番外 46_【風の遺跡】3 巣の仕組み


『水の魔力が運ばれなくなり、火の魔力ばかりが運ばれて来るせいで、恐ろしい速さで巣の中が枯れていきおった。水の巣はどうしたのだ、偏屈な爺ゆえ選り好みが激しいのか、水のトカゲは何をしておるのだ、よもや、くたばりおったのかと予想していたが……あやつの巣が長く閉ざされていたと知り、合点がいったぞ。道理で水の魔力が運ばれて来ぬわけだ』

「……ちょっと待って。運ぶ……水のを? 水じゃなくて?」

『うむ、どう説明したものか。我々はニンゲンに他の巣の魔力を運ばせておるのだが……』

「ちょっと待って」


 フェンリルを止めて、セイは仲間たちに通訳した……途端、アズキとキナコの目がギラギラ輝き出す。君たち、ほんとこういうの好きだよね。


 この世界に来てからセイは肌も髪も荒れつつあるのだが、カワウソたちは日々毛艶が良くなり、目が輝き、声に張りがあり、動きにキレがある。睡眠も食事も良くない環境なのに(睡眠不足は彼らが勝手に徹夜してるだけだが)……熱意という精神的な理由だけで輝いている。すごい。


 それはさておき。セイの通訳で、カワウソとコテンによる妥協を許さない質問タイムが始まってしまい、フェンリルは困った様子で「クゥーン……」と小さく鳴き声を上げた。

 確かにフェンリルからすれば常識過ぎて、かえって説明しづらい内容も多かった。「そもそも魔獣にとっての魔力とは何か」と聞かれても『魔力は魔力だが?』としか答えようが無いのだ……フェンリル可哀想。


 でも。

 セイは、だだっ広い池の水の中で、大はしゃぎして泳いでいる雌フェンリルと魔狼、魔犬たちを見る。

 ……ネズミ魔獣や、葉っぱに透明な羽が付いた魔獣など、他の種族も池にたくさん集っていた。いつの間に。


(みんなそれだけ水が欲しかったってことだよね。だったらやっぱり、ちゃんとダンジョンの仕組みを聞いて、もっと根本的な解決をしておかないと。あんなの、一回水を溜めただけで、そのうち無くなるんだし……)


 しかも魔界へ帰れる魔法陣だって、ある日突然壊れる可能性がある。

 尻尾の分身を魔界に連れて行ったとしても、どれほど効果があるものなのか、不明だ。


 セイたちが風の遺跡の水不足解消について考える必要は本当は無い。でも情を持ってしまった相手が、このままだと苦しむかもしれないと分かっていて、放っておくなんて無理だった。


 最初から誠意ある対応をしてくれているフェンリルたちの為に、自分に出来る事があるならば協力したい──セイは元の世界で幻獣の為に動くことが【普通の生活】になっているので、この世界の魔獣の為に動くことにも全く疑問を抱かず、一切躊躇がなかった。


 アズキは状況の全てが楽しくてしょうがないので、ダンジョン関連の行動でセイが躊躇うようなら、なんかええ感じの事を言って背中を押すつもりでいた。協力する事こそがご褒美状態だ。

 キナコはアズキとほぼ同じで、しかし脳内で算盤も弾いている。タダ働き絶許。


 コテンは“タダ働き絶許”を基本にしつつ、「チュンべロス未発見で本筋が動かないし、今更だし、ついでに善行積むのも良いんじゃないのー、どうせ回り回って最終的に親切にしておいて良かったーってなるだろうしねー」とも考えていた。


 それぞれ思惑に微妙な違いはあれど風の遺跡の水不足解消を目指して、フェンリルを困らせる勢いで質問を繰り返していったのだった。


 ・◇・


 結果、フェンリルの説明を、ものすごくざっくりまとめると


 『巣からは、風、水、火、土、それぞれの魔属性一種と、木などの副属性一種、計二属性発生しない』


 『発生する二種類の属性だけでも必要最低限の巣の機能は維持出来るが、快適さを求めるなら他の属性の魔力も必要』


 『魔獣は巣の出入りが制限されているから、他の属性の魔力はニンゲンに運ばせている』


 そういう事らしい。


 ・◇・


「よっしゃ、大体は分かったわ。ほな順番にもう一回詳しく詰めてこか!」

「さっきと同じ質問もしてしまうと思いますけど、よろしくお願いしますね!」


 ざっくり把握では満足しなかったカワウソたちが、先程フェンリルに質問を繰り返してまとめた内容を元に、更にまた細かく質問攻めにしていくと宣言した。フェンリル可哀想。


 せめて一度休憩を入れよう。

 セイが魔法で土を野球ボールとサッカーボール(カワウソたちが竜人族に野球とサッカーを教えて、元の世界ので流行っている)の大きさの球にして、ゴム化させたものを複数個作り、子馬サイズの魔狼や、大型犬、中型犬サイズの魔犬たちとしばし全力で遊ぶ。

 ……ネズミ魔獣たちが仲間に入りたそうにこっちを見ている。小さめの球を追加。


 フェンリルとカワウソたちは尻尾を振って球に当て、遥か遠くまで飛ばしていた。器用。

 力の弱いセイが投げた球は距離が出ず、近くにポトリと落ちた。それを、幼いフェンとリルが自分たちもコロコロ転がりながら追いかけている。可愛いなぁ……。


 魔狼魔犬たちが全身で、楽しい! というオーラを出して何度も球を咥えて運んでくるので、なかなか終われない。球はあげるから、あとは自分たちだけで遊んで欲しい。……足りないかー。追加で大小五十個ほど作って渡した。大きいわんこ達がめちゃくちゃキラキラした瞳で見つめてきた。喜んでもらえて嬉しいよ。妙に目力の強い子がチラホラいるのが気になるけど。


 みんなに浄化した水を飲み水として渡し、一息。


 それでは改めまして、巣の仕組みについて。


 まず大前提である『巣からは、風、水、火、土、それぞれの魔属性一種と、木などの副属性一種、計二属性発生しない』から。


 ここ、風の遺跡ならば、主属性の【風】と、副属性の【木】の魔力のみが供給されている。

 どこからどうやって魔力が発生しているのかは不明。知っているとすれば巣を建造した月絲げっし族ぐらいなものだろうとの事。


 ちなみに、他の遺跡の副属性は『知らぬ』だそうで……水の遺跡が長く閉ざされていたのもフェンリルは知らなかったし、巣同士で横の繋がりは無いようだ。


「多分やけど、水の遺跡の副属性は氷やろと思う……んやけども」

「でもそれだと残りの試練の遺跡が、火と土と、あと“最後の主の巣”に対して、属性の残りが、雷と聖と闇と無属性になるんですよね……ちょっとバランスが悪いっていうか、モヤっとします」

「めっちゃ分かる。聖と闇と無属性には、特別感が欲しい」


 アズキキナコが同時に「「うーん」」と顔をしかめつつ、とても楽しそうだ。


 魔法陣を通して魔界から魔力は入って来ないのかと訊ねたら、『月絲族が、魔法陣から入って来るのは、魔素だけだと言っていた』だそうで。


(魔素、かぁ。「世界中に漂っている【魔素】を空気と共に取り込み、体内にある【魔炉臓まろぞう】という臓器で生成した力を、魔力という」だったっけ)


 そして、「魔法は、その魔力を使用して、適性がある魔属性を発動させて使う」──大体そんな感じだったはず。御大の魔法講義初回の座学で教えられた内容だ。


 魔素が無ければ魔力を作れない。魔力が無ければ魔法を使えない。使える魔法は、個人が持っている適正属性のものだけ。


 とは言え、あくまでも“この世界の人間はそうだ”というだけで、魔獣は違う可能性はある。【魔炉臓】なんて臓器を持たないセイとカワウソたちにも、魔法が使えるのだから。


(僕たちは基本属性四つ全部と他にも適性があるけど……魔法士の人でも使える魔法は一つか二つくらいだって御大が言ってたな)


 魔法属性の種類と数も、魔力量も、先天的な要素が強い──要は、“生まれつきの能力”だ。

 しかし御大は、「属性は、増える事もある」とも言っていた。


(確か増える理由は「神の加護」と……もう一つ何か聞いた気がするな……なんだったかな)


 思い出す前に次の質問に移ったので、まあ今は関係無い事だしとこの時は流したのだが、後でめちゃくちゃ関係あったのだと知ることになる。


 ・◇・


 次に、『発生する属性の魔力だけでも必要最低限生きていけるようには出来ているが、巣の中を快適に保つ為には、他の属性の魔力が必要』について。


 巣には、属性の魔力に反応して建物が自動的に魔法を発動する仕組みがあるらしく──水属性なら水の供給、火属性なら暖かさと明かり、土属性なら土の活性化と壁や天井などの修理と補強。風属性は、換気や空気に関する効果があるようだ。


 厳密にはもっと多様で複雑な発動の仕方をしているらしいのだが、フェンリルが詳しく知らないのだから仕方がない。

 答えられず少し申し訳なさそうにしているフェンリルに、そんなの全く気にしなくて良いよとセイは笑って言った。僕だって、自分が住んでる家の仕組みなんて知らずに過ごしてるよ。


 その横でアズキが、不満そうに尻尾で地面をタンタン叩き始めた。


「そんな高度な技術持ってるくせに、魔法陣の鍵が一個だけやったり、魔法陣で取り込めるのは魔素だけやったり、そもそも魔界と繋がる魔法陣が一個しか無いって、めっちゃ大事なところでめっちゃ雑な造りなんは、なんでや。俺らやったら非常用に他の手段も用意しとくよな?」

「ぼくたちなら万が一を考えて用意しときますね。でもこっちの世界の人たちって、結構いい加減で雑ですしねぇ。それにぼくたちの元の元の世界だって、ここより文明進んでましたけど全世界の建築物が安全性しっかり考慮して建てられてるかっていうと、そうでも無いでしょうし」

「……それもそうやな。月絲族もまさか自分たちが全滅するとは思てへんかったやろしな。めちゃくちゃ突然の滅亡やったんかなぁ」


 キナコとボソボソ喋って、すぐにアズキは不満を引っ込めた。

 しかしセイはその会話を聞いて、逆に疑問を持ってしまった。


(どうして月絲族は、非常時の手段を考えておかなかったんだろ)


 出来なかった理由があるかもしれないので強くは言えないけれど、もう少し対策しておいて欲しかったなあ、が本音だ。


 海竜の巣であり水の遺跡では、セイたちが行った時にはみんなが瀕死だった。ギリギリ間に合った、と言っていい。

 もしあのまま“勇者たちの攻略”を待っていたら、完全に手遅れになっていただろう。

 ここだって、水の遺跡と違いしょっちゅう扉が開いているのに、この有様だ。


(月絲族は『必要最低限生きていけるように造った』って言って、実際フェンリルたち自身は普通に暮らしてるけど……けどさぁ)


「死ななければ良いってものじゃないよね……巣の中が枯れて、自分の家の中がどんどん荒れていったら、ショックだし不便だよ」

『まさに。我が番は木属性を持っておる。今の状態でも生きるのには支障無く、攻撃魔法も出せる。だが水が無くなり木が枯れていくのを、ずっと嘆いておった。あの大樹が枯れてからは特に落ち込みようが酷くてな……食欲すら無くしておったのだ』


 それであんなに痩せてたのか。池の中を魚並みの速さで泳ぎ回り、空中ジャンプまで披露している雌フェンリルを眺めた。……元気はあるようで良かった。


 どうして水不足になってしまったのかというと、やはり水の遺跡が閉ざされていたせいだとフェンリルは断言した。


 それが、初めの疑問でもある『を運ぶって?』へと繋がっていく。


 ・◇・


 『魔獣は巣の出入りが制限されているので、他の属性の魔力はニンゲンに運ばせている』について。


 巣の魔獣が地界の外へ出て行くには、魔槞環にならなければならない。それはリヴァイアサンからも聞いていた。

 殆どの魔獣は自分たちの巣から出ることが無いし、外から入って来ることも無い。

 では、どうやって他属性の魔力を取り入れるのか?


『巣へ挑戦しに来るニンゲンに、他の巣の属性魔力を運ぶ役目を担わせているのだ。ニンゲン共は知らぬ事であるがな』


 ダンジョンに入れば、その人間は自覚無く【属性魔力】を体内に入れた状態になるので、他の巣へ移動するだけで運搬完了になるそうだ。思っていたより、お手軽だった。


 「つまり冒険者は、花粉を運ぶ虫や鳥みたいなものですか……」キナコが感心したように呟いた。


 そこで生じた疑問、何故他の巣へ行く必要があるのか?


 セイがこの質問をした時に、カワウソたちは「はっ? ダンジョンやぞ、全部行くに決まってるやろ」「十人中十人が完全制覇目指しますよ」と驚愕の眼差しを送ってきたけれど……そうかなあ?


 水の遺跡と風の遺跡は、結構離れている。セイたちにはロウサンという爆速の運び手がいるし、ギルド本部の人間なら立場的にも金銭的にも魔獣車を使用するだろうが、普通の冒険者は徒歩だ。半日かけての移動になる。


 それにこのダンジョン一つを攻略するだけでも、前回のセイたちは魔獣との戦闘が0で本部の案内人が居たから早く進めたのであって、やはり普通の冒険者パーティーには、相当な日数が掛かりそうに思う。


 そんな簡単に、ホイホイ他のダンジョン巡りなんてするかな?


 セイの疑問に対するフェンリルの説明(をカワウソたちがまとめたもの)は──遺跡ダンジョンへの挑戦は、一度で攻略出来るものでは決して無く。そして攻略には“他の属性魔法が絶対に必要になる”ように造られている──だった。


 火属性の巣を攻略するには、水魔法がいる。

 水の巣には土魔法、土の巣には風魔法、風の巣には火魔法。


「なるほどな。弱点属性の魔法が要るんやな」

「それは嫌でも他のダンジョンに行かなきゃいけないですね」


 カワウソたちは速攻で理解を示したが、セイは「……ちょっと質問いいかな?」と手を上げた。


「巣の攻略に他の属性の魔法が必要なのは分かったけど……巣に入っても、魔力が体内に入るだけなんだよね? 魔法が使えるようになるわけじゃないよね。もしかして、魔力さえ運べば攻略できるように出来てる?」

『否であり、是でもあるな。魔法を使わねば、勝てぬよう出来ておる。そして、巣へ潜ればその巣の属性の魔法を使えるようになる。運次第ではあるが』

「それって、属性が増えるってこと? ……あ、加護? 巣の主から貰える加護で増えるのかな?」


 御大が「神の加護で魔法属性が増える」と言っていたのを、ついさっき思い出していたところだ。

 巣の主は神では無いし、水の主であるリヴァイアサンから貰った加護も属性を増やすものでは無かったけれど、加護が一つとは限らない。


 しかしフェンリルの答えは、『否』。


『我々が授ける加護は、魔界へ行く者へのはなむけだ。新しく魔法を授けるのは【竟門キョウモン】の役目だが……お主は会うておらぬのか?』

「キョウモン?」


 それらしい生き物に会った覚えは無いけれど……どんな魔獣なんだろう?



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