番外 40_【試練の遺跡】最奥 5
『ツイテク! イッショ!』
輪っかになる見本になっていたのは、一階で会ったスライムだったらしい。海竜が元気に復活したので、もう着いてくる気は無くなったんだろうと考えていたのに、諦めていなかったようだ。
「ごめん、一緒に行くのは無理だよ」
『イッショ! ヤクニ、タツ!』
『貴方を随分と気に入ったようだ。その小さき泡も連れて行ってあげては貰えないだろうか』
「この子が嫌とかじゃなくて、僕たちは遠くない未来に僕たちのせか……国に帰る予定なんだ。ずっとここに住むわけじゃないから、最後まで責任持てないんだよ」
『命尽きるまで一緒に居る必要は無いぞ。この地にいる間だけで構わない。
腕輪スライムは『イッショ、イク! イッショウゥウ!』と涙声で言うことしか出来ないので、海竜が代わりにセイを説得していた。
(チビ海竜と同時にか……この子たちがそれぞれ一人ぼっちじゃなくなるなら、連れて行っても良い気がしてきたな)
『それに、その小さき泡の【
「……えっと、全部知らない言葉だね。何なのか教えて貰っても?」
“まろうかん”だけは聞いた事あるような、無いような。他はさっぱりだ。
海竜は、まず前提として、巣の中の魔獣は中でどれだけ攻撃されても死なない魔法を掛けられている影響で、魔獣の姿のままでは外へと続く扉を
巣の魔獣が外へ出たがる理由は大抵、気に入った人間に付いていく為だ。だから一旦、殻を作って中に閉じこもり、輪っか状になって人間に連れ出してもらう──ちなみに、そこまでして付いていきたくなる人間に出会えるのは、巣の魔獣にとって大変な幸運であり、幸福なのだとか。
だから海竜がスライムを連れて行ってやってくれと勧めてくるのか……納得したセイである。
『魔獣が殻に篭った状態の円環を、【魔槞環】という。巣の外へ出てしまえば、魔槞環から魔獣に戻れる。魔槞環にも、またなれる。魔槞環は仮の巣だ。しかし輪は時を経るに従って硬さを増していくのでな。硬くなり過ぎると出入りがしにくくなるのだ。傷も付くしな。だから脱皮して、また新しく魔槞環を作れるようになっている』
「脱皮」
それは、脱皮なのかな……? 何から何まで不思議な生態だ。
『自力では時間経過による脱皮を待つしか無いが、ある時、月絲族が外から魔法で殻を固めても、脱皮可能になると気付いてな。殻を早く手に入れられるので、よく頼みに来ていた。彼らが、魔槞環を魔法で固めることを【殻固化】、脱皮後の抜け殻を【殻魔環】と呼んでいた。【殻固化】の魔法は、物を固める力があれば何でもいい。土魔法がやりやすかった筈だが……誰かお持ちかな?』
「土魔法なら、僕とアズキくんとキナコくんが使えるよ」
『おおお、それは素晴らしい。では小さき泡たちよ、輪になれ』
セイたちの前に、スライムが並んで魔槞環化した。
まずは三人それぞれ一匹ずつ試してみる。輪っかの外側を、土魔法で固める……固めてスライムは大丈夫? 大丈夫だそうだ。カワウソたちは既に詠唱を始めていた。早いよ。
少しして輪っかのどこからか、スライムがつるんと出てきて、水色の腕輪だけが残った。これが、【殻魔環】。
「「「おおおー」」」
『その殻魔環を持てば、壊れるまで誰でも水魔法を使えるようになる。ついでに言うと、氷魔法で殻固化すれば、氷魔法が使えるようになるぞ』
確かに、氷魔法もモノを固める力がある。
氷魔法が使えるのはセイとキナコだ。アズキは使えない。セイとキナコで、先程とは違うスライム二匹の魔槞環を凍らせて殻固化。
水の殻魔環よりも色が薄く、カット面の多い形状で、温度は冷んやり程度。
氷魔法に適性の無いアズキに氷の殻魔環を渡してみれば、即座に水の氷結化魔法に成功。
「「「おおおー……」」」
面白い。しかし殻魔環はすぐに繰り返し作れるものでは無いらしく、一度殻固化したら、しばらくお休み期間を設けなければならないと説明された。
『私の眷属の殻魔環なのでな、水魔法の魔道具作りに最適だ。月絲族に渡せば……いや、月絲族は居ないのだったな……誰ぞ魔道具を作る人間に渡せば、良い魔道具にしてくれるだろう』
「へー、そういう使い方も出来るんだ。アズキくん、これを使ったら、水に特化した魔道具が作れるんだって」
「なんやて!?」
アズキが目をギラギラさせて、両手の指を広げてセイに突き出してきた。無言の要請、十匹欲しい……いやいや。魔槞環化して付いてくるかどうかはスライム次第で、セイにどうこう出来ることじゃない。顔を横に振ると、アズキは縋る眼差しで、指を八本にした。違う、値切り交渉じゃない。
……そんな風にアズキに気を取られていたら、セイの靴の上に魔槞環化したスライムが六匹乗っていた。
『『イッショー』』『『イッショ!』』『『ウレシー!!』』
……多い。多いなー! だけれども、魔槞環姿で踊るように跳ねるスライムを拒否するのは、可哀想だと思ってしまった。セイは唇を噛みつつ、スライム輪っかをシロが居る方とは違う手首に装着した。
魔槞環化を頑張っていたチビ海竜は、表面が
元の姿から少し縮むのが仕様なのだろうか、チビ海竜の魔槞環は、セイが二人くらい入れそうな大きさがある。今回はロウサンが一緒なので運ぶのは大丈夫。帰ったらすぐに、庭に池を作るつもりだ。
ちなみに、綺麗な円環になれば、チビ海竜の魔槞環も殻固化可能らしい。それを聞いてアズキとキナコが、獲物を狙う目でチビを凝視し始めた。やめなさい。
【試練の遺跡】ことリュウリュウ遺跡の水棲魔獣たちから貰ったお礼の品を、持参した収納袋に詰めていく。魔領域深層に棲む巨大蜘蛛からプレゼントされた蜘蛛の糸で作った袋で、驚異的な伸縮性と頑丈さを合わせ持った至高の一品である。カワウソたちが泣きながら「蜘蛛に一トン分くらい糸をおねだりしてくれぇえ」「なんでもしますからぁあ」とセイに頼んで「無茶言わないでよ」と冷たく断られ、だが結局頼まなくても行く度に蜘蛛が自主的に献上してくれて糸が増えていった、という小エピソードもある。
『……魔獣種随一の凶悪魔法を持ち、死の化身と言われるキラーデスヘル・ジャイアントスパイダーの糸か。月絲族が見れば泣きながら譲ってくれと頼んで、貰えるまで海の果てまで付いて行くだろうな……』
雑談していたら、どんな蜘蛛なのだと聞かれたので大きさや色などを答えたら、引かれた。あと、聞けば聞くほど月絲族はアズキと同タイプだ。
まだお礼を追加で渡そうとしてくる亀やネズミにやんわりお断りしたり、【交換箱】に入れるつもりで持ってきていた魔環型の魔道具を、女性人魚にチヤホヤされて気分が良くなったアズキが大盤振る舞いしたりしつつ、梱包終了。
──さて、もうひとつの
「お願いがあるんだ。近々、ここに大勢の人間たちが挑戦しにやって来る予定があるんだよ。その人たちが早めに終わってすぐ帰れるよう、僕たちでちょっと細工がしたくて……上の階層の場所を借りたいんだけど、いいかな?」
『場所だけと言わず、どんな内容であれ全力で協力する。何でも言ってくれ』
「ありがとう。いざとなったらお願いするね」
『是非言って欲しい。どんな小さな内容でも言って欲しい』
「あ、ハイ」
頼まないと怒られそうな圧を感じる。
『貴方は私たちの命の恩人だ。しかも私の分身を運ぶという大役まで引き受けてくれた。それは、私たちの未来の命も救ってくれたということなのだよ。この感謝の気持ちをどうか、捧げさせて欲しい』
「もう充分貰ったよ。ありがとう」
礼の品々の梱包後の大きさは、セイが持ち上げられないほどだ。キナコもニッコリ満足気にしている。
それに、巣を水で満たしたのは大した負担になってないし、チビ海竜の魔界行きはついでだし、気にしなくていいのに。
軽い調子のセイを、リヴァイアサンはしばらく見つめた後、真剣な声音でもうすこし近付いても構わないか聞いてきた。
どうぞと言えば、目の前までやって来て、海竜は『危害をくわえるつもりは絶対に無い』と言って、ゆっくりと指を広げてセイの足元に両前足を置いた。
それを見てワニ魔獣も、他の全ての魔獣たちも、指を広げ、セイの方へ向けて通路に前足を置き始めた。スライムは薄平べったくなり、セイの方へ核を寄せている。
「あの……?」
『私たち水に生きるモノは、水掻きを相手に見せるのが最敬礼の姿なのだ』
水竜の纏う空気が変わった。静かに、厳かに、真摯に。
『貴方が私たちにくれた命と未来なのだから、貴方の為に惜しまず使うと、誓いを捧げさせておくれ。──私【水魔の主】海竜とその眷属は、貴方から頂いた恩を決して忘れず、絶対的な味方になると、水に誓う。私たちは貴方の心に寄り添い、困難には力を、寂寞には真心を、幸福には豊かな水を贈る。この命が水に還ったその後も永遠に伝え繋いでいくと、約束する』
そんなのいいよとか、僕の方が寿命短いよとか言える雰囲気では無い。今の言葉を軽く流すのは、彼らの存在自体を軽く扱うのと同じだ。
セイは背筋を伸ばし、海竜に歩み寄った。
片膝をついて、手を胸に当て、頭を下げる。最敬礼には、最敬礼を。
「貴方たちの誠意に、心より感謝申し上げます。そして、貴方達から頂いた誠意を裏切るような行いはしないと、僕も神に誓います。もしも僕が間違えそうになった時は、どうか諌めて欲しい。それが、僕が貴方たちに望む、一番の願いです」
思いを込めて言葉を紡ぎ、しばし瞑目。……顔を上げると、全魔獣が号泣していた。
ボッチャンボッチャン落ちる涙の宝石をスライムたちが回収しては、せっせとセイに運ぶ。他の魔獣たちも加わって、大忙しだ。
賑やかになり、みんなで声をあげて笑った。
チビ海竜を連れて度々、様子を見に来ると約束して、セイたちは【水の試練の遺跡】から去って行ったのだった。
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今年一年、お世話になりました。
長く更新が止まってしまい、あまり書けませんでした。忸怩たる思いです。
自分の書いたものを読んでくださっている人がいる、というのは、今でも不思議な気分になりますし、感謝の気持ちでいっぱいです、ありがとうございます。
来年もどうかよろしくお願いします。
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