番外 31_【バーナ・ダンジョン】宝箱



「魔獣0はねぇよ。異常だ」チラッ

「……僕は何もしてない」

「これでも結構長く冒険者をやってきたからねぇ、ダンジョンには数え切れないほど潜ってきたけれど。魔獣0は初めてだねぇ」チラッ

「……僕は何もしてない」

「ねぇまさか、魔獣が絶滅したわけじゃないわよね?」チラッ

「……僕は何も知らない」


 本部長たちが、チラッ、チラッとセイを見てくるので、律儀に否定していく。本当に知らないのだから、答えようが無い。


 それよりも、人跡未踏の地下六階へと続く、この扉だ。


(この扉を開けられたら、そりゃみんな先へ進むよね。その為に来たんだしね。……僕、もう結構、足が限界なんだけど)


 ダンジョンは、本当に地中なのかと疑われるのも納得の、広さと多様さだった。


 まず地下一階。ダンジョンに入ってすぐの地上の広間よりも、確実に面積が大きかった。石造りだったのは坂道までで、地下エリアに入ってから地面が土と砂に変わった。枯れた木がまばらに生えた、自然に近い風景。ただただ広かった。


 地下二階は石製に戻り、造りは巨大迷路だった。地下三階に降りるとまた自然風景で、エリア自体はさほど広くなかったが、普段は相当強い魔獣が出てくるのだそうだ。


 地下四階はヘドロまみれ。足場として石が点々と出ているだけの道や、天井から吊り下げられた細い木で出来た不安定な道。ターンテーブルのように回転する石から石へ跳んで移動など、なかなかの運動量を要求された。


 そして今いる地下五階は、これまでの疲労にトドメをさすような、デカイ岩を乱雑に積んだ地形だった。段差をよじ登ったり、斜面だったり、全身を使って降りたり、溝を跳び越えたり……疲れるし、怖い。


 通常なら、冒険者たちは魔獣と戦いながら、あんなめちゃくちゃな場所を越えて来てるのか。どういう体力してんの。

 もっと信じられないのが、本部長のおじいちゃんおばあちゃんまで、余裕ありそうなところだ。こまめに休憩を取っていたにせよ、どうしてそんなに元気溌剌なのか。

 メンバーの中で一番ヘタレているのが、一番若いセイだったりする。


(ここんとこ移動はロウサンくんに頼ってばっかりだったしなぁ。帰ったら鍛え直さないと……)


 みんなで休憩してる間に、一部のギルドの職員たちが地下六階へと続く扉の横の窪みに、魔力属性を調べる魔道具を設置していた。その様子をカワウソたちが、興味津々で覗きに行っている。


「では“無害”、頼むぞ!」

「頑張るよ……」


 横の壁にある窪みに、魔力量を調節して、セイは手を置いた。扉の模様が黄緑色に輝いて、ゴゴゴゴと地鳴りのような音が。


「開いたぞ!」「ィヨッシャ!!」「“無害”様、一生着いてくぜ!」「いかん、涙が……」一斉に小声で喜ぶ攻略隊メンバーたち。


「何の属性だ!?」

「風と……だ!」


 魔力属性診断の結果を見て、みながどよめいた。


「木属性か! そう来たか!!」

「おやまぁ、それは……今まで開かないはずだよ。木属性ではねぇ」

「数が少ないのに、薬師ギルドに取られちゃうものねぇ」


 開いていく扉の隙間に体を滑らせるようにして、冒険者パーティーの斥候とトアルとカワウソたちが、調査の為に地下へ降りて行った。

 とりあえずは地下六階の入ってすぐ辺りだけだと言って、わりとすぐに戻って来た。


 彼らの報告によると、地形は枯れ木がまばらに生えた砂地、魔獣は目視出来ず。罠は確認した範囲には無し。入り口付近に小部屋らしきもの有り。


 「小部屋らしきもの有り」と告げられた瞬間に、ザワッとした空気が流れた。

 なんだろ? 不思議そうな顔をしたのはセイだけである。全員がくように先へ進み、歩きながらダンジョン部部長たちが説明を始める。


「ダンジョンには、誰が初めに言い出したのか【宝箱】と呼ばれている不思議な箱があるんだ」

「その宝箱が置いてあるのが、大抵小部屋の中なのである。全ての階層にある訳では無いのでな、大変貴重なのであるよ」

「宝箱の中に入っとるのは魔獣の素材や珍しい石が多いの。ごくごく稀に古代魔道具が入っとる事があっての、そいつが出たら大当たりじゃ」

「通り抜けてきた階にも小部屋があったんだが、空の宝箱を見てもしょうがないからな! だがこの先にあるのは、久しぶりの……のはず!」


「楽しみで」「震える!」「興奮で」「しばらく眠れん日々が来るぞい!」


(ずっと思ってたけど、部長たち仲良いよなー。みんな違うギルド所属なのに)


 おっさんたちは熱意が迸っていてすさまじい早口での説明、且つみんなで下り坂を小走り状態だったので、よく聞き取れなかったセイは、どうでも良いことを考えていた。今は聞き返したところで、結果は同じだ。


 地下六階は報告通り、枯れ木が数本密集して生えている箇所がまばらにあるだけの、なんとも寂しい地形だった。地下なのにどこからか風が吹いてきて、足元を砂埃が舞って行った。


 入った真横に壁がある。例の小部屋だ。


(あ、結構堂々とあるんだ。隠し部屋なのかと思ってたよ)


 隠れては無かったが、扉が【魔力感知型】だったので、御大や本部長たちを含め何人もがトライしては失敗し、結局中に入れない。

 メンバーに木属性持ちがいないことを確認してから、セイが呼ばれた。


(なんか窪み小さいな。指三本しか嵌らない……大丈夫かな?)


 大丈夫だった。ダンジョンの階層扉は両扉だが、小部屋は片扉。模様は同じように有り、それが黄緑色に輝いて、ギッ、ギコッ、ギッ……と長年動いていないのが分かる鈍さで、開いていく。


 小部屋と聞いていたけれど、中は意外に広い。全員入れるスペースはあったが、外の警戒も必要な為、人数を分けて入る。


 部屋のど真ん中に、黒っぽい石製の──まるで棺のような大きい箱が一つ、ドンと置いてあった。


 逆に言えば、それ以外には何も無い。ちょっと異様な雰囲気だ。

 壁、床、天井全てが、表面を平らに研磨した石を敷き詰めて出来ていた。

 閉塞感、半端無い。閉じ込められたら阿鼻叫喚間違いなしなのに、みんな怖くないのかな。


 それに……セイは壁の一部に目をやった。隠蔽魔法が掛けられてるけど、ロウサンサイズが出入り可能な大穴が壁に空いてる。誰も気付いてないっぽいなぁ。


 ふと視線を感じて目を上げると、相手はトアルだった。セイと、セイが見ていた壁を交互に見た後、にやりと笑いかけてきた。お、おお……。その笑顔には、どのような意味が……?


 セイはトアルからさりげなく顔を背け、ギルド職員たちが「未開封の宝箱だ!」と歓声を上げていた箱へと視線を動かした。

 箱は、職員が開けたと同時に、蓋が完全消失した。これは普通のことらしい。魔法製ならではの、不思議な造りである。


(今までのパターンからすると蓋のに浮いてた文字は、やっぱり他の人には見えて無かったんだろうな……例の記号みたいな魔術式っぽい文字だったし)


 文字は結構デカデカと、しかも光っていたのでつい凝視してしまっていたが、気をつけないとまたトアルに勘付かれてしまう。セイは誤魔化す為にあえてあちこちに視線を向けて、何も無い場所を長めに見つめたりなどした。


「でっけぇな! もしかしてこれ鱗じゃねぇか?」

「何の魔獣じゃろ……このデカさ、ドラゴンの可能性も……」

「おい、【鑑定魔法】かけろ!」


 みんなは宝箱とやらの中を覗いて、騒いでいた。

 箱に入っていたのは、片側に丸みのある菱形、焦げ茶色で大きくて薄平べったい何か。それが複数。鑑定魔法が使える職員が同行していたようで、御大に呼ばれて詠唱していた。


「……会長、これすごいよ。レア物だ。【地竜魚の鱗】だって。地竜魚って存在したんだね」

「ちょっとちょっと〜! 地竜!? ギョ!?? とんでもないレア物じゃないのよ〜!!」


 前へ出て来て大騒ぎしているのは魔道具士ギルドの本部長だ。以前セイを監禁しようとして接近禁止令が出され、今でも解除されていないので遠くから付いて来ていたが、幻の素材に我慢の限界を越えたようだ。


「シッ、シッ、分配は帰って清算してからだ。絶対盗むなよ、容赦しねぇぞ」

「偉そうに仕切んじゃないわよッ! 引退したジジイは引っ込んでなさいよ!!」

「ンだとテメェ、この小娘が!!」


 御大と女性が派手に口喧嘩をしている横で、【地竜魚の鱗】は慎重な手付きでありながらも手早く専用の布で梱包され、荷物持ちポーターたちの背負子しょいこに乗せられた。


(………え?)


 もう誰も、空になった宝箱を見ようともしない。取る物を取ったら、もうここは用無しだと言わんばかりに。


「一発目からレア物。大きさ、状態、数、何もかも素晴らしい」

「幸先良いスタートだな! 次は何が出てくるか、楽しみだ」

「【地底竜のたてがみ】出てこんかのー」


 みんな上機嫌で、そのまま振り返りもせずに出口へと向かっている。大半がさっさと部屋の外に出たので、小部屋の中が広くなった。


 だが、セイは宝箱と呼ばれていた箱の横に立ったまま、動けずにいた。


 一緒に留まっているのは、コテンとキナコ。あと、ギルドの変人トアル。いや、あなたは出て行って欲しかったな……声には出せずに困った顔で見ると、ニヤリと笑って返してきた。何か企んでそうな笑顔で怖い。


「あれっ? どうしたんや? なんかあったんか?」


 立ち止まったままのセイたちに気が付いて、アズキが戻ってきた。


「何かあったわけじゃなくて……さっきのあの鱗なんだけどね、タダで貰っていくのは申し訳ないというか、良心が咎めるというか」

「「「……は?」」」


 ほぼ全員が、なに言ってんだコイツ、と顔に書いて、セイを振り返った。


「タダが申し訳ないて……もしかして宝箱の中身のことを言うてるんか?」


 おそるおそるといった様子でセイに聞いてきたのは、アズキだ。


(あれ? アズキくんはなんだ?)


 少し意外に思うけれど、アズキがギルド側に付こうとも、セイの考えが変わることは無い。


「うん。ダンジョンではアイテムも入手するって聞いてたけどさ、僕が想像してたのは、ダンジョンの隅っこに落ちてたり、土に埋まってるようなのだったんだ。まさか、こんな立派な箱に、大事に保管されてる物だとは思ってなかったんだよ。だから、対価……とまでは言わないけど、何かお礼の品をね、箱に入れたいなって思って」

「「「お礼??」」」

「本当は、持ち主に無断で持ってくのは窃盗だから、代わりにお礼を置いて行けば良いってもんじゃないんだろうけど」

「「「窃盗??」」」


 アズキとギルド職員たちの声が、いちいち揃っている。

 信じられないモノを見る目を向けられて、セイは首を傾げた。そこまで変なこと言ってるかな?


(でも、しょうがないのかもな。生まれ育った倫理観が違い過ぎるんだ。……まあ、その割に何故かアズキくんがあっち側だけど)


 ギルドの人たちの反応は良いものでは無いが、セイは気にならなかった。

 そもそも、ギルドに対して「礼の品を入れろ」と言ったのでは無いのだ。理解も共感も、元から求めていない。


「僕が個人的に入れたいだけだから、みんなは気にせずに先に行ってくれて良いんだけど……。あ、この先の扉とか宝箱とかはちゃんと開けるから心配しなくていいよ。じゃあ、また後で」

「えっ、マジのマジで? ほんまに礼するんか? ダンジョンの宝箱やで?」

「あのー、アズキくん、ぼくもセイくん側と言いますか、ちょっと思うところがありまして……」

「キナコまで!?」


 セイと一緒に留まっていたキナコが、気まずそうに俯いた。


「ぼく、ダンジョンに行くって決まってから、隠し要素も含めて根こそぎ宝箱を開けるつもりで楽しみにしてたんですけど……。見ると聞くとでは大違いと言いますか、想像と現実では生々しさが段違いと言いますか。実際の宝箱が棺っぽいせいもあって、“あれ? もしかしてこれって盗掘では?”って思っちゃったんですよね……」

「……マジか。もしかしてダンジョンの宝箱て、“RPGの主人公が他人の家ひとんちや公共施設の宝箱を漁って勝手にアイテムを持ち去る行為は、現実リアルでやったら犯罪ですよ”問題と、一緒やったんか……?」


 どれだけショックだったのか、アズキの小さな体がふらりとよろめいた。


「オイオイお前ら、何を訳の分からねぇ事くっちゃべってやがる。全員頭の中お花畑かよ。あのなぁ、ダンジョンの宝箱の中身は発見者に所有権があるもんなんだよ。正当な権利で、窃盗じゃねぇ。それを、礼だぁ? 誰に言うつもりだ? まさか、魔獣相手にゴメンナサイ、アリガトウってか? ハッ」


 鼻で笑いながら言われた御大の言葉に、数人が「……ん?」と何かに気付いたような顔になった。


「面白い! やっぱり“無害”は面白いな! 確かに、ダンジョンや宝箱が魔獣製なら知性ある相手だ、礼は有りだ! 魔獣からの礼が牙とヒゲだったな、“無害”は何を入れるつもりなんだ?」


 手を叩いて、はしゃぎながら言ったのはトアルだ。この人、グイグイくる。

 お礼の品はこれからゆっくり考えるつもりだったから、まだノープランなのだ。


「そうだね、果物や食べ物とかの生物ナマモノはまずいだろうしね。何が良いかなぁ……」

『やはり、便利な道具が一番良いな』

「……あー、うん」


(どうしよう。ものすごく自然に会話に入ってきた)


 のした方へと、セイは顔を向けた。


 隠蔽魔法がかけられていた壁の大穴から、のそりと入ってくる濃灰色の巨大な狼。

 ロウサンより一回り小さいが、Aランクの魔狼よりは遥かに大きい。明らかに、Sランクの魔獣……纏っている雰囲気の物騒さが、そこらの魔獣とは比べ物にならない。


 ギルド職員たちが、巨大狼から発せられるひりつくような緊張感に、硬直していた。


「──怪狼、フェンリル……!」


 従魔士ギルド本部長の掠れた声と、職員たちの押し殺した短い悲鳴が、部屋の中に小さく響いた。

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