番外 35_【試練の遺跡】入り口



「それじゃあ、行こっか」

「さっさと攻略しちゃいましょう!」

「【試練の遺跡】が地下三十階とかあってみい、あの討伐隊に任せといたら百年かかっても終わらんわ」

「ダンジョンの大体の要領は掴めたしねー、なんとかなるでしょ」



 セイたちは、試練の遺跡──【リュウリュウ・ダンジョン】攻略の為に、スーエの森へと向かったのだった。



 ・◇・



 ギルド主導の“無害”による第二回ダンジョンアタック計画は、予定の状態で宙に浮いていた。

 結局ダンジョンにある横穴の正体も、下の階層へ行くほど魔獣が強くなる理由も、他にも謎は多く残されたままだ。すぐにでも再挑戦を希望してくるかと思っていたのだが、ギルドは超多忙によりそれどころではないらしい。

 郊外にあるセイたちの家まで、仕事をサボって遊びに来るようになったトアルが、セイの手作りクッキーをボリボリ食べながら言っていた。


 ウグスの方も、王城で各組織の意見が割れていて、次の遠征は未定状態。

 本来は“勇者”が果たすべき試練の戦いなのに、セイたちだけに任せてしまう事をウグス自身は随分と憂いてくれた。しかし王城側は勇者を放置するくせに完全に目を離す時間は少なく、行動を共に出来る隙が無いのだ。

 セイたちとしても、ウグスに見られると困るモノや能力が沢山あるし……というわけで、攻略は【神域組】だけで臨む事になった。今回はロウサンも一緒である。



 ・◇・



 スーエの森にある試練の遺跡には、また隠蔽結界が張り直され、遺跡の入り口の少し前にある広場には、王家の兵士が配置されていた。


 しかしセイは結界を部分解除出来るので、広場から離れた森の中から誰にも見つからず簡単に結界内への侵入に成功。結界内に入ってしまえば、隠蔽結界が逆に中の出来事も隠してくれる。セイたちがどれだけ遺跡で暴れようとも、外の兵士たちに見つかる事はない。


 問題は遺跡の入り口だ。姫と王家騎士団が威嚇しながら隠していた“扉の開け方”だが。


「見た目はバーナ・ダンジョンと全く同じなんだね」


 扉の横、腰くらいの位置に窪みがある。ダンジョンの扉であれば、ここに手を当てて魔力を流せば開く仕組みは、初心者冒険者ですら知っている。

 しかし、似ていてもここはただのダンジョンではなく、試練の遺跡だ。

 違いは何か──解除作業を覗き見をしていたカワウソたちによると、姫は【宝珠】らしき半透明の珠を窪みに押し当てていたそうだ。


「王家が隠したかったんは、開け方っちゅーより宝珠の方ちゃうかな。普段は宝物庫に厳重に保管されてる激レアアイテムやろし」

「ちょっと待って。その宝珠っていうのが無いと、この扉って開かないんじゃないの?」

「なに言うてんねや、セイは前の時にこの扉を自由に動かしてたやんか。開くくらい造作もないやろ」


 アズキに呆れたように言われてしまった。確かに、ウグスが負傷者の救出でなかなか外へ出られなかった際に、セイは扉が閉まらないよう念じて操作した。あの時は必死だったので、自分が何をしたのか深く考えてなかったが……。


「ま、王家の奴らが宝珠が無いと開かんって勘違いしとるだけで、ほんまはダンジョンと変わらんかったりしてな!」


 わははと笑いながら、アズキが背伸びをして窪みに小さな手を押し当てた。途端、扉の端から全面に彫られた螺旋状の模様に沿って走る水色の光。中央に到達したと同時に、左右へと開いていく大きな扉。


「……嘘やん」

「開いちゃったかー」

「一応アズキくんもぼくも基本属性Sランクですしね、だからですよ、きっと……」


 キナコが器用に声を震わせながら言った。

 カワウソたちも魔法士ギルドで魔力測定版を使用しており、火、水、風、土属性がSランク。木、雷、氷、聖、闇などは、アズキに雷、キナコに氷があっただけで他は適正無しという結果だった。しかし四属性Sランクは、充分異常レベルの才能だ。

 ……この扉に魔力量縛りがあったかどうかは、セイたちには分からない。


「何はともあれ、無事開いて良かったよ、じゃあ」


 行こっか、と言う前に、既にロウサンが中に入っていた。早い。彼は斥候というより特攻隊長なので、セイも慌てて後を追う。


『危険は無いけれど、暗いし空気が悪いね。やっぱりセイくんは俺の背に乗ってくれるかい? 奥まで走るよ』

「今のところは大丈夫、自分で歩くよ。途中で会う魔獣とも話がしたいし……」


 だが、入り口に絶対出てくるはずの小型魔獣が、現れない。


 全員無言で、ロウサンを見る。


 バーナ・ダンジョンの魔獣は、ロウサンと同じ犬系だから、怖がられたのかと思っていた。

 ……まさか、これまでチュンべロス捜索の一環として、街の外で魔獣を探しても全く遭遇しなかった理由って、もしかして……。


「あっ、あっ、なんか来た! 良かった!」


 遺跡の広間の奥。暗がりから、蠢く何かの影が見えた。きっと魔獣だ、何か聞けるかも! そう喜んだのだが、様子がおかしい。

 べちょ、べちゃ、びたん。聞く者に不安感を与える音と共に、地面すれすれの位置を移動して来るナニか。


(え? あれは……魔獣、なのか?)


 動物には見えない。粘ついた泥水を破れかけの袋に入れたような、べちゃりとしたモノ。大きくは無く、遠目で見る感じでは両手の手のひらくらいだろうか。それが鈍く揺れて、斜め上方向にジャンプ。低い位置を飛び、落下するように着地。そんな感じでゆっくり近付いて来る。


 カワウソたちが、正体不明な物体に向かってフラつく足取りで近付いていった。伸ばした手が震えている。え、どうしたの。


「スッ、スライム? スライムなんか? ……スライムやんけ! 生きとったんかワレェッ!!」

「スライムパイセン! スライムパイセンですよね!? お久しぶりですっ、……少し溶けました?」


 目にも止まらぬ速さで魔獣に近付き、ぐるぐる回りを走るカワウソたち。


 旧知の間柄のように話しかけているから、セイは「嘘だろ、あの子幻獣なのか? 知らない内に一緒に召喚されてたのか!?」と焦ったのだが。


「ほーん、実際に見るとスライムってこんな感じなんやな。やっぱり想像とはだいぶちゃうなぁ」

「雫型じゃなくて、アメーバ型なんですね。色も透明とか水色じゃなくて、ドブ色ですし。……本当にスライムなんでしょうかね?」


 知らない相手かよ……体の力が抜けた。カワウソたちはちょいちょい、こういう紛らわしい言い方をする。


『ミ……ミズ……ミズゥ……』


 泥袋みたいな魔獣が、いつぞやのキラキラさんみたいな事を言っていた。あまりにか細い声だったので気付かなかった。


「この子、“水”って言ってる。ちょっと聞いてみるね。──えーとスライム、くん? 水が欲しいのかな?」

『ミズ……キレイ……ナ……ミズゥゥ』

「綺麗な水が欲しいんだね? 上から掛けて良いのかな?」

『イッパイ、イッパイ……ミズゥ!』


 最後はガラガラに掠れて、絞り出すような声だった。


「まずい、この子結構ギリギリだ。アズキくんキナコくん、水魔法で少しずつ水を掛けてあげてくれるかな」

「よっしゃ、任せろ」

「あげるのは良いですけど、まずは移動しましょう。排水が出来る所でやった方が良いです。ここでやると床の汚れが浮いて、とんでもないことになります」

「それもそうだね、壁の方に移動しよう。スライムくん、ちょっと持ち上げるけど、運ぶだけだから怖がらないで欲しい……」

『セイくん、俺が運ぶよ』


 手を伸ばしていたセイを制して、ロウサンがべっちゃりとした魔獣を法力で浮かせ、そのまま空中移動させた。


 手が空いたセイは、遺跡の扉を閉める作業へ。いや、誰も来ないだろうけど、万が一ってあるから……。

 完全に閉まると、遺跡の広間は真っ暗だ。バーナ・ダンジョンはそこそこ明るかったのに、こちらは手元すら覚束ない。

 ここで、アズキ製【魔環型ライト】の出番である。

 そもそもライトの魔道具は、一度この遺跡内に入った事があるアズキが「明かりは絶対に必要」と言って作った物なのだ。


 魔環型ライトを手に持って、セイは魔力を調整する。下向きに照らすと部分的に眩しくなるから、一旦上向きに光を出して、拡散……よし出来た。


「……ねぇアズキくん、ライトに百畳以上の広さを全灯レベルで照らす機能って、ありましたっけ……?」

「普通にセイの光魔法な気がするな……いうて、魔環無しで魔法だけで照らしてくれて頼んでも、セイはそれやと出来ひん気がするんよな」

「ですねぇ」


 二匹だけで小声で会話した後、セイに対しては少し明るさを抑えてくれとだけ伝えた。

 壁沿いに排水溝らしきものがあったが、中は黒い泥が溜まっていて、石や枯れた木の枝などが重なり、その上に腐った何かが絡んでいて、めちゃくちゃ汚い。床の汚さも似たり寄ったりで、あまり見て楽しい光景では無い。明るさをバーナ・ダンジョン程度に抑えた。


 アズキとキナコが詠唱を始め、水魔法でまずはミストシャワーから。柔らかい形状の魔獣は薄く広がり、少しでも多く水を被ろうとしている。


『モット、モット、イッパイ』

「大丈夫そうだよ。もっと欲しいって言ってる」

「ほな、強めのシャワーレベルでいこか」


 詠唱からやり直して、カワウソ二匹は小さな手のひらの下あたり、何も無い空中から、水魔法の水をシャワー状で出した。そのままずっと出し続け、スライムに当てている。


(ほんっと不思議現象だよな……理解出来ない)


 水魔法を使いこなすカワウソたちを、感心しながら見守るセイ。


 強めのシャワー魔法を浴びて、魔獣の体から汚れた水が流れ落ちて行く。口は見当たらないけれど、どこからか摂取して体内にも水を溜めていたらしく、気が付けば最初に見た時の三倍ほどの大きさにまで膨れ上がっていた。

 べっちょりと垂れていた体が、つるりとした球体に。この魔獣の体は外皮が透明製だったようで、中で濁った水が回転しているのが見える。

 体の斜め上あたりに、小さな穴が開いた。…………すごく嫌な予感。


「ちょ待っ」

「「……うげぇええ!!」」


 穴が急速に広がり、中のド汚い水が勢いよく壁に向かって噴射された。セイとコテンはギリギリ結界で防げたが、カワウソたちは跳ね返りをもろに浴びてしまった。


「うわ、くっさ!」

「セイくん助けてくださいっ」

「ちょっと待って、──【神浄魔法クリーン】!」


 カワウソたちと周り一帯、魔獣にも洗浄の魔法を掛ける。無意識に強めの魔法を出してしまい、この場所だけ美しく光り輝いてしまった。


「はぁ、はぁ、どえらい目に合うた」

「害意が無かったので油断しました、不覚です」


 体は綺麗になったものの精神的ダメージが大きく、死んだ目で項垂れるカワウソたち。その横で、腐りかけの泥袋のようだった魔獣が、半透明の球体になって軽快に飛び跳ねていた。


『キレイ、キレイ、カルイ! ウレシイ!』


(もしかして、こっちが本当の姿なのかな?)


「これは……水饅頭やな」

「すごく透明感のある水饅頭ありますよね、あれっぽいです。中の内臓だか魔核だかが薄っすら黒く見えてるのが餡子あんこみたいですし。でもだいぶスライムっぽくなりましたよ、やりましたね!」

「テテテッテデーン、スライムが、アメーバから水饅頭に進化した!」

「この勢いで仲魔にしたいところですけど、ぼくたち、この世界から去ってっちゃうんですよねぇ」

「さすがに従魔契約は無理よなぁ、残念極まりないわ」


 ぽよん、ぽよよんと気の抜ける音を立てて飛び回っているスライムを、カワウソたちが微笑ましそうに見ている。えーと、怒ってないのかな? スライムなら許す……なにその特別待遇。

 怒ってない方が勿論良いのだが、他との扱いが違い過ぎる。


『タノシイ、ウレシイ! キレイ、キレイ、スキ! ズット、ツイテク』


 ぽよよ〜ん。大きく跳ねたスライムが、セイの足元に着地した。上の方が透明で、下へいくほどやや白っぽくなっていく丸い体。その体が突然、伸びた。細長い形へと変化して紐状になったかと思うと、とぐろを巻いて円環に。そして縮小し、硬そうな──水晶のような質感の輪っかになった。中で小さな水色の玉がいくつかと焦茶色の玉一つが揺蕩たゆたっている。

 スライムは、になったのだ。


「えっ、なにこれ」

『イッショ、ツイテク。ツケテ!』

「付いてく、着けてって、腕輪としてって事? ……いやそれはちょっと」

『イク! ヤクニ、タツ!』


 セイが控えめにお断りをしようとしたら、抗議のつもりかスライムが、腕輪形態のまま石製地面の上で暴れた。跳ねてカランカラン音を立てている。

 そもそも、何故僕の所に? 水を出して掛けてあげてたのはカワウソたちなのに……何もかもに困惑する。


『セイくん、強いのが来る。気を付け、──グアッ』


 キャウンッという、滅多に聞かないロウサンの悲鳴。何が!? 見れば、奥の扉から巨大なワニ魔獣の頭が出てくるところだった。気付いたと同時に、衝撃が襲い掛かってきた。


「ウグッ」

「カハッ」

「……クッ」


 カワウソたちとコテンも次々と蹲り、苦しそうに呻き声をあげた。

 セイも耐え切れず顔全部を手で覆って、地面に膝を付く。痛みで涙が浮かんでくる。


(ダメだ、ここで僕が気絶するわけには……!)


 セイは、遠去かりそうになる意識を必死に繋ぎ止め、顔を背けたい衝動と戦い、多大なる意志の力をもって、魔法の発動の為に口を開いた──。


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