番外 45_【風の遺跡】2 フェンリルの分身



 チビ海竜の魔槞環は、デカめのバングルになって、セイの腕に嵌っていた。

 腕輪にしては大きいし厚みもあるけれど、持ち運べるサイズにまで小さく出来たのだから、上等だろう。


 スライムの魔槞環も小さくなり、全員並んで、セイの腕輪になっている。

 初めは細くしようと頑張ったのだが上手くいかず、丸めた状態にしてみたら、成功。小さな玉になり、円環の真ん中の穴は細い糸が通れるくらいにまでなった。

 じゃあ紐を通して腕輪にしようかと言ったら、カワウソたちが「中に通す紐はゴムが良い」とアドバイス。

 それならと、フェンリルの尻尾の毛を魔法で【ゴム化】した。フェンリルの尻尾の毛は、魔力量によって硬さが変わる性質を持っていて、しなる強さにも出来るのだからと試しにやってみたら、無事ゴムになったのだ。


 スライム六匹全部を一本のゴム紐に通したのだが、それだけでは収まりが悪かったので人魚の涙を使って調整。手先が器用なカワウソたちが人魚の涙を綺麗なまん丸の玉に形を整え、毛先を硬くしたフェンリルの毛で穴を開けてスライムたちと一緒に通し、いわゆる数珠状態に。

 せっかくだから人魚の涙にも、魔力を込めつつ色も入れておいた。

 他の子たちも欲しがり、人魚の涙オンリーで希望の色を入れて作った。


「そして出来たのがコレ。パワーストーン数珠ブレスレットが爆誕ですよ。これはパワーストーンじゃなくて人魚の涙製ですけど」

「……ええかキナコ、覚悟しとけよ。元の世界に帰ったらこの数珠ブレス、死ぬほど流行るし、俺らは死ぬほど忙しくなる」

「……セイくんとお揃いで、自分の好きな色の組み合わせで作れる……明けても暮れてもずっと作り続けてる未来が見えます……」


 帰る時はスライムはもういないから数珠ブレスは外すし、そうはならない……待てよ、“セイとお揃いの輪っか”対策にちょうど良いかも? そう思い直したので、黙っておいた。

 それに、小さな小さな人魚の涙で作った数珠ブレスが、カワウソたちの腕にもちゃっかり着けられているのだ。さては流行らせる気でいるな、この子たち。


(帰ったら僕が魔力で色を入れるのは無理になってるだろうけど……に綺麗な石とか、結晶化した花とか雫とか、箱に入れて倉庫に山ほど積んであるしね。何かに使いたいって、ずっと言ってたもんなー)


 それはさておき、フェンリルへの説明である。

 海竜リヴァイアサンから、水の遺跡の状況を他の巣の主たちに明かしてもいいと許可を貰っておいたので、魔法陣の鍵を奪われて魔界へ帰れなくなっている事、その関係でセイが分身を預かっている事などを話していく。


『成る程、そうであったか。──ずるいでは無いか』

「ずるい……何が?」

『我の分身も頼む』

「なんで?」


 本気で分からず、セイは頭の中が疑問符塗れになった。


 このダンジョンはちゃんと魔界と繋がってるよね? 鍵が壊れる可能性があるならば、今のうちに頼みたい。

 自分たちで魔界に置きに行けるよね? 魔界の自分の縄張りに分身を置くわけにはいかない。かといって、他の縄張りに幼狼だけを放つのも危ない。ある程度まで育てて欲しい。

 そんなに長くこの世界にいるわけじゃ……言いかけて、チビ海竜を預かっているのだからその言い分は通らない事に気が付いた。チビを見ている限りでは、普通の生き物より成長速度が早そうなのが、せめてもの救いか。


 もしかして断る理由って、無いのか? いやでも、海竜はまだ分かるけれど、フェンリルからそこまで信頼されるのは意味が分からない……悩むセイのズボンを、ちょいちょいと引っ張る小さな手があった。


「なあセイ、フェンリルの魔槞環からは、やっぱり風属性の【殻魔環】がとれるんやんな?」

「ちっちゃいフェンリルって、すっごく可愛いと思いますよ! だから……ねっ?」

「……君たち……」


 カワウソたちが瞳を輝かせている。コテンもちょっとソワソワしている。コテンは元の世界でも、幻獣好きだ。チビ海竜のことも、用も無いのに庭の池で泳いでるだけの姿を長時間眺めたりしていた。

 どうやら気にしてるのは自分だけらしい。みんなも協力してくれるならいいか。


「分かったよ。魔界に運ぶまでの間だけだけど、お世話するよ」

『恩に着る』


 フェンリルは尻尾の先から三分の一ほどを爪で切り落とした。うわ、痛そう。

 地面に落ちた尻尾は、海竜の時と同じく数度うねるように動いた後、ちびフェンリルに。


 元となったフェンリルは濃灰色の毛並みだが、チビはもう少し明るい灰色で、毛先がポワポワ浮いている。大きさは成犬になった小型犬程度、しかし姿は全体的に丸っこく、足が太短い仔犬状態。鳴き声は「わうっ」だった。

 尻尾を振り、舌を出して嬉しそうにセイを見てくる。


 セイ、陥落。


 でも仕方なくないか? 仲間たちも、ちびフェンリルの可愛さにメロメロになっている。

 そんなセイたちの前に、フェンリルよりも一回り小さく、しかし充分大きい体躯の魔狼が進み出て来た。毛並みが黒に近い濃い緑、暗緑色で、だいぶ痩せている。


『だったら、アタイも行かなきゃね』


 言うなり尻尾の先を切り落として、幼狼を誕生させた。……は?

 幼狼は少し明るい緑色で、本体と同じくチビフェンリルより一回り小さい。鳴き声は「きゃう」だ。可愛い、可愛いけれど……この子も連れてくの? なんで?


 聞くと、暗緑色の魔狼は雌のフェンリルで、このダンジョンの主であるフェンリルのツガイだそうだ。ああ、夫婦なのか。そりゃ一緒に行きたいだろうね、仕方がないね。


 チビ二匹は動きがまだぎこちなく、よろけるようにお互いにぶつかってコロコロ転がっていた。似たような子狼が二匹かぁ……


「フェンリルさん、ちょっと相談なんだけど……あの子たちにあだ名っていうか、呼び分ける為の通称って付けても大丈夫かな?」

『名だと……?』

「個人名はダメだって聞いてるから、フェンリルさんを“フェンリルさん”って呼んでるのと同じ感じで、種族名を軽くもじる程度のものを……ダメなら止めるよ、もちろん」


 目を開いて固まっていたフェンリルは、少しして『……フッ』と息を漏らした。それから『……クックックッ……ハハハッ、アーハッハッハ!』と、まるで悪役のような笑い声をあげた。


『面白い! 我は永い時を生きてきたが、これほど愉快な気持ちになったのは、お主と【交換箱】で初めて会った時以来だぞ!』


 結構最近だな……思ったけど何も言わず、セイはあだ名の返事を待つ。


『良かろうよ。らはお主に渡したのだ、既にお主のモノだ。如何様いかようにでもされると良い』

「預かるだけだからね、物じゃないしね、好きにはしないよ。あだ名はありがとう。それじゃ……男の子はチビフェン、女の子はチビリル」

「セイ……」

「セイくん……」


 カワウソたちが憐れみの眼差しを送ってくる。一時的な呼び分けで、ちゃんとした名前じゃないんだし、分かりやすいのが一番だろ? 何がいけないんだ? セイは首を傾げた。

 せめてチビは取ったってくれ、可哀想やろと言われたので、【フェン】と【リル】になった。


「うぎゃっ」


 前触れもなく、バングルになっていたチビ海竜が、ぬるんっと魔獣の姿に戻った。セイが小さくしたのは魔槞環だけなので、魔獣に戻った海竜は成人サイズだ。


「うぎゃ、ぎゃっ『ぼくもっ、ぼくも!』」

「ぼくもって、もしかして、あだ名?」

『ぼくもー!』


 突然現れた海竜の分身を見て、フェンリルが毛を逆立てた。


『なんだその大きさは! 魔槞環と大きさが合わぬではないか!』

「魔槞環は僕が小さくしてたから……」

『小さく!? 魔槞環を!? お主、【異間イカン魔法】が使えるのか!!?』

「イカ? ……ああああっ、ちょっと待って! フェンリルさん、そこの池っぽい場所に水を溜めてもいいかな!?」


 地面の上でびったんびったん跳ね、土と砂まみれになっていくチビ海竜にセイが悲鳴をあげた。石で傷がつく!

 フェンリルが混乱の勢いを保ったまま『水!? そこの水場にか!? 出来るのか!? 願ってもないが!?』と答えたので、側にあった広い池に、速攻で魔海水を魚ごと転移させる。

 底にうっすら泥水が溜まっていただけの池は、随分と乾いていたようで、予想よりも水で満ちなかった。追加でもう一度、水魔法。


 それからチビ海竜の真横に土魔法で軽く穴を掘り、そこにも水を溜めてから池へと繋げて移動させた。

 途中で「大きい池に水を溜めなくても、この小さい穴だけで良かったのでは?」という事に気付いてしまったが、今更もう遅い。


 池でばっしゃんびっしゃん跳ねて『ぼくもっ、ぼくもっ』とチビ海竜が騒ぎ続けている。諦めない心。「リヴァイアサンさんの許可を取ってからね」とセイが言えば、仲間たちが「聞くまでも無くOK出るから、今、付けてやれ」と言ってきた。……そうかも。セイも拒否されるイメージが湧かない。それどころか、フェンリルには付けたのにと、拗ねてきそうな気すらした。


 というわけで、チビ海竜のあだ名は【リヴ】に。リヴァやリヴァイではダメなのかと聞いたら、イメージの問題でダメらしい。カワウソたちのこだわりは、相変わらずよく分からないな。

 チビ海竜本人はご機嫌で泳いでるから、まあいいや。


 アズキが「火の鳥はフェニックスやろし、“フェ”が被るから今のうちに俺らで候補出しとこ」と言い、キナコが「土の牛は何でしょうね、牛ならミノタウルスかなと思うんですけど」と続けた。あのねぇ、火や土の遺跡の主まで魔槞環になるとは限らないだろ。気に入った人間に付いてく為に、なるものなんだよ? 全員が生温い微笑みを返してきた。なんでだ。


 雑談をしているセイたちの横を、雌のフェンリルがふらふらと池に向かって歩いて行く。水面に顔を近付け、確認するように数度鼻をフンフン鳴らした後、勢いよく中へと飛び込んだ。魔狼と魔犬たちも続いて水の中へ入って行く。そして、あがる歓声。


『水っ、魔界の、水! 水ぅッ』

『水だぁー!』『魚もいるっ』『水がいっぱい! やったぁーっ』


 どうして、こんなに大喜びしてるんだ?

 首を傾げるセイの横に、フェンリルが並んで座った。


『先程は取り乱し失礼した。だが、まさかこの水場が復活するとは……感謝する』


 お礼を言って、セイが訊ねるより前に、詳しい説明も始めてくれた。親切。ワニ魔獣には是非見習ってもらいたい。




 このバーナ・ダンジョン、別名【風の遺跡】も長い間、深刻な水不足で困っていた。

 魔界へ帰れば、水を飲める。だから死にはしないけれども、面倒ではある。


 それに、本来この巣は、森林をメインにした造りなのだそうだ。水が無いせいで、枯れた砂地になってしまったがな……そう語った時のフェンリルは、寂しそうでもあり、悲しそうでもあった。


 アスレチックみたいだとアズキが言ったエリアも、今は下がヘドロになってしまっているが、以前は水で満ちていた。

 あちこちにある枝だけの木も、昔は葉が生い茂っていたし、地面は草原だった。


 最奥にある枯れた大木は、本当ならばあの一帯を枝葉で覆うほど見事な大樹で、堂々とした佇まいは我らの誇りでもあったのだが……話すほどに、フェンリルの声は沈んでいく。


(どうして枯れたんだろ……【風の遺跡】だから、水魔法が使える魔獣がいないとか? でもそれだと、昔は大丈夫だったのはおかしいよね……)


 セイの心の声が聞こえたわけではないだろうが、フェンリルは理由についても語り始めた。とても親切。


『水の魔力が運ばれなくなり、火の魔力ばかりが運ばれて来るせいで、恐ろしい速さで巣の中が枯れていきおった。水の巣はどうしたのだ、偏屈な爺ゆえ選り好みが激しいのか、水のトカゲは何をしておるのだ、よもや、くたばりおったのかと予想していたが……あやつの巣が長く閉ざされていたと知り、合点がいったぞ。道理で水の魔力が運ばれて来ぬわけだ』

「……ちょっと待って」


 急に理解が難しくなった。偏屈爺とは、まさかリヴァイアサンの事だろうか? 穏やかで優しい性格だったと思うけれど。

 それに、このダンジョンの水不足の原因が【水の遺跡】にあるような言い方だった。


「運ぶ……水のを? 水じゃなくて?」

『うむ。どう説明したものか……』


 フェンリルからすれば巣の基本であり常識なので、セイたちが“何を理解出来ないのか”が分からず、かえって説明が難しいようだ。「クゥーン……」と小さな鳴き声が、風にさらわれていったのだった。

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