番外 28_御大から見たセイたち_ダンジョンについて



 パレードは終了したものの後始末が多く、まだ人の少ない魔法士ギルド本部の練習場。

 魔法士ギルドの会長こと御大ことアルトは、“無害”の魔法指導をしていた。


 アルト自身はとっくに引退した身である。ギルドの元部下たちが可哀想でパレードの準備の手伝いはしたが、基本的には自分は“無害”専属だと思っているので、こっちを優先するのは当然だ。


 “無害”は、二つ名に“無害の天災”と付けられた通りの、いかにも人畜無害そうな平和な雰囲気で、えげつない威力の魔法を放って練習している。


(やっぱりコイツ、人目があると集中出来ないタイプだな)


 パレード関連でギャラリーが減ってからの方が、のびのびと魔法を使っているように見えた。


「よし、じゃ最終試験といくか。……んな緊張すんな、もう大体出来てんだからよ」


 異例の速さでな。そこは声に出さずに、試験内容を“無害”に告げる。


 少し離れた場所に吊り下げられた、大小様々な金属製の輪っか。

 輪っかの大きさは小指の爪より小さなものから、フェンリルが余裕で通れる大きさの物まで、約二十種類。

 風に煽られて揺れる不安定なその中心に、ファイアボールを浮かべるよう指示した。


 “無害”の魔法制御の能力を見る試験だ。


 魔法を制御する上で一番大事なのは、己れの中の魔力の流れを感じる事だ。

 そして、必要な量だけを流す。少な過ぎず、多過ぎず。

 例えば、軽い物と重い物を持ち上げるのでは、込める力が違うように。或いは、か弱い小鳥を掴む時と、棘のある果物を持つ時とでは力加減が違うように。腕だけでなく全身の力を、人は無意識に調整して動かしている。


 それが魔力でも自然に出来るようになるまで、大きさの違うファイアボールの発動と消去をひたすら反復練習しろと言っておいた。

 火魔法は下手をすると火事になってしまう。繊細な制御と、も必要になるので、ちょうど良い。真面目な性格の“無害”は、家で熱心に訓練していたそうだ。


「──【ファイアボール、一列】」


 “無害”の短い呪文の直後、輪の中心に忽然と現れた、大きさの違うファイアボールたち。


(オイオイ、誰も全部同時に浮かべろとは言ってねぇぞ。曲芸かよ)


 順番に一つずつで充分だったのだが。

 それでも難しいのだ、本当は。火魔法Sランク持ちで冒険者としても日々研鑽している高位魔法士が、中サイズの輪っか十種類に一つずつ。しかも実は、浮かべるのではなく潜らせて使う物だったりする。


 対して、“無害”は二十種類全て同時に出し、浮かべ続けていた。風で輪っかが揺れても、中心位置を維持するようファイアボールがそれぞれ合わせて動く様は、見ていて気持ち悪い程だった。まさに、神業。


 こんな非常識なくらい高度な魔法制御を事も無げに成功させたかと思えば、信じられないくらい初歩的な事を知らないし、出来ない。“無害”のアンバランスさは、非常に危うい。

 だが、「本人に指摘すると以後出来なくなる可能性がある。やりたいようにやらせる」と他ギルドと取り決めてあった。ただ、見守るだけだ。


(ま、いざとなりゃイタチ共が止めんだろ。アイツらは“無害”と違って、異常性に気付いた上でわざと黙っていやがるんだからよ)


「よし、次は消せ」


 発動だけでなく、出した魔法を消すのも大事だ。ギルド登録時の初回に大失敗したので、指導する御大も、指導されるセイもド真剣に訓練を重ねてきた。

 特に“無害”の魔法は、発動後の維持時間が桁違いなのだ。あえて消さなければ、ずっと存在し続けてしまう。とんだ怪奇現象だ。

 発動と消去は必ずセットにするよう、徹底的に練習させた。


 その甲斐が有ったようで、二十個のファイアボールが熱すら残さず全て消えた。消え方が綺麗過ぎて、感覚の方がついていかない。幻覚を見せられた気分だ。アルトは髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、気分を変える。


「よし、次は土魔法と風魔法を同時だ」


 大きさがバラバラの石を土魔法で作るよう言い、それを風魔法でさっきの輪っかの中を潜らせる。同じように、消す練習も。


 それからも指示通りに魔法を発動していく“無害”。結果、彼の魔力操作は繊細で緻密、何より正確。文句のつけようがなかった。


「良ぅし、完璧だ。……これなら、そろそろ大丈夫だろう」

「会長、それじゃ、とうとう……?」


 アルトの言葉に反応したのは、“無害”ではなく各ギルド──魔法士、冒険者、魔道具士、従魔士──の、“ダンジョン部”の部長たちだった。


「ああ、ダンジョンに連れて行っても、問題ねぇだろう。合格だ」

「「「「……ッいよっしゃあああ!!」」」」


 五十代のおっさんたちが両手を上げてジャンプしながら大喜びしている。彼らはダンジョン以外に労力を割く気が一切無い、ダンジョンフリークばかりだ。パレードなんぞ知らんわと、毎日“無害”の魔法制御の進捗を確認しに来ては、早く早くとせっついていた。

 “無害”のダンジョン行きは、アルトの許可次第だったので。


 ダンジョンはほとんどが窓の無い屋内型だ。そんな逃げ場の無い場所で“無害”が魔法暴走なんぞ起こした日にゃ、同行者は一瞬で全滅間違いなし。下手すれば、ダンジョンそのものが崩壊する。

 それで彼の魔法制御能力が及第点になるまではと、保留にしていた。


 ──いや、魔法制御の能力自体は、もっと早い段階で問題無い域に達していた。

 アルトは、もう少し“無害”のを掴んでから、入りたかったのだ。


 術者の精神状態と魔法は、直結している。

 例えば、枝は折れても、従魔の足が折れないのは何故か。折れる力そのものは有るのに不可能なのは、精神的なストッパーがかかるからだ。

 “無害”の【精神的なストッパー】をもっと詳しく調べたかった。何に怒り、何を言われて不愉快になり、どういう状況で我を忘れるのか。【精神的ストッパー】が外れるとしたら、どんな時なのか。


 驚異的に温厚な性質タチなのは分かっているが、だからと言って怒りの感情そのものが無いわけでもなかろう。


 わざと怒らせようとした事もあった。しかし、“無害”は怒らず、イタチ共とコテン殿が怒った。

 その上「“無害”に失礼を重ねるならば、今後の関わり方を考えさせて貰う」などと脅されては、もう手の出しようがない。


(過保護っつーか、あいつらの関係性も異質だよな)


 従魔を仲間だ友達だ家族だと言う従魔士は多い。しかし、そうは言っても魔獣はあくまでもで、人間がであるという大前提は、絶対に覆らないものだ。

 だがあいつらは、従魔がまるで人間の保護者気取りだ。“無害”もそれを普通に受け入れている。信じられねぇ。


 ──以前にこんな事があった。

 “無害”の初回のファイアボール大暴走事件後、彼がやったファイアボールをファイアスピアへと変化させた現象が、魔法士ギルドで相当な騒ぎになった。


 一度発動させた魔法を、発動させたまま他の魔法へ変化させる……それは魔法学の常識がひっくり返る、とんでもない新発見だったからだ。


 あれが可能ならば、どれだけ魔法の幅が広がる事か。

 当然、新しい魔法の研究が始まった。魔法で人を害するのは重罪になるが、犯罪者を相手にする警邏隊は常により効果的な攻撃魔法を求めてきているし、魔獣と戦う冒険者たちも同じく。一刻も早い途中変形魔法の開発を目指し、アドバイザーとして“無害”に協力を求めようとした、その前に、イタチたちが本部へやって来た。


 ──「セイには何も言うな。代わりに、自分たちが協力する」そう言ってきたのだ。


 セイは、自分の魔法がきっかけで沢山の人や動物が傷つくことになったら、後悔で耐えられなくなり、潰れてしまうだろう。

 しかし新魔法の可能性に気付いてしまった以上、研究の歩みを止めるのが難しい事も自分たちには理解出来てしまう。

 だから、自分たちが新魔法の開発に協力するから、セイには余計なことを言うな。彼に要求するのは数値を取るぐらいの内容で止めておけ、と。


「新魔法の発現者は、魔法士たちから尊敬される。素晴らしい栄誉だ。その栄誉を横取りしようってか?」


 意地悪っぽく問えば、苦笑を返された。


「セイが栄誉とか地位とか金に関心がある奴やったら、かえって楽やったのに……そういうのが今までに、山ほどあったわ」

「世の為人の為になる新魔法を発見したら、そちらの栄誉をセイくんに。それでも本人は、僕はそういうのいいよって言うでしょうけど」

「セイの善性、善良さはガチもんや。かえって利用し辛いくらいにな」

「でもその善良さのおかげで皆さんも助かってるんですから、文句は言えないですよね?」


 皮肉げな言い方をする薄茶色。ああ、全くもってその通りだよ、クソッタレ。

 俺だったら、自分より弱い奴に指導されてもムカつくだけだ、絶対に言うことなんざ聞きゃしねぇよ。アルトは舌打ちした。


「本題に戻りますね。セイくんを元にして作った魔法で誰かを傷つけたなんて本人にバレたら、今後一切、あの子は魔法が使えなくなりますよ。使わない、では無く、使えなく、なります」

「そいつぁ……困るな。分かったよ、周知させておく。──お前たちには期待していいんだな?」

「任せとけ。俺らはや」


 焦茶色の笑みは、威圧的なアルトよりも凄みがあった。イタチを丸くした愛嬌がある顔のはずなのに。


 アルトは片眉を上げた。こいつら、荒事に慣れてやがる。

 少し前に“無害の偽物”じゃなく、本物に目を付けた犯罪組織のアジトが一晩で壊滅させられていた事件があった。死者は無かったものの、重傷者はいた。構成員は全員拘束された状態で見つかり、隠し部屋に隠し通路まで全て暴いてある念の入れよう。ぶ厚い金属製金庫がどんな手段を用いたのか、真っ二つに割られて開け放されていたという。犯人は不明……成る程、そういうことならば「今更」だろう。


 この時から魔法士ギルドでは、イタチたちは呪いで魔獣の姿に変えられたSランク魔法士だと思って接しろ、が鉄則となった。


 そして奴らは宣言通り新しい魔法を編み出し、派手に披露して、【途中変形の攻撃魔法】は“無害”ではなく自分たちから生まれたのだと、皆に印象付けたのだった。


 そのイタチたちは今、ダンジョン部の部長たちと一緒に踊って、無邪気に喜んでいる。随分と嬉しそうだ。


 今回は“無害”の方から、ダンジョンに興味があると言ってきていた。それで最終試験を行なう事になったのだ。

 珍しく意欲的だったのは、イタチ共におねだりされたからか? 仲のおよろしいことで。


(しゃーねぇ。他からの圧力も強くなってきたし、ここらが限界だったしな)


 それに、“無害”がトチっても、コテンの結界の速さと強さがあればどうにかなるだろうという考えが、アルトにはあった。

 アルトはコテンのファンだった。



 ・◇・◇・◇・



 今日は待ちに待った、初ダンジョン攻略の日である。


 ちなみにウッキウキで待っていたのはカワウソたちだ。ダンジョン行きが決定してから、彼らはずっと挙動不審になっていた。


 狂ったように魔道具を作っていたかと思うと、二匹並んで両手でほっぺたを持ち上げて、何も無い所を夢見る眼差しで見つめ「ダンジョォン……配信したいぃいい」「ダンジョォオオオン……うっかりバズりたいですぅう」と意味不明な妄想を呟き続けていた。ちょっと怖かった。


(ダンジョンの何がそんなに、人の心を掻き立てるんだろう)


 カワウソたちだけでなく、ギルドの人間たちの意欲もすごかった。セイが冒険者登録に行った初日に既に協力を依頼されていたくらいだったのだから。逆に、よく今まで我慢できたね……。


 なんでも、ダンジョンの扉は魔力を流して開くものが多く、奥へ行けば行くほど、レアな魔法属性や膨大な魔力量を要求されるのだとか。そのせいで攻略が途中で止まっていたダンジョンが多数ありながらも、どうする事も出来ず長年歯ぎしりしていた中、現れたのが全属性Sランクのセイである。


 セイが魔法練習をしている期間、各ギルドのダンジョン部は毎日会議会議で、オッサンたちはテンションが上がり過ぎて暴れて、負傷者まで出たと聞いている。意味が分からない。


 ダンジョンについて何も知らないセイには、共感しにくい熱意だった。


 ──【ダンジョン】 いつの時代の物かも分からない、古い、謎まみれの建造物。

 内部から凶暴な魔獣がくるのが、最大の特徴。その為、定期的にダンジョン内に侵入し間引きを行わないと、いずれ人の街にまで魔獣が溢れて、大災害が起こる可能性がある──そう説明された。


 だが冒険者たちがダンジョンへ行くのは、危険の排除だけが目的でなく、利益も大きいからなのだそうだ。

 魔獣を討伐すると【ドロップ】と言って魔獣の素材や、稀に古代の貴重な魔道具が落ちる事があるらしい。

 ダンジョンそのものからも、そこでしか採れない鉱物や植物、それに、運が良ければ魔界に行かなければ手に入らないはずの幻の素材や、希少価値の高い魔道具が手に入る事もあり、一攫千金を狙ってダンジョンに入る冒険者たちが後を絶たないのだとか。


 セイはそこらへんには興味無いが、【試練の遺跡】がダンジョンなら、まずは他で練習してから入りたいと希望したのだ。

 ギルドの人たちが待ってるのも知ってたし、一緒に行けばダンジョンの注意点など、初心者講習をしてくれるのも聞いていた。

 もしかしたら、魔獣が多くいる場所ならチュンべロスの手掛かりがあるかも知れないし。


 セイたちのダンジョンアタックの時期は御大次第だったので「そろそろ行きたいなー」的に遠回しに話をしたら、すぐに許可してくれた。ラッキー。



 そうして出発の日を迎え、ギルド合同攻略隊との待ち合わせ場所である平民街の門へと、セイたちは向かったのだった。

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