番外 48_【風の遺跡】5 最奥 _家の庭
魔獣たちの殻魔環化にあたり、キナコとアズキが場を仕切り出した。
「先に区分けしてから殻固化しましょう。ここを中心にして右に風属性、左側に木属性で分かれるよう魔獣に頼んでもらっていいですか? その後、種族ごとに集まってもらってください」
「そこから更に分けてくで。種族別に同数二つのグループに別れてもろて、片方を土魔法、もう一方を氷魔法で殻固化する。魔力量の多寡でも区別してやっていきたいな」
「さすがにそこまでは無理だよ、時間が掛かり過ぎる。土魔法だけにしとこう」
「でもなセイ。氷魔法で固めたら、ミスト冷風機が作れるかも知れへんで」
「ミスト冷風機」
セイの心が激しく動いた。
元の世界よりもこちらの方が暑く、しかも日増しに気温が上がっていっている。
乾いた暑さで砂埃も多いものの、日差しはそこまで強くないので、貴族も平民も頭と顔はむき出しだ。布の帽子は子供か老人しかしてなくて、若者のセイは被りにくい。
元の世界の服は着ていた一着しか無く、もうずっとこの国で買ったものを着ている。薄手で丈夫な生地の、やや緩めの長袖長ズボンに、ショートブーツ。上着に尻の下あたりまでの丈のフード付きローブ。これはセイが冒険者だからで、街の人たちはもっと薄くてゆるゆるの服にサンダルを履いている。ついでに言うと、セイはアイボリーや茶系一色などの地味なデザインを好むが、街の皆さんはド派手な柄物が多い。
色はともかく、この国の気候に合った服を着ていても、とにかく暑い。
神域の
だから正直に言えば、ミスト冷風機はとても欲しい。これからますます暑くなっていくと聞いているだけに、切実に。
いやでもそこまで付き合ってもらうのは……と悩んでいたら、娯楽の少ない魔狼魔犬たちは楽しんでいるから気にするなとフェンリルに言われた。そ、そう? じゃあ、いいかな!
しばし魔獣たちの殻固化に勤しんだ。カワウソの指示で仕分けした殻魔環の山を、ゴム化したフェンリルの尻尾の毛で括り、それらを大蜘蛛の糸で作った収納袋に入れておく。帰りに回収することにして、一旦放置。
水の殻魔環はフェンリルの前脚に装着した。これでフェンリルは水魔法を使えるようになったのだが、水の魔力が目的であって攻撃に使うつもりは無く、単に“フェンリルが身に付けるのが一番安全に保管できるから”という理由だそうだ。予備兼非常用として雌フェンリルにも装着。
感激した一族から、結局『永遠に感謝を捧げる』誓いをされてしまった。まあ具体的に制約が発生するわけでも無さそうだし、気持ちだけならいいか。彼らに不利益が生じないよう、セイからも「無理な頼み事だったら拒否してください」という意味の誓いを返しておいた。
枯れた大樹を眺めつつ通り越し、最奥へ。お願いしていた、魔法陣と鍵の見学だ。
魔法陣の中心に納まっている鍵──宝珠は、緑色の暗い光が中で揺蕩うように揺れている。
「姫さんが持ってたのは、もっと暗くて、色はよう分からんかったな」
「でもこれもだいぶ暗い色ですよね。元の色は知らないですけど、古くなってそうな気がします……」
カワウソたちの会話を聞きながら、セイは魔法陣の【文字】に注目していた。
(……やっぱり、部分的にしか読めないな)
『地界』『魔界』『底』『◯月』『空』『◯月』『風』……水の遺跡では『風』の所が『水』で、他は大体同じだった。単語と単語を繋いでいる文章部分や読めない箇所は、魔術の専門用語が書かれているのだろう。
(『◯月』の部分が月絲族について書かれてるのかも? 結局読めないから、ノーヒントのままだけど)
魔法陣を解析し、修理するのは困難なようだ。天才錬金術師のアズキですら、魔法陣は「怖くて触れん」と拒否の姿勢で、直すのは不可能なのだから。「下手な真似して巣全部が崩壊したらシャレんならん、責任取れへん」すごくよく分かる。
フェンリルに、前回はギルド職員のトアルが一緒に居たから聞けなかったチュンべロスについても訊ねた。
鳥型で主級の魔獣は火の鳥しか知らない、【時戻し】魔法も耳にした事が無い、【天空の島】は初めて聞いた──見事な全空振りだった。
“チュンべロス”という名前ではなく、“門番”として知らないかという問いにも、『我らは門を通っておらぬ故、会ったことが無い』という答え。
(リヴァイアサンさんも全然知らないって言ってたし、火と土の遺跡もあまり期待出来ないかなぁ。もう【最後の主の巣】に賭けるしか無い……それでも居場所が分からなかったら、手掛かりゼロだよ)
ため息を噛み殺して、気持ちを切り替える。
それから、魔法陣の起動を見せて貰ったり、他の巣の話を聞いたり、コノハスライム四匹と魔狼二匹魔犬二匹が魔槞環になってセイに付いてくる事になったりしつつ、リヴとフェンとリル、スライムを呼び寄せ、殻魔環の入った袋を回収し。
最後にフェンリルが加護を授けようとした。それを、セイは止めた。
セイたちは魔界を目指す【真の挑戦者】なので、加護は欲しい。でも今はロウサンがいない。
「強い匂いがするって言ってた狼も一緒にお願いしたいんだ。巣の中に呼んで大丈夫かな?」
『………………数日の猶予が欲しい』
フェンリルは、長い沈黙の後にそう懇願してきた。何気に一番キツイお願い事になってしまったもよう。うっかり「無理なお願いは断っていいよ」の誓いが発動するところだった。
申し訳無いけれど、ロウサンだけ加護無しで魔界へ行くわけにはいかないので……少しだけ耐えて頂きたい。
・◇・
フェンリル指定の『月が三回沈んだ後』──三日後に、ロウサンと共に風の遺跡の最下層に飛んだところ、フェンリルが気絶した。
『終わるまで近付いてはならぬ、他の階層におれ』と命令されていたにも関わらず、隠れて見ていた魔狼魔犬数匹も、気絶した。本当に、本当にいきなり会わせなくて良かったよ……。
『で、では加護を授ける。ヒゲ、ヒゲだな』
「ヒゲは前々回の時に貰ったよ」
止めるより先にまたヒゲを落とした。動揺がひどい、落ち着いて。
カワウソたちは「せっかくだから貰っとこう!」と小躍りして拾いに行った。二匹並んでヒゲを両手で持ち、その手を頭上に掲げながら、華麗な足さばきで踊り続けている。無駄に器用だな。
『うむ、では。その髭が、我、風の狼が認めた証。魔界へと挑む挑戦者よ、我の加護を受け取れ──お主ら全員へ、魔界の烈風が心地良いそよ風となるよう、加護を』
「ワォオオオ────ン……」遠吠えが強く長く、響いた。
何かが増えた感覚は無いけれど、フェンリルが満足そうにしているので、成功したのだろう。
「……ありがとう」
『礼を言うのは我らだ。お主はどうも分かっておらぬようだが……まあいい。それよりも、些少だが礼の品を用意してある。受け取れ』
三日前、去る時に『希望はあるか』と聞かれていた。断っても用意されるのが目に見えていたので、遠慮なく「魔獣の死体は避けて欲しい」と頼んでおいた。
彼ら自身が魔獣を狩るのは生きるのに必要だから、それについて何かを言えるはずもない。ただ、
そういう訳で今回は魔獣の死体は入っていないのだが、他の物で大樽十個分ほどの贈り物の山が出来ていた。
前回も貰った魔剛石大量。太い木の枝、魔狼たちの生え変わって抜けた角、数十本ずつ。大袋──ギルド職員なり冒険者なりが【交換箱】に入れた袋と思われる──に詰められた砂、数個。
幅を取っているのが、大きめ石というより、もはや岩。岩の切れ目から、金色の光が漏れている。中には透明度の高い石が埋まっているようだ。それが五つ。
……これ、表に出さない方が良いやつだね? ひとかけらで金貨何枚って言われるやつだね?
一度大きく深呼吸してから、お礼を言って受け取った。物がどうこうより、気持ちが嬉しいよ。
カワウソたちは、正体不明でも確実に高価値な岩を前に、ニッコニコのウッキウキだ。
「すごいですねぇ! ロウサンくんが一緒の時で良かったです。ぼくたちだけでは絶対に運べない量と大きさですもん」
「こういう時、マジックバッグがあったらなーってつくづく思うわ」
「……魔道具屋さんとの約束、次こそは上手くいくといいですね……」
「おい、変なフラグ立てんなや……」
高級魔道具店の支配人が持っているという、マジックバッグの魔環型魔道具【異納環】を見せてもらう約束の事だ。日程の調整が上手くいかず、未だに実現していない。
最初は打ち合わせ通り、魔道具店が冒険者ギルドへセイたちのパーティー【刹那の亡霊】宛に指名依頼を出したのだが……“無害”への依頼や問い合わせが非常に多く、
そこからタイミングがズレまくった。「二週間後にパレード開催事件」が起こって魔道具店が忙しくなり。魔道具店が落ち着いた頃にはセイたちが「初ダンジョンアタック」へ向けての準備に忙しくなり。終わった後は【交換箱】の仕組みが広がったせいで、魔道具店が殺人的な忙しさへと突入し。
アズキが作る魔道具に必要な基本パーツである素魔環を買いに、たびたび魔道具店へ行っているから、店員と顔は合わせている。店にいる僅かな時間の間でも、引っ切り無しに客が訪れ、店員は奥から工房の人間にも呼ばれ、落ち着いて話す時間なんて無かった。会う度に店員の顔が死んでいく……かわいそう。
“急激な需要で素魔環の元が入手し辛くなってきてるから”という理由で、「そろそろ忙しさが落ち着くと思います。次こそ何卒よろしくお願い致します」と、カスカスに掠れた声で言っていた。
(見たからって作れるものでも無いだろうけど、もし作れたら確かに便利だよね。アズキくん頑張ってくれ)
アホほど重い岩をせっせと梱包しながら、セイは【異納環】への期待度を上げていった。
そうして、フェンリルにまた来るねと手を振り、セイたちは風の遺跡から去ったのだった。
・◇・◇・◇・
セイたちが借りている家は郊外にある。家の裏にあった森も借りて、家も森も好きなように改造していいと許可を得ていた。
セイとカワウソたちが土魔法に長けていたのもあり、あーだこーだ言いながら熱中して、本当に遠慮なく改造しまくった。
コンセプトは、“魔獣ファースト”である。
照りつける陽光、高い気温。
“裏庭”という言葉のイメージとは違い、明るく、広々とした庭。
ほぼ部屋の壁一面と言っていいサイズの窓を開け放ち、裏庭の芝生にクッションを置いて、セイとコテンは並んで座っていた。頭上には日差しを遮る大きな布が庇となってゆるくはためき、ミスト冷風機が涼しい風を運んでくる。
セイは、手作りオモチャの猫じゃらしを振った。
『このっ、こんにゃろ! とぅッ……とったー! セイ、もういっかい!』
いつもはセイのシャツの中で寝ている小さな猫のミーが、じゃらしを追って走って跳んで転がって走って、動きまくっている。ミーの運動不足解消とストレス発散の為に、一日に二回、三十分はこうしてオモチャで遊ぶようにしている。
右側に目をやれば、森の枯れ木を退かして作った、所々芝生が生えた土の広場がある。少し成長した幼フェンリルのフェンとリル、魔槞環になって付いて来た魔狼二匹が、ロウサンと遊んで……いや、戦闘修行なのか? セイの目では追えない速さで動いて攻撃したり、魔法を出したりしている。あ、威圧で飛ばされたフェンが池に落ちた。
庭に作った池は、最初よりかなり広く、深くなった。裏の森にも同じような池を作り、二本の小川で繋げた。水が循環する魔道具が設置されているので、アズキが「流れるプールや!」と言って、息抜きにキナコと一緒に流されている。今は二人はこの裏庭に面した部屋で、魔道具の研究を頑張っていた。
流れるプールでは幼リヴァイアサンのリブと、龍姿に戻ったシロが遊んで……狩りの練習かな? 協力して魚を追い込んでいる。小魚じゃない、まあまあデカい。牙がビッシリ生えた口が三つある、凶悪そうな魔魚だ。あ、リブが魔魚を尻尾で打ち上げた。
宙を舞った大魚は、二本の小川の間にある小さな丘へと向かって飛んだ。ちょうど、ワニ魔獣の尻尾から生まれたチビ、ワニー(名前)がぷかーと暢気に浮いている池の近く目掛けて。ワニーと一緒に浮かんでいたスライムたちが魚に気付き、『『『ぷぅっ』』』という掛け声で粘度の高い水を魔法で出し、魚を受け止めて丘の上に下ろした。
薄っすら目を開けて、スライムたちに『……うむ』と一声掛けて、また目を閉じるワニー。
その頭の上に、白い小鳥幻獣のシマが停まった。続いて、ピンク色でふわふわボディの鳥……火の遺跡の主、炎鳥の尻尾から生まれた分身が、同じようにワニーの頭の上に乗ろうとして、体が大きくて上手く出来ず、諦めて横に着地した。
シマと炎鳥は大きさが全然違うのに、鳥同士だからか仲が良い。一緒に魚を見てピョーピョー鳴いている。
左側を見れば、森から動かして植え直した元枯れ木が、葉をわっさわっさ繁らせて群生している。その木にコノハスライムたちが停まって羽を揺らしているはずだ。擬態状態なので、ちょっと見ただけでは何処にいるか分からない。
木の下では、フェンリルたちから礼に貰った木の枝にくっ付いていた、小さな木型の魔獣【トレント】たちが、根っこを足のように動かしてタッタッタッタッと木から木、花から芝生へと走って周り、裏庭の庭師として励んでいる。
トレントが走って行った先に、大型犬サイズで丸々とした体型の
チビ牛より奥の場所で、大体同じサイズの土属性魔獣の分身、顔面の中央から太い触手を生やした長毛の生き物が、石を食べている。ゴリ、ボリ、……(反芻)……もご、もご、……(恍惚)……。
奥の岩が積んである所では、火の遺跡と土の遺跡の小型魔獣たちが日向ぼっこをしている。
魔犬や、火と土の遺跡から魔槞環になって付いてきた中型魔獣たちも、庭の中で自由にのびのび遊んでいる。
(みんな可愛いなぁ……可愛いけど……)
短い期間に、増え過ぎじゃないかな。
どうしてこんな事に? 疑問に思っているのはセイだけだ。
仲間たちからすれば、完全に「見えていた未来」だった。
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