番外 38_【試練の遺跡】最奥 3
お読みいただきありがとうございます。
前話の最後あたりの宝珠を取ると会話しているカワウソたちの後にあった一文
“取るんだ……セイはちょっと引いた” から、
“ 今回もセイ自身は魔獣に頼んで宝珠を借りるつもりで、取るつもりなんて無かったのだが。事前の意志の擦り合わせが上手く出来ていなかったようだ。” に変更しました。
──────────
リヴァイアサンが語っていた最後のセリフを聞き取り、セイは問いかけた。
「あの、その“魔界へ帰れない”っていうの気になってたんだけど。もしかしてここの魔獣たちは、人間に攻撃されても、魔界へ帰れない……?」
『魔界へは帰れなかった。みな、地下に落ちるしか無かった』
「地下? 落ちる?」
『うむ』
海竜リヴァイアサンが言うには、通常であれば攻撃を受けた魔獣は、魔界へ帰るか、最下層の更に奥にある場所、地下へ戻るかを選べる。魔界に用の無い魔獣は、いちいち帰ったりしないで遺跡内に転送される方を選んでいたのだとか。
しかし、魔法陣が使えなくなり、魔界へ帰れなくなった魔獣たちは地下へ落ちる手段しか選べなくなった。
それでも海竜の眷属はこの巣内ならばどれだけ攻撃を受けようと、傷を負うことが無いので大丈夫だった──人間からの攻撃に対してならば。
『魔法陣は、魔界と地界を結ぶ転移陣でもある。鍵が無く陣が動かねば、我らに待っている未来は、破滅のみだった』
魔界から魔素が届かなくなった以上、魔法が使えるのは、巣の中に残っていた分だけ。
やがて水魔法も使えなくなり、巣全体に大量に蓄えてあった水も減っていく一方。
しかも鍵を持ち去られた後、月絲族だけでなく、人間まで誰も来なくなってしまった。
それまでは度々来ていたのに、それ以後の長い時間の中で、人間がやってきた回数は指の数ほど──ちなみにリヴァイアサンの指は片手三本だった──そんな状況では、
地界へと続く地上一階の扉は中からは開けられない為、長く閉ざされたまま……地界からの僅かな魔素も、新鮮な空気も望めず、巣は荒廃していくばかり。
『少し前に、どれだけぶりか巣と地上を隔てる扉が開いたのだ。最下層のここの水もほぼ無くなり、もはや我々に猶予など無い、これが最後の好機だと言って、扉そのものを壊す為に掟を破りコヤツが上層へ向かったのだが……間に合わず扉はまた閉まってしまった』
「それは……」
討伐隊の時の事だろう。あの時のワニ魔獣に、そんな事情があったなんて。
『外からの僅かな魔素を頼りに、ほんの少しの隙間だけでもと放った水魔法の攻撃が、長い時間をかけて私たちを蝕んだ淀んだ空気のせいで、汚れた水しか出せず。扉に傷をつける事も出来ず、さらに殆どが自分に跳ね返ってきて、酷い臭いになってしまったと随分とショゲていた。みなの迷惑になるから自分は違う所に居ると言って、上の階に留まっていたのだ。もう水の一滴すら残っていない場所に』
「…………」
扉を閉めた姫のタイミングはともかくとして、討伐隊を守る為には閉めるしか無かったと、セイも理解している。あの時のワニ魔獣は、明確に脅威だった。それはそれとして、良心が痛むのも事実。
「あの、念入りに洗浄魔法掛けて良いかな、体内はまだ綺麗になってないよね?」
せめてと思い、セイは申し出た。『有難いが……』と海竜の声が聞こえた瞬間には「──【
ついでに海竜も魔獣たちもまとめて、“体内の悪いもの、綺麗になれ”と念じて、掛けておく。
『おおお、……おおお!』
『おおお、これは……なんという……』
リヴァイアサンとワニ魔獣の周囲が虹色に輝いた。ワニ魔獣が透明な涙を流し始め、そして何故か、魔獣たちは体が軽くなった、力が漲ると大喜びし、リヴァイアサンは
「……なあ、セイ」
「……ちょっと、セイくん?」
「いや、あの。僕にも何がなんだか」
カワウソたちが「なにやらかしてんねん」という顔で見てくるが、セイにも何が起きたのか分からない。
白く濁っていた海竜の眼球が、綺麗に治っている。ちゃんと見えてもいるらしい。良いことだけれど、なんでだ?
魚込みの魔海水丸ごと転移といい、魔獣たちが喜ぶ内容だとしても、意図していない大きな魔法が発動するのは正直恐ろしい。どうして……考えてセイは気付いた。
(やば、魔力を最大で出しっ放しだ!)
大蛇型のセイの魔力が、地中のこの遺跡に巻きついたままだった。急いで魔力量を調節する。御大との訓練を頑張っておいて良かった。街すら吞み込める大きさの魔力を数秒で小さく萎ませて、地中深くへと還って行くイメージでほぼ消した。
ふぅ、とため息をついて海竜を見ると、ずっと泣いていたらしく、大粒の涙がボチャボチャと水面に落ちている。涙が硬そうに見えるのは、気のせいかな?
『水の素晴らしさは体で感じていたが、こうして我が眼で見る景色のなんと素晴らしいことか。なんと美しい、水で満ちた我らの巣の姿よ…………おかしいな、なぜこんなに美しいのだ? 私の目が見えていた時にはもうだいぶ汚れていた筈だぞ。……あの人間が来るなり全部綺麗にした? 巣全部を? 本当に人間なのか? 多分? ……多分か』
海竜と魔獣たちの会話が小さく聴こえてくる。魔獣たちの返事が、さっきより自信無さげなのはどういう事だ。ちゃんと人間ですけど?
『人に似た生き物よ、有難う。既に返しきれぬほどの恩を受けていたというのに……何で報いれば良いのか見当もつかぬよ。礼に、まずは私の鱗を渡そう。危険だから動かないでくれ』
「もしかして[鱗カッター]を飛ばすのかな?」
“似た”とかいう余分な装飾が増えているのは一旦スルーして、リヴァイアサンの鑑定結果に出ていた内容を思い出す。これは、フェンリルの尻尾の同じパターンな気がするな。
『まさに。よくご存知だ』
「あっちの通路に向けて、だね。──みんな、今からリヴァイアサンさんが僕たちにくれる為に、鱗を飛ばすからね」
気を付けて、というのもあるが、攻撃されたと勘違いして反撃しないようにという意図を込めて、主にロウサンに向かって通訳する。
コテンがさりげなく強固な結界を張って備えていた。それを知っているので、カワウソたちは余裕でワクワクした顔をしている。
海竜は横を向き、何も無い通路へ向かって鱗を飛ばした。
分厚い石を切り裂いて食い込み、光る鱗が数十枚……攻撃力、たっか。鍵を持ち去った昔の人間たち、よく勝てたな。
人魚たちが数名、鱗の回収に向かった。他の人魚や亀魔獣、ネズミ魔獣がセイたちへと向かって泳いでくる。
また水が足に被るかも……水を減らそうとしたら、知らない間に水位が少し下がっていた。遺跡の壁の中にでも染み込んでいったのだろうか。
近付いて来た人魚は女性たちで、みんな上半身にヒラヒラした薄い布を何枚も重ねたような服を着ていて──アズキが「なんで貝殻ビキニやないねん……!」と血を吐くような叫びを上げて、キナコにどつき倒されていた──手には水底から拾って来たと思われる珊瑚礁のようなものを持っている。
それをセイに差し出して、人魚たちは口々に感謝の言葉を口にした。
『助けてくれてありがとう! これね、硬い海藻でね、主様の鱗で切れるから、ちょっとだけ切って口に入れてみて。少しずつ溶けて美味しいの。あげるね』
『こっちのはすごく甘いんだよ。お水いっぱいありがとう。もうね、ダメだと思ってたの……』
『もう全然お水無くなって、乾いて、苦しくて。でも上からたくさんお水の粒が落ちてきて……あの時、これで、も、もう大丈夫なんだって思って……私、私……っ』
『お、お水がね、鱗にいっぱい当たって……ほんと、どう言えばいいのか分からないんだけど、ほんと、あり、ありがとう……!』
人魚たちの目から涙が溢れ、通路に落ちてコンッ、コンコン、コロコロと硬い音を立てている。セイは慌てて言った。
「あの! 最初に水魔法でたくさん雨を降らせたのは、この子たちなんだ。アズキくんとキナコくんなんだよ、だからこの子たちに向かって言って欲しいんだ」
『アズキクンとキナコクンだね、ありがとう。とても優しい水魔法で……心まで潤ってく感じがしてたよ。私たちを癒してくれて、ありがとう』
『顔にね、君たちの水魔法が当たって、ずっと目の前が真っ暗だったのに、ぱあって明るくなったの。君たちは私たちに、希望をくれたんだよ、ありがとう』
セイは人魚たちの言葉を簡潔にまとめたりせずに、一言一句そのまま、丁寧にカワウソたちに伝えた。
アズキとキナコが顔を見合わせた後、「「えへへ」」と照れ臭そうに笑った。
「セイくんに比べたら、ぼくたち大したこと出来てないんですけどね」
「そんな事ないよ、キナコくんたちの水魔法を鑑定して、やっと僕も使えるようになったんだから。最初にみんなを助けたのは、キナコくんとアズキくんで間違いないよ」
「セイが突然水魔法使えるようになった理由については、後で聞くとして……喜んでもらえたなら嬉しいわ。とっ、ところで、この涙が宝石になったヤツって、もろてもええんかなっ?」
人魚たちがあまりにも熱い感謝の眼差しで見つめるので、恥ずかしがって上擦った声を出しながら、アズキが固形になった人魚の涙を指差した。
人魚たちに聞いたら『どうぞどうぞ!』『いくらでもどうぞ』と泣き笑いしながら譲ってくれた。
セイにも人魚たちは涙を流しながらお礼を言ってくる。もう充分貰ったから、どうか泣き止んで欲しい。
亀魔獣たちからは紐状になった柔らかい貝、小型犬くらいの大きさがあるネズミ魔獣(泳ぎが上手かった)たちからは変わった形の魚を貰った。
泳いで来る姿が見えなかっただけでスライムたちも来ていて、手のひらサイズで雫型の透明の石をたくさん……これ、石じゃなくて海竜の涙じゃ……?
男性型人魚たちが届けてくれた海竜の鱗は、大きさはまちまちで、小さいのは片手の手のひらくらい、一番大きいのは両手ひと抱えくらいあった。色は透明から濃い青へグラデーション。
薄く、思っていたよりも柔らかい。しかし、やはりフェンリルの尻尾の毛と同じく、魔力を通すと非常に硬くなり、鱗の
ちなみに、鱗を小さく切っても同じように使えるらしい。カワウソたちから「砕いてから固めても?」「溶かしてから固めても?」などの質問が飛んできて、一応通訳はしたが海竜は試したこと無いから分からないと、困っていた。なんか、すみません……。
どんどんとお礼の品が積み上がっていくので、ストップをかける。魚は貴方たちで食べるべきだろう。
『もっと礼をしたいのだが……』
「いえいえ、もう充分過ぎるほど貰ったので。……それより、今はいいけど、鍵が無いままだと結局また水が減ってくだけになるよね。宝珠、じゃなくて鍵って、取り返すつもりでいるのかな?」
『いや、取り返す気は無い。元はと言えば負けた私が悪いのだから。それに取り返しても、鍵は壊れて使えんだろう』
「壊れてる? 取られた時にはもう壊れかけてたってこと?」
『当時は問題無かったが……そもそも道具とは時が過ぎれば必ず壊れるものだ。月絲族の点検も修理も無いまま、巣の水が全て干上がる程の長い期間放置された鍵が、今更魔法陣に嵌め直したとて通常通りに動くとは、とても思えんよ』
「それは……そうだね」
魔領域の魔獣たちもだが、彼らはちょいちょい「せやな」としか返しようのない事を言ってくる。せやな、間違いないで。
(ってことは、他のダンジョンの鍵も、いつ壊れてもおかしくないって事だよね……この国全部から、月絲族は消えてるんだから)
調べた結果、予測として月絲族は百年以上前には、滅んでいる。つまりそれぐらい昔から、ダンジョンのメンテナンスが全くされていない……結構、恐怖だ。
月絲族について、バーナダンジョン攻略後に、トアルに冒険者ギルドの記録を見てもらったり、セイたちは王城の書庫に忍び込んで記述を探したりしたのだが、情報は一切見つけられなかった。
しかし調べられたのは、今から約百年前までの記録だけなので、それより前はまだ不明だ。
女神にも訊ねようとしたけれど、彼女からは「忙しくて当分行けませんっ、ごべんなざいぃい!」という泣き声だけが一方的に届いて、それ以来どれだけ天に向かって声を掛けても返事が無い。
こちらからは会いに行けないので、女神から連絡を断たれると完全に音信不通になってしまう。
この不具合について、女神に絶対に解決案を出させるとキナコとコテンの尻尾が怒りですごい事になっていた。どこまで強く床に叩きつけられるか限界に挑戦状態だったので、途中からアズキも参戦していた。
それはさておき、鍵を取り返さないのであれば、新しく作るしか無い。
しかし、肝心の月絲族が存在しない……リヴァイアサンにも伝えたところ、『そうか。時の流れは海の形すらも変えるのだ、物は壊れ、生き物は息絶え、植物は枯れ……そして新たに生まれるものだ。我らもまた同じ流れにいる、仕方のない事だな。ただ、月絲族のみなに礼も言えぬままであった事を残念に思う。知らせてくれて有難う』と穏やかに、受け入れてくれた。
だが、それでは、どうするのか──?
『……こんなにも世話になっておきながら、更に頼み事をするのは申し訳ないのだが』
「頼み事?」
なんだろう?
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