番外 39_【試練の遺跡】最奥 4
『……こんなにも世話になっておきながら、更に頼み事をするのは申し訳ないのだが』
海竜の頼みって、なんだろう? 内容を聞かなくては返事が出来ない。良いとも無理だとも言わず、続きを促した。
『月絲族が居ないのであれば、この先も魔法陣は使えぬ。魔法陣の代わりに、私と繋がっている一部を、地界のどこか……魔素の有りそうな場所へ置いてきてもらえないだろうか。自分で行ければ良いのだが、私たちは外では自由に動けんのでな』
セイは少し頷いた。水棲魔獣には難しいよね。
「どんな物か教えて貰っても? すごく大きいとか?」
『実際に見て頂いた方が早いだろう。近付いてもよろしいか?』
リヴァイアサンが中央の位置から動かなかったのは、彼の攻撃力の高さを警戒したロウサンが威圧していたからだ。
コテンがきっちり結界張っているからとロウサンに威圧を緩めてもらって、海竜の接近を待つ。
セイたちがいる円形の場所の前にある、直線の通路の上に海竜は尾ビレを乗せて、鋭い爪で一部切り離した。
『
通路に残された尾ビレの一部は、数度うねった後、海竜リヴァイアサンそっくりに変化した。大きさは、セイよりひと回りほど小さいくらいだろうか。
姿が同じだけの人形かと思いきや、自我を感じさせる動きをしている。きょときょとと、不思議そうに周りを見回した後、セイを見て何故か嬉しそうに「うぎゃっ」と鳴いた。
(海竜って、尻尾から産まれるのか!? 待って、それよりもだよ、産まれたてのこの子を、地上のどこかへ置いてきてくれって?)
「ごめん、無理。こんな小さい子を一人で置き去りにするのは、僕には無理。他に何か……」
『小さい子というが、
「分身って……じゃあこの子も、リヴァイアサンさん自身ってこと?」
『私自身では無い。身体の作りと能力は同じだが、違う意思を持った生き物に成っていくのでな』
どうやら、“産まれた子供”とは違う存在のようだ。それに、元の世界のキラキラさんたちのように、みんなで同じ意識を共有しているわけではない、と。
『違う生き物だが、元は私だ。私と魔力は繋がっているし、そこはかとなく意思は伝えられる。
「……この子に名前は無いのかな?」
『個を指す名のことだろうか。私たち魔獣は一己の名を持たない……基本的に、だが』
「そっか。僕たちは名前を呼び合うから、どうしても気になっちゃうんだ。この子に名前を付けてもらうわけには、いかないのかな?」
『すまない、魔獣が個としての名を持つのは、大変に危険でな。名を付け、そしてその名を知られると、知った相手に魔力を縛られてしまうのだよ』
「魔力を縛られちゃうの? 名前を知られただけで!?」
そんな恐ろしいことがあるのかとびっくりするセイの横で、カワウソたちが「“真名”や……“真名システム”や!」「本当にあるんですね、“真名システム”!」と感動していた。この子たちの感動するポイントは一生理解出来ない気がする。あと今更だけど、なんでこんなに異世界事情に詳しいんだろう。
真名はよく分からないけれど、確かに名前があればセイはしょっちゅう呼んでしまうに決まっている。危険が及ぶのなら諦めよう。
(それにしても、まさかの“生き物”かぁ……物なら魔領域深層に置く気だったけど)
しかも、水の多い所でなければならない。それが難しい。
この国周辺に自然の水源は無く、魔領域深層にちらほら沼と小川があるが、とても貴重で、水魔法が使えない魔獣たちが牽制し合って使っている状況だ。チビ海竜に独占させるわけにはいかない。
更に、魔領域の魔獣たちはセイの前では大人しくしているだけで、群れ以外の魔獣同士の仲は決して良くはなく、いざとなれば縄張り争いで殺し合いにすら発展する。そんな所へ生まれたてのチビを一匹放置して帰るなんて、出来るわけがない。
(この子を一人で放すなら、もうちょっと成長してからじゃないと。狩りの仕方も教えてからの方が良いよね。海竜なんだから、本当はただの水場より、海が良い。一番大事なのは、魔素が多い所……ってなると)
真剣に思考を巡らせる。既に里親気分だ。
蒼色のつぶらな瞳でセイを無邪気に見てくるチビ海竜に、情が湧いたのだ。……自分でも、ちょろいと分かっている。
「この子、本当は魔界の海に放してあげるのが一番だよね?」
『……無論、それが一番有難い。だが、人が魔界へ行くのは……』
「それなんだけど、実は僕たち、元々魔界と地界が繋がってる門を目指してて。ここに来たのも、その一環なんだ。門まで行くんなら、ついでに魔界にも行けなくもないかなって……ダメかな?」
最後の問いかけは、仲間に対してだ。ロウサンとコテンは苦笑気味に頷き、服の中のみんなからも了承の返事があり、カワウソたちに至っては首がもげる勢いで顔を縦に振っていた。はいっ喜んでー!
「みんなも良いって言ってくれたから、魔界に行くよ。あ、今すぐじゃなくて、もっと後の話になっちゃうんだけど」
『──そうか、貴方たちは【真の挑戦者】だったのか』
「ん? 真の、挑戦者?」
そんな話、してたっけ? 戸惑うセイに、海竜が説明をしてくれたところ。
巣に入って来る人間は、殆どが【普通の挑戦者】だ。
魔獣と戦う者と、遺跡の中の素材を採る者とで小さな群れを作ってやって来て、下へ進むのはより良い素材を求めていただけで、これ以上は危険だと判断すれば、すんなり帰って行く。
しかしごく稀に、“魔界へ行く為”に巣の最奥を目指す【真の挑戦者】がいた。
魔界へ行く目的が何かは知らないが、地界に行きたがる魔獣がいるのだから、逆もあるのだろう。
人間が魔界へ行くには、幾つかの試練に挑まなければならない。
「試練の内容って、やっぱり一番下まで行って、リヴァイアサンさんに勝つこと?」
『いや、巣の主に認められる事が、条件だ。戦わずとも、貴方ならば証を授けるしな。少し待ってくれ』
海竜が数回頭を振り、落ちた鬣の中から一本選び、それを人魚が拾ってセイに運んできた。セイの腕くらいの長さがあり、太さはお箸ほど。しかし軽く、柔らかい。
『その鬣が、私、水の竜が認めた証。次に加護を授ける。──貴方たち全員へ、魔界の激浪が優しいさざ波へと変わるよう、加護を』
海竜は「ウギュオォオオーゥ」と声をあげた。
……何の変化も感じられない。だけど海竜が、魔法が無事に発動して良かった、これも全て魔海水を丸ごと転移してくれた貴方のおかげだと礼を言っているので、無事に加護が貰えたらしい。
念のため、自分と仲間たちに悪いものじゃ無かったか鑑定してみたが、問題無かった。
『そして次に……なんだったか。うむ、しばし待て。永らく【真の挑戦者】が来なかったせいで記憶が……』
海竜が俯いてうんうん唸り、ワニ魔獣は首を右に、ゆっくり左にと捻って思い出そうとしている。長命の生き物には、長命なりの苦労があるようだ。頑張って。
『うむぅ、ちと聞くが、魔法属性は幾つあるのだったかな』
「魔法属性は、基本が水、火、土、風の四つで……」
『おおお、それだ! ならば、あと三つの巣だ』
試練の遺跡は四属性ではというアズキの予想が大当たりしたようだ。小声で通訳すると、アズキは「フッ、やはりな」とニヒルな笑みを浮かべた。次はそのキャラでいくの?
『残り三つの巣を回り、そこの主たち全員に認められなくてはならない。だが貴方なら、きっと大丈夫だろう。巣の場所は、私の鬣を手に持ち念じると、巣のある方向を向くのでな。それに従って進めば、迷わず着ける。順はどこからでも良いが、目指すのは【火の鳥、土の牛、風の狼】だ』
「火の鳥、土の牛、……風の、狼」
「「「風の、狼」」」
みんなの心が一つになった。それ、フェンリルちゃう?
「あの……もしかして、風の狼から貰える証って、ヒゲだったりする?」
『奴らの魔力が籠っているかどうかで判断しているのでな、ヒゲかどうかは……』
「
手首に巻いてあったフェンリルのヒゲを解いて、海竜に見えるよう掲げたら、
『んむ? お、おおお、それはまさしく!』
やっぱりフェンリルやんけ。
なんてことだ、王家が秘匿してるはずの【試練の遺跡】が、ダンジョンとして解放され、冒険者たちに攻略されている可能性が……
「まあ、いいか」
「まあええやろ」
バーナダンジョンには後日確認に行くとして、続きを聞こう。
『ではあと、火と土だな。四つの巣の主の証が揃うと、【最後の主の巣】へと案内されるのだ』
「あ、まだあったんだ。最後の主の巣って、魔法属性は何になるんだろ」
『うむ、ちと記憶がな……まだ何かあった気がするのだが、思い出せん。すまない』
「全然。ものすごく参考になったよ、ありがとう」
その最後の巣が【天空の島】っぽいけど……今は予想しか出来ない。とりあえず他の試練の遺跡を攻略しなくては。セイたちは視線を合わせ、みんなで頷いた。
海竜と話している間、チビ海竜は水の中を信じられない速さで泳ぎまくっていた。帰ってきた時には口に魚を何匹も咥えていて、得意そうな顔を見せつけてくる。可愛いなぁ、ちゃんと魔界に運んであげるからね。ほっこりした気分でチビ海竜を撫でた。
だが、水の生物だ。短い前足はあるけれど、後ろ足は無い。水の中の時と違って、通路の上では動きにくそうだ。どうやって面倒を見たらいいんだ?
セイたちが魔界の門へ行ける段階になるまで、チビ海竜はここへ置いておけないのか提案したら、今から外の空気と繋がっておきたい、それに、同じ巣に主となる海竜が二匹いるのは序列的にまずいのだと、とても申し訳無さそうに言われてしまった。持って行くのが邪魔なら、時期が来るまでこの巣の外に置いておいて構わない……何言ってんの、無理無理無理。
『
水槽を作ってから迎えにこようかな? など色々考えていたら、海竜が配下の魔獣に呼びかけた。それに応えて、チビ海竜とセイたちの前にスライムが、ぽよん、ぽよよんと気の抜ける音を立ててやって来る。
細長く伸びて輪っかになり、硬化して腕輪になるスライム。
その様子をじーっと見ていたチビ海竜は、不器用な動きで円形になり、硬くなろうとジタバタもがいている……一度見ただけで成功するほど、簡単ではないもよう。
チビを見守っていると、腕輪になったスライムが、その形のまま床をカランカランと跳ねた。
『ツイテク! イッショ!』
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