代走などで積極的に使っていきたい。


 秋季大会は一回戦も二回戦も五回コールド勝ちした白富東であるが、まだ本物の強豪とは当たっていない。

 このまま勝ち進めば栄泉や三里と当たりそうではあるのだが、両チームとも主力が完全に入れ替わっているので、勝ち進んでくるかさえ微妙である。

(準決勝は勇名館、決勝はトーチバってとこか)

 勇名館は甲子園に行ったのを見て入学した選手が、いよいよ最終学年である。

 ブランドとしてはトーチバも相変わらず強く、侮れるものではない。

(関東大会、今年は埼玉だよな)

 おそらく浦和秀学、春日部光栄、花咲徳政の私立三強のうち二つぐらいは出てくるだろう。

 この三校はデータも揃っているため、どうにか戦える。


 一応各県の有望そうなところは注意しているのだが、特に気にしているのは今年の夏の甲子園にも出ていた桐野高校である。

 地元有利の埼玉代表や、強豪ひしめく神奈川も注意はしているが、桐野高校は夏のスタメンがそこそこ残っており、チームの戦略が引き継がれるようなのだ。

(まあベスト4まで勝ち残ればセンバツには出られるわけだし、神宮には行かなくてもいいから、強豪との練習試合を組んでいきたいな)

 主力が残っているという点では白富東も相当に強いはずなのだが、絶対的なダブルエースと、史上最強のスラッガーは抜けてしまった。この穴を埋める手段はない。

 おそらく今すぐ帝都一や大阪光陰と戦えば、負けてしまうだろう。


 当たり前のことだが、新チームの始動というのは難しい。

(大田と椎名はよくもまあ、自分たちだけでやったもんだ)

 総合的な素質を見れば、白富東は今年も全国制覇をしてもおかしくないだけの素材は揃っている。

 だがSS世代ほどには完全に、隙のないチームではないだろう。




 ドラフト級タレントの三年が抜けても、白富東は強かった。

 県大会を準々決勝まで、全て五回コールドで勝利している。

 今年の春の関東大会では、歴史的な大差で勝っていたので、大介というチートキャラが抜けても、普通にホームランを打ってくる。

 秋季大会でアレクは初回先頭打者ホームランを二度打って、哲平はそれに続いて連続ホームランなどを打って、とにかく五番までにホームランを打つ率が非常に高い。

 

 夏までに比べれば弱いはずである。

 弱いはずなのに、圧倒的に強い。

 全試合を五回コールドという圧勝で、白富東はベスト4まで進出した。

 そして対戦相手は予想通りに勇名館。

 あちらもあちらで戦力は充実していて、やはり甲子園に一度行けばそれだけ好循環を生むということだ。

 ただ準決勝で白富東と当たることは、運が悪かったと思っているだろう。

 決勝で対戦するのならば、負けても関東大会には出られただろうに。


 高校野球は甲子園に出られるかどうかで、地方大会の優勝と準優勝の価値が全く違う。

 夏は優勝しなければ意味がない。どれだけ接戦の準優勝でも、甲子園には行けないのだ。

 だが秋は違う。準優勝で関東大会に行ける。

 もちろん関東大会でも比較的弱いところと当たるためには、優勝しておいた方が望ましい。

 だが次があるという意味では、この準決勝が一番大事と言える。


 そんな大事な時期だというのに、各球団のスカウトは連日白富東を訪れる。

 基本的には高峰が部長として相手をしてくれているのだが、何人か鋭いスカウトはグラウンドの外から話しかけてきたりする。

 その中の一人、大京レックスのスカウト大田鉄也は、先ごろまでキャプテンだったジンの父親でもあるため、無碍にも出来ない。

「まあ今年は12球団全部、白石を一位指名でしょうな。神奈川だけはどうするか微妙ですが」

 部員たちには聞こえないように、そんな感じで話しかけてくる。

「ピッチャーほしいところ多いでしょう。白石以外を指名したら、大滝とか上杉とか島とか、大学にも色々いるんでしょう? 白石にそんなに集まりますかね」

「現場や編成としては、ピッチャーを指名したいところは多いでしょうね。ただ球団社長すら飛び越えて、親会社から白石獲得の命令は下っているでしょう」

「すると、興行的なものですか?」

「ピッチャーはどれだけすごくても、毎試合出るわけにはいきませんからね」


 高校レベルまでならかろうじて、甲子園を投げぬくというピッチャーはいる。

 だがプロでそんな無茶をする者はいない。まあ去年の上杉のように、シリーズ終盤にクローザーとしてフル回転する者はいるが。

 それに大介はある意味、下手な日本のプロよりも海外で知られている。

 去年のワールドカップは、多くの国で流れたのだ。

 ほぼ毎試合ホームランを打つあのバッターを獲得できたら、おそらく興行的には上杉よりも上回る効果が出るのだろう。


 秦野としても、分からないでもない。

 大介は本物のスターだ。体格はいまだになんだかんだと言われるが、じゃあいらないのかと言われればどんなチームでも取りに行くだろう。

 純粋に戦力という点では、大介に次ぐか、ほぼ同格なのが直史だ。

 しかし直史は絶対値こそ高いものの、体格がまだプロで通用するものではない。

 そもそも本人にプロになる気が全くないのだから、別にそれは構わないのだろうが。

(でもあいつ大学に行ったとして、どういう使われ方するんだ?)

 秦野はそれがちょっと気になる。


 直史は高校野球のピッチャーとしては珍しく、リリーフ経験が多い。

 ワールドカップもクローザーとして使われていたし、甲子園でも下級生に投げさせて、ピンチになってから火消しとして出ることが多かった。

 大学のリーグ戦では土日で試合を行うのだが、先発投手が二人は必要になる。

 過去には一人のピッチャーが先発完投することが多かったが、現在では大学野球でも、リリーフとクローザーあたりはそろえていることが多い。

 去年のワールドカップは、確かに大介のための大会であったとも言えるが、直史は12イニング投げて、一人のランナーも出さなかったのだ。

 秦野の見る限りでも誰かのリリーフに入って、打たれたのを見た記憶がない。


 単純にプロ野球においては、先発投手は平均で年に30登板ぐらいが限界だろう。

 だがクローザーは50試合を超えて登板することも珍しくない。

 それにクローザーはどの試合で出られるかも分からないので、観客としてはどの試合も見に行く可能性がある。

(プロでもあのメンタルなら通用するって言うか、ああいうのこそプロに行ってほしいもんだけどな)

 人間の才能は、やりたいこととは一致しないものである。




 夏の名残も完全に消えた頃、千葉県秋季大会準決勝が行われた。

 白富東の先発は佐藤淳一郎。一年ながら夏の甲子園でも投げた経験のある、極めて珍しい左のアンダースローである。

 こんなもん打てるか! という勇名館の打者の嘆きが聞こえるような、完璧なピッチング。

 七回まで三安打という内容で得点を許さない。そしてここで交代。

 ノーノーでも続けていたら最後まで投げさせても良かったのだが、秦野は淳とトニーを確実に使える戦力にするため、この冬のトレーニングを考えている。

 淳は明確にプロを目指しているが、段階を踏むことも考えている。

 一度大学を経由した上で、どれだけ鍛えられるかだ。

 今のままでも左のアンダースローというのは特殊で貴重ではあるが、めったに当たらない高校野球と違って、大学は同じリーグでは何度も対戦することが多い。

 そこで研究されても打たれなければ、プロでやっていく自信も出来るというものだ。


 勇名館のピッチャーも甲子園を目指して入学してきた素材なので、もちろん優れたピッチャーなのだ。

 だが白富東に来れば三番手がいいところだろう。

 夏までであれば五番手だ。


 とにかくアレクから始まり、倉田で終わる五番までと、それでもまだランナーが残っていれば、武史が返すのが凶悪な打線だ。

 ビッグ4と呼ばれた四人の中心選手に、マネージャーとしても優秀だったシーナが抜けてなお、県大会レベルでは頭一つ抜けている。

 これは白富東が強すぎるために、県内の有望な野球少年が、ほとんど県外に進学したのが大きいのか。

 だが白富東が圧倒的に強くなったのは去年の春からであり、この二年生たちは、選んで勇名館に入ってきたはずだ。


 運が悪かったと言えるのだろう。しかし白富東の最強の年代と重なりながらも、選抜初出場を果たした三里のような例もある。

 五年前には全く県内でも有力校でなかった白富東が躍進したのは、ほとんど運命的に人材が集まったからだ。

 三里も隠れた人材はいたが、それが見事に花開いたのは、白富東との合同練習と、国立監督の指導力が大きい。

(体育科でスポーツ推薦が取れるって言っても、本物の化物は強豪私立に特待で行くだろうからな)

 白富東に入ってくるのは、おおよそ夏休みの練習参加で判明している。

 だが直史のような、あるいは大介のような、中学軟式の弱小校にいた生徒は、一人か二人はいると思うのだ。


 秦野が来年のことを考える余裕があるほど、この試合も楽勝であった。

 八回からは武史を登板させたのだが、あっさりと三者三振。

 肩も暖めずに軽く投げて、この結果である。

 そして裏の攻撃で追加点が入り、八回コールド。

 圧倒的な実力を示しながら決勝へ進み、関東大会への切符を手にした。




 決勝で当たるトーチバの他に、関東大会で当たりそうな各県のスコアラーもしっかりとこの試合を見ていたのだが、それよりもずっとこの試合を気にしていたのは、NPB各球団のスカウトである。

 この時点で白富東には、来年のドラフトで指名される可能性のある選手が三人いる。

 佐藤武史、中村アレックス、そして鬼塚英一である。

 あと大学に行ってから一皮剥けたら、と思われているのが倉田だ。


 秋の大会において白富東は、これまで目立っていなかった選手を当然ながら使い始めている。

 だがとりあえず走・攻・守に加えて肩までそろったアレクと、世代最速左腕の武史は、普通に注目されている。

 それを目当てに見に来たのだが、この試合では淳のクレバーなピッチングが目立った。

 確かに甲子園でも少し投げて、それなりのものを見せていた。

 だが勇名館を相手に七回三安打無四球無失点というのは、その能力がもっと高いものだと示しているようにも思える。


 左のアンダースロー。

 まだ線も細くて、球速もあとちょっとはほしい。

 だが二年後には、面白い選手になっているのではないか。

 それにこの試合ではファーストで出ていた孝司と、セカンドに完全に定着した哲平も打ちに打ちまくった。

 白富東は再来年もドラフト候補を出すのかもしれない。


 しかし今取りたいのは、佐藤武史である。

 兄の残した成績がすごすぎるせいか、本人はいたって無欲である。

 将来プロに進む気があるのかどうかも、全くはっきりしない。隠しているとかではなく、はっきり本人が考えていないのだ。

(あだちマンガの主人公みたいなキャラって言うか、それでも甲子園ぐらいは目指してほしいと言うか)

 武史には野球に関する、明確なモチベーションがない。

 強いて言えば兄と一緒に野球をしたかったということなのだろうが、それは今年の夏で失ってしまった。


 だが、だがである。

 新チームになってエースナンバーを貰って、練習試合でも公式戦でも勝ちまくっている。というか無失点である。

 奪三振率は直史よりも高いぐらいで、特に先発で登場すると、例の50球を超えたあたりから、相手のバットがボールに当たらなくなる。

 明確なモチベーションもないまま野球をやって、この成績なのだ。

 はっきり言うとストレートを投げる力は兄よりもはるかに凄い。

 身体能力を才能と言ってしまっていいのなら、間違いなく兄以上の逸材だ。

 いや、直史ほどのクローザー適性だけは、さすがにないか。


 武史が甲子園で優勝したいと思うかどうか。

 そこに全国制覇がかかっているのではと、秦野は考えている。

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