番外 41_冒険者ギルド本部(本部長視点) 1

お読みいただきありがとうございます。

長くなったので3話に分けました。これが、1話目です。


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 冒険者ギルドは、国中の街や村など各所に置かれている。

 魔法士ギルドや従魔士ギルドだけでなく、薬師や鍛治士なども含めた他のギルドに比べて、支所の数が多い。それら全ての冒険者ギルドをまとめ、管理している【冒険者ギルド本部】は、王城下平民街にあった。


 冒険者ギルド本部の長であり、若かりし頃はSS級冒険者として活躍し“白刃の閃光”という二つ名も付いていたフォートは、会議室で部下から報告を受けていた。


 “無害”から提言され計画が決定した、冒険者、魔法士、魔道具士、従魔士ギルドが提携して運営する予定の【合同練習場】開発の進捗状況についてだ。


「各ギルドが練習場の候補地として提供を申し出ていた土地を調査した結果、従魔士ギルドが出した場所にほぼ決まりだ。街の西側、門から徒歩で行ける距離。低位ダンジョンが一つある」

「おやまあ。まさかダンジョンがある地を提供とはね。ドケチな彼女が、よくそんな場所を出したねぇ」

「従魔士ギルドが土地を提供できそうだと聞いて、代理人が喜んでたぞ。魔法士ギルドは土地の整備と各結界魔法を全面的に協力、魔道具士ギルドは施設に必要な諸々の設備、備品を提供すると、非常に意欲的だった。ウチは労働力として冒険者の派遣だな」

「それはまた……長年押し付け合っていた懸案が、こんなに短期間で片付くとはねぇ」


 合同練習場については、以前よりギルド内で検討しては、いた。


 ここ数年で、一人で複数のギルドに所属する人間も、違うギルドに所属する者同士で組む混合パーティーも、随分と増えた。

 しかし、冒険者ギルドの練習場は物理攻撃の武器以外は使用禁止だ。個人や剣士同士の練習は可能でも、魔法士や従魔士との連携訓練は不可。


 かといって、森や公共の場での戦闘行為も──ただの練習であっても──許されていない。

 道や建物を壊したり、通りがかりの人間に怪我を負わせて、しかもその後逃げる馬鹿が多過ぎたのだ。


 ゆえに、多種混合パーティーの戦闘は、魔獣相手にぶっつけ本番。

 そのせいで、特に十代の初心者たちが、仲間に攻撃を当ててしまい怪我をさせるという問題が、しょっちゅう発生していた。

 初心者の指導に熟練冒険者を数回同行させるという対策を取ってはいるものの、生意気対乱暴者の対決になり、結局揉め事を起こしやがるのだ。


 それでも冒険者ギルドの練習場を武器以外にも開放しないのは、単純に魔法を防御できる造りになっていないからだ。


 そもそも、冒険者ギルドは元は【剣士ギルド】だった。

 大昔という程ではない。フォートが十歳を少し越えたくらいに登録しに来た時は、まだ剣士ギルドだったくらいだ。


 約60年前、今の王家が圧政を敷いていた前王家を倒すべく内乱を起こし、勝利してプフエイル王国を建国してから、更に数年経った後だったはず。


 剣士ギルドは、騎士になれず継ぐ爵位もない低位貴族の三男以下、同じように継ぐ稼業も畑も無い平民の男共が、主な構成員だった。

 と名が付いていたが、槍でもハンマーでも弓でも、物理攻撃主体であればいい。

 王家や貴族家直属の騎士ではないので、忠誠心も無い。端的に言えば、傭兵だ。

 そしてギルドの立場は中立、役割は“傭兵の斡旋、仲介”だった。


 内乱が終わり、しばらくは後処理で忙しかったが、数年もすれば戦いの依頼は魔獣か野生の獣の駆除くらいで、他は街の清掃や荷運び、薬草採取などの便利屋的な内容ばかり。

 戦う事しか知らない者たちを野盗にしない為に、細々とした仕事の仲介をしても、男たちには不満が溜まっていった。


 同じ頃、魔術士たちの一部も不満を爆発させていた。

 魔力は、王家や高位貴族の方が高い……つまり魔術士塔の連中は、えげつないレベルの身分による差別主義者の集まりだった。

 やはり低位貴族の三男以下が、家格の高い魔術士たちから相当酷い目に合わされたらしく、遷都の混乱に乗じて十数名が塔から離反。

 彼らは生家に帰っても居場所の無い立場でもあったので、身分を捨て、平民街へやって来た。


 そして、【魔士ギルド】を作ったのだ。

 塔の魔術士たちに「あんなものは所詮、才能の無い塵芥共のおままごとさ」と嘲笑され、侮られたのがかえって良かったらしい。潰されずに済んだ。


 魔法を指南するギルドが出来た事で、これまで魔力があったのに使い方を知らなかっただけの平民たちの中に、魔法の才能を開花させる者が現れていく。少数ながらも塔に嫌気がさして下ってきた貴族の加入もポツポツあり、魔法士ギルドは力をつけ、大きく成長していった。


 平民の魔法士が増え、剣士ギルド所属の若い傭兵と幼馴染だの、飲み屋で意気投合だので、パーティーを組み始めた。そして、仲間の剣士という護衛を得た魔法士が郊外へ出て、見つけたのだ。


 魔力を通すことで開く扉を──ダンジョンを。


 ダンジョンの存在に狂喜乱舞したのは剣士ギルドの男たちだ。街の雑用にやり甲斐を感じられる者は良かったが、俺は剣士だ、戦士だというプライドがあった者たちは、現状に鬱屈した思いと未来への不安を抱えていた。そこへ齎された希望。


 凶暴な魔獣と戦い、どんな危険があるか分からない場所へと恐れず進み入り、一攫千金のお宝を得るチャンスがある。

 俺たちは便利屋なんかじゃない、そうだ、未知の古代地下建造物の奥へと宝を求めて冒険に挑む──勇敢な冒険者なんだ!!


 男たちが望む仕事はダンジョン攻略ばかりになり、そうこうしてる内に名前まで冒険者ギルドに変わっていた。


 冒険者ギルドになった事で、他ギルド所属の人間の掛け持ち登録が増えた。

 パーティーの在り方が、時代の流れと共に様変わりしていったが、既に“剣士ギルドの練習場”として完成してあった練習場を、魔法や従魔の攻撃に耐えうる設備に変えるのは、非常に困難だ。結界を随所に施さなければならなくなる。


 どこぞの耳の長い小狐はたった一匹で、とんでもない広さで、信じられない早さで、とてつもない強度で、いとも簡単に結界を張ってみせているが、本来の防御結界とは、複数名の魔術士たちが長時間詠唱を行って張るものだ。広範囲ならば、外周に専用の魔道具を等間隔に設置する必要もあるし、術式布も要る。金も恐ろしい額が飛んでいくだろう。


 いっそ全部に対応した練習場を新しく作った方がマシだ。

 だが、それを冒険者ギルドだけが担うのは、真っ平御免だった。他のギルドにも所属しているのだから。


 かと言って、合同での運営を持ちかけても、他のギルドは難色を示すだろう。「そんなに気になるんならテメェんとこだけで勝手にやれ」と言われて終わるのが、目に見えている。


 魔法士ギルドも従魔士ギルドも、本部長同士は軽口を叩き合う仲だが、組織としては冒険者ギルドに対して隔意がある。手間をかけて育てた新人が結局冒険者になり、冒険者ギルドをメインに活動してしまうという事が多いのだ。掛け持ち禁止には出来ないが、内心面白くは無い。


 冒険者ギルドとしても、剣士ギルド時代に魔法使いたちの傲慢さに苦しめられてきた恨みが根深く残っている人間が、まだまだいる。彼らは、どうして魔法士なんかの面倒をウチがみてやらにゃならんのだと、不快感を露わにしていた。


 よって、戦闘の連携行動に問題があると分かっていつつ、長年「なんとかしなければなぁ」と思うだけで、止まっていたのだ。


 その【合同練習場】計画が、“無害”が言及した事で、一気に実現に向かって走り始めた。しかも、全ギルドが積極的に協力する形で。


「全く以て、“無害”様々だねぇ」


 他の誰が言っても、絶対にどこかは反発しただろう。だが“無害”の言葉なら聞くしかない。


 なにせ、【神の御使】のお言葉だ───フォートは薄く笑みを浮かべた。


 “無害”が……セイたちが異界から来た神の使いである事は、初めから知っていた。



 ・◇・



 数ヶ月前に、王都にある神聖堂のひとつ、普段は魔獣召喚儀式に使われている【神聖月司宮】で、神の御意志により勇者召喚の儀式が行われた。


 儀式の翌日に、箝口令と共に“召喚の場で見聞きした事と勇者について、一切他言無用”という沈黙の誓約魔法も施したそうだが、遅過ぎる。そして、関わった人間が多過ぎた。

 当日の夜には、フォートの元に詳細な情報がきっちり入っていたのだから。



 ──召喚儀式の直後、魔法陣の上に現れた異界の人間は、二人。

 一人は少年。端の方で倒れていて、小さく、弱く、頼り無く、地味。

 一人は青年。中央に堂々と立ち、逞しく、なにより美しい。しかも神聖月司宮の屋根が、強い神聖力によって開き、「この者こそが神が選んだ勇者だ」と言わんばかりに、一条の光で男を照らしたのだと言う。


 これは間違いなく、美しい方が【勇者】で、地味な方は【ハズレ】だ、と。


 王家は勇者を歓待し、ハズレはその場で魔術士塔へ追いやり、監禁した。

 ……これを聞いた時、フォートは呆れて声も出なかった。何をしているんだい。


 現場とは、とかく混乱するものだ、気持ちは分からなくもない。部外者が後から「どうしてそんな事をしたんだ」「こうすれば良かったのに」「ああするべきだった」と言えるのは、出揃った情報を前に、冷静な状態で考えられるからだ。

 文句と批判を口にする人間も、いざ当事者になれば、その場の混乱と熱気に当てられ、まともな判断を下すことは難しいだろう。

 数々の修羅場をくぐり抜けてきたフォートですら、“無害”については対応が常に後手に回っている。


(だとしても、いくらなんでもお粗末過ぎやしないかい)


 鑑定魔法も、聞き取りすらも無く、印象だけで決めつけるとは。

 馬鹿にしていたフォートだったが、出征パレードで先頭を行く【勇者】本人を実際にこの目で見て、考えを改めた。


 あれは……仕方がない。


 優れた容姿もさる事ながら、存在感の強さが、なんなら近衛騎士団の若き団長よりも上だったのだ。人を惹きつける輝きと、圧倒的な覇気。


 あれでは、仕方がない。獅子と子兎を並べて、強い方を選べと言われるようなものだ。


(まあ実は子兎の方が、ウサギの皮を被ったドラゴンだったのだけれどね)


 王都の連中は、を子兎だと侮ったままだった。結果、まんまと逃げられてしまったわけだ。


 一応、勇者獲得に失敗した勢力が、ハズレの方にも利用価値がある可能性に賭けて、接触しようとはしていたらしい。しかし一旦魔術士塔に身柄を渡した以上、奪還するのが難しく。

 聖堂も狙っていたし、塔内部でもハズレを巡って争っていた。魔術士塔は元から、家柄第一で王家に擦り寄る派閥と、血筋ではなく実力を重視する派閥とで分かれて争っていたのだ。召喚儀式の見学を許されたのは勿論王家派だったのだが、彼らは【勇者】を選んでおきながら、【ハズレ】も囲い込んで離さず。

 実力主義派がどうにかハズレに会おうとしたのだが、塔内は嘘や騙し合い、裏切りが横行し、監禁場所の正確な居場所すら掴めない。


 そうして貴族たちや塔内、聖堂などが水面下で交渉したり牽制し合ったりしている間に、全く警戒していなかった王子モルゲイートがハズレに接見。しかも、逃してしまった。


 ──魔術士塔に監禁されていた、ハズレの方の被召喚者の姿が消えた。詳細は不明──


 この情報を得て、フォートはすぐさま捜索と確保に乗り出した。

 せっかく支所が全国にあるのだ。そこそこ信頼できる冒険者パーティーに「平民でも貴族でも無い微妙な雰囲気の、小柄な少年が一人で来たら、丁重にギルドまで同行願うように。詮索厳禁」と、各地の殿を見張るよう指名依頼を出した。


 何も知らぬ国で、神の御使が向かう場所は、そこ以外に無いと考えたのだ。


 だが、何故か、本気で何故かは分からないが、彼は冒険者ギルドに、しかも冒険者登録に来てしまった。

 能力、体格、性格、全てにおいて冒険者とは正反対の資質を持ちながら、一体何故……未だに最大の謎である。

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