番外 42_冒険者ギルド本部(本部長視点) 2

長くなったので3話に分けました。これが2話目です。

※ 過去の出来事の羅列ですが、戦争についての内容があります。苦手な方はご注意ください。


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 心底理解出来ないが、現実に神の御使は冒険者ギルドに来てしまった。

 予想だにしていなかったせいで、彼の魔法適性診断を衆目の下で晒してしまったのは、痛恨のミスだ。

 あの診断結果で、彼が例の御使だと判断できた、という側面もあるが……まさか全属性Sランクの化け物だとは思っていなかったが……存在を隠し、独占して利用するつもりだった当初は、悔しさで歯噛みしたものだった。しかし今となってみれば、あれで正解だったのかもしれない。


 自分たちだけでは手に負えない。あんな、恐ろしい魔力の持ち主など。


 “無害”が神の御使だと知っているから、なんとか接していられるのだ。その気になれば一言呪文を唱えるだけで、街を全壊可能な生き物など、近くにいて耐えられる筈がない。


(そう考えると、“無害”相手に言いたい放題、怒鳴り放題のアルトは、大物なのだろうねぇ)


 “御大”とも、“生きた伝説”とも呼ばれているアルトの事は、老齢になった今でも、フォートにとっては彼が十代だった頃からずっと変わらず「手のかかる弟分」だ。


 彼が会長を務める魔法士ギルドの本部も当然、“無害”の正体は知っているだろう。

 冒険者ギルドが、ダンジョン関連で王都の役人と交渉をしたり、貴族が自領に秘匿所持している古代遺跡への内密のダンジョンアタック依頼を受けたりなどの関係で、王城の情報を得る伝手を持っているように、魔法士ギルドにも独自の情報網がある。


 まず、魔法四属性に対応した四大公爵家の一つ、風魔法の公爵家が、アルトのだ。

 アルトは先代公爵の庶子で、本妻とその長男に虐待されて育った。十代半ばに死を覚悟する出来事があったとかで家出し、平民街の魔法士ギルドにいた知人の元へ身を寄せた。


 そのまま家とは完全断絶かと思いきや、三十歳を越えたくらいになってから、交流を再開した。

 父が亡くなり、正妻の兄弟の中でも比較的仲が良かったらしい弟の方が公爵家の当主になったことで、わだかまりの全てを流したわけではなかろうが、たまに食事を共にするぐらいの仲になったようだ。


 アルトの個人的な伝手だけじゃない。ギルドとしても、魔術士塔の実力主義派と繋がっているのを、知っている。


(……実力主義派と言えば、派閥に属している古代魔術語研究塔の塔主が、モルゲイート王子に対して怒り狂い、手が付けられない状態になっていたのじゃなかったかな?)


 フォートはついでに思い出した。


 数日怒りがおさまらず、一旦は冷静になっても、しばらくすれば“思い出し怒り”でまた暴れ……それを繰り返していると聞いたが、もう落ち着いたのかねぇ。


 ハズレの神の御使が消えた直後は、原因不明の行方不明扱いだった。彼は塔の王家派に対して「なんで目ぇ離した、無能が! どうしてくれるんじゃ無能共が!」と怒り。

 しばらくして消えた理由が、王子が自分一人の判断で、ハズレを辺境へ追放したからだったとの報告が来て、怒りで罵詈雑言が止まらず。

 その後、「事実は追放では無く、ハズレ自身による出奔だった」と判明した時には怒りで暴れ回り、しかも「結界で出入りを厳しく制限している塔から、忽然と姿を消す」という不審極まりない去り方だったにも関わらず、報告もせず、捜索も調査もしていなかったという詳しい状況を聞いて、怒りで脳みそが沸騰したそうだ。


「あンの、アホ坊バカ坊カス坊無能坊々ボンボンがぁ〜〜〜!! ブッコロ……ッ」

「おい黙れ、自重しろ!」


 補佐から諌められても止まらず、塔主は吠え続けた。


「うるせ〜〜ッ! 周りから忖度されてるだけの癖に才能あるって勘違いしてるバカ王子、昔っから大っ嫌いなんじゃ〜〜! やっぱブッコロ……ッッ」

「黙れって! どうどう」


 ついでに言うと、塔主は魔道具士ギルドの本部長の兄で、兄妹共にアルトの親戚でもある。血の気の多い一族だ。

 血縁関係にありながら、行方不明になったハズレが実は王都のすぐ下にある平民街で冒険者になり、“無害”という二つ名まで付いている事は、教えて貰えていないようだった。

 ギルドでも本部の上層部の、更に一部にしか共有していない事実を、血縁だからとベラベラ喋られては困るので、当然と言えば当然である。


(それにしても、王家にあだなすことを大声で喚いておいて、彼はお咎め無しだったねぇ。それが私の所まで届くとなると、とうとうが見えてきたのかも知れないね……)


 現王家の求心力が落ちている。

 それに伴い、不穏な動きが見え始めていた。


(……よくぞ今まで長持ちしたものだと、感心するべきなのかな)


 この国は、いや、この大陸の歴史は、我らの先祖が海の向こうの島から船で到着した時から、戦いに塗れていた。


 約250年前、新天地を求めてやってきた先祖がこの大陸で見たのは、洞穴に住み、生のままの肉と木の実を食し、頭髪も髭も伸び放題の毛むくじゃらの姿で、言葉も覚束ない、獣のような生き方をしていた原住民たちだったという。


 そして、原住民たちは、邪竜に怯えて生活していた、と。


 邪竜とは、この地に君臨していた凶悪な魔獣。大蛇の姿で、今の王城を一周囲えるほどの巨体と膨大な魔力を持ち、性質は暴虐。悪魔の如き存在だったと、歴史書には記されている。


 先祖は神に祈り、邪竜に対抗出来る力を召喚によって授かった。神の協力を得て、見事戦いに勝利した先祖は、原住民たちを邪竜から解放。

 平和になったこの地に、国を興した。


(……と、伝わってはいるけれど。原住民のその後の記述が見当たらない辺り、事実は“お察し”だ)


 原住民が住んでいたらしき洞穴に、フォートも幾つかしに行ったことがあるのだが、どれも「野生動物に比べれば文化的」程度の、素朴な造りだった。あれでは、元から奪うつもりでやって来たずる賢く強欲な人間相手に、為す術も無かっただろう。


 先祖が大陸にやって来た時には既に、ダンジョンのような複雑な建築物や、高度な技術の魔道具が存在していた筈だ。しかしそれらを作れる知性が原住民たちにあったとは思えないので、250年より前に滅んだ種族が別にあったのでは無いかと、考察されている。

 この謎も、“無害”によって判明しそうな予感がするね……判明したとして、発表出来ない内容になりそうだけれど。


 なんにせよ、ご先祖たちは邪竜を倒し、原住民を(真実はどうあれ)味方につけて、この大陸を我が物とした。


 人々を率いたのは全属性に適性のあった偉大な魔導師で、彼を国王に戴き、建国。この大陸初の国王の誕生だ。


 旅と邪竜討伐に尽力した、火、風、水、土、それぞれの魔法士たちを四大公爵にして、大陸に区分を付けて割譲。他の仲間たちにも下の爵位を。

 ……おそらく、故郷の島にあった王と貴族の制度を、中途半端な知識で真似したのだろう。大陸に到着したのは若い衆が多かったようだし、安易に爵位を作って、適当に仲間内で分けた様子が、当時の記録から窺える。貴族の数や領地の区分けが、短い期間でコロコロ変わっていた。


 しかし王が偉大だったのか、国としては大きくなっていく。故郷である島から人間を呼び寄せて、人口も増えていった。


 何分、未開の大地だ。人が住みやすい土地にする為、土属性の公爵家が活躍。領土も拡大。王の信頼を勝ち取り、公爵家の中での序列で一番上に。


 王は全属性の魔法が使えたが、彼の子供は残念ながら、そうでなかった。しかも、四大公爵家の一族の女性を一人ずつ娶り、四人も正妻を持ちながら、子で成人したのは姫が二人だけ。


 王の崩御後、第一王女を娶っていた土の公爵家が、王配ではなく自らが王位についた。公爵家から王家へ。


 一度は土が天下を取ったものの、数年で分裂して二国に。すぐに内一国が内戦を始めて更に分裂、三国に。また統合。次の王は、風の公爵家だった。


 しばらく落ち着いたところで、理由は不明だが、水の公爵家が突然離反。一族と賛同者を連れて、東の山脈を越え、手付かずだった地へと大移動。

 向こう側は海に添う長い地形だった。そこを整えて独立、メイウメウ国を作った。


 当時の水の当主が、初代を凌ぐ水属性の魔力を持っていて、彼の伴侶は強い土魔法の使い手だったそうだ。

 水魔法の大家だったからか、“当主は海の流れをも自在に動かせた”と記述が残っている。

 そのおかげだろう、向こう側は激しい大渦が幾つもある荒れた海だったのに、彼らが建国してからは、常に波が穏やかであったとか。

 他の島から船で人を何度も運び入れ、交易も盛んで、いつの間にやら本国であるこちら側よりも、あちら側の方が大国になっていた。


 それを不満に思ったこちらの王が、メイウメウ国に攻め入り、戦争状態に。

 長引く戦争に風の王家が疲弊した隙を突いて、土の公爵家が反旗を翻し、内戦が勃発。風の王を玉座から引き摺り下ろして、土が王位に返り咲いた。

 しかしその王が暴君で、民に圧政を敷いた。そこで土の王弟が内乱を起こして、勝利。メイウメウ国とは停戦へ。


 そして今の、このプフエイル王国になったのだ。


 これらの大きな争いの脇で、侯爵以下の貴族同士の領土争いや、魔獣との戦いやらも数多くあった。

 200年ほどの間に、戦いまくりだ。


 そこまで好戦的でありながら、しかし敗者となった当主や一族が処刑されたという記録が、フォートが閲覧可能な範囲内では、一切見られなかった。

 処刑どころか、家格が下がることも無く、そのまま公爵に戻すだけだ。

 フォートとしては、非常に理解し難い。

 どうやら王都の聖堂にある、人の善悪を判別する【神の鏡】が関係しているらしいというところまでは調べられたが……戦争を起こすのは良くて、没落させる事が許されない理由など、どれだけ考えても分からなかった。

 

 さておき、過去に王位を奪われた風の公爵家も復讐などせず、今の土の王家になってからは、争いが格段に減っていた。


 ……現状維持できるのなら、良かったのだが。

 最近不穏な噂が、あちらこちらからフォートの所まで流れてきている。


(前王は優れた統治者だったけれど、十年前に即位した今の国王は、暗愚だ。次のモルゲイート王子にも不安があるからかねぇ)


 現王家は土魔法の家系だというのに、王子は土よりも火魔法の方が得意で、あとは風魔法にも適性有りと聞いている。三属性の魔力を持つ天才だと持て囃され、高慢になっている、とも。


(三属性は確かに凄いかもしれないが、お得意の火魔法がほぼB寄りの、ぎりぎりAランク。土がCで風がEランクでは、今ひとつだねぇ)


 その程度の能力しか無い血筋だけの男に、かしずかねばならぬのは屈辱だろう。特に、風の公爵家は。


 風の公爵家は、250年前の初代国王の第二王女が降嫁した家でもあり、今なお多くいる初代の信奉者たちから強く支持されている。


 能力面でも、他家より頭ひとつ抜けていた。隠しているが、現在公爵家の中で一番魔力が強いのが風だ。風魔法は当然として他属性も含め、一番多くの魔法使いを擁している──それこそ、王家よりも。

 農業が盛んで、この国の食を支えているのは風の領地だ。経済的にも強い。


 それを警戒して力を削ごうとしたのか、単に欲を出したのか……今の王が、金が採れる風の領地を、難癖を付けて奪った事もあった。

 この先も無能に搾取され続けるのかと、風が危機感を抱いてもおかしくはない。


 しかし、アルトの父、先代の風の公爵は、王を狙う器ではなかった。己れの力を大袈裟に誇示したがる浅薄な人間で、短絡だった。罠に嵌められ、今度こそ没落か……という寸前に、病死。長男も父に似た気質であった為、母と共に領地に監禁。次男が公爵を継いだ。長男と次男の間に、庶子のアルトがいる訳だ。ドクズである。


 若くして新当主になったアルトの弟は、十代の時から妙に老獪だった。

 王家に従順なフリが上手く、長い期間をかけてさりげなく、魔法庁と魔術士塔の人員を自派閥の人間に入れ替えて、力を付けていった。


 準備は整いつつある、あとひと押し何かがあれば……そんな時に、例の召喚儀式があったのだ。



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