番外 34_【バーナ・ダンジョン】ギルドへの説明



 コテンが結界を解除すると、ギルド職員たちがなだれ込んで来た。

 フェンリルはどこへ行った、何があったと大声で騒ぎ、箱の中に小型魔獣と黄カエルの死体を見つけて、これは何だ、一体何があったと一斉に喚き。勢いに押されてセイたちは壁まで後退りしたほどだ。


 予想はしていたがあまりのやかましさに、コテンはまた結界壁を作り出して、ギルド職員たちを締め出した。


「ん。じゃ、ボクたちは帰ろっかー」

「そうですね、今日はもう情報過多で疲れましたしね。セイくん、ぼくたちだけでとっとと帰りましょう」

「いや、駄目でしょ……」


 攻略隊を完全無視するつもりのコテンとキナコに、呆れ気味のセイ。


「大丈夫や。出入り口は結界の向こう側やけど、セイがもろたフェンリルのヒゲ使たら帰れると思うで。“一階の広間”て念じたら跳べるはずや」

「僕が言ってるのはそういう事じゃなくて……」

「手を繋ぐ物理的接触か、精神的なもので範囲に含まれるのかどっちなんだろうな!? よし“無害”、まずは手を繋ぐ方からやってみよう!!」

「せやな! 検証は大事や!」

「ギルドには、壁の穴に入ったら入り口まで跳んでびっくりしたって言いましょう、その後は勝手に閉じたって事で。これで万事解決です」

「完璧だ!!」


 トアルが手を叩いて大笑いしている。カワウソたちはともかく、ギルド職員のトアルまで攻略隊全員を置き去りにする気満々だ。完全にセイたち側に付いている。


 トアルは近々、冒険者ギルドを辞めるつもりなのだと、打ち合わせの時に言っていた。


「本部長に恩があるからギルドにいたけど、ムカつく奴が多過ぎる! 無駄な会議ばっかでアホらしくてやってらんないね!」


 組織への忠誠心なんて、端から持ち合わせて無いからな! そう言い切った。他の職員が言ったのなら、その場だけの嘘の可能性も考えられたが、トアルからは100%本気の気配しかしなかった。

 今も、本気で置いていって良いと思ってるのが伝わってくる。


 セイ以外は帰還を希望しているけれど、拒否させてもらおう。

 挨拶無しでなんて帰れないし、帰ったところで結局後日また来なければならないに決まってる、だったらここで終わらせてしまいたいと訴えたら、みな納得してくれた。


 コテンは壁の向こうに「最後の慈悲」宣言してから、結界を解除したのだった。


 職員たちが静かになっていたので、セイたちは説明を開始──とは言っても真実は話さない。ギルドに語るのは、トアル含む仲間内で打ち合わせした内容である。




 フェンリルはこのダンジョンのボスである。

 このダンジョンはフェンリルを筆頭にした、魔狼と魔犬たちの縄張りで、侵入してくる人間と戦うのは彼らにとって遊びであり、人気のある娯楽である。

 そこの壁に隠蔽結界が張ってあり、実は大穴が開いていて、フェンリルは隠れて様子を見ていた。

 【箱】に何かを入れると話している人間がいたので、リクエストの為に出てきた。


 そもそもダンジョンにある箱は【宝箱】ではなく、【交換箱】である。


 ──この説明を始めた途端に、ダンジョン部の部長たちが怪鳥の絶叫の如き奇声を発して騒ぎ始めたので、セイはコテンを顔の前まで持ち上げて、みんなに見せつけた。

 鼻の上に皺を寄せ、冷たい眼差しでおっさんたちを睥睨するコテン。

 部長たちは口は閉じたものの荒ぶる感情を抑え切れず、身体をグネグネと蠢かせていた。ちょっと気持ち悪かった。


 気を取り直して、説明再開。

 フェンリルは「便利な魔道具」を欲しがったのだが、魔環型、つまり腕輪型でなければ使えないと言った。

 しかしセイたちは持っていなかったので、代わりにタオルや布袋、果物を入れた。それはそれで喜ばれるようだった。

 今、この箱に入っているのは、それに対する魔界からの返礼品である。




「ちょっと……ちょっとお! ダンジョンから出るアイテムが魔環型なのって、そういう理由だったのー!?」

「最近の研究で、魔力は螺旋状に動いていると分かったんである。故に、円環状が一番魔法効果が高いから、ダンジョン品の古代魔道具は魔環型が多いのだろうと……その考察を元に、更に研究を進めていたんである」

「まさか魔獣用だったなんて、分かるわけないじゃないのよォッ!」


 魔道具士ギルドの職員たちが、全身をうねらせて身悶えている。

 従魔士ギルドの職員たちも「まさか魔獣が魔道具を欲しがるなんて」「もしやうちの子も魔道具を使えるのか? やだ、うちの子、天才……」とざわざわしていた。


「魔獣ちゃんが魔道具を使えるとは思って無かったわ。魔環型を希望なのね。そうよね、四つ足で使うなら……あら? それじゃダンジョンのボスクラスを倒した時にドロップする魔道具って、もしかして……」


 魔獣が戦闘時に身に付けていた魔道具である。


 フェンリルに、壊れたライトはどうするか聞いたところ『万が一、ニンゲンに負けた時に落とす用に、持っておきたい』という理由で返却を希望された。戦闘前にアズキ製ライトと付け替えるのだそうだ。

 つまり、このダンジョンのラスボス“フェンリル”と戦い、死ぬような思いで倒しても、ドロップするのはあの【壊れたライト】になる……。


 やや複雑な気分になったが、魔環型の魔道具というだけで高値が付くので、充分当たりアイテムだとトアルは言っていた。


 魔環一つだけで完結している魔道具は、一般の工房では作れない。

 伸縮する細い魔環内に、道具としての機能を持たせるのは非常に高い技術が必要であり、本部の研究者でもなければ作成不可。

 作れたとして、今度は扱える人間が、これまた非常に少ない。


 この世界の人間の殆どが魔力を持っているとはいえ、量は微々たるものだ。魔法士じゃなければ、火属性を持っていても平民なら種火程度、貴族で小さめのファイアボールぐらいしか発動できない。

 アズキ製【魔環型ライト】を例に言えば、普通の人間の魔力量では、ほんのり明るくなる程度にしか点けられず、継続使用すればすぐに魔力切れで倒れてしまう。


 魔環型は、動力源が“使用者の魔力”、操作が“使用者の魔力操作”になるので、Sランク魔法士ぐらいにしか扱えないのだ。


 それでも人気が高いのは、ダンジョンの階層ボスやラスボスからのドロップ、ごくごく稀に宝箱に入っている物でしか手に入らないという希少価値で、コレクターが高値を付けるからだ。


 ……アズキたちが魔環型の魔道具を作れることは、決して知られてはならないとトアルが言っていた。平民街ならギルドがある程度は盾になれるが、王都の欲深ジジイ共にバレたら容赦のない狙われ方をして、人間の残酷さを見せつけられるぞ、だそうだ。怖いね……。




「成る程だねぇ。魔獣なら生まれつき豊富な魔力を持っているし、魔力操作も巧みだからね。言われてみれば、確かに魔環型魔道具は魔獣の為にある道具だ」冒険者ギルド本部長が感心したように言い、


「魔獣ちゃんたちが欲しがってるのなら是非とも箱に入れてあげたいけれど、生憎あいにくうちのギルドは持って無いのよねぇ」従魔士ギルド本部長が残念そうに言い、


「おい、魔道具士ギルドお前んとこの倉庫にどんだけあんだよ、魔環型」御大が顎をしゃくって問いかけ、


「ドロップ品渡せるわけないでしょ、オークションでいくら出したと思ってんのよ。うちが作った試作品なら出せるけどぉ。うちの為にしか出さないわよ、当然」魔道具士ギルド本部長は腕を組んで、提供を拒否した。


「「「……チッ」」」


 各ギルドの本部長たちの話し合いが始まってしまった。

 長くなりそうなので、そういうのは帰ってからやって欲しい。今は誰も持ってないみたいだし、帰ろう!

 強く訴えて、一回は【交換箱】に物を入れてから帰還、という事で話がまとまった。まあ、一度も試さずには帰れないよね……気持ちは分かる。


 どのギルドから物を入れるか、という争いが起こりかけたが、ダンジョンの管轄は冒険者ギルドなのだからとセイが味方したこともあり、早めに決着。

 セイとしては【地竜魚の鱗】も後で分配するんだし、もうみんなで少しずつ入れれば良いじゃないかと言いたいのだけれど、ダメらしい。……後の分配会議で徹夜が激増する……それなら仕方がない。


 入っていた魔獣の死体を取り出して、一旦ギルドのポーターに運搬を依頼。ついでに帰ってからギルドで魔獣の解体と素材の仕分けもお願いしておいた。


 箱の方は、冒険者ギルドが新たに食べ物やタオル、ロープなどをどんどん入れて……ここからどうすれば?

 職員の手が止まって少し後、勝手に蓋が現れた。そして箱全体が淡く光る。

「「「おおおお」」」上がる歓声。

 それで……これからどうすれば? みんながセイを見た。


「しばらくしたら、またさっきみたいに箱が光るはず。そしたら魔界から何かが届いてる……はず」

「成る程ねぇ。だとすると、誰かがずっと見張ってなきゃいけないねぇ」

「目を離した隙に他の奴に持っていかれちゃ、たまったもんじゃねぇからな」


 冒険者ギルド本部長と御大がお互いを見て、物騒な笑みを浮かべた。嫌いなら遠く離れていればいいのに、隙あらば言い合いをしているのだから、実は仲が良いのだろう。


 今は全員で待つ。本部長たちとコテン、キナコによる分配についての臨時会議が始まったり、セイは職員たちからの「フェンリルってどんな匂いがした?」「フェンリルって何歳くらいだった?」などの微妙に答えにくい質問を受けつつ、しばし経過。


 箱が淡く光るのが見えて、本部長たちが飛びつくようにして箱を開けた。


 中身は、牙の長い小型魔獣の死体二つと、真っ黄色カエルの死体三つ、泥まみれの石が一つ。

 セイたちに送られた物とほぼ同じ、数と大きさがショボくなった感じだ。しかし。


「かっ、会長、すごいよ、すごい、この石、【魔剛石】の原石だ、やば……」

「このデカイのがか!?」


 鑑定魔法を使った魔法士が震える声で告げると、周囲が色めき立った。


(その石、やばいのか……それより大きいのが、僕の鞄に九個入ってるんだけど)


 一つを巡って今すぐ決闘騒ぎが起きそうになっている。オークションに出せば金貨百枚からスタート……スタートかぁ。なんて物をくれたんだ。

 こうなると鱗も“ヤバイ”んだろうな。石と鱗は隠せとアドバイスをくれたトアルに、こっそり感謝を捧げた。


(やっぱり現地人のアドバイザーがいるといないでは、大違いだよね……)


 しみじみ考えていると、魔法士ギルドが次はウチだと物を入れようとしているのが見えて、慌てて止めに行く。


「こんな急に、短い間に次々入れても魔獣たちはお礼の準備なんて出来ないよ! 今のだって、僕たちの時より時間かかってたし、数も減ってるし」


 御大の歯軋りがここまで聞こえてくる。ギシギシギシィ……限りある歯を大切にして欲しい。


 とりあえず入れるだけは入れて、見張りを置いて帰ることになった。

 下の階層へは、もっと箱に入れられる物を用意してから行く、他のダンジョンの箱も試さなければと、みな鼻息が荒い。


 こうして“無害”による初ダンジョンアタックは、無事に成功し、終了したのだった。


 魔獣車に乗ってみんなで帰路につき、平民街の門で解散。

 迎えに来たロウサンに乗って郊外の家へと帰ったセイは、ギルド職員たちが全員、直立不動で自分たちを見送っていた事を、知らない。



・◇・



 職員たちは、遠ざかる“無害”の背中に向かって、誰からともなく頭を垂れ始めた。


 ……人に頭を下げるのは敗北であり屈辱だ。下げられることはあっても下げることなど何十年と無かった本部長たちも、昔から「人に頭下げるくらいなら死んだ方がマシだ」と嘯いていた御大ですら、自然と礼の姿を執っていた。


 本音を言えば、こんな風にこっそり感謝するのではなく、本人を囲んで小一時間は絶賛しながら騒ぎたい。感謝と賞賛をしつこいくらいに“無害”に浴びせたい。しかし自分が騒ぎの中心になることを厭う彼の性質を考えて、静かに念を送るだけで我慢した。


 “無害”はいつも通り、あれほどの偉業を為しておきながら、のほほんとした雰囲気のまま、帰っていった。


 今日彼を連れて行ったのは、高難易度ダンジョンだ。

 行く前に、“無害”の事だから初回でラスボス撃破してダンジョン踏破を成し遂げるかもな、それはいくらなんでも非常識過ぎるだろ、などと言って笑っていたが、結果はそれどころでは無い。予想もしていなかった形で、参加した全てのギルドに途轍もない恩恵を与える、大きな成果を上げてくれた。


 彼がやっていた、魔獣との会話。あれは勿論“Sランクテイマーなら誰でも出来るもの”なんかじゃ無い。

 正確には、“契約した従魔との意思疎通なら可能”だ。全部の魔獣とクリアな会話が可能な魔法なぞ、前代未聞。

 予想外の能力だったが、そのおかげで、たった一回の攻略だけでダンジョン研究が百年分は進んだ。


 だが、おそらく彼はこれからもっとすごい事をやる、世界が変わってしまうような事を……そんな予感がする。

 それを、この目で実際に見る事が出来る──なんという僥倖だろう。


 胸に込み上げてくる感動が喉を震わせていて、職員たちはいつまでも顔を上げられずにいた。



──────────


お読みいただきありがとうございます。

ここでストックが無くなりましたので、次からは不定期更新になります。

次は長い期間かけて数話ストックを溜めるのでは無く、数日置きにこまめに上げていきたいなぁと思ってますので、見かけましたらどうかよろしくお願いします。




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