エースはまだ自分の限界を知らない[3.5+余章]
草野猫彦
第1話 甲子園の後の三年生
佐藤直史と白石大介が最後に戦った、この夏の甲子園の決勝戦。
実はアメリカからの招待選手が、この試合を見ていた。
二日間のこの試合を見た彼女たちの感想は、おおよそがアメイジングかクレイジーであったという。
そう、彼女たち。
甲子園の決勝が一日再試合になったので、決勝の二日後、埼玉県のグラウンドにて、四カ国女子野球の交流試合が行われた。
日本とアメリカ、残りの二カ国が台湾と韓国である。
リーグ戦で総当りの試合だったのだが、これで日本は三戦全勝という見事な成績を残した。
三試合ともバッテリーは代わっており、韓国戦を埼玉新栄の優勝バッテリーが先発し勝利し、台湾戦は田村光が先発し勝利し、アメリカ戦を権藤明日美が先発し完投して完封した。
なお韓国戦と台湾戦は、途中からバッテリーが佐藤家のツインズに代わっている。
つい先日まで甲子園に出場していた椎名美雪も、内野手として試合には出場し、守備と打撃で勝利に貢献した。
この三試合における権藤明日美の打撃成績は、七打数四安打三ホームランの六打点で、ピッチャーをしない時には四番を打っていた。
交流試合なので別にMVPなどというものはないのだが、出場した選手が皆、彼女のことをMVPと言ったのだから、MVPで間違いないのだろう。
「とまあそんなことがあったんだけどね」
「お前、一日練習休んでまで、女子の野球見てきたのかよ」
武史の報告にちょっと怒った感じの鬼塚であるが、武史としても言い分がある。
「だってツインズを二人だけで行かせるわけにはいかんだろ」
「……そうだな」
頷くしかない鬼塚である。
甲子園の後に祝宴会などがあったりして、選手たちは三日間の完全休養となった。
そして新体制は夏休み中には始まるわけだが、岩崎と大介、そして武史は少し用事がある。
夏休みの末から九月にかけて行われる、U-18アジア選手権大会の代表選手として選ばれたからだ。
直史は決勝でぶっ倒れたことを理由に、参加を辞退している。
辞退するためにわざと倒れたのでは、という疑惑まで生んでたりする。
今年の代表選手に二年生で選ばれたのは、大阪光陰の後藤、帝都一の水野、そして武史の三人だけである。
前年のワールドカップも三人だったのだから、これで特に増減があったわけではない。
それに候補としてはアレクも上がっていて、本人が春の段階で辞退していなかったら、まず選ばれていただろう。
実は大阪光陰は真田も代表になる予定だったのだが、甲子園の再試合の影響もあって、今回は選ばれなかったのだ。
そして台湾を舞台に行われたこの大会で、またも大介はMVPとベストナインを取ってきた。
武史は三試合に先発して21イニングで一失点。
これまたベストナインの左腕投手部門に、城東の島を差し置いて選ばれたりしていた。
岩崎は先発に一度登板してこれも勝ち星を挙げ、二試合で中継ぎとして活躍した。
他には花巻平の大滝が160kmを投げても勝ち星を得られなかったり、聖稜の井口が敬遠された大介の次を打って帰して打点王になったりもした。
結局大会としてはほぼ順当に、日本の優勝で終わった。
なおこの大会期間中に二学期が始まっており、新学期の全校集会で野球部は表彰されたりしていたが、大介がいないので片手落ちである。
もっとも閉会式に出られなかった直史としては、やっと区切りがついた気分ではあったが。
そして登校日の放課後には、正式に新キャプテンに倉田が任命された。
ジンのようなチーム全体を掌握するキャプテンではないが、背中で語るタイプの新キャプテンである。
しかし国体の出場があるため、一部の三年生は普通に練習に参加していたりする。
ドラフトで上位指名される大介と岩崎は普通に練習をしているし、推薦の決まっているジンと沢口もである。
中根と諸角、そして戸田もそれぞれセレクションの合格をもらっているので、最低限の勉強はしなければいけないが、基本的には野球の技能研鑽が優先である。
あとシーナもこっそりと学校推薦を受けることが決定している。
直史の場合は、一応は特待生という扱いなのだが、色々と面倒な条件が決められた。
それを別にしても勉強が必要なので、国体に出るかどうかは怪しい。
そして二学期が始まってしまえば、秋季大会はすぐである。
地区大会は甲子園出場のため免除された白富東であるが、県大会本戦はもちろん出場だ。
なお新しいスタメンに関しては、秦野もかなり苦慮しているらしい。
1 (中) 中村 (二年)
2 (二) 青木 (一年)
3 (一) 赤尾 (一年)
4 (右) 鬼塚 (二年)
5 (捕) 倉田 (二年)
6 (投) 佐藤武(二年)
7 (左) トニー(一年)
8 (遊) 曽田 (二年)
9 (三) 西園寺(二年)
これが基本のスタメンであるのだが、中学時代は投手であった佐々木と西園寺は内野の練習もしているし、純粋にショートの守備だけなら一年の佐伯も上手いのでベンチには入っている。
倉田と孝司はやや倉田が捕手をすることが多いが、淳がピッチャーをする時は孝司がキャッチャーをすることが多い。
それに淳はピッチャーでなくバッターとしても打率と出塁率は高いので、外野を守ったりもする。
秦野の見る限り、捕手としては肩の強さ以外、全て孝司の方が倉田よりも優っている。
だがキャプテンである倉田は、キャッチャーをしていた方が、全体に対する安心感が増す。
倉田がどこかで一皮剥けないと、このチームは今以上には強くならないだろう。
(いっそのことバッティングに専念させてもいいんだけどな)
選択肢が多いのは、いいことではある。
甲子園が終わってから秋季大会までに、アピールしてくる選手たちは他にもいる。
秋季大会はおそらく、関東大会には出場出来るだろう。
三里が戦力がガタ落ちしたこともあるが、勇名館もそれほど突出した選手はおらず、私立ではトーチバ、公立では上総総合が強そうだ。
秦野の采配に、あとはエースとなった武史がどう応えられるかで、センバツに出場して優勝を狙えるかが決まるだろう。
夏休み期間中には他に、体育科で入学志望の中学生の、体験入部というのもあった。
体育科であって野球部に限ったことではないのだが、やはり学校も野球の能力を重視して合否を判断するらしい。
正確にはスポーツ推薦なのだが、ソフトボールを使った遠投能力や、50m走のタイムなど、明らかに野球を意識したものである。
もっとも完全にスポーツ推薦なのはわずかに六名までで、あとは体育科に下駄を履かせてもらっても、60以上の偏差値は必要になる。
そのセレクションとも言える能力検定は、来年に行われる。
ただ夏休みの間に参加した生徒たちの中で、おおよそ目ぼしい選手は分かっている。
「ピッチャー二人にキャッチャー一人、内野二人に外野一人か」
秦野と一緒にジンも目を通したりしている。
本当は生徒が見るような情報ではないのだが、秦野が黙認というか、将来の指導者としてのジンにも見せてくれているのだ。
「合否は能力検定の他に内申点と面接か~。エーちゃんだったら入れないすね」
「あいつはよく本当に、一般入学で入ってきたもんだよな」
最近はほぼ外野で四番固定の鬼塚は、それなりにスカウトが見にきたりもしている。
ただジンの父である鉄也に言わせると、さすがにプロは厳しいだろうという評価だ。
もっとも、大成するやつは確実には見抜けないが、大成しないやつは確実に見抜けると言っていた鉄也も、岩崎への評価は翻した。
鬼塚だってあと一年あれば、プロで通用するまで伸びているかもしれない。
ただあの性格だと大学野球は絶対にアウトなので、野球を続けるなら社会人が妥当だろう。
秦野が見る限り、学業成績無用で入れる六人は、かなり使えると思う。
というか普通に強豪私立から声がかかっていてもおかしくなさそうなのだが。
「だいたいは金銭的な問題か……」
試験は免除だが特待生ではないというぐらいの実力だと、なかなか私立は厳しいものである。
「お、鷺北シニア組発見。なかなか良さそう」
しかしこの、完全身体能力のみのスポーツ推薦は、六人の枠に80人ほどが応募しそうなのだとか。
それもそこそこ、中学時代は野球で成績を残した者だ。
ひょっとしたらこの六人以外にも、直前で志望してくる者はいるかもしれない。
直史のように地元で完全に無名だった、隠れた逸材はさすがにいないだろうが。
「体育科が出来ると、やっぱ違うんすね」
「それでもお前ら世代ほどのデタラメさはないけどな」
「いや、つってもナオと大介とガンちゃんだけで、あとはそれなりにいるレベルだったでしょ」
ジンとしては自己評価もその程度だ。身体能力だけの試験では、合格出来たという自信はない。
まあ本番の試験には、今回の体験入部に参加していない、化け物がいるかもしれないが。
それとあとは海外から、また傭兵を連れてくるのかも戦力の強化にはつながるだろう。
「ほんとにこんだけ入ってくるなら、再来年までは甲子園は行けるだろうな」
「北村さんが戻ってきた時、どうなってるかですね」
「俺もそろそろちゃんと嫁と一緒に暮らさないとなあ」
秦野の雇用期間は、来年の春に入ってきた選手が最後のセンバツに出場するまでとなっている。
もっともそこまでやったなら、学校の方も夏まではやってくれと言ってくるかもしれないが。
そして秋季大会が始まり、白富東は県大会本戦をぽんぽんとあっさりコールドで勝利した。
だがここから国体への参加となる。
「いや、俺がいなくてもどうにかなるだろ。てか最近本当に投げ込みしてないし、役に立たないぞ」
「家で毎日300球投げてることは知ってるんだから。とにかくタケと淳の負担を減らしたいしさ」
渋る直史をどうにか連れ出したジンは、国体でも優勝を果たし、高校生活最後の公式戦も勝ち続けて終わった。
なお対戦相手は帝都一で、ほぼ三年生のみの編成であった。
大阪光陰は真田がまた肘の調子が悪いらしく、大事をとって控えのピッチャーで府大会は戦うらしい。
豊田としてはプロのスカウトへの最後のアピールであったのだが、準決勝で帝都一と当たって敗北していた。
とにかく白富東は神宮から国体まで、史上二校目の完全制覇を果たしたのである。
なお国体での直史の成績は、六イニング登板の無安打無四球であった。
大介は五本のホームランを打って、己の記録をさらに伸ばした。
かくして、夏から続く三年生の高校野球生活は、完全に幕を下ろしたのであった。
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