番外 43_冒険者ギルド本部(本部長視点) 3

長くなったので3話に分けました。これが3話目です。

※ 辞めると言っていたトアルが本部にいますが、本部長に既に退職願い出してます(引き止められてます)


──────────


 召喚後、王家に囲われた勇者。監禁後、行方知れずになったハズレの神の御使。

 そして、突然現れた二つ名持ちの謎の冒険者、“無害”。

 どれか一つでも手に入れられたなら、になるだろう。


 ……出現のタイミングで、ハズレと“無害”を結びつけられてしまうかと危惧していたが、意外にも貴族側は誰も気が付いていないようだった。

 御使は“ハズレ”の印象が強く、最強で一気に名が売れた“無害”とかけ離れている。

 それに、“無害”の方も、外見イメージを操作した。ギルド間で協力してすぐに偽物たちをばら撒いて、本人とはかけ離れた容姿と、デタラメな能力を拡散させたのだ。本人セイを見て、“無害”だと気付くのは、本当の知り合いだけだ。


 ちなみに、噂でしか“無害”を知らない者たちが抱いているイメージで、今一番有力なのは、長身の剣士、漆黒の髪に赤い目をした、無口でクールでダークなロンリーウルフらしい……従魔だけが友達だ。


 風の公爵家はその一匹狼ロンリーウルフに接触しようと、冒険者ギルドへ「指名依頼」という形で、何度も紹介を強請ねだって来ていた。しかし、“無害”サイドの許可を得て、ギルドはこれを完全拒否。

 権力者がよく変わるので、剣士ギルドの時分から、完全中立を貫いている。特定の貴族に肩入れする事は絶対に無いし、要請に対する拒否権がある。


 アルトも、よりも“無害”を選んでいるようで、僅かな情報提供すら拒否していると、魔法士ギルド本部に送り込んでいる間諜から報告を受けていた。

 魔法士ギルド練習場で“無害”を見学する者には、コテン殿と“無害”が共同製作した【沈黙魔法】を施されるので、情報が流れることは無い。


 だからと言って、勿論安心などしていない。


 実はバーナダンジョンは風の公爵家の所有物だ。冒険者ギルドは有料で借りているだけに過ぎず、報告はしなければならない。ある程度は誤魔化した内容にしたものの、【交換箱】については報告しないわけにいかず、“無害”の魔獣の言葉が分かる能力も(最大限に薄めて)伝えなければいけなかった。


 バーナダンジョンへのアタック権は公爵家が優先だ。いずれ、ラスボスが【フェンリル】だと知るだろう。そして、“無害”を使えば当主の従魔に出来るのではと、公爵家が考えたら……?

 漠然と「役に立つのでは」程度に考えていたのと、具体的な欲求を持つのでは、意欲が違ってくる。

 王位を奪う為に、貪欲に“無害”を確保しようと動くだろう。


(まあ“無害”に無理強いできる人間がいるとは思わないけれど。どちらかと言えば、どの程度の行動で、“無害”の従魔たちが怒るのかが分からない……そちらの方が心配だねぇ)


 頭の痛いことだ。


 “無害”に目を付けているのは今のところ風だけで、他の貴族家は、少し腕の立つ平民の冒険者程度と侮っている。しかしこの先、どう転ぶか……。


 なんと言っても、王位を狙っているのは、全ての公爵家なのだから。


 ・◇・


 一番露骨に王位にギラついているのは、水の公爵家だ。


 以前の水の公爵家が抜けて出来た空席を埋める為に、比較的水の魔法使いが多くいた侯爵家が陞爵し、今の公爵家が誕生した。


 プフエイル王国の前王には「水は民の命だ。大儀である」と重用されていたのに、今の王からは「我が国に水が少ないのは貴殿の力不足が原因だ」と責められ、公爵になってもう何十年と経つのに未だに新参だと、他家からも嘲られている。

 不平不満を持つなという方が、無理だ。


 不満というより、もはや憎しみすら抱きつつある中、寄子の男爵領で【聖女】が見つかった。

 軽い怪我を治すくらいの弱い力だそうだが、それでも聖女は聖女。【聖属性】持ちが貴重なのは、紛れも無い事実。


 そうして水の公爵家は、聖女を迎え入れた聖堂と懇意になる内に……唆されたのだろう。権力を欲する姿勢を、隠そうともしなくなっていた。

 先代国王が決めた公爵家嫡男と第一王女の婚約も、この先もしかすると……と囁かれている。


 ・◇・


 隣国のメイウメウ国も、ここ数年、プフエイル王国を狙う動きが活発化している。

 戦が始まれば、冒険者ギルドはまた剣士ギルドへ逆戻りだ。国内だけでなく、隣国の情報収集も手は抜かない。


 あちらは水が豊富な代わりに、地盤の緩さが悩みの種だそうだから、土属性の魔法使いを奪いたいのではと予測していた。

 ところが、それ以上に気になる情報が入ってきた。海に強いはずのあの国で、船の事故が増えつつある、と。

 ──もしや王族の水魔法の力が弱まっているのでは? ……あくまでも、予想だ。

 しかし、土の王家のモルゲイート王子が、実際に土の魔力に乏しい。その事実を鑑みれば、あり得なくも無い。

 ならば、この国の領土そのものを、欲しているのか。


 理由が何であれ、隣国の間諜が近年増えてきているのは、間違いない。


 ・◇・


 一番警戒すべきは、火の公爵家だ。


 建国当時は同列であった四家で唯一、玉座に座っていない。

 火の公爵家は領地が魔領域に隣接しており、魔獣への警戒と対策で、王位に手を伸ばす余裕が無かった……のもあるが、一番大きい理由は彼らの気質ではなかろうか。

 初代の頃より、どの家が王になっても追従し、自分たちはひたすら魔獣狩りに勤しむ戦闘集団だった。


 そんな彼らが何故、今になって王位を欲する仕草を見せ始めたのか。


 考えられるきっかけは、やはり“召喚儀式”だ。

 国を滅ぼすレベルの凶悪な魔獣と戦う為に、神が遣わした圧倒的な戦力、【勇者】。

 もしもその勇者が、魔領域の魔獣共を難なく蹴散らせる力を持っていたら──?


 魔領域を勇者に任せ、我らは王都へ討って出ることが可能!

 一度くらいは、やっぱり王座に座ってみたい!!


 ……火の公爵家と一族は、幼少から勉学より戦闘訓練第一で、考え方がやや脳筋な傾向にあった。


 魔獣との戦闘が多い火の公爵家は、騎士団を複数有していて、戦闘員の殆どが物理攻撃主体だ。

 魔法を実戦で使えるレベルの人間は、それほど多くないからだ。


 建国時の王と公爵が魔力基準であったので、昔からこの国では魔法力が重要視されている。実際に身分が高いほど魔力が高いという。魔法が使える人間が多くないからこそ、貴族たちは自分たちを“特別な存在”としているとも言える。


 火の公爵家は、魔法使いは少なくとも領民にも戦える者が非常に多く、しかも他家が戦いから遠ざかっていた昨今、実戦経験で群を抜いている。

 戦を起こせば、脳筋故に引き際を見極められず、戦闘能力の高さも相まって、過去最悪の被害を出す可能性があった。他ギルドも一番警戒して注視している家だ。


 今回、勇者の魔王討伐隊に騎士団代表として入っている女性剣士は、火の公爵家の長女だ。

 当主から「勇者の力がだと判断したなら、一服盛って夜這いしろ。孕んででもモノにして持って帰って来い!」と命令されているとか。


(“持って帰った”ところで、いくら勇者とはいえ、たった一人で魔領域をどうこう出来るわけがないと、誰よりも一番知っているだろうに)


 Sランクの魔獣種がどれだけいると思って……いや、“無害”たちならどうかな? そんな考えが過ったフォートは、同じ室内にいた魔法部部長のトアルに問いかけた。


「トアルくん、ちょっとした疑問なのだけどね。もしも“無害”が魔領域へ行ったら……どうなると思うね?」

「魔領域で新しい王が誕生だ! 一年、いや、半年かからないんじゃないかな!?」

「そうかい。……恐ろしい話だねぇ」

「魔領域深層の一番奥に建つ王城かぁ、見たいなぁ!」

「……恐ろしいねぇ」


 なにを馬鹿なことを、と言えなかった。“無害”が魔獣たちの王になる姿が、フォートにも見えてしまった。随分と気さくで優しい王様になるに違いない……そして、魔獣たちが勝手に“無害”の為に頑張ってしまうのだろう。簡単に想像出来る。

 頭痛がしてフォートはこめかみを揉んだ。


(“無害”の強さは知っている。しかし、【勇者】の強さが殆ど伝わって来ないのは、どういう事だろうねぇ?)


 魔法はほぼ使えず、剣技と体術が凄まじい──「凄まじい」と言うだけで、どんな敵を屠り、何を為したのか、具体的な内容は伝わってこない。まるで、訓練を一緒にやっていないのではと、思うくらいに。


 代わりに、王城が勇者に対して、どんな扱いをしているのかは、よく聞こえてくる。


 召喚直後は、王城も聖殿も貴族も、随分と持て囃し、賓客扱いをしていた。

 しばらくすると、勇者を離宮に押し込めて、雑な扱いに変わっていったそうだ。


 従僕すら付けないのは何故か……以前に思案していたら、トアルが鼻で笑って「いい加減な沈黙魔法かけたせいだろ、どうせ」と推測を言った事があった。

 勇者と召喚に関した内容を話せないよう、関係者全てに他言無用の魔法を掛けたせいで、勇者について何も話せなくなり、世話人を手配する指示も出せなくなっているのでは、だそうだ。

 そんな馬鹿な、と言えなかった。有り得そうだ、と思ってしまった。


 だが、魔法が悪さしていたとしても、コテンとイタチーズが考えた異常に条件の細かい強制力のある沈黙魔法とは違い、抜け道があるはずだ。なのに、勇者への対応は悪くなる一方、改善される兆しが全く見えない。


(王族や貴族とも、なんだかんだで長い付き合いだ。どう考えているか、少しは分かるけれどね……)


 勇者は、どんな扱いをされても文句ひとつ言わず、常に従順だと聞く。

 王城の奴らはどんどん調子に乗っていったことだろう。

 相手がおとなしく指示に従う事で、自分の方が上だと錯覚し、“神の使いに命令出来る”という、歪んだ優越感に酔っただろう。


 更に、接していく内に勇者の存在感の強さにも慣れ、彼らは気付く──勇者自体は、神では無い。力が強いだけの【人間】だ、と。

 しかも平民だ。


 神の御使と崇めていたのが、「コイツは神が我々の為に遣わした人間なのだから、我々の為に何でもして当然だ」になり、「コイツが我々の為に命懸けで働く事こそが、神の御意志」となったのだろう。


(そんな馬鹿な事がある訳ないだろうに。中にいると気付かないものなんだろうねぇ)


 フォートは、勇者が本当に「人間の為、王家の為」に召喚されたのかすら、怪しいと見ていた。


 何故ならば、同じく神から遣わされたはずの“無害”から、「この国の人の為に頑張る、それが僕の使命」などといった気概を感じた事が、ただの一度も無いからだ。


 神の御使であるし、性格的にも、“無害”が人に危害を加えることは無いと、信頼している。

 我々に途轍も無い恩恵も与えてくれた。だけれども、あれは偶然の産物というか、何かのついでに予定外にやってしまった、といった気配を感じるのだ。人の為に積極的に動いた結果には見えなかった。


 おそらく、彼らは、彼ら独自のルールで動いている。


 勇者と“無害”が仲間同士かは不明だが、同時に召喚されてきたのだから、繋がっているとみるべきだ。

 あの小動物の皮を被ったSSランクの従魔たちも、召喚時には姿がなかった筈。フェンリルに間違われた【神狼】が、一瞬で姿を消す様子も目撃されていたし、気付かれていないだけで連絡を取り合っている可能性の方が高い。

 ……だとすれば。


(勇者の今の状況を知っているなら、“無害”が、このまま見過ごすとは、とても思えないねぇ)


 さて。どうなる事だろうねぇ? フォートは昏く笑う。


 怒ったとて戦いを厭うだろう“無害”が、何をするのかは全く想像がつかない。

 だが彼の能力は、本人の意思すら届かない強さで、波乱となって国中に吹き荒れるだろう。


 少し思案して、フォートは合同練習場担当の部下に声を掛けた。


「合同練習場の予定地だけれどね、もし王都が変われば、場所も変更になるだろう? しばらく保留にするよう、次の会合の時に提案しておいておくれ」

「……次の王都は、風の南か、火の西か。確かに、もうじき変わりそうだな。本部の建物ここも老朽化してきたし、そろそろ引っ越したいと思っていたところだ」


 王が変われば、その領地に合わせて王城と王都の場所も変わるのが、今までの習わしだ。

 これから何が起こったとしても、現王家が倒れるのは確実、という意図を正確に読み取って、部下も物騒な笑みを浮かべた。

 国の平穏を望む気持ちは本物だが、自分が戦いの中に入る事に血が騒いでしまうのは、元剣士としてのさがだろうか。


 次の王都は魔領域だ! 手を叩いてはしゃいでいるトアルを横目に、会議は次の議題へと移っていった。

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