番外 30_【バーナ・ダンジョン】入場_魔領域深層(回想)



「……あの、嘘じゃなくて、本当にそんな感じで」


 沈黙の長さに耐えられなくなり、セイは潔白を主張した。


「疑ってねぇ。そうじゃねぇ。そうじゃねぇよ……」


 みんなはセイを疑ってる訳じゃない。あまりにもあんまりな内容に、どう言えばいいのか分からなくなっているのだ。


「む、“無害”……つまり、魔獣たちが人間を襲うのは、ダンジョンの防衛目的じゃなく? あ、遊びだと?」

「ドロップ品を、お礼だと? お礼? “お礼”ってなんだったっけ?」

「これは……今まで謎だったダンジョンの謎が、“無害”が魔獣に聞けば、全部、解決するのでは……」

「あんな謎、こんな謎、そんな謎、いっぱいある謎、全部、明らかに……?」


 ダンジョン部部長の四人が、目と瞳孔をかっ開いてジリジリ迫って来る。怖い怖い怖い。

 後退りしたセイを見て、「逃すな!」「囲め!!」叫んで四人で取り囲んだ。部長たちはセイの周りで輪になって、手を繋いで閉じ込めた。そしてグルグル回り始めた。


「“無害”、さあダンジョンへ行こう! 見たもの聞いたもの全て報告してくれ!」

「どんな細かいものでも構わん! つまらんかどうかは儂らが判断する、“無害”の判断は当てにならん!」

「魔獣は生け捕りだ、魔獣は生け捕りだ、魔獣は生け捕りだ!!」

「盛り上がってキタァ────!!」


 おっさんサークル囲いの中心で、セイは涙目になっていた。近い、おっさん近い、怖い。


 トアルは叫ぶ直前に、冒険者ギルド本部長に口を塞がれて引き摺られて行った。他の職員たちもギルドごとに分かれて塊になり、話し合っている。「また会議漬け……」「徹夜で会議再び……」など、不穏な言葉が漏れ聞こえてくる。


「ま、こうなるわな」

「予想の範囲内ですね」

「今日、ダンジョンに泊まり込みになったりしない? 急はヤだなぁ、ボク」

「急は困りますよねぇ」


 呑気に雑談してる幻獣たち。笑ってないで助けてよ!!



 ・◇・



 セイはおっさん包囲網からは救出されて、しかし真横と真後ろに張り付かれながら、ダンジョンの中へと入る。

 境界を越えた瞬間、結界を通り抜けた時のような抵抗感を、微かに感じた。


 内部はやはり薄暗いが、【試練の遺跡】とは違って空気の淀みは感じない。

 床も壁も石製。所々不規則に太い石柱が立っている。天井まで届いていない物もあるが、それだと柱の意味が無いのでは?


「壊れた柱の上には、宝箱があるんや。見てないけど間違いない」

「アズキくん、今はまだ我慢ですよ。セイくん、あとでぼくたちだけで確認して回りましょうね!」


 カワウソたちがセイにだけ聞こえるよう、アズキ作成の音声伝達魔道具で、伝えてきた。

 なぜ、よりにもよって柱の上なんかに、宝箱? 謎がより深まった。


 壁のあちこちに開いている横穴も、一体なんなのか。高さは腰より下の位置で、横はセイがギリギリ入れるくらいの幅しかない。これも間隔が不規則で、覗き込むと先が行き止まりのものや、奥で折れ曲がって横向きに伸びてそうなものもある。


「不思議だろう? ダンジョンの数多い謎の内の一つだ」

「空気穴用、罠用、魔獣の通り道用。色々な可能性を考えて調べとるが、どれも決め手が無いんだなぁ、これが」

「ダンジョンには窓が無いからの。空気穴が一番有力視されとるが、儂は魔獣移動用説推しじゃよ」

「どこから空気が供給されておるのか、それ自体も謎なんである。……期待してるぞ、“無害”」

「「「頼むぞ、“無害”」」」


 期待が重い。

 彼らは変人だがダンジョンの専門家なので、中に入ってからはちゃんと声量を抑えていた。


 柱しか無い広間を進んで行くと、奥に開きっぱなしの扉があった。あえて閉める必要の無い扉は、一度開けたらそのままにしてあるそうだ。

 先にあったのは、両側が石壁の、カーブを描く下り坂。

 ダンジョンのほとんどは、地下へ地下へと潜っていく造りなのだと部長が言った。


(なるほど。それで【地中組】なのか)


 魔領域の魔獣たちが言っていた言葉だ。


 ダンジョンに行くと決めた後、仲間内で「魔獣にどう対応するのか」という話し合いは当然してあった。相手が凶暴な場合は戦うしか無い。だが、“セイが会話出来た場合”──相手がフレンドリーだった場合はどうするのか。


 魔領域では、浅い所にいたのは魔素で魔獣化した野生動物だったので、会話出来なかった。でも深層にいた魔界から来た魔獣たちは、セイと会話が出来た。


 ダンジョンに出る魔獣は、どっちだ……?


 【試練の遺跡】で見た魔獣たちでは、言葉が通じるか分からなかった。魔獣同士の会話も無かったし、ワニ魔獣も独り言が無く、セイも話しかける余裕など無かったので。


 魔獣については魔獣に相談するのが一番。というわけで、魔領域深層の魔獣たちに相談しに行った。

 それが、数日前の事──



 ・◇・◇・◇・



 魔領域深層に到着すると、漆黒の毛並みを持つ獅子型で大型の魔獣が、全速力で駆け寄って来た。


『一番乗りぃ! 撫でて!!』


 まだ若いけれど大きな身体で、セイに頭を擦り付けて甘えてくる獅子魔獣。両頰を揉むようにして撫でていると、木の茂みの奥からのそのそ歩いて来る三本角の魔狼の姿。獅子の横に座って、撫で撫での順番待ちを始めた。その後ろには、彼の群れの二本角の魔狼たち。空からグリフォンが降りて来た。……並んだ。撫で待ちが増えていく。……大丈夫、で慣れてるからね、うん。


 ──魔領域深層の制圧計画は、武力では無くセイの【撫で力】によって、完遂していた。


 初見は魔獣たちは凶暴に襲いかかってきたが、それをロウサンとシロの威圧やカワウソたちの魔法で一旦無効化し、セイが撫でた。そして、セイの手が持つ凄まじい癒し力で、虜にしていったのだ。撫でたセイ自身も驚くくらい、魔獣たちはチョロかった。


 とは言っても、数が多くて全部を撫でるのは不可能だ。カワウソたちの助言により、ボスクラスを優先して堕としていった。セイに陥落したボスが、群れや仲間、言葉の通じそうな同種の魔獣へ『癒しの存在だから傷つけちゃダメ』と広める事で、制圧範囲を増やしていったのだ。


 撫でる際に寄生虫を警戒したセイが、魔獣たちに【神浄魔法クリーン】を浴びせまくったら(この時ほど魔法を習っておいて良かった思ったことは無い)、これも『スッキリして気持ち良い! 元気になる!』とめちゃくちゃ喜ばれ、ますますセイ人気が高まる事に。


 こうしてセイに懐いた大型魔獣たちが、ロウサンやシロの気配に怯える魔獣たちの混乱を鎮めるのに協力してくれた。しかも『野生動物と、浅い所の“崩れ魔獣”は、俺たちが制御するから安心していい』と言ってくれたので、セイたちは深層だけを約二週間かけて、穏便に完全制圧したのだった。


『まさかこんなやり方があるなんてね。すごいな。やっぱりセイくんには敵わないよ』


 ロウサンが尊敬の眼差しで、感じ入った声で言ってきたのに対して、「僕は、“マジか、こんなんで良いのか、信じられない”って思っているよ……」と返したいところだったが、もしもセイが同行しなければ恐怖によって制圧されていたのだと思うと何も言えず、曖昧に笑っておいた。


 それはともかく、今日の目的。だいぶ仲良くなった魔獣たちに、ダンジョンの魔獣について質問したところ。


『【地中組】は血の気の多い戦闘バカばっかりだから、話す前に襲ってくる。問答無用でぶっ飛ばせ』

『【地中組】の奴らは、中だと魔獣は死なないがニンゲンは死ぬから、出会い頭にぶっ潰せ』


 どの種族も大体似たような返事ばかりだった。先手必勝で、ぶっ倒せ。


 セイとしては『ダンジョン内で攻撃しても、魔獣は魔界へ帰るだけで死なない』という情報が、一番有益だった。


 ……だが待って欲しい。

 確か女神は「人界と魔界を繋ぐのは、天空の島にある【門】のみ」と言っていなかっただろうか。


 それも念のため聞いてみたら『いや? 魔界から魔獣が来る方法は他にもあるぞ』という答えだった。


 魔界と地界が混じった場所にある【巣】──ダンジョンの事だ──を通って行き来する奴らもいるし、ニンゲンに呼ばれて地界へ来る奴らもいる、と。

 この段階で衝撃だったのに更に、魔領域に居る魔獣は【門】を通って来ているが、【天空の島】は知らない、そんな高い所から落ちたら、いくら強い俺たちでも死んでしまう、と言われてしまったのだ。


「……それは……そうだね……」


 セイたちの心が一つになった──あの女神の言うことを、信じて大丈夫か?


「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど……【魔竜】って復活してないよね?」


 これだけは確認しなければと問えば、復活も何も、どの種族も全員【魔竜】そのものを知らなかった。これに関しては、随分と昔の出来事だったので仕方がないのかも知れない。

 ドラゴンは知っていて、最近よく頭上を飛び回って鬱陶しいと愚痴っていた。魔獣たちから見ても、ドラゴンはこちらから手を出さなければ、脅威じゃないらしい。


 ちなみにチュンべロスについては、制圧時にこまめに聞いて回ったのだが、魔領域で見かけたという魔獣は居なかった。残念。(その時に、『面白い名前で呼んでいるんだな』と笑われたのだが、訊ねても詳しくは教えて貰えなかった)

 こうなるとチュンべロス捜索も、ダンジョンに期待するしか無い。


 ともあれ、ダンジョンの魔獣は倒しても全く問題無いと分かった。

 それならばギルドの人間たちがいる場では魔獣と全力で戦おう、下手に躊躇ってギルド職員が怪我をするのも嫌だし。そう決めたのだった。



 ・◇・◇・◇・



(まさか魔獣が子供で、あんなハイテンションで来るとは思わなかったから動揺しちゃったけど。どさくさでギルドの人たちに魔獣と話せるのもバレちゃったし……)


 脳内反省会に突入しかけたのを、頭を振って止める。今は、ダンジョン部部長たちが説明してくれているのを、聞かなくては。


「階層ごとに広さや地形が、ガラッと変わるからな、ビックリするぞ」

「出てくる魔獣の傾向も、階層ごとでだいぶ偏っとるんじゃ。何故なのか知りとうて知りとうて!」

「今は地下五階で攻略が止まっておる。何故地下へ行くほど扉を開ける条件が厳しくなるのか、何故下へ行くほど地形が複雑化するのか、何故下へ行くほど強い魔獣が出てくるのか……それも今日、分かるかも知れんのだな」

「そもそも、地中にあんな広くて深い建造物を、どうやって作ったのか? 窓も無く光源が見当たらないのに、どうやって全体を明るくしているのか? ダンジョンの謎は、数え切れん。それが全部、今日判明するのかと思うと……既に涙が」

「「「頼んだぞ、“無害”」」」


 ……期待が多い。


 元々は、五階から下へと続く扉を開く為に、セイは連れて来られた。

 しかし攻略隊からの頼まれ事が、どんどん増えていく。


「魔獣、出てこねーな。クソが」

「いつもは鬱陶しいくらい湧くくせに、全然出てこねーってどういうこったよ」

「早く出ておいで〜魔獣ちゃーん。お兄さんが遊んであげるよ〜」

「お姉さんも遊んであげるわよ〜」


 冒険者パーティーたちも魔獣を生け捕りしようと、かなり意欲的だ。ダンジョンの謎をいち早く知れる、しかも、もしそれが秘匿事項になれば、冒険者の中ではほぼ独占状態になる。欲でギラギラしていた。

 ギルド職員たちも魔獣を見つけようと、鋭い視線をあちこちに飛ばしている。




 しかし残念ながら、魔獣と一切遭遇しないまま、攻略隊は地下五階奥の扉に到着してしまったのだった。




 

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