番外 29_【バーナ・ダンジョン】入り口



 ダンジョンは冒険者ギルドの管轄だそうなのだが、今日はプラス、魔法士、従魔士、魔道具士ギルドと合同でのダンジョン攻略パーティーだ。

 メンバーはセイ側はロウサン以外の全員、ギルド側はいつものお偉いさんたち集団に、各ギルドのダンジョン部部長四名、あと各職員たちと荷物持ちポーターが数名。

 ダンジョンの実質的な攻略(戦闘)担当にSランクの冒険者パーティー二組も付いて来ていて、本部長は「これでも攻略隊のメンバーを厳選したんだけれどね。予定よりも大所帯になってしまったよ」などと苦笑していたが、例の王城による討伐隊を見ていたセイからすれば、常識の範囲内である。


 朝の待ち合わせも、セイたちとて早めに着いたというのに、ギルド側全員が完璧に出発準備を終えて、待ち構えていた。足の速い魔獣車に荷物も積んであって、即出発、あっという間に到着。

 どこぞの討伐隊とは大違いだが、これは平民街のギルドがしっかりしているというよりは、単に彼ら自身が待ちきれなかっただけだろう。


 今日行くダンジョンは【バーナ・ダンジョン】という名前で、平民街の門から出て南に進んだ灌木地にあった。木の本数も葉っぱも少なくて、見通しの良いこの場所に、それらしき物はどこにも見当たらない……が、セイには見えた。隠蔽魔法のぐちゃっとした術式が。

 あの隠蔽魔法は、無断で人が侵入しないようギルドが張っているものなんだとか。


 魔法士たちが術式解除作業している間に、ダンジョン入場の基本的な流れの説明を受けた。


 ダンジョンに入るには、本来はまず、冒険者ギルドに申請して許可を取る必要がある。そして、隠蔽魔法を解除出来る魔法士と共に向かう。

 中に入ってからは全て自己責任。帰る前に、ギルドから渡された魔道具で帰還を伝える。冒険者たちが中に入った後、魔法士によって隠蔽魔法が再度掛けられているので、解除して貰わなければ出られないようになっているからだ。

 ダンジョンを出る際に、中で入手した物を全て冒険者ギルドへ提出しなければならない。

 そして、レア度の高い物は王家へ献上する仕組みだ、と。しかし「最近は職員経由で役人に賄賂を渡せば誤魔化せるからね。そのやり方も後で教えるよ」と小声で付け加えられた。うわぁ……。


 実はダンジョンは有料だ。今回、セイは無料で良いと言われたが、ちゃんと払った。しかしセイが力を貸した場合は、その分の報酬もちゃんと貰う契約。


 隠蔽魔法が解除され、現れたのは【試練の遺跡】ほどでは無いが、ロウサンサイズが並んで二匹通れる大きさの扉。


(これなら次はロウサンくんも一緒に入れそうだな。中が狭い可能性もあるけど)


 ロウサンが別行動なのは大きさの問題ではなく、ギルド関係者たちが怯えるからなので、どのみち今回は無理だ。天狼である彼に只人ただびとが感じる恐怖心は、理屈じゃなく生物としての本能なので、仕方がない。後日仲間だけで来る時に誘おう。


 ダンジョン部の部長たちが入り口の横へ、セイたちを呼んだ。

 まずは扉の開け方のレクチャー。魔力を流して開ける、所謂いわゆる【魔力感知型】の扉は、ダンジョン内に山ほどあるので、さっそくだがセイ本人にやって貰いたいとのこと。


「壁に窪みがあるだろう? ここに手を置いて、魔力を流す。どこの扉もこの仕組みは変わらん」

「このダンジョンの入り口は魔法士に登録できる魔力量があれば誰でも開けられるからな、気負わんでいいぞ」

「扉が開いても、ここは安全域だ。中に入りさえしなければ魔獣は襲ってこない。安心して開けると良い」

「ま、何事も経験だ。とりあえずやってみ。はい手を置いてー!」


 ダンジョン部部長たちが謎に踊りながら説明してくる。いや、良いけどね……。

 腰の高さくらいの位置にある窪み。何かに似てる。セイはちょっと考えた。


(……あ! あれだ、ギルドに登録した日にやったやつ。魔力の属性とか調べた板!)


 【魔法適正診断版】である。思い出してスッキリしつつ、セイは軽く窪みに手を当てた。


「うおっ!?」

「まぶし……!」

「目がァッ!!」


 扉全体に彫られていた模様が、ビッカビカ、ビッカー!! と容赦なく光り輝き、油断していた面々が直視して悲鳴を上げた。


「“無害”! テメェ魔力量は普段から調整しろって言ってんだろうが!!」


 御大が目を抑えながら、怒声を響かせた。


 セイ自身も光で目が痛くなったのだが、「魔法診断した時の板に似ている」と考えたくせに、魔力をドバッと流してしまったのは迂闊だったと、素直に反省した。あの時もビッカビカに光ったのだから。


「ごめん……」


 しょんぼりと謝るセイに、御大以外は同情的だった。“無害”はダンジョンの扉の模様が光るなんて知らなかったのだから、しょうがないだろうと。……ごめん、実は【試練の遺跡】で見たから知ってた。言えないけど。


 光が収まる頃には、扉は全開だった。目の痛みで呻いていた冒険者パーティーたちが、いつの間にかセイたちの盾になる位置取りで陣形を取っている。早い。


 入り口から中は、広間になっていた。床も壁も石製っぽい。薄暗く、陰鬱な雰囲気だ。


 ダンジョンの中はか……何が起こるか予想もつかないな。冒険者に続いて中へ入ろうとしたら、止められた。


「まだ入るんじゃない。ダンジョンは入るとすぐに、魔獣が数匹出てくるんだ。何故かは分からん。しかし絶対に出てくるからな、覚えておけよ」

「おっ、そういや聞いたか? 王城の討伐隊が行った古代ダンジョン、入ってすぐに、地下10階以降の階層主級ボスクラスの大型魔獣が出たそうだぞ!」

「聞いた聞いた、巨大トカゲだと。めちゃくちゃレアな魔獣、儂も見たいのぅ、羨ましいっ。なんとか討伐隊の荷運びの中に潜り込めないか調べとるんだが、意外に難しくてな」

「上手くいきそうだったら教えていただきたい、こっちも何か分かったら教える故。抜け駆けは無しだぞ!」


 おっさんたちはダンジョン激ラブなので、説明よりも雑談の方が多くなる傾向があった。同好の士が四人集まればそうなるよね、アズキと竜人族錬金チームもそうだから、慣れてるよ……。


「お前らなに無駄話くっちゃべってやがる! “無害”、来い、俺が説明してやる!」


 御大は今日も今日とて血圧が高そうだ。老人の血管が心配で、セイは小走りで呼ばれた所へ向かった。


「見ろ、下だ。扉があった跡が黒く擦れてんだろ? ここがダンジョンとの境界になる。一歩でも中に入れば、魔獣が襲って来やがるんだ。……っと、早速お出迎えに来てくださったぜ?」


 広間の奥から足音を立てて近付いて来る、角無しの黒魔犬が二匹。もう間近だ。

 いつでも飛び掛かれる姿勢で、牙を剥き出しにしている。石製の部屋に、獣の唸り声が響き……。


(──は? そういう感じなんだ!?)


 あっけに取られ、セイの口がぱかっと開いた。


「魔獣との戦闘はそこのSランクパーティー、“三日月鎌の長耳族”と“夕焼けの羽撃はばたき”がやる。お前の仕事は、あいつらの前に絶対に出ない事だ。大人しく守られとけよ、分かったな?」

「あ、ちょっ……」


 咄嗟に声に出てしまったが、冒険者たちには届かなかったようだ。魔獣に向かって行く背中が見えた。彼らがダンジョンに入ったと同時に、すぐさま襲い掛かる魔犬。数回応酬したのち、魔犬が斬り倒された。

 剣で頭をカチ割られ、床に転がったはずの魔犬たちは「キャウン、ガウー」と吠えて、溶けるように消えていった。


 後に残ったのは、鋭く尖った牙と、長いヒゲが数本ずつ、しかもやたら綺麗な状態で。

 死体どころか、血の跡も無い。


(えぇえー、これは……予想外)


 仲間に視線をやれば、カワウソたちは感動で震えていた。


「死体が消えてドロップ品だけが残るやなんて……こんな、“ザ・ダンジョン”! なダンジョンが、ほんまに見れるやなんて」

「感無量ですぅ……!」


 そっかぁ、“感無量ポイント”だったかー。


 セイは、ス……と冷静になった。どうせここで相談なんて無理なのだから、このまま魔獣が倒されるのを黙って見ていくしかない。

 絵面は衝撃的だったが、本人たちが楽しそうなのだから問題無いはず……多分。


 安全確認の為に入って行った斥候の調査結果をしばし待つ。問題無し。ではいよいよ、いざダンジョンへ……と足を一歩踏み出したところで、冒険者ギルドの魔法部部長──“正確無比のイカれた魔法察知器”と呼ばれる変人が、激突する勢いで近付いてきたので立ち止まった。


 つい今さっきまで、魔獣が消えた辺りの地面に這いつくばって観察していた変人は、セイの肩を掴んで叫んだ。


「“無害”! 魔獣は、!?」

「!!?」


(嘘だろ、なんでバレた!?)


 確かに、セイには魔獣同士の会話が聞こえていた。その内容が意外過ぎて、少し動揺もした。

 でも魔獣と意思疎通が可能だと分かる素振りは、見せていないはずだ。どこでバレた?

 硬直するセイの肩を掴んで揺する魔法部部長を、みんなが引き剥がす。


「トアルくん、落ち着いて。“無害”が困っているだろう。──それで“無害”、魔獣が何を言ったのか、教えてもらえるかな?」

「えっ!? あの、魔獣の言葉って、普通分からないよ、ね?」


 魔法部部長の名前はトアルというらしい。割とどうでもいい。だが、そのトアルが言っただけで、既に確定扱いされているのは、どうでも良くない。

 魔獣と会話できる能力は隠しておかなければ……誤魔化そうとするセイに、トアルが抑えられたまま暴れた。


「魔力飛ばしてただろ! なに誤魔化そうとして……あっ、分かったぞ! “無害”が魔獣の言葉が分かる魔法持ちなのは、もうみんな知ってるから隠さなくていいぞ。さあ早く吐きたまえ!」


(この人、なんでいちいちピンポイントで当ててくんの!? こっわ! マジこっわ!!)


 トアルは人の心が読める能力を持ってるのか? 恐怖で鳥肌が立った。

 キナコが魔法士ギルドの本部長(御大は会長なので、別の人)のズボンを、クイクイと引っ張った。


「みんな知ってるんですか?」

「言われてみれば推測できなくもない、というところかな。“無害”はほぼ全ての魔法がSランク、という事は、魔獣魅了テイム魔法もSランク。Sランクのテイマーは従魔と意思疎通が可能。という事は? ……そんな思考を、トアルなら一瞬でやるだろうね。指摘されるまで僕たちは気付かない事が多いんだけれど」

「Sランクテイマーが使える魔法なんですね。なるほどです」

「トアルのは、ただの勘じゃないんだよね。観察眼が恐ろしく鋭くて、数多の知識と情報から必要なものを瞬時に選んで、答えを出している……らしいよ。思考の速さが異常だから、デタラメを言ってるように見えてしまうんだな。彼が言うなら、どんな突飛な発言だろうが事実なんだろうと……それぐらい、私たちは信頼しているから。誤魔化すのは無理だよ」

「だそうですよ、セイくん。ぼくも無理だと思います」


 ギルド攻略隊全員が「魔獣が何を言っていたのか、早く吐け」モードになっているのを、セイも感じている。

 ……話してもいいのかな? 視線で他の仲間にも問う。


 アズキ「誤魔化せる雰囲気ちゃうし、しゃーないんちゃうかー。絶対大騒ぎになるやろけど」

 コテン「セイには他にもっとヤバイ魔法いっぱいあるしねぇ、魔獣の言葉が分かることくらい大したことじゃないんじゃないのー? 一時的に大騒ぎにはなるとは思うけど」


 なんだかみんな、あっさりしている……まあ、他にも同じ能力を持った人がいるみたいだしね。元の世界とは違って、必死に隠さなきゃいけないモノでもないのかな。セイはため息を吐いた。


(アレを、言わなくちゃいけないのかー……)


 やや抵抗感がある。でも仕方ない。周りの人たち──特に従魔士ギルド職員とダンジョン部職員からの圧がヤバイのだ。早く言え、と。

 セイは渋々、口を開いた。


 ・◇・


 ダンジョンの奥からチャッチャッチャッと足音を立てて、嬉しそうに走ってくる黒魔犬二匹。


『ちょっとニンゲーン、久しぶりじゃーん! 待ってたんだけどー?』

『ひっさしぶりー。なに、すごい居るじゃーん!』

『なんで一度に来るの? 少しずつ何回も来てよ、もー』

『気が利かないよね、ちょっとイラつくー』

『本気でいっちゃう? やっちゃう?』


 境界を越えてダンジョンに入る冒険者。飛びかかる黒魔犬。


『やっちゃえー! ぎぇっ。やだ、このニンゲンめっちゃ強いじゃん!』

『ぐあー、やられたー! ……なんちゃってー!!』


 冒険者に斬られて倒れる黒魔犬。


『あっはは楽しー! もう終わりなの残念ざんねーん、次はもっと長く遊ぼうねーっ。はい、お礼に牙あげる!』

『ぼくはヒゲあげるね。また来てね〜!』

『ばいばーい!』


 キャウン、ガウー。


 ・◇・


「「「………」」」

「「「……………………」」」


 沈黙が痛い。だから言いたくなかったんだ。

 セイは静かに胃のあたりを手で抑えた。


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