番外 33_【バーナ・ダンジョン】宝箱の正体



 アズキの作る物は、フェンリルの心まで掴んだ。ここが元の世界のだったなら竜人族たちから、さすがアズキ、「さすアズ!」コールが沸き起こっただろう。


 アズキ製ライトが素晴らしい物なのはセイもよく分かっているが、ギルドが回収した鱗の価値と比べて、どれほど釣り合うのかが、セイには分からない。それに、人間と魔獣では価値観が違うだろうし……。


 フェンリルに「ちょっと待って」と一言断ってから、アズキに問いかけた。


「フェンリルさんがライトを複数個欲しいらしいんだ。幾つ貰えるかって聞いてるんだけど、どうする?」

「今持ってるのは、あと三つやったか? 全部出してええぞ。ちゅーか、【地竜魚の鱗】が金貨何枚になるんか知らんけど、礼としてはそれでも足りひんのちゃうか? 他にも何か渡せるもん、あったやろか……」


 当初は宝箱のお礼を魔獣に渡すのに否定的だったアズキも、今は積極的に協力する気になったようだ。


「アズキくんは、それで良いの?」

「言葉は分からんけど、フェンリルがめっちゃライトを気に入ってくれたのは伝わってくるしな。やっぱ俺としても喜ばれると嬉しいし」

「あ、分かる」


 二人で、えへへ、と笑い合った。

 キナコも、しょうがないなぁという顔で笑っていた。ギルドと利益を分配する物に対する礼の品なので、普段ならチクリと言うところだが、今回は最初から自分たちだけで礼をするつもりだったのだから、文句を言う気はない。

 なにより、あのライトは原価が安い。作成も容易。フェンリルに恩を売る方が良い。

 ……そんなキナコの黒い思考に気付くはずもなく、セイとアズキは他にどの魔道具が渡せるかなぁと悩んでいた。

 まずは“ここに出して大丈夫な物”でなければならない。……どれもこれも結構ヤバい気がする。


「「うーん……」」

『なんだ? これ一つしか持っておらんのか?』

「いや、ライトはあと三つあるんだけど、それだけじゃお礼として足りないよねって、言ってて」

『礼をするのは我らだが?』


 そう言えばさっきも『謝礼はする』とか言ってたな。聞き流していた。


「いやいや、フェンリルさんからお礼を貰う理由無いでしょ。魔環型のライトは、ここにあった鱗へのお礼だからね」

『ここに入っておったのは、鱗だったか? もはや覚えてすらおらん昔の物だが、元は何かへの礼だったのであろう。新しい道具には新しい礼を送りたい。我らとて礼儀ぐらい知っておる』

「……ん?」


 何か噛み合わないな?

 違和感を抱いたセイが、フェンリルに丁寧に聞き取りをしてみたところ。


 ──ダンジョンにあるこの大きい箱は、宝箱ではなく【交換箱】なのだと言う。

 大昔から魔界と地界との間で、この箱を通して物々交換をしていたのだそうだ。


 地界からは、地上で採れる果物や薬になる植物、ヒトの手でしか作れない物──布、器、そして“便利な魔道具”などを。


 魔界からは、向こうでしか採れない鉱石や、魔物の素材など。特に、地界から便利な道具が送られて来た時は、お礼の意味も込めて貴重な素材を多めに入れていたと。その素材を元に新しい魔道具を作ってもらえる場合もあるので、魔獣側としても張り切って魔獣を狩りに行ったりしていたらしい。


 ところが、いつからか、地界側から何も送られて来なくなった。

 巣穴には変わらずニンゲンが入ってきているのに、魔界から送った物を回収されるだけで、空のまま放置されている。何故だろう。


 そう言えば、【箱】を管理している一族──【月絲げっし族】を久しく見ていない。だからなのか?

 

『月絲族はもしや絶滅したのかと危惧しておったが、無事でなによりだ。随分と苦労したのだろう、こんなにも小さく痩せ細りおって』

「あの……ごめんだけど、僕たちは月絲族っていうのじゃ無いよ……」


 突然出てきた一族名に面食らいながらも、セイは早めに否定した。せっかくの労いを無碍にして申し訳ないが、勘違いは早めに正しておきたい。誤解を放置すると、後で面倒な事態になりがちだと、セイは知っているのだ。


『違うのか? 確かに月絲の者共はこんなに小さかっただろうかと、思わんでも無かったが。うぅむ、ここまで小さくは無かったな、やはり』


 ……さすがに失礼じゃないかな。セイは小柄で細身、トアルも身長が高いとは言えないし、体型はガリガリだ。でもそんなに念を押して言わなくても。


(いや、月絲族っていう人たちが、めちゃくちゃ大柄な人たちだったんだ、きっと)


『ではこの地に月絲族はもうおらんのだな。群れが滅びるのはよくある事だ、致し方あるまい』


 フェンリルはドライだった。セイの気遣いは元から不要だった。

 話を戻そう。

 ギルドの職員たちが箱から持ち出した【地竜魚の鱗】は、遥か以前に地界から送られた道具に対するお礼として送ったもので、とっくに終わった事だ、と。


『そも、この箱は前回いつ開けたのか覚えておらんくらい前だぞ。鱗なぞとっくに腐っておるだろう。そんなものに礼なんぞ不要だ』

「……ま、まぁ、それでもギルドの人たちは喜んでたから……」


 あれ、腐ってたのか……職員たちに伝えるべきか、迷うところである。


 礼については納得した、というより納得するしかない。【魔環型ライト】へのお礼の品を用意する為に、今まさに魔界で魔狼たちが走り回っているとまで告げられたら、これ以上拒否する方が失礼だろう。


「じゃあ、箱にはライトを三つと……もうちょっと何か入れるよ。楽しみにしてるみたいだし。箱の中身ってどれくらいで魔界に着くのかな?」

『我がひと鳴きするぐらいの時間だな』

「早。そう言えば果物も送ってたんだっけ。なら、果物も入れよう。あとは……」

 

 非常食に持ってきていた果物と、セイが作ったザクザクした食感のクッキー。

 タオルは魔犬たちが口で引っ張って遊ぶのを想定して、強化魔法を掛けてから何本か。

 食器の木製皿を数枚。

 トアルも是非送りたいと言うので、彼の私物の大きい布袋にセイが強化魔法を掛けて、箱にイン。

 残念ながら魔環型魔道具で出せる物は見当たらなかったので、道具はライトだけ。


『有り難い、みな喜ぶ。……共に行き、明るくなる道具の使い方の説明をみなにせよ』

『へい』


 フェンリルの斜め後ろにずっと大人しく控えていた魔狼が、箱の中に飛び込んだ。「この箱、生き物も送れるんか。めっちゃ高性能やな」アズキの独り言が聞こえた。


 すぐに蓋が現れ、箱全体が一度淡く光る。


 同時に箱の蓋の上、何も無い空間に、灰色で[魔界][地界]と大きく書かれていた文字が現れた。そして、[地界]の方だけが光る。

 セイは目の端でそれを確認して、そっと視線を逸らす。


(……やっぱり、そういうことだよね)


 この部屋に入った時は、[魔界]の文字が光っていた。

 職員たちが鱗を取り出して中身が空っぽになった直後、光が消えて灰色の文字になり、少しして文字そのものが消えたのだ。

 それを見ていたから、セイは「お礼を箱に入れる」と言ったのだった。普通に考えれば、箱にお礼を入れたところで次に来た冒険者が取って行くだけだ。

 [魔界][地界]と並んでいたのだから、行き来しているのではないかと予想して……ただの勘なので、当たって良かった。


(あ、[地界]の文字が灰色になった)


 魔界で魔狼たちが蓋を開けたのかな?


『このまま待て。しばらくすれば礼が届く』

「えーと、結界の壁の向こうの人たちが気になるから、僕たちは一度出てくよ。帰りに様子を見に寄るから……」

『そう急くな。我からも個人的な礼の品を渡すゆえ、しばし待て』

「それはさすがに貰えないよ」

『楽しませてもらった礼だ。我の所まで到達するニンゲンが長らくおらんかったのでな、退屈で堪らんかったが、今日は久方ぶりに愉快だった。我らは遊びに対しても礼をするのだ』


 遊びの礼……セイの頭の中を、ダンジョン入り口に居た魔犬たちの姿が、尻尾を振り振り駆け抜けて行った。


「入り口の魔犬たちから牙とヒゲを貰ったんだ、ありがとう。あれも遊びのお礼、なんだよね?」

『如何にも』


 ダンジョンは、彼らにとっては縄張りであり、訓練場であり、一番は“遊び場”なのだとフェンリルは言った。

 魔獣たちは長い時を生きるが、特にやる事は無い。なので、ここに入ってくるニンゲンと遊ぶのは、とても人気のある娯楽なのだ、と。月絲族が、だったら地形にも楽しみがあった方が良いよ──そうしてあの複雑なエリアが出来上がったのだとか。


「つまり、魔獣たちにとってダンジョンは、体験型アトラクションだったってコトですか……?」

「確かに地下四階通る時に、アスレチックっぽいなて思たけども。下がヘドロやなかったら楽しいやろなて、思てたけども。巨大迷路も楽しかったけども……!」


 カワウソたちは衝撃を受けていた。セイとしてはあの過酷な道のりを楽しめる余裕があったカワウソたちに、衝撃を受けていた。


『ニンゲンとの闘いは非常に楽しい。……お前と戦う気は起きんがな。お前に傷を付けようものなら、匂いの主にこの巣ごと群れを全滅させられそうだからな』


 匂いだけでそこまでフェンリルを威嚇するロウサンの凄さ。どうなっているんだ。


『ニンゲンにもっと頻繁に来るよう伝えておいてくれ。ああ、だがお前は別行動するのだぞ。我の所へ直接飛ぶといい、我のヒゲを渡しておこう』


 前脚で頬毛をグイグイ擦って、フェンリルはヒゲを一本落とした。生えているヒゲは人の身長の半分もある長さだが、落ちたヒゲは手首に一周半ほど巻けるくらいの短さ。それをセイの方へ押して寄越した。


『ヒゲに触って念じれば、好きな階へと行ける。次からは我は一番下におるのでな、“一番下”と念じるといい。他の者どもには我の尻尾の毛をやろう。お前も受け取れ』


 危ないから離れるように言われ、セイたちは壁際に寄った。反対側の壁に向かって尻尾を振るフェンリル。トトトトッと軽い音がして、石壁に刺さった針のようなモノが数本見えた。それはすぐに硬さを失い、刺さってない部分が下へと垂れた。


『何本刺さっておる? 十五本か、足りなければ後でもっとやろう。では説明をするぞ』


 フェンリルの通訳をしながら、セイとカワウソたちは壁から抜き取った尻尾の毛をそれぞれ手に持った。トアルにも渡すと、彼は一瞬だけ驚いて、慌てて尻尾の毛を掴んできた。フェンリル自身がこの場にいる全員に渡すつもりなのだから、トアルだけ除け者にする理由が無い。


 尻尾の毛は長さが指から肘くらいで、太さは髪の毛より少し太い程度。


『そのままだと柔らかい毛だが、魔力を通すと硬く、鋭くなる』


 言われた通り魔力を流すと、ピンっと真っ直ぐに硬く伸び、先端は鋭く尖って針のよう。きりとして使えそうなくらいだ。

 魔力を止めると、柔らかい毛に戻り、へにょりと垂れた。試しに流す魔力を少しだけにしてみたら、しなるぐらいの硬さに。

 腕輪の一つを外して毛をクルクルと巻きつける。魔力を流すと、その形のまま硬く固定された。

 面白い……みんなで色々試してみる。トアルは魔力の流れを見る能力に特化していて魔力量自体はDランクだそうで、一瞬尖らせるので精一杯。それでも熱心に楽しんでいた。


「ええな、これ。百本くらい欲しいわ」

「アズキくん、正直に言いましょ。一万本欲しいですよね?」

「一億本欲しい」


 禿げるよ。……まあそんなに頼むつもりなんて無いけど。


 そうこうしてる内に箱が淡く光り、箱の上の文字も[魔界]が光っている。


 魔界からのお礼の到着だ。


 中に入っていたのは……。

 拳大の石らしきもの(土まみれ)が複数個。

 半透明の鱗らしきもの(泥まみれ)が複数枚。

 口から顎下まで鋭い牙が伸びている、見たことのない黒い毛並みの小型魔獣の死体五匹。

 両手のひらサイズの、真っ黄色のカエルの死体八匹。


(……うん、魔獣の死体が入ってる気はしていたよ……)


 魔狼たちが準備してると聞いた時点で密かに覚悟を決めていた。だからセイは落ち着いてフェンリルに「貴重な物をありがとう」と言う事が出来た。小型魔獣は狩りたて新鮮で血まみれだし、カエルの死体はネトネトだ。どうやって持って帰ったらいいんだ……。


 それから追加で尻尾の毛を三十本ほど貰い、軽く雑談をして、お別れ。


『また遊びに来ると良い。ではな』


 壁の穴から悠々と去っていくフェンリルを見送る。


「魔環型魔道具と焦げ茶色の能力、フェンリルのヒゲと尻尾の毛はまずい! この石と鱗もまずいな。あと何を隠すんだ!?」


 余韻もへったくれも無く、トアルが詰め寄って来た。前置き無しの言葉を唐突だと感じたのはセイだけで、コテンとキナコは余裕の笑みを返している。


「話が早くて助かるー」

「では、交渉と打ち合わせといきましょうか」



──────────


お読みいただきありがとうございます。

投稿直前で大幅な書き直しを始めてしまい、遅くなりました。

後日また言い回しとか修正入れるかと思いますが、大筋は変えませんので……

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